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2006年12月30日 (土)

地道な作業

 職場の方は昨日から休みに入っていたのだが、1年分の疲れがどっと出たようで、ほぼ終日死んだように横になっていた。今日は、休日にしてはめずらしくきっちり午前中から起きて、一応、形ばかりの大掃除。フローリング部分にワックスがけをして、普段、掃除のときも面倒でどかなさいテレビ台の下もきれいにする。

 台の下から、無為の抜け毛のかたまりがごっそりと転がり出てくる。予想していたことだが、目の当たりにするとやはり、胸に迫る。不思議なことに、毛にくるまれるような形で、ドライフードのかけらが2、3個見つかる。エサ場からは遠く離れているのに、どうしてこんなところに来てしまったのか。

 窓拭きなどは明日に回すことにして、ひと休みしてから、中断を余儀なくされていた小学館向けの書き下ろしの続きに取りかかる。執筆中はいつも思うことだが、小説を書くというのは本当に、つくづく、孤独で地道な作業だなと思う。何をどういう順序で書きたいかがすべて決まっていても、実際にそれを文章にしていく際には、一から語を、表現を、言い回しを選び、組み立てていかなければならない。

 その苦労を思うと、なんとわりに合わない仕事なのだろうと思う。好きでなければやっていられない仕事だ。そして僕はやはり、好きだからこの仕事をやっているのだな、と思う。

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2006年12月26日 (火)

長すぎるプロット

 小学館IKKIでの連載企画について、大きなストーリー部分のプロットを年内にまとめて、担当Tさんにお送りする約束になっていた。今月はほとんど毎日、職場での仕事の後になにか予定が入っていたが、そんな中でも睡眠時間を削って少しずつ書き足し、さっきようやく形にして送信しおおせたところだ。

 前にもどこかで書いた気がするが、「プロット」と言っても僕の場合、「あらすじ」よりはずっと細かいものを書いてしまいがちなので、時間もかかれば体力・精神力も消耗してしまう。そのかわり、それを小説の形にブレイクダウンしていく段階になれば比較的楽なのだが。

 目下の心配の種は、やはり小学館(ただし、IKKIではなくて文芸)向けに書き下ろしている長篇が、そんなこんなで当初の見通しよりだいぶ遅れていることだ。と言っても、うまく書けなくて悩んでいるということではなく、ほぼ単純に時間の問題なので、時間をちゃんと確保してスパートをかけさえすれば、目標に追いつけるだろう。

 例年そうだが、僕には年末も年始もない。いやむしろ、まとめて時間が取れる年末・年始こそ、かきいれどきだと言うべきだろうか。さすがに大晦日の夜と元旦くらいはのんびりしているが、だいたい、元旦の深夜あたりからは執筆に向かう。別に、仕事の依頼がひきもきらぬ人気作家というわけでもないのに。たぶん、性分の問題だろう。だからこれは、作家デビューする前からそうだった。今から思うと、本になる保証がまったくない小説を書くことに、どうしてそこまで情熱を注ぐことができたのか、不思議なほどなのだが。

 ジェームス・ブラウンが死んだ。『ブルース・ブラザース』でも観なおしてみようか。

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2006年12月25日 (月)

イブの晩の犯罪

 電子書籍@niftyの『シュガーな俺』連載ページに上乗せする形で、コラム(?)「シュガー通信」の連載が今日から始まった。一応、週1ペースを想定しているが、このシミ通信との差別化が難しい。両方見に来てくださっている方もいるし、内容を重複させるわけにはいかない。どういうネタをどういう風に書いていったらいいか、実はまだほとんど決まっていないので、毎週、書きながら考えていくことになるのだろう。

 ところで、昨日は書き切れなかったのだが、実は昨夜、都内某ホテルでのクリスマスディナーで、僕たち夫婦は期せずしてある犯罪行為を行なってしまった。

 断じて、故意にではない。もともとクレジットカードで払うつもりでいたのが災いしたのだ。コース料理もそろそろ終わり、というタイミングで、給仕の人が「お支払いはどうされますか?」と訊いてきたので、「クレジットで」と答えた。そのやりとりの記憶はある。その後長い間、僕たちのテーブルは放置されていた。デザートもとっくに食べ終わっていた。よく見ると、僕ら以外の客がひと組しかいなくなっている。2部完全入れ替え制の1部だったので、そろそろ出て行かなければまずいと感じた。

 その時点で、「支払いって済んでるんだっけ?」と妻に訊いてみたら、「どうだったかな。でも、済んでるんじゃなかったっけ?」と言う。「済んでるよね、たしか」と答えながら、堂々とレジを素通りして出ていってしまった。

 後から思えば、支払いが済んでいるならレシートを受け取っているはずだから、財布の中を改めるべきだったのだ。しかし、微妙に酔っぱらっていたそのときの僕は、「支払いが済んでいるかどうか従業員に訊いてみるべきだろうか。しかしもし済んでいたとしたら、そんなことを訊くのは恥ずかしいことなのではないか」などとよけいなことばかり考えていて、その点に気が回らなかったのだ。

 家に帰ってきてしばらくしたら、食事をしたホテルから電話がかかってきた。その時点で、初めて僕たちは悟ったのだ。自分たちが「食い逃げ」をしてしまったことを。

 恐懼しながら丁重に詫びを入れ、決して故意ではなかったことを弁解し、請求書を送ってもらうことになった。後日の銀行振込でいいとの由。

 ただ、相手はさすがにちゃんとしたホテルの従業員。「お支払いをしていただいていないのでは?」といったぶしつけな訊き方はせず、「お客様の分の請求書がレジに残っているのですが……」と遠回しな言い方をしてくれていた。まったく、恥ずかしいことこの上ない。

 しかし同時に、学んだこともある。もしも僕たちが、そもそも食い逃げをするつもりで、名前や電話番号を偽って伝えていたとしたらどうだろう? 支払いが済んでいなくても、堂々と出て行けば誰にも見咎められなかったのだ。その時点で、「完全犯罪」が成立していたのではないか。

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2006年12月24日 (日)

お役御免

Photo_1

 僕の携帯電話はツーカーだったのだが、auに統合されてからは、数ヶ月おきに「auに替えませんか?」というお誘いが来ていた。その時点で、いずれツーカーというブランドそのものを消滅させるつもりなのだろうということはわかっていたし、替えてあげた方が向こうにとっては都合がいいんだろうなということもわかっていたのだが、とにかく忙しいのとめんどくさいのとで、手続きをずっと先延ばしにしていた。

 auへの変更を促すダイレクトメールは、「ツーカーからauへの変更はこんなにカンタン!」「今、auに変更すればこんな特典が!」「すでに○○万人のお客様がツーカーからauに変更されました!」とどんどん煽りまくる方向に進み、やがて「○月○日までにauに変更しないとポイントが無効になります!」という脅しに変わった。まさに「残党狩り」という感じだ。

 僕みたいなのはさぞかし迷惑な客なんだろうなと思いながら、それでも僕の重い腰は上がらなかった。現時点でとりあえず使えているからいいや、と思ってしまうのだ。そうしたらついに先日、「サービス終了のお知らせ」が届いた。いよいよ、ツーカーというブランドが消滅し、ツーカーとしてのあらゆるサービスが停止されるという連絡だ。一応猶予期間は1年以上設けられているようだが、いいかげんなんとかしなければ、ある日突然、携帯電話自体が使えなくなってしまうのだなぁ、とぼんやり思っていた。

 それを見かねたのか、クリスマスイブの今日、妻がくれたプレゼントの包みに、「携帯電話変更手続き代行券」なるものが入っていた。めんどうな手続きを彼女主導でやってくれる上に、auの携帯電話も買ってくれるというのだ。そんなわけで今日は、食事の前に池袋のビックカメラに寄り、無事auへの乗り換えが完了した。

 これまで使っていたツーカーのやつを買ったのは2年前の初夏で、その当時はずいぶん洗練されたデザインだと思っていたのだが、たった2年半で、すっかり古びてしまった感がある。しかも、最近出回っている機種からはすっかり姿を消してしまった、手動で伸ばすアンテナがついているし、そのアンテナの先は壊れているし、筐体にも塗装の剥げたところがあってたいそうみすぼらしい。

 もっとも、こんなに塗装が剥げているのには理由がある。雨の夜、酔っぱらって道端で濡れネズミになりながらしゃがみこんでいる間に、だれかにメールを打とうとして手に持っていたこれが道路に落ち、しかもそれをだれかが蹴っ飛ばしたらしく、気がついたらアスファルトの上でボロボロになっていたというわけだ。でも同時にこの電話は、日本ファンタジーノベル大賞受賞の連絡を受けた電話でもある。そんな思い出がいろいろつまったこの電話機とも、今日でお別れだ。

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2006年12月23日 (土)

カオスな布陣

 Amazonの『シュガーな俺』のページで、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」のところに、いつのまにかナボコフの『ロリータ』とカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』が加わっている。

「白いシミ通信」になってから取り上げた、数少ない文芸作品のうちの2つだ。まさかとは思うが、そのことと関係があるのだろうか。いや、まさかな。偶然にしてはできすぎているけれども……。

 それにしても、今回の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」は、なんだかカオスな感じだ。前2作は「なるほど」と思える布陣なのだが、今回はまったく法則が見えない。『フェルマーの最終定理』って、なんで? 『デトロイト・メタル・シティ 2 (2)』も謎だ。なぜ(2)なのか。(1)は違うのか。

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2006年12月21日 (木)

忘却の河

 今日は、僕のインタビュー記事が載った『女性セブン』の発売日だったはずだが、チェックするのを忘れてしまった。せっかく10日ぶりくらいに、職場での仕事を終えてからまっすぐ家に帰る日だったのに。

 夕食を作る元気がなかったので、さっき、近場に食べに行くことになり、その帰りにチェックしてこようと家を出るときは思っていたのに、帰るときになったら忘れてしまっていた。

 もう今さら外に出て行く気にもなれないので、明日チェックすることにしよう。

 以前なら、マンションを出て、車道を隔てたお向かいにセブンイレブンがあったのだが。いや、待てよ、いわゆる女性週刊誌というのは、コンビニには置いていないのだろうか。普段、自分から買うものではないので、そのへんがわからない。それにしても、以前あったあのセブンイレブン、今は100円ショップになってしまっているが、明らかに経営者も替わっている。以前、あのセブンイレブンで店長をやっていたあの冴えない感じのおじさんは、今はどこで何をして生計を立てているのだろうか。

 ときどき、そういうことがひどく気になる。しかし、どうせそれもすぐに忘れてしまうのだ。

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2006年12月20日 (水)

朋、遠方より来る

 韓国で『ラス・マンチャス通信』と『忘れないと誓ったぼくがいた』をつづけざまに翻訳出版してくれたStudio Born-Freeの人たちが日本出張にいらっしゃるというので、今日、池袋でお会いすることになった。韓国からのメールで、池袋駅の「35番出口」を待ち合わせ場所に指定されたが、どの出口のことかわからない。僕は池袋にはかなり詳しい方だと思うのだが、そんなナンバリングがされた出口なんてあっただろうか。

 ネットで調べて、ああ、サンシャイン方面に出るあの出口のことか、とわかったのだが、彼らは現地のことがわからない状態でそれを指定しているわけで、果たしてちゃんとそこで落ち合えるのだろうか、と直前まで不安だった。後で聞かされたところによると、彼らもいざ池袋に来てから「35番出口」を発見することができず、一度は待ち合わせ場所を「ふくろう像前」(いけふくろう)に変更しようかと検討していたらしい。「35番出口」の場所が判明したのは、待ち合わせの2時間前だったという。

 しかし結果としては無事落ち合えたので、近場の店に入ってしばし歓談する。今回いらしたのは2人で、一方の方とは去年の初夏、韓国に行ったときにお会いしたことがあったが、もう一方は初めての方だ。しかしお2人とも、日本に住んだ経験もお持ちでないのにものすごく日本語が達者で舌を巻く。

 韓国では日本よりはるかに売れている『ラス・マンチャス通信』が、このたび6刷に達したという。本当にびっくりする。日本ではいまだに初版止まりで、文庫化も危ういというのに。ワスチカの方は、刊行以後、最初はちょっと動きが鈍かったが、それは主要な見込みマーケットである学生たちがちょうど定期試験シーズンで、読書などそっちのけだったことに起因しているらしく、試験が終わった今は順調に伸びているようだ。受験大国である韓国的には、試験がとにかく大事なのだ。

 それはそうと、僕はそのStudio Born-Freeとのやりとりにおいて、ひとつ大きなミスを犯していたらしい。今日お会いした人ではないのだが、「ワスチカ」の翻訳に関してメールでやりとりする窓口の立場にあったチェさんという人がいる。この「チェ」という姓は、たぶん崔洋一監督の「崔」と同じだと思うのだが、ハングルで書く場合は"최"と書くのが正しい。ところが僕は、彼宛てに『シュガーな俺』をサインつきで送る際、誤って"죄某さんへ"と書いてしまっていたようだ。

 ハングルを読めない人には違いがわからないかもしれないが、"최"と"죄"の違いは、有気音と無気音の違いである。日本人にとっては鬼門だ。両方「チェ」に聞こえる。その違いについての意識が薄いから、文字で見ていても「チェ」としか思わず、名前を書くときにも無気音の方の"죄"で書いてしまったわけだ。

 それだけなら、「ひらやまさん」と書くべきところを「ひろやまさん」と書いてしまった程度のほほえましい間違いに過ぎないのだが、困ったことに、"죄"にはそれ自体、意味がある。日本語では「ザイ」、つまり「罪」のことなのだ。おかげでチェさんはその後、社内でみんなに「やあ、罪くん」と呼ばれるハメになったという。チェさん本人含め、むしろおもしろがってくれているということだが、名前を書き間違えるというのはけっこう初歩的なミスだと思うので、たいへん恐縮している。

 3時間ほどだったが、とても楽しい時を過ごした。前2作とはまったく異質な作風を持つ『シュガーな俺』についても、近々、翻訳出版のオファーを出してくれるとのことなので、ありがたい限りだ。韓国ではああいうメディカル・エンターテインメントみたいなものがまだ存在していないので、おそらくマスコミの注目を浴びるだろうとのこと。期待して反応を待とうと思う。

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2006年12月19日 (火)

小学館謝恩会

 帝国ホテルで開催された、小学館コミック編集局の謝恩会に顔を出す。こういうパーティーが存在していることは、実は作家デビュー前から知っていた。ネットである調べものをしている際、偶然、1998年度のそのパーティーの様子を写した画像つきのページ(竹熊健太郎氏も写っている)に行き当たっていたのだ。IKKI編集部のTさんから招待状をいただいたとき、「ああ、これがあれか!」と感慨深く思った。

 会場は、ざっと見て1,000人は下らないだろうと思われる出席者でひしめきあっている。半分くらいは、漫画家さんとそのアシスタントさんという感じらしい。知っている人がほぼまったくいないので、キョロキョロするばかり。ようやくつかまえたTさんに、有名なE編集長を紹介してもらったりしていると、遠くからTさんの名を呼んで駆け寄ってくる、華やかな感じの女性がいる。どこかで見た顔だな、と思ったら、後で「内田春菊さんですよ」と教えられた。間近に見ると、やはりなにか、ただならぬオーラをお持ちの方だなと思う。

 このパーティーは、その後、編集部単位でバラけて六本木周辺で2次会・3次会まで催され、朝まで続くという。2次会以降しか来ないという漫画家さんもいらっしゃるようで、元気であればぜひ出席したかったところだが、先週無理をしすぎた疲れをまだ引きずっていて、週の後半のために体力を温存しなければと思っていたところだったので、1次会が終わる前に失礼する。自分の性格から言って、関係者が2次会会場に移動するその場に居合わせてしまった時点でジ・エンド(気がついたら六本木で朝を迎えている)となること必定だからだ。

 そんなわけで9時には帰宅していたのだが、なんだか急に気分が悪くなってしばらく横になっていた。まだ疲れが取れていないらしい。先週だけの疲れではない。1年分の疲れがどっと出ているのだ。この時期は毎年そうなる。ノロウイルスにやられないようにしなければ。

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2006年12月18日 (月)

韓国風タコ(ス)

『シュガーな俺』について、『アサヒ芸能』の取材を受ける。ここのところ、本当に毎週だ。というか、なぜか毎週月曜日に取材を受けるというのが定例化している。

 取材がこうしょっちゅうだと、話すこともマンネリ化してくる。そうすると、いくら聞き手が毎回違うとは言え、記事の内容も結果としてマンネリ化してくるのではないかと心配になってきて、なにか目新しいことを言わなきゃ、と気持ちも焦ってくるのだが、そうそうおもしろいことが言えるわけでもない。ライターさんが僕のそういう思いをうまくキャッチしてくれることを祈るばかりだ。掲載は年明けになるので、近くなったらまたアナウンスさせてもらうことにしよう。

 それにしても、『アサヒ芸能』はエロい。見本誌として頂いたものを今見ているのだが、これはエロい。表2(表紙の裏)にある恋愛・結婚応援サイト「ラブエッグ」の広告に使われている小野真弓の写真までエロく見えてくる。別に、それ自体はエロい写真ではないのに。

 しかし、連綿と続いた「シュガー」がらみの取材も、年内はたぶんこれでひと段落ついた感じだ。書評も含めてメディア受けはいたってよく、本当にあちこちで途切れ目なく紹介されている本だが、それが売れ行きに必ずしも直結していないのが少々さびしい。

 取材が終わってからは、世界文化社担当Uさんと恒例のごとく「1杯」飲んで帰る。市ケ谷の某バーに入ったら、突き出しにタコキムチが出てくる。しばらくそれを眺めていたUさんが、やがてためらいがちにひとこと。

「平山さん……これ、キムチですよね」

 ああ、そう言えばこの人は、「キムチ」という名前が嫌いという理由でキムチが食べられない人だった。

「ああ……そうですね、キムチと解釈する人もいますよね」
「キムチですよね」
「でもほら、単に辛い味つけをしたタコだと考えたらどうです?」
「いっそタコスとかならいいんですけどね」
「そうですよ、タコだけに、韓国風タコスってことで!(強引)」
「でも……キムチっぽいなぁ」
「まあ、事実それを“タコキムチ”と称して出す店もありますけどね」
「やっぱりキムチですね、これは。やめときましょう」
「……ごめんなさい、やっぱ、どうしてもその心理が僕には理解できないんですけど」

 というわけで、結局Uさんの前に置かれた突き出しは、手つかずのままだった。かわいそうなタコキムチ。しかしいいのだ。あれは死んだタコのごく一部に過ぎないのだから。無駄死にではない。一部は僕が食べたのだから。

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2006年12月17日 (日)

不評な年賀状

 年賀状のことがずっと気になっていた。

 以前は、毎回干支にちなんだイラストをパソコンで自作してデザインしていたものだが、ここ数年は手抜きしていた。ことに作家デビューしてからは、出す相手が急に増える一方、日常生活がさらに忙しくなったこともあって、とてもそこまで手が回らなかったのだ。

 しかし、その年賀状はいたって不評だった。

 当然だろう。セブンイレブンで頼んだ、どうでもいいイラストつきのどうでもいい年賀状だ。これ以上はないと言うほどどうでもいい。自分で見てみても、こんなのもらってもまったく嬉しくない、と本気で思う。しかし現実問題、イラストなどを自作している余裕はない。今年はどうしたものか、と迷っているうちに、どんどん期日が迫ってきた。

 そこでこの土日に、折衷案として、アリモノの素材をアレンジしてデザインだけは自分でやった。ただし、単色だ。現在、パソコンに接続しているのが、単色のレーザープリンターだからだ。原稿を何百枚も打ち出したりするため、モノクロでいいから高速で大量に出せるものがいいという判断でそうしているのだ。カラープリンターも持っているし、接続しなおせばそれも使えるのだが、そこまでやる余力がなかった。

 と、さっきからたいへん言い訳がましいことを言っているが、今どき単色の年賀状というのはかえって珍しくてよいのではないか。なかなか異彩を放っているのではないか。特異で稀少価値があるのではないか。というのも言い訳なのではないか。

 ともあれ、これでひとつ肩の荷が降りた。「肩の荷」はまだたくさんあって、そのうちのたったひとつに過ぎないのだが。

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2006年12月13日 (水)

おじさん地獄

 再び備忘録。

 月曜、世界文化社社屋にて、「女性セブン」の取材を受ける。今回は、先週の「日刊ゲンダイ」と似て、『シュガーな俺』という書籍そのものと言うよりは、そういう本も書いている糖尿病患者としての僕、についての取材という側面が強い。掲載号は12月21日発売予定。糖尿病の特集ページ内の囲み記事で、それほど大きな扱いではないが、一応写真つきになるはずだ。

 その後は、「キムチ」という名前が嫌いな世界文化社担当Uさんと市ケ谷で軽く1杯。ほんとに軽く。「1杯」は比喩的表現だとしても、とにかく軽く。

 火曜。職場の所属部署の忘年会。4年ぶりの幹事。どんな偶然が作用したものか、普段めったに2次会に来ない人も含めてなぜか1次会参加メンバー全員が2次会のカラオケに流れる。

 もう誰もほとんど飲まないのに、なぜか生ビールのジョッキが5、6杯ずつ、15分おきくらいにどんどん届く。誰が頼んでいるのか。少なくとも幹事である僕はオーダーしていない。テーブルに溜まる一方の、手つかずのジョッキの放列。お開きになった時点で、たぶん、3分の1も消化していなかったのではないか。後でレシートを見たら、総勢14名に対して生ビールだけで27、ウーロンハイも9、オーダーが入っていた。どういうことなのか。どっちも3、9の倍数であるところが怪しい。

 そして今日。ポレポレ東中野に、いまおかしんじ監督のピンク映画『おじさん天国』のレイトショーを観にいく。脚本を書いた守屋文雄氏が、知り合いの知り合いなのだ。チケットも、入口で彼本人から買った。観終わって出てきたら、階段の下にいまおか監督ご本人もいらしていた。どこを見ているのかわからない目つきが、異彩を放っていた。

 タイトルは『おじさん天国』だが、本当はおじさんが毒ヘビ(?)にアレを噛まれて地獄に行ってしまう話だ。甥が恋人と一緒にそのおじさんの救出に赴く。その、ラブホを舞台にした「地獄」の描写があまりに地獄的で、ああ、死んでも絶対に地獄には行きたくないなと思った。あれは地獄だ。

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2006年12月10日 (日)

1ヶ月の長さ

「長いようで短かった1年」といった言い方をよく耳にするが、前々から、あれには心理学的な裏づけがあると思っている。対象となるある一定期間について、どの側面に着目して振り返るかによって、同じ時間が長くも短くも感じられるということなのだと思う。

 特に、忙しかった場合はそうだ。やることは山のようにあるから、時間はどれだけあっても足りず、「瞬く間に」時が過ぎてゆく。しかしそれは同時に、短い間に非常にいろいろなことをこなした、つまり、密度の高い時間を過ごしたということでもある。その間に自分がやりとげたことをひとつひとつ思い出し、そのハードさを意識するときには、同じ時間が「長かった」と感じられるのだ。

 だからあれは、必ずしも単なる決まり文句なわけではなくて、そういう、実際に並行して感じている2種類の感覚を、正確に言語化したものなのではないかと思う。

 この1ヶ月、僕はものすごく忙しかった。目を閉じて開いたら、もう1ヶ月が過ぎていた、という感じだ。しかし同時にこの1ヶ月は、僕にとっておそろしく長い1ヶ月でもあった。

「今日で、無為が死んで1ヶ月だね」

 昨夜寝る直前に、妻にそう言われて愕然とした。1ヶ月? あれからたった1ヶ月しか経っていないというのか。にわかには信じられない。もう、はるか昔というのは大げさにしても、少なくとも半年は前のことに思える。しかし実際には、まさに無為が死んだ翌週の頭から、『シュガーな俺』についての取材がほぼ毎週のように入り、その間に次作『冥王星パーティー』の入稿前の手直しや、小学館向けの次々作の執筆に関する中間報告もしなければならず、それをしている間にまた別の取材の予定が入り……という日々だった。そしてそれは、ほとんど一瞬だった。

 いまだに、帰宅して最初にドアを開ける瞬間、そこに無為が出迎えに来ているものと期待してしまう。キッチンになにかの紙袋が置いてあったりすると、無為が座っているのだと思ってしまう。風呂から上がるとき、無為の水飲み用のカップの水を交換しなければ、と思ってしまう。無為はそこからしか水を飲まず、入浴中にシャンプーなどが入ってしまうといけないので、出るときに必ずカップを洗って新しく水を入れるのが習慣になっていたからだ。そのカップなんて、とっくに片づけてしまっているのに。

 それでもだんだん、喪失感は薄れていくのだろう。薄れてくれればくれるほど、気持ちは楽になるはずだ。それなのに、喪失感が薄れてしまうこと自体に、喪失感がある。気持ちが楽にならなくてもいいから、無為を失ったつらさを忘れたくないと思っている自分がいる。ああ、なんか自作のタイトルみたいになってきたが、それが今現在の僕の偽らざる心境なのだ。
 

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2006年12月 9日 (土)

1時間の法則

 今週はほぼ毎晩なんらかの予定が入っていて、おまけに職場での仕事もそこそこ忙しかったので、本当に息をつく暇もなく、ブログの更新もできずにいた。備忘録的に、あったことを書き留めておく。

 水曜日は、ものまね芸人さんたちが出演する新宿の某ショーレストランに。だいぶ前に日程だけ決めて予約を取っておいたのだが、その時点では誰が出演するか決まっていなかった。蓋を開けてみたら、偶然にも12月のスペシャル・デーだったらしく、郷ひろみのものまねひと筋27年という芸歴のHIBIKIさん率いる芸人集団のステージだった。全員とてもうまかったが、大トリを張ったHIBIKIさんの安定感に溢れるステージは圧倒的で、エンターテインメントとしては100点満点という感じだった。

 HIBIKIさんのステージを観ていて、奇妙なことに、島本和彦さんの漫画を思い出した。島本さんの漫画は多くがなんらかの意味でなにかのパロディだと言っていい。たとえば『逆境ナイン』は、無人島に持っていく10作の中に入れたいほど好きな作品だが、あれもスポ根系野球漫画のパロディである。にもかかわらず、それ自体に独立した魅力を十全に備えた傑作でもある。つまり、僕は野球漫画のパロディが読みたくて『逆境ナイン』を読むのではなく、まさに『逆境ナイン』が読みたいからそれをひもとくのだ。パロディが好きなのではなくて、島本さんの作品が好きなのである。

 HIBIKIさんのものまねステージに、僕はそれとよく似た魅力を感じる。あくまで「郷ひろみのものまね」でありながら、あまりのクオリティの高さによって、それはHIBIKIとしてのオリジナルななにかにまで高められているのだ。それでいてなおそれは、「郷ひろみのものまね」であることを決してやめてはいない。そのすさまじいまでの「芸」の力に、背筋がゾクゾクさせられた。すごい。

 で、木曜日は、小学館『IKKI』編集部のTさんと新宿3丁目で打ち合わせ。来年の後半くらいの連載開始を想定しつつ話を進めている、漫画家さんとのコラボ企画についてだ。連載は基本的に1話完結型になる見通しだが、その全体を貫く「大きなストーリー」の部分について、現段階である程度まで固めておく必要があるからだ。

 Tさんもかなり飲む方なので、「酔っぱらわないうちに」と思ったのか、店に入って着席するなり、余談はいっさい抜きで、「さっそくですが……」と本題に切り込んできた。集中してアイデアを出し合ったので、非常に生産的な打ち合わせとなり、約1時間で大略は固まっていた。「どんな会議も打ち合わせも、正味1時間あれば本当は十分なはずである」という、僕が職場で日ごろ(心の中で)提唱しているテーゼが、図らずも立証された形だ。

 もちろん、焦点を定めずに漫然と話している中から生まれてくるものも多々あるのだが、あらかじめ焦点が定められているのなら、それについて集中的に話すべきなのだ。ゴールを目指して。そんなことはあたりまえだと言われればそれまでなのだが、なぜそんなあたりまえのことをあらたまって言わなければならないかと言うと……いや、これ以上は言わずにおこう。

 僕のインタビュー記事が載った「dancyu」の見本誌も届いていたが、それが何曜日のことだったのか思い出せない。とにかく、毎晩毎晩、ほとんどただ寝るためだけに帰って、翌朝また出勤、という毎日だったのだ。

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2006年12月 4日 (月)

連載終了と取材1件

 @niftyにおける『シュガーな俺』の連載が、今日アップした分で終了した。正直な話、あんなに求心力のあるコミュニティがあのサイトに形成されるとは当初予測していなかったので、連載が終わってしまうとなると、なんだか夢から覚めたみたいな妙な気分になる。この4ヶ月、僕はある意味であのコミュニティに首までどっぷりと漬かっていたのだ。

 連載終了とあって、これまでに書き込みをくださったなじみのある方々も、今日が初めてという方々も、続々とコメントを投じていってくださる。その第一陣にレスを返してきたところだ。とりあえず、今日のところはこれで。

 今日はその「シュガー」に関する「日刊ゲンダイ」の取材を受けてきた。池袋のメトロポリタンホテルでインタビューされたのだが、それに先立って屋外で写真撮影するとのことで、ホテル脇のイルミネーションきらめく喫煙所でカメラを向けられた。途中でカメラマンの人に、「タバコを吸う人なら、吸ってみてもらった方がいいかも」と言われて、タバコに火をつけた。

 一応、「糖尿病患者」という触れ込みで記事になるのに、基本的にはご法度のタバコなんかくわえていていいのだろうか、と思いながら、言われるままにポーズを取った。紙面でその写真が採用されるかどうかはわからないが、まあ、「このとおり気楽にやってます」ってことでいいのだろうか。実際、普段は普通に吸ってるわけだし。

 なお、インタビューをしてくださったWさんは、30代前半の男気溢れる感じの女性(※僕の場合、これは女性に対する最大級に近い褒め言葉である)で、ご本人もたいへんな酒好きとのこと、取材のご依頼をくださる時点ですでに、「平山さんの現在のお酒とのつきあい方に興味が」あるとおっしゃっていた。実際にお話してみると、酒の楽しみ方や、飲みすぎてしまった後の醜態の晒し方などに端倪すべからざる共通点が見出され、「この人とは絶対にいい飲み友達になれる!」と確信した次第。

 ちなみに、インタビュー記事の掲載日は未定。新聞は基本的にそうだが、最悪でも2日前にはわかるとのこと。予告もなく掲載されてしまって、掲載紙も送ってこられなかった某紙のケースもあるので、2日前でも知らせていただけるなら万万歳だ。

 おっと、言い忘れていた。明日、僕のインタビュー記事が載った「週刊女性」が発売になる。p128〜129の見開きである。

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2006年12月 3日 (日)

国際的にヘタな字

 金曜の夜から、おなかがギリギリ痛んで発熱するという症状に見舞われ、昨日はほぼ1日寝ていた。今日になって熱は引いたようだが、ずっと起きているとだるくなってくるので、やはり半日は寝ていた。目が覚めている間はずっと『ロリータ』の続きを読んでいた。長い。というか、饒舌だ。僕がこの小説の書き手なら、冗長と思われる部分をザクザク刈り込んで、少なくとも(いや、「多くとも」? どっちだ?)この半分の量にまで減らしてしまうと思うのだが、それだと「名作」として生き残ることはないのだろうか。

 古典や準古典を読んでいると、しばしばそういう思いにとらわれる。たとえば、トルストイの『戦争と平和』の末尾に挿入されているやたらと長い「戦争論」は本当に必要だったのか、とか。しかしそんなことを言ったら、メルヴィルの『白鯨』などはほとんどがその手の「冗長な部分」から構成されているわけで。あれを取り除いてしまったらミもフタもない作品になってしまうわけで。

 さて、昨日、韓国版『忘れないと誓ったぼくがいた』の見本が5冊届いた。本そのものが、語り手「タカシ」が書いた「1冊のノート」という体裁を取っており、巻頭と巻末にノート風の罫が入ったページが数枚ずつ入っている。巻頭には、僕が手書きで書いて送った「忘れないと誓ったぼくがいた」の書名と、ヘタクソなサインがスキャンして取り込んである。ちょっと見には、1冊ずつサインしていったみたいに見える。しかし、ヘタクソなので恥ずかしい。どうしてこんなにヘタクソなのだろうか。

 ちなみに、字がうまいか下手かということは、書く文字が何語であるかにあまり左右されないらしい。僕はいっときずいぶん熱心に韓国語を勉強していて、読み書きだけはかなりできるレベルに達していたことがあるが、その頃でも、僕が書くハングルは、「子供が書く字みたいで丸っこくて可愛い」と韓国の人に評されていた。そしてそれはまさに、僕が書く日本字について一般的に下されている評価とほぼ同じなのだ(あとは、「狂気を感じる」とか、「異様」とか……)。

 逆に、翻訳者キム・ドンヒさんは、非常に均整の取れた、女性的でしなやかな書体のハングルを書く人だが、彼女が書く日本字は、そのハングルから予想できるとおりの、非常に均整の取れた、女性的でしなやかな書体なのだ。だからきっと、韓国版ワスチカの巻頭に刷り込まれた僕の手書き文字が「ヘタ」であることくらい、日本語をまったく知らない韓国読者にも容易にバレてしまうにちがいない、と思って、僕は内心忸怩たる思いなのである。

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2006年12月 1日 (金)

ロリータ再読中

 少し前、アーザル・ナフィーシーの『テヘランでロリータを読む』を読んでいる間からずっと、『ロリータ』をそろそろ読み返そうと思っていた。

 ナボコフは本質的に好きな作家なのだが、『ロリータ』を読んだのは高校に入学して間もない頃のことで、それ以来読んでいない。少ない小遣いの中からやりくりして買ったものなので愛着があって、背表紙が黄ばんだ新潮文庫をいまだに持っているが、悪名高い大久保康男氏訳なので、進んで読み返そうという気持ちになれなかった。ところが、見れば若島正さんによる新訳が、同じ新潮文庫から出ているではないか。迷わず買った。

 22年ぶりの再読。高校1年当時ももちろん、ハンバート・ハンバートの行為がことごとく犯罪的であることは諒解していたわけだが、15歳の少年にとって、12〜13歳程度の少女というのは、十分に恋愛の対象になる存在だ。だからたぶんその頃の僕には、ハンバートの変態性をあまりリアルに感得することはできていなかったと思う。今、むしろ年齢的にはハンバート側の立場に立ってみて初めて、彼がいかにとんでもない人物かがわかる。本当にとんでもない野郎だ!

 そういう意味での感慨深さももちろんあるのだが、もうひとつ気づいたこと。おそろしく学識豊かなナボコフのこと、作中には、古今の詩歌や文献からの引用やパロディが夥しくちりばめられている。註釈なしにはとても歯が立たないだろう。そして、絵に描いたような「文学少年」であった高校1年の僕は、「いつかこういう、引用だらけの小説を書きたい。それができるようになるために、せっせと“学識”を仕入れなければ」と思っていた。しかしいざ、夢がかなって本当に作家になった今、そういう野心は驚くほどきれいに拭い去られていることに気づく。

 それも結局、「たわいのない子供の夢」に過ぎなかったということなのだろうか。大人になって、お金を自由に使えるようになったら、山のように買い込んで独り占めしようと思っていたあんまんが、大人の目から見たらもはやそれほど魅力的ではないのと同じで? それとも、これは一種の「堕落」なのだろうか。小説に引用するかしないかにかかわらず、僕がもはやいわゆる“学識”そのものにほとんど関心を持たなくなっていることを考え併せれば、そっちの方が正しい見方なのかもしれない。

 それにしても、ハンバート・ハンバートのロリコン心理は、リアル過ぎる。没後すでに30年になろうとしているナボコフは、自分が生み出した“ロリータ”というキャラクターが形を変え、半世紀後の極東の小国で「ロリコン」「ロリ系」「ロリロリ」といった派生語を産出しながらかくまで定着しているという事実を知ったら、いったいどういう感想を持つのだろうか。

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