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2006年11月30日 (木)

写真展会場にて

 あるきっかけで知り合った写真家・野村昌平さんの個展を観に行く。

  野村昌平写真展 bittersweet

 去年の3月、新宿ニコンサロンで開催された個展以来、2度目だが、僕は前々から、この人の撮る猫の写真が大好きである。なぜなら、ちっとも可愛くないからだ。それが逆に、この人が本当に猫好きであることを表明している気がする。

 とりたてて猫に関心がない人が猫を撮ろうとしたら、むしろできるだけ可愛く撮ろうとするのではないかと思う。しかし実際には、猫というものは、可愛くない表情をしている瞬間が往々にしてある。真の猫好きであれば、その「可愛くなさ」をこそ「可愛い」と感じ、まさにその瞬間に着目する。野村さんの猫写真には、そういうニュアンスを感じる。今回も、猫を写した作品は2点あり、どちらも可愛くなかった。

 多くの写真に、1人、2人という単位で、人物が写り込んでいる。ケータイを操作しながら歩く女性。ベランダに立って外を眺める女性。植え込み越しに顔の上半分だけが覗いている、あずま屋に並んで腰かけるカップル……。しかしそれは、「人物を撮影したもの」ではない。かといって、単なる風景を撮影したものに彼らが偶然「写ってしまった」というのとも違う。そこにはあきらかに、対象の人物を取り込もうとする作為を感じる。それでいて、(作品を貫く視点としての)フォーカスは、その人物たちから巧妙に避けられている。その微妙な距離感に幻惑された。

 ところで、僕が到着したとき、会場には1人だけ先客がいて、後に野村さんから控室のようなところに一緒に招き入れられてコーヒーをごちそうしていただくことになったのだが、その「先客」とは、2005年10月公開の映画『誰がために』(出演・浅野忠信ほか)で監督デビューを果たした日向寺太郎さんだった。野村さんにとっては、大学時代の先輩に当たるとのこと。期せずして、写真家・映画監督・作家が一堂に会することとなり、しばし歓談した。

 話の流れで、「子供のいない僕には、子を持つ親の心情が本当には理解できないのではないかと思うので、小説の中でそういう描写をするときにそれが弱みになるかもしれない」という意味のことを言ったら、日向寺さんは「そんなことはないと思いますよ」ときっぱりおっしゃった。小津安二郎だって生涯独身を貫いたのに、父娘の繊細な関係性をリアルに描いた。自分もフィクションの作り手として、描くものを実際に自分が経験しているかどうかは問題ではないと思う、と。非常に励まされるひとことだった。

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コメント

"可愛くない猫"の写真を撮れる・・・という野平さんの写真、ちょっと興味がわきました。(おそらく今回観にはいけませんが)

すばらしい小説を書く作家が全て実体験しているわけではないので(極論を言えば”殺人"とか)問題ないと思います。でも、どれだけの喜びや悲しみ、苦しみを実体験したかは重要になるのではないでしょうか。平山さんは病気や無為ちゃんのことで、苦しいけれど絶対に無駄にはならない経験をされてますよね(思い出させてすみません)。
どうか、深みのあるいい小説を書いてください。

実は、先日やっと『ラスマン』『ワスチカ』アマゾンで頼みました!今日か明日にでも届くので、読むのを楽しみにしてますね。ルン

投稿: | 2006年12月 1日 (金) 13時38分

自分が経験していないことを小説で描写する、ということに関しては、僕も後から、同じように考えました。まさに、無為を失った経験だって、子を失うことと同列に並べるのは乱暴かもしれないとしても、別離の悲しさ・辛さの少なくとも質は変わらないはずなのですよね。そういう風に、自身の中で、同じではなくても似ているなんらかの体験が随時、参照できればいいわけですよね。「殺人」描写だって、だれかを殺したいと思ったその気持ちを思い浮かべれば意外と容易かもしれませんし、だれかを殺したいと思ったことなんて数え切れないほどありますし……って問題発言ですかね、これ(笑)。
自分の経験と想像力を総動員して、これからもいい小説を書いてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。「ラスマン」と「ワスチカ」も、買ってくださってありがとうございます。考えてみりゃ、「ラスマン」で語り手〈僕〉が遭遇するさまざまな怪異・不条理の数々だって、実際に僕が経験したことじゃないわけですからね(あ、ぜひ実際に読んでご確認ください・笑)。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年12月 1日 (金) 21時16分

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