息継ぎ
絶望の縁にあるときでも、人は希望を持つことができる。しかしそんなときに抱く希望に、どれだけの力があるというのか。甘い未来など信じる気持ちにはなれない。幻想の未来はついに幻想のままで終わるのだ。
ああ、思い切りいじわるがしたい。取り返しがつかないようないじわるなことを言ってみたい。
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絶望の縁にあるときでも、人は希望を持つことができる。しかしそんなときに抱く希望に、どれだけの力があるというのか。甘い未来など信じる気持ちにはなれない。幻想の未来はついに幻想のままで終わるのだ。
ああ、思い切りいじわるがしたい。取り返しがつかないようないじわるなことを言ってみたい。
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実業之日本社の「ジェイ・ノベル」7月号。『プロトコル』外伝として書いている「ハイパー・ブロトコル」シリーズ第2弾、『オズのおまわりさん』が掲載されている。3月号に掲載された『青い草の国へ』と同じく、100枚程度の中編小説の体裁だが、今回は有村ちさとの最初の上司・村瀬瑛子にスポットを当てている。
瑛子は僕自身とほぼ同世代という設定で、学生時代にバブルを迎えたことになっている。そのバブル期の回想シーンを描きながら、あれからもう20年ほど経ってしまっているのだということにあらためて気づき、少々愕然とさせられた。学生の頃のことなんて、「ちょっと昔のこと」くらいにしか思っていなかったのに。
ところで、この中編を書くために、小学生以来初めて、映画『オズの魔法使』を観直した。楽曲はどれも素晴らしいのだが、歌詞を淀みなく歌うのはなかなか難しい。早口言葉みたいである。"Follow, follow, follow, follow, follow the yellow brick road!"とか、"Wonderful Wizard of Oz"とか。「ファッロファッロファッロファッロファロザイェロビロー」「ワンダフォウィザロボー」。
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僕の単行本としては9冊目、初の短編集でもある『全世界のデボラ』が、早川書房より刊行された。今年3月創刊で、奇数月に刊行していく予定の新しい叢書「想像力の文学」のラインナップのひとつとしてである。高松和樹氏の作品をフィーチャーした、この非常にソリッドかつ不穏な雰囲気の装丁、今までの僕の本にはない感じで、僕自身の好みにもたいへん合っている。
2005年からつい最近まで、主として「SFマガジン」誌上で散発的に発表してきた作品がメインだが、単行本化に当たって書き下ろした作品(『駆除する人々』)も1篇収録されている。「SFマガジン」は、僕にとって牙城というか、一種の聖域めいた位置づけになっている。今回の本にも、言葉本来の意味での「SF」はたぶん1篇も含まれていないが、「幻想小説」という言い方をしていいのであれば、すべてがそうだと言えるだろう。
『ラス・マンチャス通信』を愛してくれる人たちの一部が、その後僕が発表した作品群に失望しつづけていることはわかっている。もちろん、それについては僕にも言い分がある。いろいろある。山ほど、腐るほどある。それだけで本1冊が書けるほどある。今ここでそれを逐一言葉にしていくことはやめておくが、ひとつだけ言えることがあるとしたら、それは、この『全世界のデボラ』が、「ラスマン」以降の8冊の中で、たぶんもっとも「ラスマン」に近い立ち位置から書かれたものであるということだ。
この本を足場にして、僕はもう一度、自分の執筆歴を見つめ直し、そしてこれからの方向を見定めていくつもりだ。その結果選んだ方向が、正しいか間違っているかなんてわからない。しょせん、世の中のほとんどのことは深い闇の中なのだ。これまでも闇だったし、これからも闇だ。それくらいの覚悟はできている。
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「SFマガジン」6月号。巻頭の「My Favorite SF」に、シオドア・スタージョンの『人間以上』について僕が寄稿している。これについては、ずっと前に旧ブログ「黒いシミ通信」でなにか書いたようなかすかな記憶があるが、記憶が古すぎておぼろげである。そう、たしか、望月峯太郎の「ドラゴンヘッド」の中で、自衛隊員の「仁村」が読んでいたのが早川文庫のそれだったのだ。しかし、現在は表紙がリニューアルされてしまっているらしい。あの壊れた人形のイラストは印象的だったのだが。
「ドラゴンヘッド」は近未来の話だが、その近未来の話の中に出てくる早川文庫の本が、もはやむしろ近過去のものであるというところに、不思議な倒錯を感じる。さまざまな「近未来」を描いたさまざまな作品の中に分岐しながら痕跡を残していく「過去」の断片。美しい。
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「小説すばる」5月号。僕の短編『拾う神あり』が掲載されている。デビューのはるか前、15年くらい前から構想だけはあったのが、今回、いろいろいきさつがあってようやく作品の形に結実したものである。僕が敬愛してやまないある超ベテランシンガーをイメージした主人公が、ひょんなことから急進的左翼組織と関わりを持つようになるという話。
主人公は還暦を迎えた人物だが、作品自体は「青春小説」の特集に組み込まれている。「老いらくの青春」とでもいうべきか。
関係ないのだが、4/11付の「朝日新聞」土曜版「be」に、最近ウェッジ文庫から復刻された僕の曾祖父・平山蘆江(ろこう)の随筆集『東京おぼえ帳』が紹介された折り、「関連本」として僕の『忘れないと誓ったぼくがいた』が一緒に紹介されていた。「関連」といっても、著者同士が血縁関係にあるという意味での「関連」しかないのだが。
まったく予想外の紹介のされ方に驚きつつ、そのことを実家の父親に伝えたところ、「実は僕も最近、朝日新聞の記者さんから取材を受けた」という。今日になって知ったのだが、4/15付「朝日新聞」31面イベント欄の「国宝 阿修羅展」についての記事の中に、立教大学名誉教授として名前が挙がっていた。しかも、57年前、前回東京で「阿修羅」像が公開されたときのことを父親が描写した小説の一部が抜粋される、という形でだ。
お父さん、小説なんて発表していたのか!(という事実にいちばん驚いた。)
朝日さんには、期せずして、三代にわたって物書きとしてご紹介いただいたわけだ。え、一代抜けているのではないかって? そのとおりです。この中には、祖父だけ登場していません。しかし彼は、一生にわたって「俺はまだ本気出してないだけ」(青野春秋)な人物だったので、実績らしい実績がなかったのです。
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SFマガジン5月増刊号「STRANGE FICTION」。僕の短編小説『均衡点』が掲載されており、また111人の作家ガイドの中の1人としても取り上げられている。
今回の主人公は大学院の言語学研究科の博士課程に在籍する女性だが、またもや色っぽくない女を描いてしまった。そのかわり、思うさま言語ネタを扱わせてもらった。しかし、物語構造としてはむしろ、これまで「SFマガジン」に掲載していただいてきた諸短編に比べ、ストレートなものになっていると思う。担当S氏が、原稿初読時の感想として、「これまで本誌に寄せていただいた作品に比べて、世界観というか世界認識が歪んでおらず、真っ当に面白い小説として読ませていただきました」と述べておられ、ちょっと複雑な気持ちになった。
ところでこの作品、プロットを考えている段階では、仮に『神の天秤』というタイトルを与えられていた。しかしその後、韓流ドラマに同じタイトルのものがあることが判明し、急遽、考え直したのだった。恐るべし、韓流ドラマ。
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「魅機ちゃん充電日記」の方でも言及があるが、月刊IKKIの公式HPである「イキパラ」に、『魅機ちゃん』の特設ページができたので、ここでも紹介させてもらうことにした。すでに言及した実写版PVへのリンクだけでなく、造型師・桜文鳥氏による「みきちゃんフィギュア」についての記事もある。
なお、ここで「Amazon特設ページ」のところをクリックすると、Amazonのサイトに飛ぶ。僕と、イラスト・コミック担当の阿部潤さんのコメントが掲載されているので、ご一読いただければさいわい。
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僕の短編『精を放つ樹木』が掲載された「SFマガジン」4月号。僕の名前のちょっと下に、椎名誠さんの名がある。日本ファンタジーノベル大賞の選考委員として『ラス・マンチャス通信』を読んでくださった椎名さんと表紙で名前を並べるのは不思議な気分である。
『精を放つ樹木』は、久々にちょっとラスマン寄りの、エログロ(という言い方はどうもちょっと違う気がするのだがほかに適当な用語を思いつけないので)ありの気味悪い話だ。好みははっきりと分かれるのだろうが、こういう不条理っぽい話が自分はやっぱりものすごく好きなのだな、とあらためて思う。
挿画を担当してくださっている栗原裕孝さんによる、主人公「香住」と思われる女性のイラストが色っぽくてよかった。これまでにイラスト化された僕の女性登場人物の中でこれがいちばん色っぽいのではないか。まあそれも無理もない話で、もともと僕自身があまり「色っぽい女」を作品に登場させないのがいけないのである。正月に帰省したときも、父親にこう言われた。
「瑞穂の描く女は色気がないねぇ。もうちょっと色気があった方がいいと思うんだけど」
おおせのとおりです。今後、前向きに検討させていただきます。
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まもなく小学館から刊行される僕の8冊目の単行本『魅機ちゃん』の、実写版プロモーション映像が完成し、youtubeでの配信が始まった。女優の大門真紀さんに、主人公のお酌ロボット「みきちゃん」を演じていただき、IKKI編集部のスタッフによって撮影・編集されたものだ。ちょっと前に、「ある撮影現場に原作者として立ち会った」と言っていたのは、これのことである。
なお、このPVの成立にまつわる裏話みたいなものを、担当編集者であるTさんが「充電日記」の方にアップされているので、よろしければこちらも。詳しい成立事情については、実は僕も知らなかったので、「へぇー」と思った。
撮影現場では、「酔いつぶれて寝てしまったみきちゃん」を演じるため、ビジネススーツ姿でカーペットの上に横たわる大門さんのまわりを、スタッフたち男性陣が取り囲んでいるなど、異様な雰囲気だった。こうして完成品を見てしまうと、その場に自分が居合わせたことなど夢であったような気になってくる。
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僕の本の韓国語版を独占的にすでに4冊も出してくれているソウルのStudio Born-freeのムンさんが所用で来日したので、翻訳者キム・ドンヒさんとともに久々にお会いした。2006年の暮れ以来なので、もう2年以上顔を合わせていないことになるが、期せずして「日韓比較文化論」みたいな話で盛り上がった。
以前お会いした際も驚いたのだが、ムンさんは日本に長期滞在した経験もないのに、かなり流暢に日本語を話す。しかし、どちらかというと話す方が得意で、聞く方は不得手だという。普通は逆ではないかと思う。そういう先入観があるので、つい「これだけ話せるなら」というつもりでこちらも遠慮なく日本語を話してしまうと、今ひとつ伝わらず、部分的にキムさんの通訳が必要になったりする。
対する僕の方は、飛び交う韓国語がときどきは聞き取れても、自分の口からはまったくしゃべることができず、結局、今日使った韓国語は、店を出るときに言った「チャル・モゴッスムニダ(ごちそうさまでした)」のひとことだけだった。それだったら、韓国語がまったくわからない人でも、丸暗記しておけば言えるレベルだ。なさけない話である。
ちなみに「チャル・モゴッスムニダ」とは、字義どおりに直訳すれば「よく食べました」の意である。日本人の多くは、これを「なんかかわいいな」と感じるのではないかと思うが、その感覚を韓国の人にわかってもらうのはなかなか難しいだろうなと思う。
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