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2006年11月16日 (木)

1週間後の無聊

 まず大きな前提として、「愛国心」などというものは、個人の良心に属する問題で、法的な裏づけのもとにとやかくいわれる筋合いのものではない、という拒否反応みたいなものがあるわけだが、その点にはまあ目をつぶるとしよう。それはもしかしたら、趣味の問題かもしれないから。

 しかしどうしても解せないのは、それがどうして「教育」と結びつけられるのか、ということだ。というか、「愛国心」を教えることがどうして教育の改善に結びつくと思うのか、そのリンクのしかたが僕にはさっぱり理解できない。最初から理解できないし何度説明を聞いても理解できない。いや、実のところ、説明なんてろくすっぽ聞いちゃいないが。聞いてると不愉快になることは聞かない。不愉快な人物の言うことは聞きたくない。思想ばかりか顔も不愉快だし声も不愉快だ。

 といった、きわめて偶発的で垂れ流し的な「立場」の開陳はひとまず措いておくとして、4作目『冥王星パーティー』の入稿用データをようやく新潮社に送信した。あとはたぶん、ゲラでの調整になるだろう。前にも書いたが、ここに来るまでが本当に長かった。なまじっか固有名詞などがたくさん出てくる、しかも10年くらいの期間にわたる現代モノの物語にしてしまったばかりに、設定年度の変更に伴って風俗描写なども一部書き換えなければならなくなってしまった。

 さて、無為が死んで1週間が過ぎた。泣いてばかりだった最初の激烈な悲しみがひとまず通り過ぎると、なんだか妙に手持ちぶさたな時間が日常の中に多いことに気づく。やらなければならないことは山のようにあるので、それをやっていれば時間はおのずと埋まっていくわけだが、無為がいないだけでどうしてこんなに「暇」な気がするのだろうか。きっと、自分で思っているよりはるかに長い時間を、僕は無為のために無為に使っていたのだろう。姿が視界に入るたびに仕事を中断して撫でたりかまったりして。

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コメント

今の教育ってどうなっているのでしょう。子供のいない僕には全く分からないです。いじめられたら自殺させる教育なんでしょうかね。
ちょっと前は単位不足で補習が何十時間なんてニュースでも言っていましたがこれが「ゆとり教育」のたまものなんでしょうか。

先日、ふと町内会の回覧板を見ていたら小学校の行事予定表があり、その中に「秋季休業」なる文字が。今の学校って土曜日が休みなうえに「秋休み」まであるんですね。僕の時代では考えられなかった事です。

それは置いておいて、「ラスマン」読み終わりました。シュガーとはかなり違ったのではじめは戸惑いましたがいつしかのめりこんでいました。いつの間にか文学中年になっています。(笑)
今度は「ワスチカ」を買ってみます。「冥王星パーティ」も楽しみにしていますよ。

投稿: ゾーン | 2006年11月17日 (金) 01時22分

僕も子供がありませんので、今の教育の現状って実はよくわかってないのですよ。しばしば教育をめぐる問題が新聞などで取り上げられているのも、実際に「教育現場が荒廃」しているためなのか、それとも以前よりなにかといえば教育現場が注目されるようになった結果なのか、そのへんを判断できる感触も持っておりません。ただ、どうやったって必ずどこかしらに歪みが出てくる難しい問題なのだろうなぁとは思います。

さて、「ラスマン」、お読みいただきましてありがとうございました! 知らなければ、同一の作者が書いたものとはとても思えない内容だったのではないかと思いますけど……。「ワスチカ」は「ワスチカ」でまた、どっちとも違う作風だと思いますが、よろしくお願いいたします。
読書の秋ですし、どうぞ「文学中年」(?)道をこのまま突き進んでください(笑)。

投稿: 平山瑞穂 | 2006年11月18日 (土) 16時35分

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