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2006年11月 6日 (月)

猫マンマ

 なにか無為以外のことを書こうと思うが、なにも思い浮かばない。かと言って、無為のことを克明に書くのもつらすぎる。だから、昔、実家で飼っていた猫のことでも話そう。

 もともとは、ノラの母猫(黒毛)が引き連れていた、3匹の仔猫のうちの1匹だった。恐ろしいことに、3匹ともメスだった。飼っているというよりは「餌づけしている」といった方が近い状態で、「なつく」までは行かず、過度に近づけば威嚇してすみやかに立ち去る距離感だった。ところがあるとき、仔猫のうちの黒い奴が身ごもって、しかも体調を崩しているらしく、見かねた家族が家に上げて面倒を見た。じかに触ってもいっさい抵抗できないほど弱っていた。

 暫定的に「クロ」と名づけられたその猫は、少しずつ元気になり、やがて1匹の仔猫を産んだ。本当は3匹くらい産んでいたと思うのだが、死産だったのか、僕らの目を過度に警戒したためか、残りはクロ自身が食べてしまったらしい。残ったのは1匹だけ、しかも、母親と同じく全身黒毛だった。

 母親である「クロ」の名がもともと、名前というよりは毛の色から取った識別記号に過ぎなかったわけだが、その子にも同じ要領で仮名をつけると同じ「クロ」になってしまい、識別ができないので、「チビ」と呼ぶことになった。小さい頃しか体を表さない名だが、さしあたって困ることはなかった。

 2匹とも、バターを塗ったトーストが大好物だった。今から思えば、彼女たちはたぶん、パンが好きだったわけではなく、動物性油脂であるバターが食べたくて、必然的にパンも一緒に食べることになっていただけだと思うのだが、炭水化物を好む猫というのをそれまで見たことがなかったので、当時中学生だった僕はたいそう珍しがったものだ。

 と、ここまで思い出してふと気づいたことがあるのだが、昔、「猫マンマ」といえば、ごはんにみそ汁の残りをかけたものを指していた。よく考えると、そんなものを猫が好んで食べたというのもおかしな話だ。しかし、さらによくよく考えるとあれは、バターを塗ったパンと同じで、猫たちはなにもごはんやみその味に惹かれてそれを食べていたわけではなく、みそ汁のだしを取ったかつおぶしやいりこなどの匂いにつられて食べていただけなのではないか。

 とはいえ、現代の猫、少なくとも、だれかに正式に飼われている猫にいわゆる猫マンマをやっても、おそらく見向きもしないだろう。日ごろ、もっといいものを与えられているからだ。そう考えると、昔の猫は、まるで「うめぼしを眺めながら、口の中に唾が溜まってきたところで、何の味もついていないご飯を口にかきこむ」式の、ひどくいじましい食生活を強いられていたのだな、と思って胸が痛む。
 

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コメント

 無為ちゃんのことを思うと、はりさけそうです。顔が。あの、泣きたいのに我慢してたら、眉間のあたりが熱くなって破裂しそうな気がするのです。
 ペットとなった動物は、たいてい子供を残すことなく死んでしまうのが、かわいそうだなと思っていました。なんのために産まれたんだー!っていう細胞レベルの悲しみがある気がする。同時に、ペットが自分の子供同然の現代の飼い主にとっては、いつまでも赤ちゃん気分なので、死なれでもしたら、人にとって一番残酷な悲しみを味わうことになります。ややこしいことです。
 厄介にしているのは人で、動物たちは、勝手に生きて死んで、世界の構成員としての勤めを全うしているだけなんですけどね。
 何を言おうとしてるんだか。とにかく、無為ちゃんが一日でも長く平山さんご夫妻と一緒にいれることを祈ってます。

投稿: 山田 | 2006年11月 7日 (火) 15時05分

以前、裏磐梯猫魔スキー場に行った時に昼食で入った所でありました。猫まんまが。確か、ご飯に鰹節をかけただけのようだった気がします。今でもあるのかなあ。
少し醤油をたらして食べたいですね。
無我ちゃんにはキャットフード以外与えた事はありますか?

投稿: ゾーン | 2006年11月 7日 (火) 16時56分

確かに、猫マンマといわれるご飯に味噌汁を掛けただけのものは、猫にとって何が魅力的なのか?!と不思議でした。ダシのほのかな煮干やかつお節の風味を求めていたのですね、納得!平山さんの推量でも、なんか当たっている気がします・・。

私は実家では一匹、旧結婚生活でもニ匹の猫を飼いましたが、誰も猫マンマなんぞは食べませんでした。
実家の猫は鮭が大好きでしたが、食べると塩にあたるのか毎回お腹を壊してました。かわいそうに。あと、かつおの血合いが好きでしたねー。

自分で飼っていた猫たちは・・・・
と書いていると際限が無いので、この辺で。また機会がありましたら。

投稿: | 2006年11月 7日 (火) 19時29分

> 山田さん
ペットロス状態をまた呼び覚ましてしまったでしょうか……。
でも、おっしゃってる意味はよくわかりますよ。そうなんです、彼らは勝手に生き、そして死んでるだけで、飼い主の立場になった人間がそこにどう関わり、どういう意味づけをしていくのかというところにこそ、「厄介」が発生しているのです。そしてその、人間側が勝手に与えた意味づけの枠に、彼ら自身は必ずしも従っているわけではない。その点がせつなくもあり、逆に救いでもあるのだな、と思ったりします……。

> ゾーンさん
ごめんなさい、上記エントリで僕が言おうとしていたのは、「猫マンマ」ではなくて「猫ごはん」でした。「猫マンマ」は、まさにその、ゾーンさんがスキー場で見たというやつです。後から思い出してきたんですが、「ごはん+みそ汁の残り」は、「犬ごはん」と呼ぶ人もいたような気がします。
無為にはほぼペットフードオンリーでしたが、たまに焼き魚とか刺し身などをやることもありました。ときにはビーフステーキやポークソテーも。そういうときは食いつきがよかったですね。あと、生クリームが好きでした。ケーキなどを買ってくると、セロファンみたいなのにくっついたやつをきれいに舐め取っていました。……ああ、過去形で書いてしまっている(泣)。

> 香さん
そんなわけで、「猫マンマ」改め「猫ごはん」であったわけですが、僕の推測、おおむね当たっている気がしませんか? まあ、昔は全体に今ほど裕福ではなく、飼い主もキャットフードみたいなぜいたく品を与えてくれないので、手に入る中でなんとか栄養素を摂ろうとした結果という面ももちろんあるのでしょうが。
かつおの血合い! 無為はむしろ、血合いを嫌って残したりしてましたね。人間みたいですね。というか、僕はそうなんですが(笑)。
いやー、猫談義、始めたらキリがないですよね。でもそのうち、ご自分で飼ってらした(というのは、旧結婚生活以後、ということでしょうか?)という猫のお話もお聞かせくださいね。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月 7日 (火) 21時17分

おそらく平山はその鋭利かつ繊細な感受性で人一倍、無為ちゃんの事を考え嘆き悲しんでいる事と思う。だが小さな命に感謝の気持ちを忘れることなく、やがてこの事さえも強いバネに変え、無為ちゃんの分も人生を謳歌してほしい。
『シュガー』楽しかったです。平山瑞穂初のジャスラック認証曲が“YMCA”だったとは…。

投稿: NOGI | 2006年11月 7日 (火) 22時17分

無為ちゃん、なるべく苦痛がすくない状態で長く生きてくれるといいですね。

ところで、わたしは動物の子については「仔猫」「仔犬」と書くように習ったと記憶しているのですが、最近は「子猫」「子犬」と書かれる方も多いようです。「仔」の字が常用外だからなのかもしれませんが、後者だとなんとなくなじめません。いまはどちらが主流なんでしょうねぇ。(センセイならこのあたりにもこだわりがありそうなのでちょっとお伺いしてみました。)

投稿: ダレカ | 2006年11月 8日 (水) 00時17分

> NOGIくん
もう、かわいそうでかわいそうで毎日(比喩でなく)泣いてるような状態なんですが、いつかこの経験も、大げさな言い方をすれば「生きる糧」みたいなものになっていくと信じています。ただ、しばらくは無理そうですね……。
「シュガー」、お楽しみいただけたのであればよかった。そうなんだよ、YMCA なんだよ。ていうか、作中でのあれが「抜粋」と見なされてしまうわけですね。そのことにびっくりしました。

> ダレカさん
「仔」の字の使用については、そうですね、「子」とどちらが正しいのかということは(意外にも)あまり意識したことがなく、単なる趣味の問題で「仔」を採用することが多いんですが、上のエントリを最初にアップした直後、ひとつの短文の中でなんと「仔猫」「子猫」「小猫」と3通りの表記を混在させていたことに気づき(変換が記憶される仕組みの中でどうしてそういうことが起きるのか)、慌てて「仔猫」に統一したという経緯がありました。「猫マンマ」と「猫ごはん」を混同したことと言い、精神的にかなり参っていたのでしょう。

無為、とりあえず今日はまだ生きております……。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月 8日 (水) 00時55分

私も”猫まんま”は鰹節を混ぜたものだということをゾーンさんのコメントを読むまで思い出しませんでした(汗)。まあ、私の場合は弱っていようがいまいが、ナチュラルボケなのですが。(たまに、自分のブログでこのようなボケをたくさんかましているんじゃないかとそら恐ろしくなります)

実家の猫は私が13歳の頃から飼っていましたが”母の”猫でした。子供だった私のかまいすぎが原因であまり懐いてもらえませんでしたから。
私が結婚生活で飼った二匹の猫は、オスとメスでした。自分に懐いて、より可愛かったですよー。去勢してしまったのでツガイではありませんでしたが、二匹飼うとその性格の違いに、相乗効果で楽しくなりますね。
残念ながら事情があって、前の旦那の元においてきてしまったのが心残りです。(というか胸が痛い・・。)

投稿: | 2006年11月 8日 (水) 11時01分

しかし「猫マンマ」という語自体、もう十何年も聞いていなかった気がします。今回のことがなければそのまま忘却の彼方に消えてしまっていた言葉かも……。

実家の猫さんの話ですが、猫は概して子供が嫌いですからねー(笑)。僕も自分が子供の頃は、実家で飼っていた猫になんとなく疎まれた経験があり、こんなに可愛がってるのになんでなついてくれないんだろう、と不満だったのですが、「可愛がる」と「やたらとかまう」は別なんですよね。
そうそう、どんなペットもそうでしょうが、性格の違いってはっきりありますよね。無為はずっと一人だったので、比べて楽しむという要素はわが家にはありませんでした。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月 8日 (水) 20時04分

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