2016年4月 6日 (水)

『ルドヴィカがいる』文庫版

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2013年に小学館より単行本が刊行された拙著『ルドヴィカがいる』が、このたび小学館文庫に入った。

本業だけでは食っていくのが難しい売れない小説家・伊豆浜亮平が、糊口をしのぐためのアルバイトとして行なっている女性週刊誌のライター仕事を通じて知り合った若き天才ピアニスト、「鍵盤王子」の異名を取る荻須晶と知りあい、不思議な言葉を操るその姉・水(みず)失踪の謎を探る過程で言葉の迷宮にからめ取られていってしまう、という物語である。

単行本のカバーは、不穏な暗い森のイメージが印象的なデザインだった。

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一転して今回は、画像的要素や色彩などを徹底的に削ぎ落としたソリッドでシンプルきわまりないデザインになっている。最初にラフを見せられたときは思わず目を瞠った。

元少年A氏の『絶歌』や、小保方晴子さんの『あの日』など、物議を醸した人の「手記」のカバーデザインにも相通じる大胆さだが、それ以外にも、タイトルの下に小さく入った仏語題がワンポイントになっている点、一見無地にも見える背景に実は薄いスミアミで「ルドヴィカがいる」の文字がランダムに配置されている点、タイトルよりもむしろオビのキャッチの方が大きい字で表示されている点など型破りな要素が満載だし、何より文庫でこうしたミニマムなデザインというのはかなり異例なケースなのではあるまいか。

こんな小さな画像や、ましてネット書店での書影などでは、この「異物感」を実感することは難しいと思う。ぜひ現物を手に取って見てほしい。

カバーがこのデザインに落ち着くまでにはそうとうな紆余曲折があったらしい。すべてが確定したあとで、担当編集者経由で今回発生したラフ案のほぼすべてを「参考までに」ということで見せてもらったのだが、その数の多さに度肝を抜かれた。

バラの花などボタニカルなイメージを前面に押し出した絢爛なものから、「森と女」がモチーフの写真を使用したもの、一見風変わりな少女のイラストを援用したもの、同じミニマム路線でも一面黒で塗りつぶされているもの、そしてそれぞれの路線の中で派生した無数のバリエーションなど、その数は優に100点を超えている。

それだけあると、もはや何をもって「よし」とするのかわからなくなりそうなものだが、できあがった現物を前にすると、「うん、たしかにこれがいちばんだな」と納得させられる。「シンプル・イズ・ベスト、ただし若干のヒネリが存在感を格段に高める」といったところだろう。デザインを担当してくださったbookwallさん、本当にありがとうございました。

なお本文庫には、文芸評論家の関口苑生さんがすばらしい解説を寄せてくださっている。このいくぶん人を食ったところのある作品についてのすぐれた解題になっていることは言うに及ばず、物書きとしての僕のスタンスについても、僕自身が言いたかったことをみごとに代弁してくださっていて、まさに感激の至りである。こちらにもこの場を借りてお礼を述べさせていただきたい。

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2015年12月17日 (木)

新刊『バタフライ』

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幻冬舎より最新書き下ろし『バタフライ』が刊行された。僕にとって通算23作目の単行本(最初から文庫として刊行された『遠すぎた輝き、今ここを照らす光』を含む)である。

20作も超えると、今度何作目なのかというのをいちいち数えないととっさにはわからなくなってくる。極端に子だくさんの人というのは、こんな気持ちなのではないだろうか。それぞれの子どもへの愛情がないわけではないのだけれど、あまりに多すぎて一人ひとりに目が行き届かなくなるこの感じ。

さて、「バタフライ効果」と呼ばれるものがある。自然環境の中で生じたわずかな変化が、力学的な連鎖を引き起こし、自然災害などの大きな結果に結びつくというその可能性を、寓意的に表現したものだ。これを、偶然すれちがうことになった人間同士の相互作用で表現できないかと考えたのが、本作を執筆するに至った動機だ。

たとえば今日、あなたがたまたま朝から気分がよくて、いつもなら無視している募金に応じたとする。あるいは逆に、勤め先でいやなことがあったばかりに、帰りに寄った居酒屋で従業員に対してついきつい調子でなにか言ってしまったとする。

なんの気なしにしたそのことが、別のだれかのなんらかの行動を引き起こし、それが巡りめぐって、どこかで大きなできごとに結びついていたとしたら? テレビのニュースで知るような、自分の与り知らないところで起きた大きな事件に、その自覚もないままに、自分も遠因のひとつとして関与していたとしたら------?

そんな空想を突きつめていったところに、本作は成立している。だからこれは、「ミステリー」と銘打ってはいても、いわゆる謎解きものではない。むしろ、あるできごとが「いかにして起こったか」を、時系列に沿って説いていくような構成を取っている。そこで真に問題になるのは、この「あるできごと」に結果として関与することになった、それぞれは接点を持たない人物たちの生きざまである。

なお、Amazonなどにおける本書の紹介文(オビの文言とほぼ同様)は、以下のとおりになっている。

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尾岸七海(13)は母の再婚相手に身体を求められていた。「この男を本当に殺したい」。島薗元治(74)は妻に先立たれ、時間を持て余している。「若い奴は全くなってない」。永淵亨(32)はネットカフェで暮らし、所持金は1887円。「もう死ぬしかないのか」。山添択(13)は級友にゴミ扱いされて不登校に。「居場所はゲームの中だけだ」。設楽伸之(43)は二代目社長として右往左往している。「天国の父に笑われてしまう」……。全く接点のなかった、困難に直面する一人ひとりの日常。誰かの優しさが見知らぬ人を救う、たった一日の奇跡の物語。

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オビには、芥川賞作家・羽田圭介さんから推薦コメントをいただいた。カバーデザインは片岡忠彦氏。裏表紙では、同じ東京の夜景が揺れている。一匹の蝶の起こした波紋が、東京全体を震撼させているという趣向だ。ラフを見たときには、その芸の細かさに思わず唸らされた。

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2015年9月20日 (日)

極私的読書ガイド(13) ------記憶をめぐる考察(2)

『マザー』(単行本は2010年、文庫は2012年)

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一人だけ、自分にとって「理想の人物」を作ることができるという携帯ソフトをめぐる都市伝説の謎に、若者たちが迫っていくという話。「デスノート」的なものを書いてみてほしいという担当編集者からのリクエストに応じて書いたものだ。

編集者の意図は、「ここらでとにかく一度ブレイクして、平山さんの名を一気に知らしめることが必要。そのためには作品を一般受けしやすい形にしておかなければ」というところにあった。僕もそれを理解したからこそ、精一杯期待に沿うようなスペックで作品を仕上げたわけだ。

それで僕なりに一種のSFミステリーを書いてみたつもりなのだが、少し不器用だったかもしれない。そう、ただ少しだけ、不器用だったのかもしれない。あのミラーボールみたいに、明るくてまん丸なお月さんに、憧れただけさ。

しかしまあ畢竟するところ、「ピリオドの向こう」には行けなかったわけですな、この作品でも。

つくづく、「あの手この手」を試したものだと思う。そしてこの作品にかぎらず、「どの手」を使った場合も、僕は作品を一定以上の水準に到達させることはできているはずだと自負している。しかしほとんどの場合、それは読者には届いていない。

もしかしたら、そんな風に、何をどう書いても「それなり」に仕立てあげることができてしまう小器用さこそが、僕の最大の欠点なのかもしれないと考える瞬間もたびたびある。いわゆる器用貧乏というやつだ。もっともっと不器用で、「自分はこういう風にしか書けない」というタイプだった方が、結果としては明確に「色」を出すことができて、最終的にはそれが読者から支持される結果になったのかもしれない、と。

だがそんなのはしょせん仮定の話だし、そういうわがままがきくのは、既存の作品がいくらなんでももう少しは売れているケースなのではないかとも思う。先にも言ったように、そういう対応力が欠けていたばかりに、どの出版社からも相手にされなくなってしまったとしたら元も子もないではないか。僕はまちがっていたのだろうか。------そうは思えない。

それより僕は、敬愛する楳図かずお先生が初監督した映画のタイトルが、これとまったく同じであったことにいろいろな意味でショックを受けた。もっとも、僕の『マザー』が映画化されるようなことは(少なくとも現段階では)ほぼありえなさそうなので、タイトルが競合する心配も実質的には存在しないわけだが。

タイトルといえば、まさにこの『マザー』あたりから、僕自身が考えた案が通らなくなるケースが増えていくことになる。この作品だって、「きらら」連載当時は『理想の人』というタイトルだった。それでは今ひとつキャッチーではないので、単行本化にあたって改題してほしいと提案されたのだ。

それでも『マザー』は、タイトルとして結果的には気に入っている。簡潔で端的で力強いタイトルだ。しかし僕の作品においては、このような短いタイトルはむしろ例外的で、後半に至るほど、『忘れないと誓ったぼくがいた』的な、長くて文章っぽいタイトルが増えていく。単行本のときには簡潔だったタイトルを、文庫化する時点でその手の長いタイトルに変えることを余儀なくされるケースもままある。

具体的にどれが、と言うことは控えておくが、そうしたタイトルに僕自身がいつも納得しているわけではないということは、どさくさにまぎれてどこかでひとこと言っておきたかった。今がそのときだ。

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2015年9月17日 (木)

極私的読書ガイド(12) ------記憶をめぐる考察(1)

僕の作品の中に見えづらい形で存在している「系列」として、『ラス・マンチャス通信』系の次に挙げるべきなのは、なんらかの意味で「記憶」をテーマにした諸作品だろう。

もともと僕は、作品の中に「過去」を入れ子にするような構造の小説を書きがちである。「10年前」「15年前」といった過去における特定の「ある時期」と物語上の現在とを交錯させるようなスタイルの物語ということだ(例:『冥王星パーティ/あの日の僕らにさよなら』『株式会社ハピネス計画』『桃の向こう』『偽億/遠い夏、ぼくらは見ていた』『遠すぎた輝き、今ここを照らす光』 etc.)。

そういう意味では、いみじくも瀧井朝世さんが『あの日の僕らにさよなら』(新潮文庫)の解説で指摘しておられるとおり、僕は「記憶について書く作家」なのかもしれない。ただしそれは、系列を横断して存在する特徴のひとつにすぎない。

ここで「系列」として取り上げたいのは、「記憶とは何か」という、記憶そのものについての考察がベースとなっているような作品群である。

記憶とは、ある人間の人格そのものといってもいいほど重要なものだと僕は考えている。記憶の総体が、その人の人格を構成しているのだ。記憶の一部が、あるいは全部が揺らげば、その人をその人たらしめている根拠そのものが危うくなり、その人にとっての世界そのものが不完全なものとなってしまう。つまり記憶とは、「その人の信じている世界」そのものなのだ。

フィリップ・K・ディックが好んで取り上げたモチーフのひとつである「自己認識の揺らぎに伴うアイデンティティの危機」(知らない方は、映画「トータル・リコール」や「マイノリティ・リポート」などを想起していただくといいかもしれない)的なテーマともいえるが、それを小説として描写するにあたっては、必ずしもSFの形を取らせる必要はないはずだ。

この系列に当たる僕の作品としては、『忘れないと誓ったぼくがいた』、『マザー』、『偽億』(文庫化時に『遠い夏、ぼくらは見ていた』に改題)の3点を挙げたい。

実は、「ラスマン系」として先に紹介した『魅機ちゃん』(2009年)にも、この「記憶とは何か」的な考察の反映は仕込まれている。そのように、「系列」による切り分けはあくまで便宜上のもので、実際には複数の系列に同時に属しているような作品もざらにあるということはひとこと付記しておく。

 

『忘れないと誓ったぼくがいた』(単行本は2006年、文庫は2008年)

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この小説は、早見あかりさん・村上虹郎さんの主演で映画化され、今年3月に公開された。ブルーレイ/DVDも今月頭に発売されている(余談ながら、特典のメイキング映像の中に原作者として僕自身が1分程度登場している)。

 

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僕の作品の中では現時点で2番目に売れている本だが、「売れている」といってもいわゆるヒット作のイメージではなく、10年近くにわたって「じわじわと売れつづけている」と表現した方が正確かもしれない。

「記憶」と「記録」は、どこが違うのか。「知識として知っていること」と「記憶として覚えていること」との違いは何か。せつなかったり悲しかったり、胸をときめかせたり怒りに打ち震えたりした記憶も、時の経過とともにいしつか生々しい感触が薄れ、しまいには「知識」と変わらないものになってしまうのではないか。「忘れる」というのは、そういうことなのではないか------。

そういった「考察」の結果を、一人の少年がひと目惚れした少女のために奔走する純愛物語の中に落とし込んだのが本作である。

これは、日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作『ラス・マンチャス通信』の次に発表されたいわゆる「受賞第1作」だが、作風のギャップは当時多くの人を驚かせたようだ。かたや不条理感溢れるファンタジーともホラーともつかない怪作、かたや「いま、会いにゆきます」も顔負けのせつない純愛ファンタジー。驚きはもっともだろう。

ただこのギャップは、必ずしも意図したものではない。先に述べたように「ラスマン」は売れなかったため、同じ路線の作品を続けて刊行するというシナリオがほぼ考えられなかったのは事実だが、だからといってここまであからさまに作風を変えるつもりはなかった。

本来、「受賞第1作」として構想していたのは、実は『冥王星パーティ』(現『あの日の僕らにさよなら』)だった(さらにいうなら、『見上げれば天照らす鏡』という作品のプロットが、それに先立って存在していた。原稿用紙10枚分に相当するかなり精緻なプロットだったが、これは事実上ボツにされたので、今や「幻の作品」といっていい)。

ずっと前にこのブログにも経緯を書いたような気がするので詳細は割愛するが、『忘れないと誓ったぼくがいた』には少々複雑な成立事情があり、本来、僕が『ラス・マンチャス通信』で作家デビューしたこととはまったく別の文脈から生まれた作品だったのだ。さまざまな偶然が重なって、結果としてはそれが「受賞第1作」として発表される流れになってしまったのである。

ただ、この手で攻めるならいっそとことんまで「狙って」やろう、という居直り的な気持ちがなかったといったら嘘になる。

本来この作品は『ランドルト環の裂け目』(「ランドルト環」とは、視力検査で使われる、あの回転する「C」の字のこと)というタイトルだったのだが、内容的にはまさに「いま、会いにゆきます」を思わせるような、当時流行っていた純愛ものにほかならない。だったらタイトルも露骨にそれをイメージさせる感じにしよう、といったことだ。比喩として適切かどうかはわからないが、いわば「毒を食らわば皿まで」の心境だった。

ベタといえばベタだが、このタイトルは僕自身が考案したものにはちがいないし、パッと見の印象以上に含蓄に溢れた秀逸なタイトルになっているはずという自負もある。「〜ぼくがいた」と、自分のことなのになぜ客観視しているのか。また、「ぼくがいる」ではなく「ぼくがいた」と過去形になっているのはなぜなのか。実はそこに、この作品の本質が反映されているのだ。

 

ただ、ここでうっかりこういう文章みたいな長いタイトルをつけてしまったことが、ある意味運の尽きだったと思わないでもない。その点については、次回に譲ろう。

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2015年9月14日 (月)

極私的読書ガイド(11) ------こぼれ話:ラスマン文庫化をめぐる真相と妄想

前回まで、『ラス・マンチャス通信』の系統を汲む作品について言及してきたが、よく考えたら『ラス・マンチャス通信』そのものをあまりちゃんと紹介していなかった。

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まあ作風としてはまさに「カフカ+(ガルシア=)マルケス+?」でおおむね正しいし、多くの人も指摘しているとおり、この作品のあらすじに当たる部分は文章化するのがきわめて難しいので、これ以上あれこれ書きつらねてもしかたがないかもしれない。

それより、この作品が単行本は新潮社から刊行されていながら、なぜ文庫は角川からだったのか、という点について疑問を抱いている人は一定量いる(というか、ある時期までは「いた」)だろう。今回はその疑問に応えようかと思う。

新潮社は、「ラスマン」を「うちでは文庫化しない」と明言したわけではない。まああそこは単行本時代に一度でも増刷がかからなかった作品はなにかよっぽどの理由がないと文庫化されないのが普通らしいので、その条件に当てはまってしまう「ラスマン」の文庫化は最初からハードルが高かったものの、道が完全に閉ざされていたというわけではない。

今年映画化された2作目の長編『忘れないと誓ったぼくがいた』(単行本は2006年、文庫は2008年)は、単行本時代にもわずかながら重版がかかったので、文庫化の話もスムーズだった。「まずは『忘れないと誓ったぼくがいた』を先に文庫化し、その売れ行きを見定めながら、『ラス・マンチャス通信』の文庫化についても検討したい」というのが、当時の新潮文庫編集部の方針だった。

僕はこれを聞いて、考え込んでしまった。先に文庫化した『忘れないと誓ったぼくがいた』の売れ行き加減によっては、「ラスマン」の文庫化が見合わされる可能性も十分にあるということではないか。

それだけなら、判断が下されるタイミングをただおとなしく待ち、どんな結果であれそれを甘んじて受け入れただろうが、その頃僕は、よかったのか悪かったのか、「新潮社さんがやらないなら、『ラス・マンチャス通信』はぜひうちで文庫化させてほしい」というオファーをあちこちから受けていたのだ。

くどいようだが、当時はまだこの作品も、少なくとも出版業界からは一定の注目を集め、期待されてもいたのである。具体的な社名を挙げることは控えるが、2008年時点で「ラスマン文庫化」に名乗りを上げていた出版社は、大手から中堅どころまで実に6社に及んでいた、という点だけは述べておきたい。

僕が作家デビューできたのは新潮社のおかげだし、「ラスマン」を本にしてくれた恩義もある。それに悖るような行動を取るのはいかがなものかという迷いも当然あったものの、待たされたあげく結局文庫化してくれないかもしれない新潮社より、「今すぐ文庫にしますよ」と言ってくれている他社の提案に飛びつきたくなってしまうのは、著者としては当然の心情ではないだろうか。

「ラスマン」は僕にとって記念すべきデビュー作であり、「これが本来、自分が書きたい小説なのだ」ということを示すポートフォリオのようなものでもあった。単行本であれ文庫であれ、僕はそれを常に誰でも手に入れられる状態にしておきたかったのだ。

そんなわけで、新潮社には詫びを入れつつ、僕は角川書店に文庫化をお願いすることにした。角川を選んだのは、会社としての規模などももちろんあるが、当時ちょうど「野性時代」での連載の話も来ていて、今後長くおつきあいすることになるだろうと(その時点では)思っていたからだ。

「ラスマン」文庫化をめぐって、僕は新潮社と喧嘩したわけでもないし、ましてそれをもって新潮社と手を切ろうなどと考えたわけでもない(その証拠に、その後も僕は計3タイトルの新作を新潮社から刊行している)。ただ、「ラスマン」の産みの親として、この子が最も幸せになれるであろう道を冷静に選んだだけなのだ。

その選択が正しかったのかどうか、今となってはよくわからない。まあああいう特異な作品は、どの社がどんな形でプロモーションしたところで、飛ぶように売れるということにはほぼならないだろう(「ほぼ」というのは、「本が売れるか売れないかは、本の内容とは究極には関係がない」という考えも僕にはあるからだ。その考えについてはいずれ機会を改めて詳述したい)が、それにしても角川文庫における「ラスマン」の現在のありようを見るにつけ、それがこの子のために選んであげられた最高の状態であったかというと、その点はきわめて疑わしいとは思っている。

なお、遅きに失した感もあるものの、ここでひとことだけ申し述べておきたいことがある。

「ラスマン」は現在、(古本を除けば)角川の電子書籍としてのみ手に入れられる状態になっているが、この電子化の契約を角川との間で交わす際、僕は往生際の悪いことに、「紙媒体による二次文庫化」については、この契約の効力が及ばないという点についてわざわざ先方の担当者との間で確認させていただいている。角川書店としては、「電子版に関しては角川が権利を占有する」としているだけだ。

つまり、現在でも、紙媒体を使用するかぎり、「ラスマン」を他社が文庫化することは可能なのだ。まあ今さらそんなリスキーな企画を起こそうとする物好きな出版社もないだろうが、参考までにお伝えしておく次第である。もし万が一、そこにあえて名乗りを上げたいという奇特な方がいらっしゃるなら、僕はいつでも両手を広げて熱くその意を歓迎したい。------この不憫な長男を現在の落魄の境地から救い出してあげるために。

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2015年9月13日 (日)

極私的読書ガイド(10) ------ラスマンの申し子たち(7)

『ラス・マンチャス通信』系列の作品紹介にこれだけ手間取るとは。それも今回で最後になるが、なんだかんだいって、よくも悪くも、僕にとって「ラスマン」はそれだけ大事な作品だったということなのだろう。

『ここを過ぎて悦楽の都』(2014年)

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理不尽ないきさつで勤め先を解雇された27歳の日夏充は、快楽を追求するための「エピキュロポリス」と呼ばれる人工都市の夢をくりかえし見るようになる。一方、再就職後の職場は、報酬などの条件は飛び抜けていいものの、指示系統もあいまい、業務の目的すら不明という謎だらけの企業。その中で充は、ただ一人の謎めいた部下・大槻砂李と次第に親しくなっていくのだが------といった物語。

この作品が「ラスマン系」なのは、ある意味あたりまえである。これはデビューより9年前の1995年に書いた同名の習作をリライトしたものであり、当時の僕は「ラスマン的なるもの」をひたすら追求していたのだから(ちなみに「ラスマン」第1章「畳の兄」に相当する同名の短編小説を書いたのは1993年のこと)。

リライトは全編に及ぶ大規模なものだったが、基本的なストーリーラインはほぼ手つかずにしていたし、オリジナル原稿の持つ「ラスマン風味」は極力損なわずに継承するよう努めた。そういう意味では、これもかなり真正な「ラスマンの後継作品」であるということができる。

しかしこの作品も、セールス的には惨敗としか言いようのない結果に陥った。

かつて、本が売れない売れないとしきりにブログで書いたり口頭で言ったりしていたら、担当編集者たちは、「そんなに売れないと言わない方がいい」とたしなめてきたものだが、売れていないのは事実であって、その事実を無視することもできないし、気づかなかったふりをして「俺はイケているはず」と自分をだますことも僕にはできなかった。

だってそんな、自分にとって都合の悪いことだけなかったことにするなんて、自己啓発と同じでしょ?(あ、なんか今さりげなくものすごい問題発言をしてしまった気がするけど、それは気づかなかったふりをしよう、自己啓発の流儀に一時的にあやかって)。

なんにしても、こうして「ラスマン系」の作品を軒並み振りかえって見てみてつくづく思うことは、「ああ、ラスマン系でセールスを上げようというのは土台無理な話なんだな」と。にもかかわらず、「ラスマン」を高く買ってくれて、少しでもそれに近い作品をあえて僕に書かせようとしてくれた各社歴代の担当編集者たちに対して今僕は申し訳ない気持ちでいっぱいである。ってなんか超嘘くさいな。------いや、感謝してるのはほんとなんだけど。

------なんかもうひとつ、ラスマン系作品の紹介を終えるにあたって言いたいことがあった気がするんだけど、思い出せない。まあ思い出したらそのうち言おう。たどりついたらいつも雨降り。 

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2015年9月10日 (木)

極私的読書ガイド(9) ------ラスマンの申し子たち(6)

ひきつづき、なんらかの意味で『ラス・マンチャス通信』を受け継いでいる作品の紹介。

『ルドヴィカがいる』(2013年)

Ludwika

「語り手が作家という設定の小説を書いてほしい」というのが本作の依頼の趣旨だった。それにかこつけて僕は、僕自身がデビュー前に書いた習作である『さなぎの宿』という作品を、語り手・伊豆浜亮平が作中で執筆中の小説であるということにしてほぼそのまま挿入している。

その『さなぎの宿』という作品自体が、多分に「ラスマン」的な要素(夢と現実の境目が明瞭でないような世界観、その中で起きる不条理なできごとなど)を持つ作品だったのだ。

伊豆浜は、本業である作家業では生活できないため、副業としてライター仕事もしている。その過程で知り合った天才イケメンピアニスト・荻須晶からの依頼で、失踪した晶の姉・水(みず)を捜しだそうとしているうちに、自らが執筆する『さなぎの宿』の作品世界が現実の中に浸潤してきて、境目がわからなくなってしまう。------ざっくりいえば、この小説はそういう物語である。

物語世界が、作中作である『さなぎの宿』という「ラスマン」的な作品に侵されているため、この作品そのものにも「ラスマン風味」がかなりの程度混入しているといえる。ただしこれは、「ラスマン」を受け継ぐやり方としては、どちらかというと小狡くてトリッキーな方法だったかもしれない。

それに、まあこれは本にする前からあらかた予想がついていたことではあるのだが、語り手・伊豆浜の皮肉っぽいところは、どうやら一般読者からはあまり評判がかんばしくなかったようだ。この人物、(境遇などはある程度変えてあるものの)性格や考え方・ものの感じ方などはかぎりなく僕自身に近いので、「語り手に共感できなかった」などと正面切っていわれると若干複雑な気持ちになる。

 

『四月、不浄の塔の下で二人は』(2013年)

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本になったのは一昨年のことだが、その何年も前からずっと構想を温めていた作品。

きっかけになったのは、「平山さんの小説には不思議と“宗教”への言及が多い」という、中央公論新社の担当編集者による指摘だった。この場合の「宗教」は広義におけるそれで、新興宗教や、事実上それと似た役割を果たすもの(自己啓発なども文脈によってはそれに含まれると僕は考えているのだが)一般を指している。

たしかに、そもそも「ラスマン」からして、語り手「僕」の父親が若い頃そういう団体に属していたと思わせる記述がある。それ以降も、パッと思いつく範囲で、『冥王星パーティ』(のちの『あの日の僕らにさよなら』)、『株式会社ハピネス計画』、『桃の向こう』、『偽億』(のちの『遠い夏、ぼくらは見ていた』)などの作品に、そうしたものが(多くは揶揄的に)描かれている。しかし、宗教団体そのものを主題として取り上げたことは、それまで一度もなかった。

「一度、宗教そのものをダイレクトに描いてみてほしい」というリクエストに応じて僕が考えたのが、「新興宗教団体の中で純粋培養され、外部の一般社会の知識をまったく持たない少女が、ある使命を帯びて単身、外の世界に出てくる」という物語だった。

このとき、視点をこの少女に置けば、語りはおのずと閉塞的に、すなわち「ラスマン」における「僕」の語りに近いものになるという確信が、僕には最初からあった。なぜならその少女は、外の世界を知らないという意味でも、ものの見方に究極のバイアスがかかっているという意味でも、「損なわれた者」であることを避けられないからだ。

その点も含めてこの作品は、先述の『出ヤマト記』と双子のような存在であるとも言うことができる。『出ヤマト記』では、少女が「半島の北の某国」という「異世界」に単身入っていく。『四月、不浄の塔の下で二人は』においては、少女はむしろ「異世界」から一人で出てくるのだが、出てくる少女の側から見れば、むしろわれわれの暮らすこの一般社会こそが「異世界」にほかならないのだ。

どちらの作品でも、ファンタジー的な設定は基本的に排除していながら、記述の上でまるでファンタジーのような非現実感を醸すことを狙ったものだ。それがどれだけ成功しているかは心もとないのだが。

蛇足ながら、この作品を思いつくきっかけをくれた担当編集者(やはり、「ラスマン」を絶賛してくれていた)は、僕が実際に作品の執筆に取りかかる前に、中央公論新社を辞めてしまっている(現在は自ら文筆家となり、テレビなどにも出演して、正直僕などよりよっぽど有名な人になっている)。

担当はその後、別の編集者に引き継がれ、その人のもとでこの作品も無事、本にすることができたわけだが、「平山さんが直球で描いた宗教団体の話が読みたい」という元担当者の願いを、僕は期待どおりに果たすことができているのだろうか。------僕は上手にそれを描いてるかい、描けてるかい?(“SAY YES”風にキモチ悪く言ってみたが、自分でも鳥肌が立つ)。

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2015年9月 7日 (月)

極私的読書ガイド(8) ------ラスマンの申し子たち(5)

デビュー作『ラス・マンチャス通信』のDNAを受け継ぐ作品紹介の続きに戻ろう。いや、ほんとに多いな、「ラスマン」系。僕がいかにラスマンをあきらめていなかったかがよくわかるというものだ。 

『僕の心の埋まらない空洞』(2012年)

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これもまた、「なぜラスマン系に組み入れられているのか」という疑問を抱かせる可能性が高い作品だと思う。

不倫相手にストーカー行為を繰りかえしたあげく殺害したと目されている被疑者を取り調べしていた堅物の検事が、知らぬ間に被疑者に同調していき、盤石だったはずの自らの足場が危うくなっていく、という物語をサスペンスタッチで描いたものだ。それのどこが「ラスマン的」なのか------。

「なんらかの意味で偏執狂的なところのある語り手を登場させてほしい」------それが当初出されたリクエストだった。偏執狂的ということは、特定の対象に固執するあまり視野狭窄を起こしているということだ。そこに「閉塞感」が漂う。担当編集者は、僕がそういう種類の「語り」を得意とすることを知っていて、そういう形で「ラスマン性」を醸し出してほしいと依頼してきたわけだ。

そこで思いついたのが、「ストーカー殺人の容疑者がことの経緯やそれに臨む自分の心理を異様なまでの詳細さで語りつづける」という状況設定だった。それだけだと単調になりそうなので、検事側の視点や物語も対置する形で挿入しようと思い、あれこれ構想しているうちに、むしろ検事側の物語を編み上げる方が楽しくなってしまった。------大雑把にいえば、そういう流れでこの作品は成立している。

それにしても、(どっちみちほとんど売れなかったとはいえ)評価の割れる作品だった。

僕はこの作品を書くことによって、不倫を肯定したつもりもなければ、被疑者・鳥越の手前勝手な一人語りへの共感を読者に求めたつもりもない。鳥越が自分本位で同情の余地もない人物であることは、検事・荒城の視点を通じて最初に明瞭に示している。

それにもかかわらず、鳥越の供述の中に一定の論理的な正しさ(倫理的な、ではない、あくまで「論理的な」である)があると認めざるをえないところ、そしてまじめな荒城がしだいにそのロジックに取り込まれていってしまう、というカタストロフ的な事態が描かれるところにこそ、この作品の妙味があると僕は考えていたのだが、世間の多くの人はどうやらそういう捉え方をしなかったようだ。

正しいところがあるかどうかという判断よりずっと手前の段階で、「不倫はよくない」「被疑者の長ったらしい自己正当化にうんざりした」といった形でこの作品は断罪され、その先にあるものを見て取ってもらえなかったのだ。

いや、一応言っておくけど、不倫がよくないなんてことはわかりきっている。わかりきってますよ、そんなことは。そんなのはあえて言語化するまでもないことで、それを言語化したところで小説にはならないじゃないですか。

それにもうひとつ言うなら、鳥越昇という男ははたして「自己正当化」をしているだろうか。彼は自分にある非についてはすべて率直に認めている。その上で、相手の沙菜絵にあったかもしれないずるさを糾弾しようとしているだけで------って、言いだしたらキリがないのでこのへんにしておこう。要は、そのことを説得的に語って作品にするだけの技量が僕にはなかったということなのだから。

今回は『ルドヴィカがいる』まで紹介しようと思っていたのだが、なんだかすでに疲れてしまったのでここでやめておくことにした。最近どうも疲れやすい。寄る年波には勝てない。オルニチンやらコンドロイチンやらヒアルロン酸やらが入り用になるお年頃なのだろうか。

 

しかしなー、主人公に嫌悪感を抱くのはいい。それはむしろ当然のことなんだけど、嫌悪感を抱きながらなお、「この人はどうしてこうなのだろう。どういう考えでこんなことをしているのだろう」という部分に客観的な立ち位置から興味を抱く、ということが世の人々にはないのだろうか。気に食わないものは目の前から排除しておしまい? そんなのつまらなくないですか? だいたいそれをいうなら(以下略)

〈続く〉

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2015年9月 5日 (土)

極私的読書ガイド(7) ------こぼれ話:発注をめぐる不可解な慣行

前回予告した、『3・15卒業闘争』があやうく刊行できなくなるところだった件。

最初にひとこと断っておくが、これから書くことは、特定の編集者を指弾する意図に基づくものではまったくない。

『3・15卒業闘争』のときに僕を担当していた編集者は、まちがいなく僕のよき(というより「最良の」といってもいいほどの)理解者の一人だったと思うし、誠心誠意、精一杯力を尽くしてくれたと思っている。その後所属部署は変わってしまったものの、今でも恩義の念を覚えてやまない存在である。

だからこれは、その人個人に属するものというよりは、出版(たぶん特に文芸方面)業界全般に横行するある不可解で理不尽な慣行について、素朴な疑問を投げかけたものなのだと解釈してもらいたい。

先に言ったように、僕は当初の計画どおり、日本推理作家協会賞という冠を手に入れるもくろみが挫折してからも『3・15卒業闘争』を書き進め、最後まで書き上げた。もちろん、約束した期日もきっちりと守っていた(僕はデビュー以来、連載原稿でもなんでも、一度として〆切を守らなかったことはない)。

しかしこの作品を単行本として刊行するという話は、角川書店内の会議で一度却下された。営業関係の部署や役員の方などが難色を示したのだ。早くいえば、これまで「平山瑞穂」の本が売れたためしはない、ということが問題視されたらしい。

そこだけを見れば、無理もないと思う。僕が同じ立場でも、同じことを言うかもしれない。この出版不況の時代に、客観的に見て(というのはつまり、入手できる客観的データから判断して)売れる可能性がきわめて低いとみなされるものをわざわざ商品化するなんて、いたずらに赤字の額を増やすリスクを負うことにしかならないからだ。そう判断されるのは、しかたがないと思う。

問題は、その判断が、原稿ができあがってからなされているという事実なのだ。

社会通念に照らして、これはおかしくないだろうか。僕は当の角川の社員から、「直球のラスマン路線で長編を1本書いてください」という依頼を事前に受けているのだ。日本推理作家協会賞がらみのもくろみもコミだったとはいえ、その結果のいかんにかかわらず、原稿を単行本化することは、最初の時点で約束されていた。

それは、ある製品に対する「発注」がなされたということだ。そして僕は、指示されたとおりのスペック(=直球のラスマン路線)で、きっちりと納期内に当該の製品を仕上げているわけだ。ところがいざそれを納品しようとしたら、「これはうちでは売り物にならないから買い取ることはできない」と突き返された。------ここで起きているのは、そういう事態以外のなにものでもない。

実際には、冷淡に却下を言いわたす陣営に対して、当時の編集者はそうとう食い下がってくれて、「来月の会議まで猶予を与える」という回答を勝ち取った。それまでに、この作品をあえて刊行するメリットを証明するデータを収集せよ、ということになったのだ。

ひと月でどれだけのデータを集められたのかはわからない。そもそもそういう文脈で説得力を持つデータなど、当時の僕に関しては(ぶっちゃけ今も・笑)ほとんど存在しなかっただろうから、編集者はそうとう苦労したのではないかと思う。とにかく結論としては、『3・15卒業闘争』の刊行は、初版3千部とはいえかろうじて認められた。まさに首の皮一枚でつながったという感じだ。

順序がおかしいと思う。それが商品になるかどうかという判断は、本来は事実上の「発注」行為が行なわれる前になされるべきではないのか。

しかし僕が知るかぎり、文芸出版の業界ではたいていの場合(というのは版元がどこかを問わず)、発注(=執筆依頼)は口約束的になあなあでなされ、それを本にするかどうかを会議に諮るのは事後(往々にして原稿を脱稿してから)というのが当然の慣行とされているようだ。

できあがった原稿を実際に読んでみないことには、それが売れるかどうかの判断もつかないから? ------いや、そんなのは詭弁にすぎない。断言してもいいが、たとえば『3・15卒業闘争』の刊行にNOを突きつけた人々は、一人として僕の原稿になど目を通していないと思う。彼らはそれ以前に、ただ「平山瑞穂の本は売れない」という事実にのみ基づいて判断を下しているのだ。だったら、その判断は執筆の「発注」がなされる前からつけられるはずではないか。

まあほとんどの場合、会議で刊行それ自体が却下されることはないだろうから(初版部数を見込みより減らされることなどはあるとしても)、この奇妙な順序も結果として罷りとおっているのかもしれないが、筋から言ったらあきらかにおかしな話なのだ。

特に深刻なのは、書き下ろしの場合だ。どこかに連載していたものなら、作家は少なくとも連載時の原稿料は受け取っているわけだから、仮にその後、単行本化が見送られたとしても、少なくとも原稿を書いたことそのものに対する代価は残る。しかし書き下ろしの場合、作家が受け取る報酬は通常、本になったときの印税だけだ。書き下ろしを本にしてもらえなければ、その原稿を執筆するために費やした何ヶ月という月日がすべてただ働きだったということになってしまう。

実をいうと、やはり前回触れた『出ヤマト記』が単行本化される際にも、朝日新聞出版内でほとんど同じことが起きている(会議で一度却下され、1ヶ月の猶予ののちにかろうじて容認されたという経緯)。こちらは連載時の原稿料はすでにいただいていたから若干マシな事態ではあったものの、理不尽に感じたという点では大差がない。

本来なら、「こういう不可解な慣行はすぐにでも改めてください」と出版業界全体に対して声高に訴えたいところだ。しかし実のところ、それをためらう気持ちも僕にはある。

もしもその「本来の順序」が貫徹されるようになった場合、何が発生するかというと、「現時点で売れていない作家の作品を出版しようという企画は、ことごとく水際で却下される」という事態だ。そうなったら、僕のように「客観的に見てプラスの材料」にきわめて乏しい作家は、へたをすれば永遠に本を出せなくなってしまうかもしれない。

『3・15卒業闘争』にしても『出ヤマト記』にしても、会議時点ですでに完成した原稿が存在してしまっていたからこそ、「まあ、だったらしかたがないな」という形で大目に見てもらえた面もあったにちがいないのだ。

それを思うと、たとえ社会通念には反していようと、まずは「既成事実」を作ってしまい、反対しそうな人たちに対してはそれを盾にしながら臨む、という現行の方式の方が、相対的にいえばマシなのかもしれない。肉を切らせて骨を断つ、というやつだ(ちょっと違う)。

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2015年9月 4日 (金)

極私的読書ガイド(6) ------ラスマンの申し子たち(4)

⚫︎『3・15卒業闘争』(2011年)

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これこそ、『ラス・マンチャス通信』の最も正統的な後継作品として書かれた長編小説である。前回触れた短編集『全世界のデボラ』もテイストは「ラスマン」にかなり近かったが、あれはいわば「勝手に書いた」ものだった。この『3・15卒業闘争』に関しては、角川書店からはっきりと「直球のラスマン路線でお願いします」という依頼を受けて書いたものだという点が特筆に値する。

当時はまだ、出版社(というか編集者?)側にも、直球の「ラスマン的なるもの」に期待する向きがギリギリあったということなのだ。

カバーイラストが「ラスマン」の単行本のときと同じ、田中達之(カナビス)氏の作品になっている点も、ある意味あからさまだ。しかも今回は描き下ろしを依頼している。

現実と地続きでありながらどこかが少しずつ歪んでいる悪夢のような世界を描いているという点で、これほど「ラスマン」に寄り添った作品はほかにない。加えていうなら、デビュー前に何年にもわたって書きためていた短編の連作を長編として仕立て上げた「ラスマン」と違って、こちらは最初から長編として構想されたものである。

とはいえ、第1章と第2章に当たる部分は、独立した短編としても読める体裁にしてあった。できのいい方を「野性時代」に掲載し、日本推理作家協会賞の短編部門での受賞を狙ったのだ。結果としては第1章に当たる部分(『棺桶』)が掲載され、2011年度の『ザ・ベストミステリーズ』(日本推理作家協会・編)への収録作品には選出された(それ自体が、推理作家協会賞の予選通過的な意味合いを持つ)ものの、残念ながら受賞は逃した。

さて、受賞の冠がないとなると、このような特異な作風の作品のセールスについては、正直そうとうの苦戦が強いられることを覚悟しなければならない。それでも僕は当初の予定どおり、第3章以降も書き継いで原稿は完成させたのだが、単行本を刊行する時点でかなり苦い思いをさせられることになる。あやうく本にしてもらえないところだったのだ(詳しい経緯については次回)。

いろいろあって、お蔵入りだけはかろうじて免れたものの、初版部数は3千部に抑えられてしまった。純文学かと見紛うほどの数である。経験からいって、初版が4千部以下になると、たとえ大手が刊行した新刊でも、書店ではほぼ不可視の存在になる。喫水線より下に隠れてしまい、お客さんの目に留まらなくなってしまうのだ(はじめから僕の新刊が出ることを知っていて、それを目当てに来ている人を除いて)。

仮にもっと多く刷ってもらえたところで、飛ぶように売れるような類の本ではなかっただろう。しかし部数が少なかったことで、もともと売れにくいであろうこの本がいっそう売れなくなったという面は否めないと思う。

こうしてこの「ラスマンの直系の嫡子」は、ほとんど誰の目に留まることもないままひっそりと市場から姿を消していった。当時角川で僕の担当だった編集者は、まもなく(この本のセールス上の惨敗と直接の関係はないだろうが)書籍編集以外の部署に異動になり、僕に対して後任はつけられないまま現在に至っている。

なお、この作品について「日本語が汚い」「文章が気持ち悪い」といった評価を下している人がいるが、いやしくも人の作品を批判するなら、もう少し慎重に言葉を選んでいただきたいものだ。結果として描写されている事物が汚いものであったり気持ち悪いものであったりすることと、それを描写する媒体としての言語・文章表現それ自体がそうであることとは、はたして同じだろうか。

 

『出ヤマト記』(2012年)

Exodus


国際社会からなにかと白い目で見られがちな半島の北の某国------といえば、どの国を指しているものかたいていの人にはわかると思うが、この作品は、1960年代を中心に日本で実施されたその某国への「帰還事業」をモチーフにしている。

ただし、それをモチーフとして選んだことの背景に、政治的信条とか主張といったものはほぼ存在しない。某国のことも、一種の「モデル」として描いているだけで、現実に存在する某国そのものを正しく(あるいはジャーナリスティックに)描写しようとしているわけではない。この小説を書くにあたって、僕の主要な関心はそこにはなかった。

物語は、2010年代と思われる現代、日本に住む一人の少女が、自分のルーツを探って単身海を渡り、某国に潜入して、死や危険と隣り合わせの旅を進めていくという枠組みのもとで語られていく。僕が描きたかったのは、そういう境遇、すなわち圧倒的に寄る辺ない異郷で右も左もわからずになんらかの目的を遂げようとしている者が感じるであろう孤独や閉塞感なのだ。

つまり、この作品における「ラスマン」との相同性は、まさにそこにある。視点人物------それも、なんらかの意味で損なわれている人物の主観によってしか、物語世界を把握する術のない不自由さ。視点人物の語りにはどこかあてにならないところがあり、描かれていることが真実なのかどうか、読者には究極には明かされない。某国という舞台装置は、その意図された不確実性を浮き彫りにするための媒体にすぎないのだ。

そうはいっても、モデルにするからにはいろいろとウラを取っておかねばならないと思って、「小説トリッパー」での連載開始を控えた執筆の準備期間には、某国がらみのルポルタージュなどを片端から読みあさっていた。東日本大震災が起きたのは、奇しくもその渦中のことだ。

壁際にずらりと本棚の並ぶ寝室のベッドで寝るのが怖くて、妻と二人、リビングに蒲団を敷いて夜を明かし、余震が起きるたびに浅い眠りを寸断されて飛び起きるのを繰りかえしていたのを覚えている。そんな中で某国の過酷な状況について読んでいると、目の前の状況とオーバーラップしてきて気が滅入りそうだった。どうしてよりによって今、これを読まねばならないのかと恨めしく思ったものである。

しかしこの本もまた、セールス的には惨敗としか言いようのない結果に陥った。惨敗度合いで比べるかぎり、『3・15卒業闘争』と互角といったところだ。高いレベルでの接戦だ。つまり、とても低いところで繰り広げられた、息詰まるほどレベルの高い最下位争いであった。

かわいそうな僕の作品たち------。

〈続く〉


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