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2006年8月14日 (月)

太宰治っぽく

 そんなわけで、古い友人と久々に飲んだ。顔を合わせるなり彼は、「あのさー、ちょっと、写真撮っていい? いや、単なる趣味なんだけど」と言いながら、ものものしい一眼レフを取り出してみせた。「単なる趣味」とは言っても、男が久々に会った男友達の写真をわざわざ一眼レフで撮ろうとするという行為はかなり特異な気がするのだが、まあ彼はもともとそういうちょっと特異なところがある人なのだ。

 それで、駅前の公園を背景に撮ろうとしたが、今ひとつ気に入らなかったようで、「飲んでるときに撮ろう」と言う。

 バーでしばらく飲んでから、彼はあらためてカメラを取り出し、2、3枚撮ったが、なんだかまだ気に入らないらしい。

「なんか違うんだよね、もっと、大宰治みたいに撮りたいんだけど」
「そう言われても……」
「なんかさー、平山ってさー、もっとさー……うーん、なんて言ったらいいんだろう」
「思ってたイメージと違う?」
「うん、なんか、思ってたより歳を取ってる?」
「そりゃ、当然なんじゃないの? 8年ぶりに会うわけだし。最後に見たときの印象が残ってるとすれば、そのときと比べたらそりゃフケてるでしょう」

 まあ、彼の言わんとするところはわかる。実際に僕は、ここ数年でだいぶフケた。もともと実年齢より若く見られるタイプで、34歳くらいのころに28歳くらいだろうと言われたりしていた。しかし最近は、実年齢37歳(もうすぐ38歳)に対して、せいぜい「35歳くらい」と言われる程度だ。つまり、見かけが実年齢に急速に追いついてしまいつつある、ということだ。

 とりわけ写真に撮るとそれがごまかしようもなく克明に記録されてしまい、「誰だこのオッサン」と自分でもぎょっとするほどなのである。

「だから、君が求めていた僕像はすでに永遠に失われてしまったわけだよ」

 僕はそう言ってみたが、彼はまだなにか納得していない様子だ。

 店を出て駅に向かいながらもまだ彼は僕の写真を撮ることに執着していて、結局、地下鉄の階段前で再度撮影会となった。そこで角度を変え、距離を変え、ズームを変え、フラッシュを焚いたり焚かなかったり、とにかく矢継ぎ早にシャッターを押しまくった。

 40近い男が40近い男の写真をバシバシ撮りまくっている様子はかなり異様だと思うが、さいわい彼が持っているカメラがそうとうおおげさな感じなので、道行く人もおそらく、プロのカメラマンがなにかの撮影をしているのだろう、くらいにしか思わなかったにちがいない。彼は結局、その場だけで20枚くらい撮影してから、ようやく満足した。

「これなんか、大宰っぽくない?」

 彼がそう言ってプレビューで示した1枚は、たしかに大宰っぽいというか、「作家」という感じだ。要するに彼は、せっかく作家になった友人に会ったのだから、いかにも作家っぽいたたずまいをしている僕を撮りたかったのだということらしい。しかし僕は今日も普通に会社に行って働いて帰ってきたところで、クールビズ期間にもかかわらず依怙地にネクタイを締めつづけている姿なので、「作家っぽさ」を出すのはそもそも無理があったのだ。

 そういえば、高校生の頃、(一部で)「大宰治に似ている」と言われたこともあったなぁ、でも僕は当時それを、どちらかというと不名誉なことに思っていたのだったなぁ、と懐かしく思い出しながら帰途に着いた。


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