まさか「さらなる顛末」の次にアップするのがこの記事になるとは思っていなかった。もっとも、それはひとえにブログを放置していた僕の怠慢に起因することであり、実際にはあれからけっこうな月日が流れているのだが、それにしても、元気になったクーの姿を伝えた記事に続けてこれを書くことには、胸をえぐられるような思いをさせられる。
10月23日の午後1時半ごろ、クーは息を引き取った。その最期の顛末について書きたい。申し訳ないが、例によって長いので、5回に分けて投稿する。
年明けからずっと、クーは驚くほど元気だった。月に一度程度、地元のかかりつけのクリニックで血液と超音波の検査をしてもらい、リンパ腫が再発していないかどうかモニターしていたのだが、毎回なんの兆候もなかったこともあり、途中からは2ヶ月に一度程度にしていた。それもよくなかったのかもしれないが、8月の終わりごろ、クーはにわかに食が細り、動きから活発さがなくなっていった。最初はたまたまなのかと思っていたが、数日のうちにみるみる元気がなくなり、水すら自分の意志では飲もうとしなくなっていた。
慌てて地元クリニックにかかったところ、超音波検査の結果、「十中八九、リンパ腫が再発している」との所見を告げられた。しかも、貧血がかなりひどい状態になっており、輸血が必要なレベルだとも言われた。ただし、そのクリニックでは輸血に対応できないという。いずれにしても、可及的速やかに東大動物医療センターにつないでもらう必要があった。
担当の先生はその場ですぐに東大に電話してくれたのだが、すでに夕刻で、その日の予約受付は終了していた。しかもその日は金曜日だったので、月曜まではどうしようもなかった。とりあえず皮下点滴と、(なんらかの感染症にかかっている兆候もあったため)抗生剤の投与だけしてもらって、ジリジリしながら週明けを待ったが、僕は実のところ、実際に東大で診てもらうまで、クーの命はもたないのではないかと思っていた。東大の予約がすぐに取れることはほとんどない。過去の経験からいっても、2週間・3週間は先になると見ておくべきだ。今でさえ息も絶え絶えなのに、それまでどうやって命をつなげというのか。
ところが月曜の午前中、クリニックから電話があって、驚いたことに翌日の午前10時に東大の予約が取れたと告げてきた。東大も、クリニック側からクーの状態を聞き、事態の切迫度に鑑みて、最大限急いでくれたのだろう。
こうして9月7日、僕は再び東大の弥生キャンパス内にある動物医療センターまでクーを連れていった。それは、僕自身の53歳の誕生日の翌日でもあった。待機期間中のクーは、皮下点滴で水分を与えられる以外には、僕が掌に「ちゅ〜る」を捻り出して差し出せば、かろうじてひと舐めふた舐めすることもある、という状態だったので、前日には、僕の誕生日がクーの命日になってしまうのではないかと危惧していたほどだった。
一連の検査を終えた主治医から聞かされた診断結果は、絶望的なものだった。
「リンパ腫が再発していることはほぼまちがいがないんですが、確定診断ではありません。というのは、確定診断のためには、穿刺して病変部の組織の一部を取って生検する必要があるんですが、貧血の状態が悪すぎて、それをするのすら危険な状態なんです。かかりつけのところで金曜日に検査した結果と比べると、3日間で赤血球が半減しています。この減り方のペースからすると、リンパ腫の影響で病変部などから体内で出血しているか、溶血(自己免疫反応の一種で、赤血球を自ら破壊してしまう現象)が起きている可能性が高い。正直、もしも連れてきていただくのが明日になっていたら、われわれとしても手の施しようがなかったかもしれないほどの状態です」
貧血の状態からすれば、赤血球経由で全身に運ばれる酸素の供給量も少なくなっていて、おそらく呼吸も苦しくなっているはずだという。たしかにその数日、クーは、ときどき呼吸が速くなっていた。なお、病変部とは、リンパ節と隣接している腸管のことだ。その病変も、かなり進行していた。去年の6月、最初にリンパ腫にかかって超音波検査した際の画像と今回の同じ部位の画像を比較すると、前回は腸管が肥大しているように見えるだけなのに対して、今回は、腸管の内部がぐちゃぐちゃになっていて、組織の形をひと目で見定めることがむずかしいような状態になっていた。痛ましくて、目を背けたくなるような画像だった。
そのわりに、不思議なことに、クーは便通になんの問題も起こしていなかった。去年、東大で診てもらうことにした際も、出発点は下痢が続いたことだったし、逆に今回は、下痢の兆候がまったく見られないことから、「リンパ腫の再発ではないだろう」と油断していたところもある。
いずれにしても、まずその貧血状態を改善しないことには、治療しようにもできない状態だというのが、主治医の見立てだった。ただ、その治療とは、抗がん剤治療しかありえない。去年、それでいかに七転八倒したかが脳裏にフラッシュバックした。抗がん剤を打てば、リンパ腫はおさまるかもしれないが、その副作用で、クーはまた自分の意志では何も食べなくなってしまうのではないか。そうすると、また何日か入院させて、胃から通じるチューブを取りつけてもらわなければならなくなる。そうしてまた何度も、タクシーにクーを乗せて東大まで通わなければならないのだ。
手間はどれだけかかってもいい。チューブ経由の給餌には苦労したが、要領は今でも覚えている。それをしてクーがまた元気になってくれるのなら、労力を惜しむ気持ちはなかった。でも、今回もクーが無事に回復する確率がどれくらいあるのか、その点に関して、僕は懐疑的にならざるをえなかった。もしも治療中に力尽きてしまうようだとしたら、入院や手術、抗がん剤投与や通院といった一連の過程は、クーにとって苦痛にしかならない。家で寛いでいることがあんなに好きな猫なのに、それでいいのか――。
「とにかくまずは輸血をして、抗がん剤治療に耐えられる状態まで回復すれば、前回の治療の際、後半で使用したような、消化器毒性の比較的弱いタイプの薬剤を投与するという形で、治療を試みることはできます。ただ、再発したことからいっても、抗がん剤が前回と同じように効くという保証はありません。一度打ってみて効かないようであれば、そこであきらめるしかないと思います。それでもとにかく、一度試してみるという手はあります。もちろん、こちらとしては、もし治療を希望されるなら提供できなくはないと言っているだけで、どうされるかはお父さん・お母さん(前にも言ったが、この主治医は飼い主のことをそう呼ぶ)のお考え次第です。治療はあえて受けさせないというのであれば、われわれとしてはそれでもかまいません」
妻(主治医が言うところの「お母さん」)との間では、「病状がどうであったにしても、クーにとっていちばん苦痛の少ない方法を選んであげよう」という大枠でのコンセンサスはできていた。でも、この場合に実際にどうするか、僕一人では決めかねた。
クーが受けるであろう苦痛を考えて、あえて治療を受けさせず、そのまま連れ帰って家で看取る、という選択肢ももちろんあった。でもその場合、クーは今日・明日にも命の火を絶やしてしまうかもしれない。それはあまりにも急な展開で、心がついていけないところがあった。それに、もうほとんど身動きもしなくなってしまっている衰弱したクーの姿は、見るに耐えなかった。
抗がん剤治療は受けなくてもいい。それでも、せめて今のつらさを少しでも楽にしてあげられる方法はないのだろうか。僕は藁にもすがるような思いで、「抗がん剤治療はしないとして、輸血だけでもすれば、少しは楽になりますか?」と訊いてみた。しかし主治医の回答は、「今の状態では、穴の開いたバケツに水を注いでいるようなもので、それにはほとんど意味がない」というものだった。輸血はあくまで、抗がん剤治療を試みることの前提として位置づけられていたのだ。それに、輸血自体にも一定のリスクはあり、その最中に容態が急変することもありうるという。
いずれにしても、対応についてはその場で決断し、回答する必要があった。貧血の状態からいっても、もはや猶予はなかった。入院させるかさせないかは即刻決め、入院させるのであればその場でクーを引き渡さなければならず、それをしないという選択肢は、すなわち治療を断念することを意味していた。
〈続く〉
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