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2007年2月28日 (水)

Tiredな俺

『冥王星パーティ』表紙の初校が届いている。これはいい。ちょっとメタリックな光沢を持つ紙に印刷されているため、もともと不思議な写真がいっそう不思議な奥行きを伴っているように感じられる。しかし帯のコピーを見ると、「平山瑞穂」の名とあいまって、あいかわらず女性作家と勘違いされそうな感じだ。もっとも、今回はプロフィールに(初めて)顔写真を入れることになっているので、積年の誤解も少しは晴れることになるかもしれないが。

 さて、昨日届いていたNHK大阪「もっともっと関西」にVTR出演した際の録画DVDをようやく観てみる。恐れていたほど精彩を欠いた様子ではなかったが、やはり、疲れは否めない感じだ(ちょうど、4日連続で原稿執筆漬けになっていた最終日の撮影だった)。それがまた、番組の構成上、「若くて痩せていても糖尿病にはかかるので怖い」という流れに組み入れられ、不吉な感じのBGMと一緒に流れるものだから、「この人、今もそうとう調子悪いんとちゃう?」と言いたくなるであろうようなゲッソリした雰囲気を醸し出している。いや、単に疲れてただけなんですけど。

 そして恒例の「一応苦言を呈しておこうかな」コーナー。「著者の平山瑞穂さんは、38歳。東京の調査会社に勤めています」というナレーションが流れるが、「調査会社勤務」は作中の片瀬喬一のことであって、僕自身の話ではない。実際の勤務先についても当日言ったような気がするのだが。でもまあ、そんなことは些細な問題だ。

 実は先日も、「Tarzan」で取材を受けたときの原稿を見ていたら、「食事療法をきちんとやっているのになぜか病状が悪化、自暴自棄になり……」的な記述に目を留め、「それは話をドラマティックにするために挿入した主人公・片瀬のエピソードであって、僕自身がそれに相当する段階で実際に自暴自棄になったという事実はありません」とツッコんでしまった。

 もともと虚実入り乱れる自伝的小説なので、書いてあることはすなわち事実であると思われてもやむをえないというか、勝手にそう思われるであろうことは覚悟の上で本にしているのだが、それが「平山瑞穂をめぐる事実」として公的に語られると、「いや、その部分はフィクションなんですよ」とつい訂正したくなってしまう。作家としてまだまだ未熟だな、と思う。

 なお、撮影当日、ずいぶん時間をかけて収録した、「居酒屋で料理を食べているシーン」は、全面的にカットされていた。「居酒屋でも適正な量を自分で見定めて食事を楽しむことはできる」ということを示す目的で撮影した一連の映像が、全部。関西テレビに出演したときとのネタカブリを懸念されたのだろうか。あれ、けっこうたいへんだったんだけどなぁ。

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2007年2月27日 (火)

ヤバい人

 まさに昨日、NHK大阪に出演したときのビデオが来ないと書いたばかりだが、今日、世界文化社経由で、ていねいなお手紙つきでDVDが届いていたので、それは断っておかねばならないだろう。ただ、今日はなんだかまだ観る勇気がない。明日に持ち越そう。

 さて、今日は小学館文芸のMさんと書き下ろしについて新宿で打ち合わせだった。当初6月刊行を目指していたが、6月はちょっと無理だ。今のところ7月を目指しているが、8月にずれ込む可能性もある。しかしそれ以上遅くなることはないだろう。でもね。たぶん。きっと。

 それはそれとして、Mさんは前々から僕の『ラス・マンチャス通信』を絶賛してくれていて、今日もあらためて言われた。

「こうしてお会いして話してると、平山さんって普通の人じゃないですか。でも最初、『ラスマン』を読んだとき、『この人絶対ヤバい人だ』って思ったんですよ。ヤバすぎですよ。だって、おかしいですって! 普通あんなの書きませんよ! まあ、今こうしてお話している平山さんも、一見普通に見えて、本当の姿は違うのかもしれませんけど」
「そうですね、現在の僕の社会的なふるまいは、時間をかけて獲得していったものなんですよ。『ラスマン』を書いたのは、あれが本になる10年くらい前でしたけど、その頃は本当にヤバい人でした」
「なるほど、順応していったんですね」
「そうそう、書いた当時はあれが素だったんですよ」

 そういえばMさんは、初めて予備的な打ち合わせをした際、「『ラスマン』は大好きだけど、この作者には会いたくないと思ってました。すっごい変な人にちがいないと思ってたので」と言っていた気がする。

 いや、実際に僕は「変な人」なのだ。ただ、どんな変な人であっても、社会的に是認されうるインターフェースを持つことは可能なのだ。そして、わざわざ苦労して獲得したものであるからこそ、僕はそのインターフェースにこだわるのだ。これは、生まれながらにそういうインターフェースを持っている人にはわかりづらい心理なのではないかと思う。

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2007年2月26日 (月)

消えた電波デビュー

 NHK大阪の番組に出たときの録画が、まだ届かない。忘れられているような気もするが、あれは自分的に言うとあまりできがよくなかった気がするので、このまま忘れていてくれてもいいような気もする。

 そういえば、と僕は思い出す。『ラス・マンチャス通信』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞して間もない頃、某地方ラジオ局向けに番組を制作している会社からインタビューの依頼があった。そこの社員だという女の子が1人で僕の住んでいるマンションにやってきて、対面でいくつか質問され、MDで音声を録音していった。放送時には、僕が喋った部分だけを編集してつなぎあわせるのだという。見たところまだハタチそこそこくらいなのではないかという風情の、感じのいい、可愛い女の子だった。

 当然、オンエア時にこちらでは聴くことができないので、後日、「同録」テープを送ってくれるとのことだった。オンエアの日から数日して、実際にテープが送られてきたのだが、何も録音されていない。念のため、面を換えて全部聴いてみたが、やはり空っぽだった。

 彼女の携帯の番号は一応控えてあったのだが、わざわざ電話で話すほどの用件でもないと思い、名刺に刷り込まれていたメールアドレス宛てに、録音されていなかった旨、手違いで録音自体ができていなかったのならあきらめるが、もしも別に録音が存在するならあらためてダビングして送ってほしい旨を書き送った。しかし、待てど暮らせど返信がない。

 忙しさにかまけて忘れている(あるいは忘れたことにしている)のか、アドレスは持っていてもメールをチェックする習慣がないのか、あるいは、「同録」しそこねた自分のポカに恐れをなして、ダンマリを決め込むことでうやむやにしようとしているのか。そうでなければ、彼女自身がすでにその会社に在籍していないのか。いろいろな推測が立った。1ヶ月くらいして、もう一度だけメールでつついてみようかなと思ったが、やめた。録音されたものが存在しない可能性が高いと思われたし、もしも彼女が自分のミスを気に病んでいるのだとしたら、それ以上追及するのもどうかと思ったからだ。

 そんなわけで、僕の記念すべき「電波デビュー」の証拠は闇に葬り去られてしまった。

 ちなみにそれと相前後するように、やはり某地方ラジオ局から「電話取材」というのを受けたが(キャスターが電話をかけてきて質問に答えたその音声が放送される)、そっちは後日テープを送ると約束していながら送ってきさえしなかった。それ以来、僕はラジオ関係をあまり信用していない。もっとも、それ以来ラジオからの取材依頼自体がないのだが。

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2007年2月22日 (木)

体が覚えている

 マンションの共用スペースであるゴミ置き場にゴミを捨てに行って戻ってくるとき、エレベーターに入ってドアを閉めたまま、階数ボタンも押さずに突っ立っていて、数秒後、エレベーターが動いていないことに気づいた。疲れているとときどきやってしまう。しかし、どんなにぼーっとしていても数秒で必ず気づくというのは、よく考えると興味深い現象だ。無意識に近い状態であっても、「1階でエレベーターに乗れば、やがて上昇を始めるはずだ」と心のどこかで期待しているのだ。「期待したタイミングで上昇が始まらない」という現象を認識するからこそ、「あれ?」と思うのだ。

 もしかしたら僕は、さっきからあたりまえすぎることを言っているだろうか。そうかもしれない。しかし僕が言いたいのは、「体が覚えていることってそういうことだよね」ということなのだ。先月の終わりくらいから職場の場所が変わって、家からは3駅分ほど近くなったのだが、通勤電車の中で必ず本を読んでいる僕は、「乗り換えてからこれくらいの時間は、降りるべき駅に着かないはずだ」という身体感覚に依存して、読書に没頭する癖がついている。そのため、すでに5回ほど、体にしみついた感覚にだまされて、最寄り駅で降りそこないそうになった。うち1回は、本当に降りそこねて、次の駅まで行ってしまった(幸い、遅刻には至らなかったが)。

 さて、そんな風に疲れている中で『冥王星パーティ』の再校に目を通そうとすると、なんかもう責了でいいっス(「責了」=著者自身は校正を見ず、編集者の責任において校正を完了してかまわないという言質を与えること)、と言いたくなってくるのだが、いやいや、そんなことではいけない、と思ってちゃんと見ている。

 そうしながら横目に映るのは、ちょっと前にAmazonで取り寄せていながらいまだ開封するに至っていない2枚のDVDだ。椎名林檎の「第一回林檎班大会の模様」と、東京事変「JUST CAN'T HELP IT」。ちょっと気分転換にどっちかをちょっとだけ観ようかな、とさっきから思っている。しかし、観はじめたが最後、途中でやめるなんてきっとできないんだろうな、と思っている。そんなことをしてる場合ではないよな、と思っている。しかし、サラリーマン作家にはそんなわずかな娯楽さえ許されないのか、とも思っている。

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2007年2月21日 (水)

みごとな(´Д`;)

『冥王星パーティ』の再校が届いている。今日は帰りが遅かったので見るのは無理だが、どうしても気になるところがあって、そこだけチェックした。

 作中に、ネットの掲示板から抜粋したという体裁の部分があり、その中に、本当は(´Д`;)を入れたかったのだが、普通のタテ組みの小説でそれはムリか、もしくはできたとしてもアスキー系ではなく不格好な全角系になってしまうかなと思って、入稿時には遠慮してあえて入れなかった。

 しかし、初校が出てきたとき、やっぱりどうしても入れたくなった。考えてみれば、『電車男』を出した新潮社だし、まして担当編集者はまさにその『電車男』を作ったGさんだ。できないってことはないだろう、と思い直し、「もし可能なら入れてください」との指示つきで、手書きで(´Д`;)を描き込んでおいた(誤解のないように、ていねいに)。そこがどうなっているか、結果が気になっていたのだ。

 該当ページを見てみたら、実にみごとなアスキー系(´Д`;)が、タテ組みの文中に埋め込まれていた。さすが。感動のあまり、ぐふぐふと1人で笑ってしまった。製版さん、ありがとう!(´Д`;)

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2007年2月20日 (火)

カドカワな一夜

 角川書店の人々とお会いする。ちょうど、今まで『野性時代』の担当だったKさんが書籍部に異動になったので、その引き継ぎも兼ねつつ、書籍の刊行も視野に入れつつ、という感じで、4人もいらっしゃった。一方僕は、18時半の約束だったにもかかわらず、手帳に「18:00」と誤って記入していたために30分前に店に着いてしまっていて、なおかつKさんの携帯の番号も控え忘れていたため、たぶん時間が間違っているんだろうと思いつつ、ただ待っているしかなかった。

 18:30のちょっと前に、見覚えのある人が僕に声をかけた。1年以上前、「野性時代」に掲載するためのインタビューをしてくれたKさんだ。「髪が元ヤン風になってます」とメールで予告されていたとおり、ほぼ金髪状態だ。要するに、約束は本当は18:30だったわけだ。ちなみにKさんは、失礼な話かもしれないが、僕の母方の叔母の若い頃に似ているので、僕の方もすぐにわかった。

 後にKさんが語ったところによると、「実は私は、自分はタバコは吸わないのだけど、人がタバコを吸っている姿を見るのは好きで、以前インタビューでお会いした際、平山さんがカッコよくタバコを吸ってらっしゃった印象が強く残っていたので、今、カッコよくタバコを吸っている人がいないかなーという目で店内を探していてすぐにわかりました」とのこと。

 それはなんだか光栄な話だったので、「それ、なんか今日のブログにでも書きたくなる話ですね」とその場で言ったのだが、それは決して社交辞令ではなかった。その証拠に、今、僕は現にそのことをブログに書いている。

 その後は、『野性時代』のKさんに替わる担当のA氏と、いずれ書籍を出していただけるとすれば担当していただくことになるかもしれないTさんとの3人で、ベトナム料理を食べにいく。そのとき給仕してくれた女性が、僕が大学時代に好きだった女の子と似ている、という話から、「男は昔の恋心やそのとき抱いた妄想をいつまでもしつこく覚えているが、女は過ぎ去ったことであればすぐに忘れる」という話で盛り上がる。そして僕のような作家は、畢竟、そういう妄想をネタにして食っているのだ、という結論に至る。そのとおりだ。

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2007年2月19日 (月)

消えた方の冥王星

『冥王星パーティ』表紙のラフ案が上がってくる。毎回感心するが、新潮社装幀室は本当にセンスがいいので常に安心な感じだ。今回は、ちょっと寂しい感じの、しかし、不思議な感触を残す、絵のような写真がバックに敷かれている。無人の光景なのに、なぜか人の気配を感じさせる写真。かつてそこに人がいたという痕跡が、あるいは、その無人の光景を見ている視線の持ち主の存在が、どことはなしに暗示される写真。

 ところで、『冥王星パーティ』というタイトルが、昨秋の冥王星格下げ騒動より1年以上前からあったのだという話はこのブロクでも書いているが、本当のことを言うと、「冥王星」という語を自分の小説のタイトルに使おうと思い立ったのは、それよりもさらに15年も前のことなのだ。もちろん、デビューするよりはるか以前である。そのときは、端的に『冥王星』というタイトルにしようと思っていた。ブロットもおおむね考えてあったし、最初の方を書きはじめてさえいたのだが、今ひとつ気が乗らずに流産となってしまった。

 しかし、今回、タイトルだけはそれを引き継ぐ形で『冥王星パーティ』という本を出すに当たって、元祖『冥王星』の書きかけの原稿がどんなものであったのかちょっと興味を惹かれ、古いワープロ専用機とそのFDを引っ張り出してみたが、FDはすでにイカれていた。そんな事態になることを恐れて、ワープロ専用機時代のテキストデータを変換して現在のiBookに落とす作業を少しずつ進めていると以前にも書いたが、その後、作業は結局、遅々として進んでいない。そしてたまに古いFDを読み込もうとすると、それはたいてい壊れている。

 こうして、僕の古い作品は、着々とこの世界から消滅していくのだ。書き上げた作品であっても、FDがいつのまにか壊れていることなどしょっちゅうだし、書き上げているのだから一度はプリントアウトしているはずなのに、それがどうしても見つからない。ものというのはどうしてこう、散逸してしまうのだろうか。捨てた記憶がないものを、どうして見つけることができないのか。それとも僕は、自分の小説の主人公のように、捨ててはいけないはずのものについて、ときどき、「これはもう不要だ」という誤った判断をなぜかしてしまっているのだろうか。

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2007年2月18日 (日)

おさけをつぐひと

「将来の夢」という課題で姪っ子が描いた絵が、幼稚園の作品展に展示されていて、髪の茶色い女性がミニスカートで立っている姿に、「おさけをつぐひと」と書き添えられていたらしい。おもしろすぎる。というか、末恐ろしい。いったいどこからそんな考えを仕入れてきたのか。テレビドラマでキャバ嬢の姿を観て「カッコいい」とでも思ったのだろうか。

 小学館での書き下ろしについては、現在、中間報告的に、書き上げてあるところまで担当編集者に読んでもらっているところなので、この土日は『野性時代』から依頼されている短編(5月号掲載予定)の方にかかりきりになっていた。『野性時代』と言えば、来月発売の4月号で森見登美彦さんの特集をやるとのことで、そこに寄せる短文も依頼された。同じ日本ファンタジーノベル大賞の出身者としてひとこと、とのこと。これはもう書き上げて送信した。森見さんは最近、躍進ぶりがとみにめざましい。後に続きたいものだ。

 さて、明日はNHK大阪「もっともっと関西」(17:15〜18:00)のオンエア日だ。番組中のメインのコーナーである「もっともっとズーム」で糖尿病特集が組まれる。その中の何分間だかわからないが、僕がVTR出演する。前にもちょこっと書いたが、収録当日、僕は疲れ切っていてやや不調だったので、精彩を欠いた姿をお目にかけてしまうかもしれない。しかし、電波が届く地域の方には、ぜひご覧いただきたいと思う。

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2007年2月14日 (水)

My Sweet Valentine

 今朝、目覚める直前まで見ていた夢。淡い茶虎の猫が家にいる。妻が寝ているベッドの脇に寝そべっていて、その猫が自分になついていることを妻が自慢している。しかしやがて僕が隣のベッドに横たわると、茶虎の猫はス……と移動して僕の胸の上に乗っかり、そのまま気持ちよさそうに眠ってしまう。悔しがる妻。僕は猫の心地よい重みと体温を感じながら、夢の中で眠りに落ちる。

 ひどく幸せな夢だった。そして僕は、その夢の中にいる間から気づいていた。それが無為であることに。

 無為はキジ三毛で、夢に出てきた猫とは似ても似つかない模様だった。でも、あれは無為だった。僕にはそれがわかっていた。後になって、ああ、バレンタインだから来てくれたんだな、と思った。猫だからチョコを買ったり作ったりはできないけど、身ひとつで現れることはできる。妻よりも僕に対してより深い親愛の情を示したのも、僕が男で、無為がメス猫だったからなのだ、きっと。そういう、スペシャルな日だったのだ。

 妻が、近所でいちばん気のきいているイタリアンの店でごちそうしてくれた。店内は各年齢層のカップルが目立ったが、入った時点からものすごくデシベルの高いグループがいて、後でよくよく観察したら、ややトウの立った女性ばかりの6人グループだった。ただし、その全員の声量が適正なレベルを超えているわけではない。「あのグループはうるさいな」と思っても、注意深く観察すれば、実は全員がうるさいわけではなく、そのうちの1人かせいぜい2人の声が大きいだけで、ほかのメンバーはいわば連帯責任としてとばっちりを食らっているだけなのだ。

 ちなみに彼女たちは、僕たちが入ってきた時点ですでにデザート段階だった気がするのだが、僕たちが会計を済ませて出て行くときにもまだ粘っていた。Sweet Comic Valentineだ。

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2007年2月13日 (火)

言語おたく道

 先日、『クロワッサン』に「病気自慢」のエッセイを書かせていただいたが、編集部のT氏より、「一度ご挨拶を」とのことなので、新宿にて顔合わせ。雑誌における単発のコラムやエッセイなどのご依頼だと、メールのやりとりだけで結局顔は合わせずじまいになることも多いので、こういうのは貴重な機会だ。

 話の流れで、日常、なにか興味を持っているテーマはありますかと訊かれ、答えに窮した。会社での仕事と、帰宅してからの作家としての仕事でほとんどの時間が埋められてしまい、事実上、趣味というものを持てない暮らしぶりだからだ。ちょっと考えて、「言語ですかね」と答えた。もともと僕は言語おたくだ。語学おたくではなくて、言語おたく。いろんな言語をちょっとずつかじっては、この言語はウラル・アルタイ語族だとか、だから膠着語の性質を持っているのだとか、だから日本語や韓国語とも語順が似ているのだとか、そういった比較をして楽しむのが好きなのだ。

 ほとんどの人とは、関心を共有できない領域である。事実、そういう話をしても、たいていの人は「へぇ〜」で終わってしまう。ところがT氏は偶然にも、NHKでアラビア語を勉強されていたり、僕が繰り出す専門用語にも敏感に反応されたりと、普通よりはずっと言語に関心をお持ちのようで、嬉しくなって思わず熱く語ってしまった。

 思えば「黒いシミ通信」時代には、数日おきという頻度で「言語ネタ」を扱っていた。いくつかの理由から、現在、ブログでそれをやることは凍結しているのだが、もっと時間があれば、言語おたく道をもっともっと突き進みたいものだ。

 韓国版「ラスマン」「ワスチカ」の版元Studio Born-Freeから、味付け海苔を大量にいただく。当分は困らなさそうだ。

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2007年2月12日 (月)

NHKの取材

 NHK大阪「もっともっと関西」(月〜金17:15〜18:00)の取材を受ける。糖尿病予防の特集の中にVTR出演という形だ。先日の関西テレビのときと同じく、取材スタッフが東京に出てきてくださる。池袋の某居酒屋(なぜ、毎回場所が居酒屋なのか)で2時間くらいにわたって収録。ネタは前回の関テレさんとだいぶカブりそうだが、番組の趣旨から言ってそれはどうしようもないだろう。

 ディレクターさんからインタビューを受けて答える形だが、最初、声の出が悪くて困る。直前の3日間、ほぼ終日家にこもって誰とも口をきかずにいたせいか、喋り方を忘れてしまったようだ。

 収録が済んでから、立ち合った世界文化社Uさんと、キムチが含まれていないものを食べにいく。店は立教大学の近くで、立教生と思われる若い人たちで賑わっている。若いっていいな、と思う。そう思うことがフケた証拠なのだな、と思う。

 ああ、なんか疲れた。今日の取材が、というより、その前の3日間の執筆漬け生活が。

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2007年2月10日 (土)

15年ぶりの変更

 某保険会社から、「ご契約内容変更のご案内」というハガキが届いている。その保険会社に関しては、掛け捨てのがん保険にしか加入していないはずだし、その契約内容を変更した覚えはまったくない。何ごとかと思って圧着部分を剥がしてみたら、以下の文言が……。

*******
 お客様のご契約は「団体(集団)取扱」となっておりましたが、現在お客様が右記団体(集団)に所属されていることが確認できませんでした。このため、変更日より団体(集団)取扱から個別取扱へ変更させていただくこととなりました。
*******

 該当の「集団名」として印字されていたのは、「コンピュータソフトウェア○○会」。ああ、と思った。そういえばこのがん保険は、新卒で入社したパソコンソフトの制作会社で人事担当者から勧められて、会社が所属する弘済会経由で加入したのだった。1年2ヶ月しか在籍しなかった会社だ。

 退職するとき、「あれはどういう扱いになるのかな」という思いが一瞬頭をかすめたことを覚えている。本当なら、その「コンピュータソフトウェア○○会」を自分がすでに脱退したことを自ら申告して、個人取扱に替えてもらう手続きを取るべきだったのだろうが、僕はそういう類いのことを異常なまでに面倒くさがるタイプなので、結局そのまま放置していたわけだ。

 しかし、その会社を辞めたのは、もう15年も前の話だ。15年間、保険会社側が放置していたというのもすごい話だ。まあ、保険料は自動引き落としで、延納したことは一度もないので、気づきようもなかったのかもしれないが。タイムカプセルを開いたかのような、ちょっとした幻惑を引き起こすできごとだった。

 ところで今日は、去年の秋からだいたい月イチのペースで通っている美容院に行った。電話で予約を取る際、店主のAさんが、「平山」と名乗るだけでいつも即座にこの僕だと識別できるのはなぜなのか、と不思議に思っていた(「じゃあ今日いらしたら、『ラス・マンチャス通信』にサインをお願いしますよ」などと言ってくれるのだ)。今日、そのあたりを訊いてみたら、現在、「平山」姓のお客さんは僕を含めて5人いるとのことだが、「声のトーンでわかる」のだそうだ。

 基本的に、お客さん(約500人)のプロフィールは頭に入っていて、前回、何を話したかも覚えているという。たまにしか来ない人だったりすると、名前が一瞬出てこないことなどはあるが、その人がどういう人かは覚えているそうだ。すごい才能だな、と思う。僕はもともと人の顔や名前を覚えるのが苦手で、会った人のことも会う端から忘れていってしまうので、この仕事は自分には無理だな、と思った。

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2007年2月 9日 (金)

魔法の本

 あまりにも疲れていたので、今日は勤務先から休暇を取った。4連休だが、どこに出かけるわけでもなく、もっぱら原稿執筆に追われることになるだろう。TVの取材は、12日の午後になりそうだ。

 しばらく根を詰めて原稿を書いていたので、先ほど、遅い夕食と気分転換を兼ねて、近くの「ジョナサン」に行ってきた。そこの「ジョナサン」を使うのは、たいていは土日のどちらかだ。この時期は妻が仕事の都合で土日もいないことが多いので、手抜きごはんのときに使うわけだ。今日はめずらしく土日以外だったわけだが、そうするとフロアで働いているスタッフのラインナップも違う。なんであの店には気が利かないおばさんしかいないのだろうと思っていたが、土日以外はそうでもないらしい。

 さて、食事中は、コルネーリア・フンケの『魔法の声』を読んでいた。先月、WAVE出版の玉越社長とお会いした際、「興味があります」と言ったら、これと続編の『魔法の文字』を贈呈してくださったのだ。12歳の女の子が主人公で、メインの舞台は一応現代、というと「ハリー・ポッター」のようだが、ドイツというお国柄もあるのか、物語の雰囲気が全体にほの暗い感じで、僕の好みにはかなり合っている。非常に楽しみながら読んでいる。

 ただ、ひとつ、話の本筋に関わることではないが、不思議に思っていることがある。

 この本は、各章の冒頭に必ず、『宝島』や『ハックルベリー・フィンの冒険』、『アーサー王伝説』など古今のお話の一節が抜粋されているのだが、あるとき、なにげなくそのうちのひとつを読みはじめた瞬間、「あ、これ、なんか知ってる」と感じたことがあった。見るとそれは、ウィリアム・ゴールドマンのちょっとひねくれたファンタジー『プリンセス・ブライド』の一部だった。

 たしかに、読んだことのある本だ。ただ、それを読んだのは、もう5年ほど前に一度きりだし、ほかのすべての本と同じく、瑣末な文章表現などは読むはじから忘れていってしまい、5年後の今、実際にそれを覚えているなんてことは考えられない。抜粋されている一節も、とりたてて強烈な印象を残すような箇所ではない。

 まあ、偶然かな、と思っていたのだが、実はこの本には、現時点で読み終えている部分までだけでも、同じ『プリンセス・ブライド』から6回にわたって抜粋が繰り返されていて、章を読み進めていくとときどき出会う仕組みになっている。ところが驚いたことに、冒頭の抜粋が『プリンセス・ブライド』からのときは、100%、わかるのだ、最初の1、2行を読んだだけで。

*******
 彼は本を高く掲げた。「今から、おまえに読んで聞かせる。気晴らしにはなるよ」
「スポーツの話も出てくる?」
*******

 これだけだ。これを読んだだけで、なぜかわかるのだ、それが『プリンセス・ブライド』からの抜粋だということが。なぜなのだろうか。あの本に、そういう魔法みたいな力が宿っているのだろうか。

 ちなみに、『プリンセス・ブライド』と言えば、僕はとても楽しく読んだので、読み終わった後、妻にも勧めたのだが、彼女はあの、人を食った終わり方が気に入らなかったらしい。しかし『魔法の声』は、まだ読み終わっていないからわからないが、たぶん間違いなく、正統的な、人を食わないエンディングが用意されていることだろう。もちろん僕も、それはそれで好きなのだ。ただ、人を食ったものも、同じくらい好きでたまらないのだ。

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2007年2月 8日 (木)

早いお帰り

 3日ぶりで、日付が変わる前に帰宅している。昨夜などは、浴槽の中で2時間ほど眠ってしまった。しかし、昨夜はぬるま湯と呼べる程度の温度を保っていたからまだましだ。完全な水になるまで眠っていたことも再三ある。今に溺死するんじゃないかと思う。ある意味、無頼派らしい死に方で、それはそれでいいんじゃないかと思う。でも僕は別に、無頼派になりたいわけじゃないんじゃないかと思う。

 今日は、実業之日本社のTさんと書き下ろしについての打ち合わせ。Tさんと最初にそういうお話をしたのはもう1年半ほど前だが、折悪しく彼女が産休・育休に入る前のタイミングだったので、それが明けてからあらためて、ということになっていたのだ。1年半、あっという間だった。信じられないくらいあっという間だった。

 Tさんは、育休が明けて職場復帰したとは言え、まだお子さんが小さいので、毎朝5時起きで育児もこなしながらの勤務だ。したがって帰りもわりと早めにサクサク上がる。おかげで助かった。そうでなければ僕はズルズル飲みつづけて、今日も午前様だっただろう。そして、半死半生だっただろう。

 ところで、1年半前の時点では、本になっているものがまだ『ラス・マンチャス通信』しかなかった。そしてそのときは、そんな感じのものを書いてほしいというお話だった。僕としては、それは必ずしも本意ではなく、どうしたものかと思っていたのだが、それから2冊の本を出した上であらためて要望を伺ったところ、オーダーは違うものに変わっていた。そしてそれは、僕自身も燃えられるテーマだった。『ラス・マンチャス通信』しか判断材料がなかった頃とは違うということだ。やはり本は、ある程度以上の数を出すべきなのだなと思った。

 さて、実は某地方TV局から、また取材依頼が来ている。今度も関西だ。シュガーについては東低西高なのだろうか。

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2007年2月 5日 (月)

本を持っている理由

 僕だけなのだろうか。昼食を摂ろうと1人で定食屋に入り、1人なのでカウンターに通され、そこで食べはじめたはいいものの、後から来て隣の席に着いた人が、自分の分がテーブルに届くのを待つ間、なにかを読むでもなく、ケータイを見るでもなく、ただじっと座っていると、落ち着いて食事を進めることができないのは。

 僕自身は、自分が同じ状況に置かれたらまず耐えられないので、必ずなにか読むものを持って店に入るようにしている。ないときはわざわざ直前に買ってまで用意することさえある。それは僕の問題だが、結果としてそういう状況のとき必ずなにかを読んでいる僕は、仮に僕の隣の人が僕のような性格で、なおかつ僕の分が届くよりも先に食べはじめていたとしても、その人に対しては無用なプレッシャーを与えずに済んでいることになる。

 しかし、みんながみんな僕のようであるわけではないのだ。自分が待っている間、ほかになにもすることがなくても気にならない人は、きっと隣の人が何もしていなくても気にならないのだ。それでも人はどうしても、自分を基準にしてものごとを判断してしまう。

 だから僕が、後から来た人の立場になったとき、読むものなどが何もないと耐えられないのには、2つの理由がある。1つは、ただ単に手持ちぶさたで、ただ座って待っている時間がもったいないと思うから。もうひとつは、僕がそこでそうしてただ黙って何もせずに座っていると、隣ですでに食べはじめている人が、「こいつ、することないからって人が食ってるとこ見てやがんじゃねーのか?」などと気にしているのではないかと思って、それが気になってしまうからだ。「そんなことはしてませんよ」ということを暗黙のうちに示すためにも(実際に僕は、その人がよっぽど汚らしい食い方でもしていないかぎり、そんなことをしたことは一度もないのだが)、僕はなにかを読んでいたいのだ。

 ところで急に思い出したのだが、一昨年、『ラス・マンチャス通信』を翻訳中のキム・ドンヒさんを訪ねて1人で韓国に行ったとき、大韓航空機の中で、僕がそれまで読んでいた雑誌に飽きてふとページを閉じたら、隣に座っていた見知らぬ人(たぶん、韓国から商用で日本に来て帰国する途中の、日本語が達者な韓国人)がにわかにソワソワしはじめて、いったいどうしたのかと思っていたら、「読みますか?」と言って、自分が読み終わった雑誌を貸してくれようとしたことがあった。僕が、読むものがなくなって手持ちぶさたになったものと思ったらしい。それが、韓国人的親切だったのか、それともその人固有の性質だったのか、僕にはいまだにわからない。

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2007年2月 4日 (日)

泣き言

 サラリーマンと兼業で作家をやっていると、「小説は土日に書いてるんですか?」という質問を受けることが多い。

 もちろん、土日にも書いている。しかし、それを当てにしていると、たまたまなにか別の用事が入ったときに打撃が大きい。それに、1週間空けてしまうと、「気分」を思い出すのによけいな時間がかかってしまう。そういうロスを避けるためには、少しずつでもできるだけ毎日書き次いでいく方が望ましい。

 そんなわけで、僕はむしろ、平日、職場での仕事を終えて帰ってきてから、なるべく手際よく家事などを済ませて、執筆に取りかかるようにしている。もちろん、飲んで帰った日はその余力もないわけだが。

 それでも、土日が稼ぎどきであることに変わりはない。妻も忙しく、連れ立ってどこかに出かける機会もあまり持てないので、日曜などはたいてい、家にこもりきりで書きつづけるわけだ。ただ、なまじ平日、いいペースで書き進めていたりすると、その1週間の疲れが土日の間にドッと出て、ほとんど使い物にならないこともある。実際、そこで休息を取らないと、どこでも休めないことになってしまう。

 この土日は、かなり不毛だった。ずっとPCに向かっていても、ジリジリとしか書けない。いっそ気分転換のために、買っておいてまだ観ていない映画のDVDでも観ようかと思うが、それもできない。書けていないことに対する後ろめたさが強すぎて、ほかのことに関心を向けることができないのだ。不健全な状態だと思う。しかし、性格だからどうしようもない。疲れた。

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2007年2月 3日 (土)

メイド居酒屋にて

 昨日は、僕がサラリーマンの資格で参加している例の読書会の集いで、池袋の某メイド居酒屋に行った。このメンツでは、過去、文学フリマ帰りにメイド喫茶に寄ったこともあるが、別にメンバーがメイド好きというわけではない。その店は、従業員がメイドの恰好をしているだけでなく、女性客自らがコスプレを楽しめるという特典つきで、メンバーの1人である女子がぜひともコスプレをしたいというのでその店になった、という要因が大きい。

 せっかくだからということで、女子メンバーは2人とも(両方30代)店の衣装を借りてトイレで着替えてきた。1人はメイド服で、これは驚くほどハマっていた。もう1人はセーラー服で、これもハマっていると言えばハマっているのだが、デザインがあきらかに風俗店仕様で、スカートが異様に短い。無駄にエロくて、目のやり場に困った(エロすぎて写真を公開できない)。

 女子2人がそんな恰好をしているので、痛み分けということで、男子(平均年齢35歳)は全員、ウサギ耳やらネズミ耳やらを頭に装着。そんな7人が、文学について語っているわけだ。異様だ。

 そうでなくても、あの店にとって僕たちはかなり異質な客だっただろう。しかしだからと言って、さもやる気がなさそうに給仕するのはいかがなものか。いや、全員ではない。感じのいい子もいた。しかし1人、あきらかに、「いやいややってます」という感じの子がいた。メイドの恰好をして、「ご主人様」と言いさえすればいいのか。……いいのかもな。

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2007年2月 1日 (木)

選ばれた人たち

 キクジが言う。「いぇっぺり俺うぇ、えれべれてセツジンシェでってんで」。そう、彼は選ばれている。圧倒的に選ばれている。

 激しい交合のさなか、畳の上にボイスレコーダーが「ボトリ」。普通、女は引く。あのシチュエーションで引かない女は、ほぼ100%いないと思う。

 引いた後の反応は、
(1)「ありえねー」と思い、その場で引導を引き渡す、
(2)そんなバカなことはやめるように諄々と説く、
(3)ブチ切れて、ボイスレコーダーを完膚なきまでに破壊した後、気が晴れて和解する、
(4)その場では笑い飛ばしてごまかしておくが、その後、彼に対する深い疑念を拭いきれなくなる、
(5)なかばあきれながら、「チッ、しょうがねーなー」と事実上、その後も録音を許す、
(6)そのうちいっそおもしろくなってきて、自分からも積極的にコレクションを始める、
……など人によってまちまちだろうが、「最初にドン引きする」というステップを踏まない女はまずいないだろう。

 しかも、発覚した瞬間の、キクジの弁解がスゴい。「けれうぇ、ふてりでけね、エイねキレケで」。愛の記録って。まあ、英訳すればそうか。昔風に書けば、「レコオド、オブ、ラヴ」だ。たしかに、愛の記録だ。エイねキレケで。やはり選ばれた殺人者は言うことが違う。

 そこで一瞬の迷いもなく、「わたしは……死んでもいいくらい幸せです」と自ら録音してしまうフユカこそ、えれべれてヒゲイシェでってんで、と僕は思う。俺うぇえめう。

 しかし、役者さんたちの演技はどれも立派だった。そして、ハセキョーの女検事が無駄にエロかった。

 さて。『シュガーな俺』韓国語版翻訳出版について、契約内容がほぼ固まったようだ。今日、世界文化社から通知と同意書が届いていた。向こうは今、ものすごい健康ブームだそうだから、ツボにはまってくれればいいのだが。

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