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2006年8月20日 (日)

猫の「群れ」方

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 土日の間ずっと一緒にいると、無為が日中いかに寝てばかりいるかがよくわかる。「いかに」というより、ほとんど丸1日寝ている。特にここ数年はそうだ。もう14歳のご老体だから無理もないが、こんなに寝てばかりいて大丈夫なのだろうかと思う。

 今日もほぼ1日中、クローゼットの中に引きこもって眠りつづけていた。夕方一度目覚めて僕の部屋に挨拶に来たが、ちょっと撫でてやると満足したらしく、またクローゼットに戻って寝直していた。夜の9時を過ぎた今、やっとちゃんと起きたようだ。それで夜間どうしているかと言うと、僕や妻が眠っているそばで、ほとんど一睡もせずにただじっとしているのだ。

 本当に一睡もしていないのかどうかはわからないが、夜中に目を覚ますと無為はたいてい、ずっとそうしていたような顔で目を開けているので、たぶんほとんどの時間はそうしているのにちがいない、と思う。ただ、寝る前にキッチンの床の皿に盛っておいたエサが、朝になると減っていたりするので、ときどき食事を摂りにキッチンへ行って、また寝室に戻ってきているらしい。

 夜間、無為がもっぱら寝室にいるのは、そこが「寝室」であることを理解しているわけではもちろんなくて、その時間帯には僕や妻がそこにいるからに過ぎないと思われる。猫は、いや少なくとも無為は、覚醒している間はなんとなく飼い主のそばにいたがる。べったりくっついているわけではない。ただ、相手の姿が見える場所にいることを好むのだ。

 いや、その言い方も正確ではない。「相手の姿が見える」場所と言っても、実際に「相手の姿が見え」ているかどうかは、どうやら本質的な問題ではないらしいのだ。ただ、見ようと思えば見られる距離に相手がいるかどうか、その点は重要視しているらしく思われる。今もこうして、パソコンに向かう僕のそばで、しかし僕にはお尻を向けてじっとしているように。

 昔、近所の駐車場周辺に棲息していた3匹の猫(たぶん兄弟)が、一箇所に固まるわけではなく、数メートルずつ距離を空けてぽつりぽつりと点在している様子を見て不思議に思っていたが、今はその理由がわかる。一定のパーソナルスペースが必要なのでおたがい距離を取ってはいるが、それでもやはり、兄弟の姿が「見ようと思えば見られる」ところにないと不安だったのだろう。あれは、猫なりの「群れ」方だったのだ。そして無為も、「群れ」るためにこそ、こうして僕や妻のそばに「なんとなく」存在しているのだろう。

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