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2006年10月 4日 (水)

言葉遣いなど

『シュガーな俺』書籍版カバーの色校正が届く。前にちょっとカバーについて触れた時点で見せられた超インパクトの強い案が、その後斥けられてしまい、最終的にはずいぶんトーンダウンした形になってしまったが、「万人受け」という観点から見たら、こちらの方がいいのかもしれない。

 ところで、それはそれとして、僕は思うことがあるのだ。正しい言葉遣いをするに越したことはない。しかし、いくら言葉遣いが正しくったって、人を感動させることができなければなんの意味もないのだ、それが文章表現についての教本かなにかででもないかぎりは。多少、言葉遣いが変だからといって、それが何だと言うのか。文章のセンスそのものに光るものがありさえすれば、そんなことはささいな瑕疵になってしまう。たとえば、「朴訥な」というべきところを、1冊の長編小説の中で10回以上にわたって「朴訥とした」と書いていたとしても。

 と今書きながら愕然とする僕。「朴訥とした」という、僕には誤用としか思えない活用をしても、僕が現在使っているこのiBookはそれを訂正しないのだ。つまり、「朴訥とした」をひとつの文節として認め、スルーしてしまっているのだ。なんということだ。「朴訥とした」は、今では「適切な用法」として一般に認められているのか。

 あ、それともこれは、「朴訥」をひとつの名詞と見なし、「朴訥」(名詞)+「と」(格助詞)+「し」(動詞)+「た」(助動詞)と解釈しているってこと? 「朴訥とした」(形容動詞・連体形)ではなくて? iBookの考えていることはわからない。会話できない。

 まあ、そのことはいい。「朴訥」の扱いだけでなく、ほかにもいくつか変なところがあったりしてもだ。それでもトータルとして感動できたってことは、その作品が優れているということなのだ。まぁ、編集者がもうちょっとそのへんはチェックしてしかるべきだったんじゃないかと思わないでもないとしてもだ。

 感動できる小説は、世に少ない。感動できる小説を書きたいと思う。という素直な気持ちにさせるこの小説は、優れた小説なんだと思う。あえて書名は挙げないけれど。

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コメント

幻の「インパクトの強い表紙」、どういうものだったのか気になります。

さて、また気になったので検索してみました。IMEでも普通に"朴訥とした"は一発で変換できたので参考までにgoogleで検索してみると
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"朴訥な" の検索結果 約 74,100 件
"朴訥とした" の検索結果 約 53,900 件
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とでたので、さらにネット上で辞典(excite)をひいてみると
***********
大辞林 第二版 (三省堂)

ぼくとつ 【朴訥/木訥】<
(名・形動)[文]ナリ

かざりけがなく話し下手な・こと(さま)。
「―な人柄」「―な好人物」「剛毅―」「―とした話しぶり」
[派生] ――さ(名)
***********
とありました。ちなみに、いま手元にある10年位前の例解新国語辞典 第四版(三省堂)では「形動」とだけあったので、ここ10年くらいで名詞としても使われるようになったということなのでしょうか。
やっぱり、言葉は生きているので辞典もときどき新しいものに買い換えないといけないということでしょうか。

あ、それと、センセイのブログや連載小説を拝読していると、小説の成立に関わる方々について垣間見える(お話がでてくる)のが非常に興味深いです。編集者さんたちや『シュガー』管理人さんなど、縁の下の力持ちな方々についてもっと知りたいような。

投稿: ダレカ | 2006年10月 5日 (木) 02時05分

うーん、うまく書けないのですが、もしもわたしだったら、昔からあって正しい用法と思われる「朴訥な人柄」ではなくて「朴訥とした人柄」といった使い方でも特に違和感は感じないと思います。
なんというか、「朴訥とした」のほうが「実際にはどうかわからないけれども、自分にはそのように見えた」という感じがよく出ているように思われるので。
でも、逆の立場を考えれば、気になる方は気になるのでしょうね。

投稿: ダレカ | 2006年10月 5日 (木) 02時47分

あいかわらず痒いところに手が届くリサーチ、ありがとうございます! 僕自身は高校時代にこの語を覚え、そのとき辞書で確認したときの記憶で「朴訥な」とインプットされていて、今回も一応ウラを取るため手元のいくつかの辞書を見てみたところ(広辞苑も含めて)「---な」となっていたので間違いない、と思ったわけですが、実際の使用例が比率的にこれだけ増えているということは、もう、慣例的に「---とした」もアリ、という状態ですよね。なぜ、今までほかであまり気にならなかったのだろう?(たぶん、今回読んだ作品の中で、たまたまその語が頻出語だったので、特に気になったのでしょう。)
文語としてはナリ活用の形容動詞なので、「朴訥な」が本来の用法なのでしょうが、これは例の(僕がこだわっている)「本来の“正しい”用法と、慣例化していく新しい用法との狭間」というやつでしょう。ダレカさんのおっしゃるそのニュアンスも、感じとしてはよくわかります。というわけで、「編集者のチェックが甘いのでは?」という批判は取り下げます(笑)。
まあ、是非はともかくとして、きっかけはたぶん、「朴訥」と同じ字を使う「訥々」が「とした」で受ける(例・訥々とした話し方)ので、そのへんの混同がショッパナにはあったんじゃないかなと分析しております。

「縁の下の力持ち」的な人々については、折々にご登場いただいておりますが、もっと「キャラクター化」してしまってもいいのかも、と思いはじめております。虚実入り乱れた感じで。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年10月 5日 (木) 17時55分

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