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2006年11月 9日 (木)

穏やかな顔

Aura_1

 昨日の晩、無為はパソコンに向かう僕の足もとに自分から歩み寄り、大好きだった「足撫で」を受けた。するとやがて僕の足をつと離れ、カーテンの際までよたよたと歩いていき、そこに佇んでいた。ベランダに出たい、というサインだ。もう2週間近く、ベランダになどまるで関心を示さなかったので、半信半疑ながら「出るの?」と訊きながらガラス戸を開けたら、よたよたと出ていった。何メートルか歩いて、その場にうずくまっている。寒いから体にさわるだろうと思って、抱き上げて部屋の中に戻した。

 しばらくして、妻が帰ってきた。その物音に反応して、無為は自分から妻を出迎えに行った。驚いた。それももう2週間ぶりくらいのことだ。無為は玄関のドアからも外に出たがり、妻が出してやると、記憶を辿るかのようにエレベーターホールをこわごわとちょっとずつ移動しながら、非常階段の手前まで行った。臆病な無為には、元気だった頃も、そこがリミットだった。そのままうずくまって、妻が抱き上げるまで、階段の先をじっと見つめていた。

 それはまるで、これまでの自分の暮らし方を、ひとつひとつなぞり直しているかのように見えた。元気だった頃あたりまえのようにやっていたこと、そして、今ではまったくやらなくなってしまったことを、ひとつひとつ。もう、骨と皮ばかりになってしまった不自由な体を引きずるようにして。

 それが昨日の無為だった。

 今日、午後8時半ごろ、無為は息を引き取った。8時前後からちょっと息が荒くなって気がかりだったが、撫でてやると煩わしそうにクローゼットの奥に引っ込んでしまうので、しばらくそっとしておいてあげようということになった。それから、コンビニで買ってきたもので適当に食事を済ませ、少しほっとして、二人でしばしおしゃべりした。そろそろ自室に引き上げようとした僕が、ふと気になって、無為が引きこもっている寝室を覗いたら、そのときにはもう、こときれていた。触ると、まだ温かかった。

 昨日の時点で、無為にはもう、わかっていたのではないか。だからもう一度、それまで自分がやってきたことを、可能なかぎりなぞってみたのではないか。痩せ衰えた体から、最後の力を振り絞って。

 妻と二人、無為の体を洗い、ドライヤーで丹念に乾かしてやった。タオルを敷いたカゴにそっと横たえ、撫でているうちに、こわばっていた無為の死に顔が、心なしか穏やかになった気がした。

 安らかに、眠ってほしい。日だまりで僕たちに愛撫されながら眠ってしまうように、できるだけ安らかに。

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コメント

ご愁傷様です。

センセイの作品に触れて以来ブログに訪問するようになり、無為ちゃんの様子を知ることができるのもわたしの大きな楽しみでした。
天国でも幸せにしていてくれますように。

投稿: ダレカ | 2006年11月 9日 (木) 23時46分

親父が死んでから、毎晩親父の写真に手を合わせてから寝ていますが、今夜は無為チャンのためにも手を合わせましょう・・・安らかに眠られんことを。
ウチも子供なしの犬一匹ですので、無為チャンを失った喪失感は手に取るように実感できます。
でも、外野の僕たちがいくら慰めを言っても悲しみを共有できるわけではありません。
悲しむのは、お二人だけで、存分に悲しんでやってください。

そうそう、今日、「シュガー」入手いたしました。

投稿: クマキチ | 2006年11月10日 (金) 00時49分

 今日、ゆかをとまだまだ無為ちゃんは大丈夫そうだろう、もうちょっと生きるだろうと話していました。どこまでも、楽観的な私です。同時に、平山さんの顔が限界まで疲れているとゆかをが言っており、それも、心配でした。
 動物は、そんなことをわかってくれる気がします。だからって死期が早まるわけではなく、引き際がわかっているというか。
 安らかな最期だったようですね。
 ほんと、辛いですね。なんだってこんなことがあるのか、わかっているけど、腹立たしいです。
 無為ちゃんのご冥福を祈ります。ご冥福ってなんだかわからないけど、もう、とにかく、祈ります。

投稿: 山田 | 2006年11月10日 (金) 01時52分

こんなときに他人が出来ることはほとんど無いけれど、心中お察しします。
今は無為さんを存分に惜しんで、悲しんで下さい。ご冥福をお祈りします、

投稿: 黄海 | 2006年11月10日 (金) 06時33分

タイトルを見て驚きました。
そして出てこないでほしかった一文が、文中ついに記されました…。
無為ちゃんのご冥福をお祈り致します。
かわいかった分、残された側の痛み、辛いでしょうが今は静かに落ち着きを持って、時をお過ごしください。

投稿: NOGI | 2006年11月10日 (金) 09時27分

ご冥福をお祈りします。
本当に、心から。

投稿: こぐ | 2006年11月10日 (金) 12時23分

穏やかさが何よりの救い。
ご冥福をお祈りします。

投稿: もり | 2006年11月10日 (金) 14時52分

ついに来る時が来てしまいましたか。無為ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
平山さん夫妻は心の傷がそう簡単には癒えないと思いますが、無為ちゃんのためにも、一刻も早く元気になられるようお祈りいたしております。

投稿: ゾーン | 2006年11月10日 (金) 18時10分

皆様、心のこもった暖かいお言葉、ありがとうございます。ひとことひとことが、胸に染み入ります。

今日の午前11時ごろ、無為は灰になりました。小さな、小さな骨になりました。抜けるような秋晴れの空のもと、きっと安らかな気持ちで昇天できたのではないかと思っております。

泣いても泣いても泣き尽くせないのですが、生前、僕や妻が喧嘩したり泣いたりしていると、無為がなんだか訳はわからないながら心配しておろおろしていた姿を思い出すにつけ、泣いてばかりいては気がかりで往生できないのではないかとも思い、なるべく泣かないように、嘆き悲しまないようにと自分に言い聞かせております。

死の直前に無為が僕たちに見せてくれた凛とした姿、死期を悟りながらあえていつもどおりに振る舞おうとしたその健気さ、僕たち夫婦に最後の最後まで義理を果たし、精一杯の情愛を示そうとしてくれたその律義さにミソをつけないためにも、頑張って笑わなきゃ、と思います。つらかっただろうに、死の瀬戸際まで泣き言ひとつ言わず一人でじっと苦しみに耐えていた、猫らしく気高かったその姿に、少しでもあやからなければと思います。

でもごめんなさい、今日だけはボロボロでいさせてください。今日だけは、涙が涸れるまで泣かせてください。必ず、乗り越えます。必ず。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月10日 (金) 21時57分

ご無沙汰していたら、無為ちゃんがこんなことになって何と言っていいやら、心が痛みます。亡くなるという事は筆舌つくしがたいですね。 
こんな時になんですが、親父が先月1日に亡くなりまして呆然自失。読まして頂いてはいたのですが考えがまとまらずボーとしてばかり。そしたら無為ちゃんが・・・・。
親父も亡くなる一日前にベットに体をお越しみんなビックリ。わずかの間でしたがしばらくは大丈夫かなと思いましたが、翌日旅立ちました。
メールアドレスを変えたとたんに入院。すぐにフルネームに戻したのですが、間にあいませんでした。
これから、又フルネームでお願いします。

投稿: 林 秀樹 | 2006年11月11日 (土) 11時30分

私も一緒になって泣かせてもらいました。どうか、無為ちゃんが天国で幸せに過ごしているように祈っております。

猫は自分の死がわかると聞いたことがあります。死ぬ姿を人間に見せないようにするということも。
それは猫の気高さの表れですね。

投稿: | 2006年11月11日 (土) 14時11分

> 林 秀樹さん
ありがとうございます。そしてご尊父のこと、ご愁傷様でした。ペットと並べるのもどうかとは思いますが、ほとんど同じ時期だったのですね。僕自身、まだボーっとしているばかりですので、心中はお察しいたします。ご尊父もきっと、死期を悟って最後の力を振り絞られたのではないでしょうか。

> 香さん
ありがとうございます。外に出ていったのも、死に場所を探しているのかな、と一瞬考えました。そして実際に無為は、死の瞬間だけは僕たちに見せませんでした。それでも、この時期とりわけ忙しくて毎晩帰りが遅い妻が、たまたま珍しく8時台という早い時間帯に僕と一緒にいたタイミングを、まるで狙ったかのように逝ったのです。偶然なのかもしれませんが、無為の義理堅くかつ誇り高い意志が介在していると考える方を、僕は選びます。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月11日 (土) 14時48分

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