2017年12月20日 (水)

アンソロジー『耽美』(シリーズ紙礫)

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3月の『変態』にひきつづき、皓星社の叢書「紙礫」から今度は『耽美』というアンソロジー(シリーズ紙礫12)を刊行した。前回の「変態」ほどは収録作選定に悩まされなかったものの、それでも「いわゆる“耽美”ではつまらない」という欲が働き、結果としてはけっこう悩んだ挙句、そうとう恣意的なセレクトになってしまっていると思う。

収録作は以下のとおり。今回も、三島と犀星という大御所の間にさりげなくかつあつかましく僕自身の書き下ろし短編を忍ばせてある。

巻頭歌 与謝野晶子

『春』 岡本かの子

『麦藁帽子』 堀辰雄

『路傍』 川崎長太郎

『時雨の朝』 田村俊子

『竜潭譚』 泉鏡花

『春子』 三島由紀夫

『闇桜』 平山瑞穂

『陶古の女人』 室生犀星

『牡丹寺』 芝木好子

『春の華客』 山川方夫

解説:平山瑞穂

タイトルに「春」という文字を含む作品が3つも揃ってしまったのは単なる偶然だが、巻頭に掲げた与謝野晶子の短歌は、それを意識したものになっている。巻頭に詩歌を持ってくるのは、ここしばらくの「シリーズ紙礫」においてしだいに定型のスタイルとなりつつあるものだが、それだけでも全体に締まりが出てなかなかいいのではないかと思う。

それより僕としては、装丁にフェルナン・クノップフの「愛撫」を使ってもらえたことが嬉しくてならない。クノップフは高校時代から偏愛しているベルギー象徴派の代表的な画家だが、いつかなんらかの形でこの人の絵を自分の本の装いに利用できないかと考えていた。それにしても、「愛撫」はたいへん横に長い作品なので、人面女豹(と呼ぶのが適切なのかどうかはともかく)の長い尻尾の先までは表1(オモテ表紙)に入りきらず、背表紙を経由して表4(ウラ表紙)にまで達してしまっている。

『変態』『耽美』------と来たら、次は『猟奇』ではないか、という話も担当編集者との間では出ているのだが、「できるだけ、古い時代の作品の中から発掘する」という条件をも満たすものとして、はたしてそれだけのネタが集まるかどうかは、今のところ不鮮明である。

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2017年11月24日 (金)

「小説新潮」でやりたい放題

「小説新潮」12月号に短編小説『土牢の行く末』を寄稿した。2013年に一度休止した日本ファンタジーノベル大賞(僕の作家デビューのきっかけとなった賞)がこのたび、「日本ファンタジーノベル大賞2017」として再スタートを切ったのだが、その受賞作(柿村将彦さんの『隣のずこずこ』)発表に合わせて組まれた特集「ファンタジー小説の現在」向けに執筆依頼を受けたものだ。

「できればエロくて、ラスマン風味のものを」(「ラスマン」は僕のデビュー作『ラス・マンチャス通信』のオフィシャル愛称。オフィシャルといっても、作者である僕自身がオーソライズしているという意味でしかないが)というのが依頼趣旨だったので、それをいいことに好き放題に書かせてもらった。

今回の作品が、ジャンル名称としての「ファンタジー」に準拠したものかどうかというと、その点はかぎりなく怪しい。いや、たぶんほとんどまったく「ファンタジー」ではないだろう。でもそれを言うなら、当の日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『ラス・マンチャス通信』だって、まったく「ファンタジー」ではなかった。

ただしそれは、「ファンタジー」というのを「剣と魔法」的ななにかと捉えたかぎりでの話だ。「ファンタジー」というのは、「作中でなにか現実原則を逸脱したような事象が起こるが、さりとてSFでもなく、ましてサスペンスでもミステリーでも恋愛小説でもホラーでもなく、しかし一方でそれらすべての要素を含む可能性もある、どうにも定義しようのない作品」を総称する名称であると僕は勝手に考えている。まあ今回の作品も、テイストとしていちばん近いのはホラーなのかもしれないし。

いずれにしても、プロットは一瞬で浮かんできて、書き上げるのも一気呵成で実に楽しかった。ここしばらく、アンソロジーや評論などにばかりかまけてきたが、久々に小説を書くと本当にもう楽しくてしょうがなくて、やはり自分は本質的には「小説家」なのだなという思いを強くしている。

ところでそんな僕がいちばん最近出した本は評論『愛ゆえの反ハルキスト宣言』(皓星社)であり、まるで新潮社にケンカを売っているような内容なわけだが、このとおり、「小説新潮」にも新作を寄稿しているわけだし、関係がまずくなっているわけでは決してない。だいたい『愛ゆえの反ハルキスト宣言』は、タイトルこそ挑戦的だが、身近で読んでくれた人の多くが口を揃えて、「これを読んでいると村上春樹を読みなおしたくなる」と言っている。むしろ販売促進につながっているではないか。

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2017年11月23日 (木)

鈴鹿こゆれば蘆江の足跡

21日、滋賀県の甲賀警察署の新庁舎落成式に招待され、父とともに出席してきた。

どうしてそういうことになったのかというと、明治36年、まだ作家として名を挙げる前の曽祖父・平山蘆江が、東京から郷里の長崎まで徒歩で帰った際、道中で食いつめて水口(みなくち)の警察署(甲賀警察署の前身)に泣きついたところ、巡査の園川眞道という人が同情してあたたかいうどんと五十銭をめぐんでくれたという逸話がことの発端になっている。

いたく感激した蘆江は後日きちんとお礼をしようと考えていたが、園川氏の名を覚えまちがえていたために本人を特定することができなかった。しかし、その後作家としての名声を得てからも感謝の念は絶えず、随筆などに当時の思い出を綴ったりしていたら、それが機運となって本人につながり、実に34年後、蘆江はすでに隠居していた園川氏との再会を果たす。その際に蘆江は、感謝のしるしとして書状を贈っている。

「われ不遇の旅でした/ゆきくれて/水口署にころげこみしは/三十四年のむかしなりき/その時の署員/園川眞道氏の親切わすれず/再び水口署を訪まして/その心をのこす」としたためた上で蘆江は、以下の都々逸風の歌一首とともに、当時の徒歩旅行の際の自分の出で立ちを絵に残している。

  鈴鹿こゆれば

   水口晴れて

  むかしなつかし

   秋日和 

水口署ではこの書状を長年大事に保管していて、それは後身である甲賀署にも引き継がれていた。そしてこのたび、甲賀署が老朽化した庁舎を建てなおすにあたって、くだんの書状の一部を大きな陶板にして庁舎の1階に掲げてくださることになった。そういうわけで、曾孫であり蘆江と同じ作家でもある僕に声がかかったのである。

もっとも、僕は蘆江と直接の面識はない。孫として蘆江にかわいがってもらった父のほうが思い入れは強いのではないかと思って声をかけると、父は水口での一幕についてもよく聞き知っていて、ぜひ式に出席したいというので、急遽同道することになった。ただ、父はすでに86歳と高齢である。日帰りはさすがにきつかったので、京都に1泊した。父と二人での旅行など、記憶するかぎりこれが生涯で最初だと思う。

京都から在来線を乗り継いで貴生川駅で警察の方に車で出迎えていただき、新庁舎に向かった。楽隊の生演奏のあとで開催された落成式は、滋賀県知事をはじめ錚々たる顔ぶれの揃ったおごそかなものだったが、続く陶板の除幕式はもっとこぢんまりとしており、おかげで壇上に立たされてもそれほど緊張せずに済んだ。県警本部長さんとともに僕と父とで紐を引き降ろして陶板をお披露目してから(「除幕」というのを初体験した)、挨拶のスピーチをさせていただいた。

ただ、除幕に先立って司会者の女性から紹介された蘆江の書状をめぐるいきさつは、僕が知っている話よりもずっと「美談」めいたものになっていた。たとえば、蘆江は若い頃の「修行中」に偶然水口のあたりを通りかかったという触れ込みになっているが、実際には長崎の養父とあれこれ揉めているさなか、帰省のための資金がなくなってしまってやむなく歩いて帰るはめになったというだけの話だった。また、園川氏がおごったのは(「一杯のかけそば」さながら)「1杯のうどん」とされているが、実際には2杯だった(蘆江がそれだけ飢えていたということだろう)。

いちいち訂正するのもなにかせっかくの美談にケチをつけるようで憚られるが、そのままただそらっとぼけているのもしのびなかったので、スピーチの中で両者のバランスを取るのに少々難儀させられた。

そのあとは、警察署長さんと副署長さんのお二人としばし談笑したのち、副署長さんの案内で新庁舎内を見学させていただいた。庁舎は4階建ての立派なもので、取調室や面会室、留置施設内など、通常なら立ち入ることのできないエリアもつぶさに見てまわれて興味深かった。

京都に1泊した翌日は、せっかく京都にいるのだし、少しくらいは散策でもしたいところだったのだが、高齢の父は前日のミッションを達成した時点で疲れはててしまっていたらしく、正午前に解散となって父だけ先に帰ることになった。僕は一人で東山周辺(知恩院、八坂神社等)をぶらりと歩いてみたが、奇しくも紅葉の絶頂で、「ザ・京都」とでも言うべき雰囲気を堪能することができた。

それはそうと、帰ってから、甲賀警察署を訪れた際に写真をひとつも撮影していなかったことに気づいた。せっかく立派な陶板を飾ってくださっているのに何を考えていたのだろうか。まあ、ほかのいろいろなことに気を取られていたせいでもあるが、インスタグラム全盛のこの時代に、僕は自分が見たものをこまごまと画像で記録するという習慣からはほど遠いところに生きているので、そういう発想に辿りつけなかったのだろう。

そんなわけで、陶板については、事前に甲賀署の方が確認用に送ってくださった画像を転用させていただくことにする。この画像だとわかりづらいが、高さだけでも優に1メートルはあるかなり大きなものであり、陶器製であるということはちょっと見ただけではわからない。天国の蘆江がこれを知ったらいったいどう思うのだろうか。

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2017年9月 5日 (火)

『愛ゆえの反ハルキスト宣言』発売

アンチ村上春樹論である『愛ゆえの反ハルキスト宣言』(皓星社)が発売になる。配本は奇しくも9月6日、僕の49歳の誕生日当日となった。

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https://www.amazon.co.jp/dp/product/4774406392/ref=as_li_tf_tl?camp=247&creative=1211&creativeASIN=4774406392&ie=UTF8&linkCode=as2&tag=bookmeter_book_image_image_pc_logoff-22

装画を担当してくださったのはイラストレーターの大久保ナオ登さん。背中を向けてドーナツを食べる「羊男」がいいアクセントになっている。本書のゲラを読んだ上でこのイラストを描いてくださったとのことだが、どこからこういう「画想」を思いつくのかと感心することしきりだ。

本書については、本質的に見当違いなことは何ひとつ言っていないはずという自負は抱いているものの、実際に読まれたときにどういう反応が返ってくるのかは今のところまったく予想がつかずにいる。どのみちあれこれ言い立てられるであろうことは覚悟の上だが、すべてを柳に風で受け流せるような強靭な神経を持ちあわせてはいないので、今から戦々恐々としている。

なお、前回の記事でも触れたが、本書刊行を記念して9月14日にトークイベントが開催される予定である。あらためて詳細情報をご案内しておく。

http://bookandbeer.com/event/20170914_event/

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2017年8月20日 (日)

トークイベントのお知らせ

9月8日、アンチの立場で書いた村上春樹論『愛ゆえの反ハルキスト宣言』(皓星社)を上梓する。

僕がこの作家に対して抱く思いは複雑だ。自分が小説家を目指すにあたって非常に強い影響を受けたことは否定しないが、それだけに、「かわいさ余って憎さ百倍」という側面もある。そのあたりの愛憎入り乱れる思いの丈を存分に吐露した1冊になっていると思う。

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本書刊行を記念して、9月14日、東京・下北沢の書店B&Bで、トークイベントが開催される。トークのお相手は、これまでにも何度も新刊などをめぐってインタビューをしてくださっているライターの瀧井朝世さん。イベントの詳細情報とチケット入手方法については以下を参照されたい。

http://bookandbeer.com/event/20170914_event/

 

なお、ここしばらく小説の発表を手控えているが、書くのをやめてしまったわけではない。それについてはいろいろと思うところがあって、取るべき方向性を水面下では着々と模索している。いずれ時が来たらあらためて告知するつもりだ。

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2017年3月17日 (金)

遅い目覚め

最近、深田晃司監督の映画作品をいくつかたてつづけに観た。すばらしい。「先が読めないおもしろさ」というのは、こういう作品群にこそ捧げられるべき言葉だと思う。はっきりした起承転結、わかりやすい文法に則ってウェルメイドに作られたどんなエンタメ作品よりも「先」が気になって、ひとたび観はじめるや途中でやめることができない。

それらを観ながら、自らの不明を恥じずにはいられない(村上春樹的に言うなら、「不明を恥じないわけにはいかない」。なんで村上春樹的に言いなおさなければならないのかは自分でもよくわからないが)。深く、深く不明を恥じる。僕はこの十数年、いったい何をしていたのだろうか。あくせくと目の前の仕事を片づけることに汲々としながら、いちばん大事ななにかを見失っていたのではないだろうか。

もう遅いかもしれない。今さらかもしれない。しかし僕は、とにかくもう一度、本来自分が目指していたところに目を据え、そこに向かって歩みを進めていこうと思う。僕のいわゆる(エンタメ作家としての)作家生命は、昨年の時点ですでに尽きたと思っている。どうせもう終わっているのなら、何をどう仕切りなおそうが勝手ではないのか。

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2017年3月10日 (金)

アンソロジー『変態』(シリーズ紙礫)

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僕が編者として取りまとめ、解説を寄せた短編小説アンソロジー『変態』が、皓星社の「シリーズ紙礫」の第7弾として発売された。ご覧のとおり、なんとも怪しいたたずまいの本である(撮影しようとしたら猫のクーが寄ってきたので一度どかしたのだが、どかしてもまた寄ってきてしまうので、あきらめて一緒にフレームに収めた次第)。

収録作は以下のとおり。

「犬」 中勘助

「東京日記(その八)」 内田百

「富美子の足」 谷崎潤一郎

「彼等[THEY]」 稲垣足穂

「合掌」 川端康成

「果実」 平山瑞穂

「夢鬼」 蘭郁二郎

それぞれの作品については「解説」の中でほぼ語り尽くしているので、ここではくりかえさない。ただ、川端と蘭の間にさりげなく紛らせてある僕自身の書き下ろしについては、(当然のことながら)解説は省いているため、ここでひとこと補足しておこう。 

この作品「果実」は昨秋一気呵成に書き上げたものだが、中核となるモチーフは、実は二十数年前、アマチュア時代に書いた習作から切り取ってきてリミックスしたものである。まだ25歳かそこらの頃の話だ。25歳。信じられないくらい若い。そのときの着想が、長い歳月は経たものの今ではこうして活字になっていることを、当時の自分に知らせてやりたくてならない。 

なお、ついでなので一応言っておくと、クーは元気である。このブログに登場するのも軽く5、6年ぶりなのではないかと思うが、10歳の今もこれといった病気にはかからず毎日陽気かつ呑気に過ごしている。ただ、なぜか腹部を執拗に舐めつづけるせいで、ふさふさだった腹毛のほとんどが禿げてしまっているのだが(アレルギー性らしく、ときどき薬をやったりしているのだが、根本的な解決には至らずにいる)。

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2017年2月14日 (火)

踏み越えていなかったひとつのハードル

年明けから、村上春樹の小説を相次いで時系列で再読している。なぜそんなことをしているのか、その理由はいずれ知らしめることになると思うが、今はまだそのときではない。今言いたいのは、自分がどれだけこの作家から影響を受けていたのかということだ。

僕は1968年生まれだが、この世代で村上春樹という作家をまったく無視できた人はいないのではないかと思っている。影響を受けざるをえなかった(村上春樹的にいうなら、「影響を受けないわけにはいかなかった」)ということだ。たとえそれが、「この人の影響を受けてはいけない」という否定的なスタンスに根ざしたものであったとしても、意識しているという時点でそれはすでに「影響を受けている」ということなのだと思う。そういう意味で、避けて通れないところにこの作家はいたのではないかということだ。

ある時期から------というのは、作家デビューを果たすよりだいぶ前の段階のことを言っているのだが、とにかくある時期から僕は、この人の亜流に甘んじることだけは絶対に避けなければいけないという気持ちで日々、発表するあてがあるのかどうかもわからない小説の原稿を書きつづけていた。

それはある程度成功していると自分では思っていた。そしてある時期以降、自分はほぼ完全に村上春樹の影響下から抜け出すことができたという確信を抱いていた。しかし今、『風の歌を聴け』から通して再読していく中で、その脱却度合いがいかに生半可なものであったかということを思い知らされている。 

たとえば2013年に僕が上梓した『ルドヴィカがいる』はどうか。これは、作家である語り手がある謎の電話を受けるところから物語が始まっている。この出だしは、『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭部分と酷似してはいまいか。

もちろん僕は、『ルドヴィカがいる』を書くときに、そんなことはまったく念頭に浮かべていなかった。僕はただ、なんらかの不条理感や、「これから何が起こるがわからない感じ」を出したくてそういう場面を書いたにすぎない。しかしその「感じ」を実現するために僕が援用したのは、なんのことはない、村上春樹が20年も前に則ったのと同じ作法にほかならなかったのだ。

やれやれ、と僕は思う(村上春樹風)。しかしそれと同時に僕は、だからこそこれを踏み越えなければならないのだとも思うのだ。たとえその努力が、誰からの支持も得られないものであったとしても。

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2017年2月10日 (金)

その名も「変態」

さて、前著『妻を譲らば』が刊行されてから少々間が空いたが、次に出るのは僕が編者として取りまとめたアンソロジーである(3月10日発売予定)。

皓星社がマイク・モラスキー氏・編の『闇市』を皮切りに2015年から毎回テーマと編者を替えて刊行しているシリーズ「紙礫」の第7弾として、ちょっと変わった趣向の中・短編小説を7篇揃えている。取り上げているのは、中勘助、川端康成、蘭郁二郎等の作品なのだが、僕自身の書き下ろしもドサクサに紛れるように1篇忍ばせている。ネット上にもすでにちらほらと情報が現れはじめているが、その名もズバリ、『変態』。

声がかかったとき、一も二もなくこのテーマでやらせてほしいと申し出たのは僕自身だし、「いかに変態っぽいラインナップを組み上げるか」というのは実に取り組みがいのあるテーマで、解説を書いている間もずっとノリノリだった。

少し前、某社の担当編集者にこういう本が出るという話をしたところ、「平山さんの名前が冠された『変態』という名の本が世に出てしまうという点についてはどうなんですか?」と言われたのだが、それに対しても「いやそれは別に」という反応で終わっていた。

しかし今、ネット上で“『変態』  平山瑞穂・編”という文字を見ると、そのインパクトに毎回一瞬ギョッとしてしまう。ああそうか、『変態』というタイトルの本を自分名義で出すというのはこういうことだったのか、と。

なお、本書編集の過程では、候補作選定のためにめぼしい作品をピックアップしつつ、それぞれの作品における「変態ポイント」(ここが変態っぽいと思う要素やその理由)について僕がメモをつけていった資料が作成されているのだが、版元皓星社から、その「変態ポイント」をツイッターで随時アップしてくれているようなので、併せてご参照いただければ幸いである。

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2017年2月 1日 (水)

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語らない時期が長くなればなるほど、語れないという思いが強くなっていく。ネットで発言を始めた約12年前から常に思っていたことだ。無理にでもそれに抗おうとする胆力がかつてはあった。それに屈してはいけないという思いにだけ駆られて、僕はなにごとかを綴りつづけていた。

この無差別な「発信」の洪水の中で、あくまでそれを続けていくに足るだけの心の強さが自分にあるとは思えない。いったいそれを誰が求めているというのか。語ることなどは、説明責任を放棄した短い発信を垂れ流し、その結果に関心を持たずにいられる鈍感な人々にでも任せておけばいいのではないかとも思う。それでも、僕はいいかげん語らなければならない。

語るべきことが何もないわけではない。語ろうと思えばいつでも語れる。ただ僕は、あまりにも長いこと沈黙を守りつづけたせいで、語り方というものを忘れてしまっているようなのだ。それを思い出すまで、少しだけ猶予が欲しい。

それまでは、どことなくたどたどしくて舌足らずな語り口になってしまうだろう。それでも許してくれるという人は、僕が再び語りのステージにじわじわと這い上がってくるさまを辛抱強く見守っていてほしい。

どのみち僕には、語ることから逃げつづけていることなどできはしないのだから。

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