2012年5月15日 (火)

レアショット

『出ヤマト記』刊行に際して受けたインタビューの記事が、日販が出している月刊誌「新刊展望」6月号に掲載されている。ウェブでも全文が読めるのでご紹介しておこう。書斎を初めて公開した。クーを抱っこしているレアショットつきである。

 「新刊展望」6月号 創作の現場

 撮影者の腕がいいのか、こうして写真で見ると、なぜだか現物より3割増しくらいステキな部屋に見える。

 この日は「新刊展望」編集部の方と朝日新聞出版の担当編集者という2人の女性が訪れたのだが、初対面の人間が間近に2人もいる中で、クーがおとなしく僕の腕に抱かれていること自体、非常にめずらしいことである。おおらかな性格のくせに怖がりで、異常なまでに人見知りをするからだ。

 もっとも、このときもまったく「おとなしく」というわけでもなかった。僕が右手でクーの両手を握っているのは、手足をバタつかせて抵抗するのをなかば無意識に押さえようとしていたものと思われる。カメラ目線が理想だったが、それが実現するまでの道のりは遠そうである。

 なお、「黒の鏡面仕上げと曲線がお洒落なデスク」が、ニッセンの通販で購入したものであることは、ここだけの秘密だ。

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2012年4月 8日 (日)

春なのに

 最新刊『出ヤマト記』(朝日新聞出版)は、すでに発売中である。なお、くどいようだがこのタイトルは「しゅつやまとき」と読む。

 一方、「別冊文藝春秋」に6回にわたって連載した『私は非公認』が、先日発売された5月号への掲載をもって終了した。これは、ある独立行政法人に勤務しながら、アルバイトとして悪魔祓いをやっている女の子の話である。『魅機ちゃん』連載(2007〜08年)のときと同じく、各キャラクターに非常に愛着を抱きながら書いてきたので、連載終了は非常に寂しい。ウラモトユウコさんが描いてくれるトビラ絵も毎回楽しみだった。

 しかしそれを言うなら、『出ヤマト記』だってすでに「小説トリッパー」での連載は終了しているわけで、小学館の「きらら」に連載している『ルドヴィカ』も、最新号に掲載されているのは第14回だが、原稿としてはすでに最終回のひとつ前である第16回を書き上げ、校正待ちである。

 連載がバタバタと終わっていく。春なのにお別れですか。春なのに涙がこぼれます。世界が終わったってことだ。どうやらそうらしい(XTC)。

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2012年4月 4日 (水)

出ヤマト記、まもなく出倉庫

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 朝日新聞出版より4月6日発売の『出ヤマト記』、僕の14冊目の単行本である。「小説トリッパー」誌上に4回にわたって連載されたが、終章のみ書き下ろしで、この単行本が初出となる。

 この物語の主要な舞台となるのはある架空の国だが、架空とはいってもかぎりなく実在の某国に近いどこかが描かれている。今まさに強盛大国への大門を開こうとしている某国である。「人工衛星」を打ち上げようとしている某国である。その某国に、半世紀も前に日本から渡っていった人々と、数奇な運命でそこにつながる現代の1人の少女をめぐって描かれた物語が、この小説である。

 これまでに僕が出した本の中で、おそらく最も余白の多い装幀だ。かなり思い切ったデザインだが、この作品にかけた僕の意気込みを端的に伝えてくれる、緊迫感と不穏さと寂寥感に溢れる非常に美しい表紙だと思う。曼珠沙華に向かうこのアゲハチョウは、はかなく脆くて力強くて美しい。

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2012年3月27日 (火)

大人の階段昇る 君はまだ

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 先週は、歩くのもままならないほどの腰の痛み(椎間板ヘルニアらしい)に苦しめられ、それがようやくおさまってきたと思ったら今度は喉風邪にやられてしまって、ここ数日寝込んでいた。鎮痛剤を飲みつづけていたせいか、いくらでも眠れる。日中もほぼ終日ベッドで横になり、1〜2時間単位の眠りを繰り返していた。

 その間、クーはどうしていたかというと、ほぼずっと僕の腋の下あたりにべったりと身を寄せていた。もっとも、すでに日中はそう寒くもないので、ずっと蒲団に入っていると暑くなってくるらしく、いつも僕が眠っている間にいつのまにか出ていってしまうのだが、少しするとまた枕もとで僕の肩を叩いて、中に入れてくれと要求するのである。10回くらい、夢うつつに蒲団を持ち上げて入れてやった記憶がある。

 クーはあまり空気が読めないというか、僕の具合が悪くてもそれを察することなくいつもどおりにしている印象があったのだが、今回初めて、僕が寝込んでいることを心細く思っているように見えた。もしかしたら、クーもようやく「大人になった」のかもしれない(まもなく5歳なので、猫としてはとっくに大人になっているはずなのだが)。

 なお画像は、僕が再び普通に歩きまわるようになったと見て安心したのか、浴槽の蓋の上で寛いでいるクーである。僕がiPadを掲げて撮影しようとしたら、その瞬間だけ、まるでポーズを取るようにこちらを向き、撮影を終えたらまた自分の手に顎を乗せて目を閉じた。この察しのよさも、かつてのクーには見られなかったものだ。少しずつでも「成長」しているのだろうか。

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2012年3月20日 (火)

未知との遭遇

 僕は紙媒体をこよなく愛する人間であり、電子書籍に対してはどちらかというと否定的だった。ただ、これからの時代、書籍の電子化はどう考えても避けられない趨勢だろうし、コンテンツの作り手として、その流れに取り残されていくのもどうかという思いは前々からあった。電子媒体で書籍を読む人の気持ちもわからないままでいいのか、ということだ。

 折も折、実業之日本社から、拙著『プロトコル』の電子版が発売されたとあって、これを機に、今まで自分には不要と思って見向きもしなかったタブレット端末でも購入してみようかと思い立った。PCに関してはもともとMacユーザーなので、やはりiPadがいいだろうと思い、先週の金曜日、ふらりと池袋のビックカメラ本店に赴いてみたところ、従業員がマイクでなにやら叫んでいる。手にしている看板には、「新型iPad発売日」と書いてあるではないか。

 ここのところ、新聞もニュースもろくに見ないで世事に疎くなっていたのでまったく知らなかったのだが、僕は偶然にも新型の発売日当日にiPadを買おうと思いついたわけである。これはもう、一種の運命だろうと思い、すぐに売り場に向かって購入した。

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 想像していたよりもはるかに快適である。こうしたデバイスにあれほど無関心だった僕が、購入から数日、ほとんど依存状態にあるといっていい。一夜にして反対派から擁護派に転向したといったところだろう。

 おかげで、自分が短編小説を寄稿していながら掲載されている状態を確認することができずにいた「月刊アレ!」の10月号も、こうしてようやく読むことができた(PCでもWindowsなら閲覧できるはずなので、妻のPCを借りて閲覧を試みたのだが、hontoアプリのダウンロードになぜか失敗し、断念していたのだ)。

 そんなわけで、同じ電子書籍サイトhontoで提供されている『プロトコル』の電子版も紹介しておこう。同じリンクを、左サイドバーの「著書」の下にある「リンク」にも貼っておいた。ちなみにいうと、最新刊である『3・15卒業闘争』も、日程は未定だが、いずれ電子版が発売されることになっている。

『プロトコル』電子書籍

 それにしても、iPadはすごいデバイスだ。「未来」がここにある、という気がする。あの頃の未来に、僕らは立っているのかなあ。

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2012年1月25日 (水)

16年ぶりのアーヴィング

 ジョン・アーヴィングという作家の作品に長いこと触れていなかった。『有村ちさとによると世界は』でタイトルの一部を借用することまでしていながら(あれは、日本では『ガープの世界』として知られる"The World According to Garp"をモジったものである)、なぜか作品からは距離を置いていた。

 最近、ふと気が向いて『サーカスの息子』を読んだのだが、いったいアーヴィングを読むのは何年ぶりなんだろうと思って調べてみたところ、1996年に『サイダーハウス・ルール』を文春文庫で読んだのが最後だったということが判明した。実に16年ぶりである。

 以前は、「好きな作家は?」と訊かれればまっさきに名を挙げるほど大好きな作家だったのに、いったいどうしてふっつりと読まなくなってしまっていたのだろう。理由は考えても思い出せなかったし、たぶん、確たる理由などもともとなかったのだろうと思う。こんな風にして、人の気持ちというのは離れていってしまうものなのだ。

 しかし、16年ぶりに読んでみると、やはり文句なくおもしろい。自分はこの人の小説がものすごく好きなのだ、とあらためて思った。そしてもうひとつ、気づいたことがある。

 僕は自分の小説の登場人物たちを必ず、一定以上の愛情をもって描いている。主人公などのことだけを言っているのではない。それがたとえどんな役割を与えられている人物であろうと、つまり、ひどい悪人であっても、どうしようもない奴であってももれなく、心のどこかで愛しく感じているということだ。

 ときに僕は、ものすごく意地悪な視点を通じて、ある人物を描くことがある。そこに揶揄や冷笑や侮蔑しか感じないという人もいるかもしれない。しかし僕に言わせれば、そんな風に見える場合でさえ、それを描いている僕の中には一片の愛情があるのだ。

 そういう態度を僕はどこから倣ったのかと考えると、それはたぶん、ほぼまちがいなくアーヴィングなのである。この人の書く小説には、そういう意味での「愛情」が溢れている。だからといって、この人が実生活においても他人に対する愛情に溢れている人だとは必ずしも思わないし、僕自身、どっちかというとそれとは正反対のタイプの人間だと思うけれども。

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2012年1月24日 (火)

謝罪の過去形

 ある韓流ドラマを観ていたら、"정말 고마왔어"(チョンマル・コマワッソ)という台詞に対して、「今までありがとう」という字幕が付されていて、なるほどと思った。

「チョンマル・コマワッソ」は、直訳すれば「本当にありがたかった」くらいの意味である。「コマワヨ」が「ありがとう」だという程度のことは、旅行者向けの例文集にも載っているのではないかと思うが、「コマワ」の部分はもともと、"고맙다"(コマプタ)すなわち「ありがたい」という意味の形容詞の活用形である。これに「ッソ」という過去を表す接辞がついた形が「コマワッソ」なのだ。

 日本語の「ありがとう」も、元来は「ありがたく存ず」あるいは「ありがたく候」あたりから派生した表現だろうが、成句としてあまりにも定着してしまっているので、それ自体を過去形にするのはなじまない。「ありがたかった」と言う場合もあるが、なにやら仰々しい感じになってしまう。

 そういうとき、日本語話者が普通どう言うかというと、やはり「今までありがとう」だろう。「今まで」の部分によって、過去あるいは現在完了のニュアンスを添えた上で、成句としての「ありがとう」を使っているわけだ。

 一方、日本語でも、「すみません」については、「すみませんでした」というれっきとした過去形がある。しかし、「ごめんなさい」の過去形はない。本来の意味合いが形骸化しているとはいえ、文法的にはあくまで「免じてくれ」=「許してくれ」という命令形であることがその原因だろう(原理的にいって、命令形に過去時制はありえないから)。もしもこれを、意味を汲みつつ「ありがたかった」的にむりやり過去形にするとしたら、さしづめ「許してほしかった」とでもなるだろうか。

【用例】
「昨日の帰りがけ、倉庫の施錠を忘れたのは君かね?」
「許してほしかったです!」

 なんだか必要以上に言い訳がましく聞こえる。やはりこれは、実際の会話では使えまい。

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2012年1月12日 (木)

Even if you have to leave me

 もう、だってそれは「ありがとう」としか言えないよね?

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2012年1月 7日 (土)

トリツク島もなし

 ああもううんざりだな。解かれるべき謎、解かれることを待っている謎を解いて楽しいですか? そんなものが真の謎と言えますか? 東京タワーは赤いのがご自慢ですか?(『ぷりぷり県』by 吉田戦車)

 いやそれはいいとして、昔夢中で観たドラマ「ケイゾク」を十数年ぶりに観たら、トリックにけっこう無理があることに気づいてしまった。いや、トリック自体に破綻はないんだけど、そんなこと本当に可能なのか、という。

 たとえば、「4階の一番奥の部屋」という情報だけが与えられている状況で、本当はひとつ手前の部屋を「一番奥」と錯覚させるために、「あらかじめニセの壁を用意しておいて、ここぞというときにその壁をひとつ手前の部屋まで移動させる」ことでその錯覚を生み出させるってね、言葉で言うのは簡単だけど、それを松田美由紀演じるあの平凡な主婦がいったいどうやって1人で成し遂げるのかな、という。

 それをするには、最低、次の条件が満たされていなければならない。(1)当該のマンションの壁の仕様(サイズ、壁の材質など)がわかっていて、それを適切に業者に指示できる、(2)業者がそのオーダーに適切に応えられる、(3)そのニセの壁を当該のマンションに搬入するに際して、誰にも(というのは、業者にもマンションの住民にも)怪しまれない理由をでっち上げられる、(4)そのニセの壁は、女手ひとつで自在にスピーディーに移動させることができる。

 いやー、そうとうハードル高いですね。というか、事実上、これは不可能と言っていいでしょう。「もし仮にそのとおりにできるとすれば」、あの松田美由紀演じる主婦の犯罪は完全に近いものになったでしょうが、現実問題、そんなことはまずできないですよね。

 いや、特に「ケイゾク」が悪いと言ってるわけじゃないんです。あれは当時も楽しく観たし、今も楽しく観ている。ドラマとしては非常におもしろくて、僕自身もけっこう影響を受けた。でもそれはトータルとして見た場合であって、個々のトリックについてはかなりの無理を感じるのです。そしてそれは、「ケイゾク」に限った話ではぜんぜんない。

 ああいった作品の中で扱われる「トリック」って、かなりの頻度で、僕には「理論上可能なトリック」にすぎないものに思えるんです。理論上可能だけど、実際問題、不可能かそれにかぎりなく近いトリック。そこで一気に醒めてしまうものが、少なくとも僕にはある。そうじゃない人もいるのかもしれないけど、僕にはムリです。それに気づいてしまってからもなお、そのエピソードに関心を持ちつづけることはできない。

 でも、いいんですかね、それで。それでもいいって人が大勢いるんでしょうか。だとしたら僕は、入口で大きく間違っているのです。しかし仮に僕が間違っていることを認めるとしても、自分が陥っているその「間違い」を正す気持ちにはどうしてもなれないのです。

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2011年12月30日 (金)

A Day in the Life

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 日中のクーはおおむね、南側の窓辺周辺で過ごしているようだ。朝のうちは、西寄りの部屋の窓辺のごく小さな三角形のエリアにしか陽だまりができないので、そこにうずくまっている。そして、太陽が東から西へと移動するのにつれて、クー自身は陽だまりを追って逆に西から東へと徐々に位置を変えていく。コアタイムは午前11時から午後1時ごろで、その時間帯のクーはまことに幸せそうである。

 この季節だと、午後3時を過ぎるともはや南側の窓からは直射日光が差さなくなる。そうするとクーは、寝室に向かい、自力でかけ蒲団を掘り進んでベッドの中に潜り込む。それはまさに、「掘り進む」としか形容しようのない潜り込み方である。両手で力任せに「バッ、バッ」と蒲団を引っかき、その拍子に開いたわずかな隙間に少しずつ体を潜り込ませていくのだ。

 物理法則的にいうとそれはたいへん効率の悪い方法なのだが、蒲団の縁を「つまみあげる」とか、「持ち上げておく」というのは、構造的にいって猫の手で行なうことのできない動作なので、そうするよりほかにないのだろう。それでも、時間はかかるものの目的は必ず達成できるのだからたいしたものである。

 そうして一度蒲団に潜り込んだクーは、ほとんどの場合、3時間ほどは出て来ない。その間は、死んだようにグウグウ眠っているか、夢うつつの不活性な状態になっているようだ。そしてすっかり外が暗くなった頃にのろのろと出てきて、ドライフードをなん口か食べると、この画像のようにソファのブランケットの上に移動することが多い。

 先日、クーがソファに寝そべらずに、その脇に置いてある小さなサイドテーブルの上に窮屈そうに座っていたことがあった。なんでわざわざそんなところにいるのかと思ったのだが、よく見るとクーの下には、僕が妻に贈ったクリスマスプレゼントを包んでいた不織布の袋が置いてあり、そして、いつもはソファの上にあるブランケットが、マッサージチェアの上に移動していた。

 たぶんクーは、いつものようにソファで寛ごうとした際、ブランケットが見当たらなかったので、その周囲で最も感触がそれに近いものを探して、不織布の袋の上を選んだのであろう。

 夜も9時を過ぎる頃になると、クーは浴槽の蓋の上に移動する(おそらく、それくらいの時間帯から、浴槽に温水が入って温かくなっている確率が高まるからだろう)。正確には、浴槽の上のポールに干しているバスタオルを自力で引きずり落とし、その上で寝そべっている。ここでも、ブランケット的な感触のものがやはり必要なようだ。猫はことほどさように日課を持ち、特定の感触などにこだわる生き物なのである。

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