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2007年2月 9日 (金)

魔法の本

 あまりにも疲れていたので、今日は勤務先から休暇を取った。4連休だが、どこに出かけるわけでもなく、もっぱら原稿執筆に追われることになるだろう。TVの取材は、12日の午後になりそうだ。

 しばらく根を詰めて原稿を書いていたので、先ほど、遅い夕食と気分転換を兼ねて、近くの「ジョナサン」に行ってきた。そこの「ジョナサン」を使うのは、たいていは土日のどちらかだ。この時期は妻が仕事の都合で土日もいないことが多いので、手抜きごはんのときに使うわけだ。今日はめずらしく土日以外だったわけだが、そうするとフロアで働いているスタッフのラインナップも違う。なんであの店には気が利かないおばさんしかいないのだろうと思っていたが、土日以外はそうでもないらしい。

 さて、食事中は、コルネーリア・フンケの『魔法の声』を読んでいた。先月、WAVE出版の玉越社長とお会いした際、「興味があります」と言ったら、これと続編の『魔法の文字』を贈呈してくださったのだ。12歳の女の子が主人公で、メインの舞台は一応現代、というと「ハリー・ポッター」のようだが、ドイツというお国柄もあるのか、物語の雰囲気が全体にほの暗い感じで、僕の好みにはかなり合っている。非常に楽しみながら読んでいる。

 ただ、ひとつ、話の本筋に関わることではないが、不思議に思っていることがある。

 この本は、各章の冒頭に必ず、『宝島』や『ハックルベリー・フィンの冒険』、『アーサー王伝説』など古今のお話の一節が抜粋されているのだが、あるとき、なにげなくそのうちのひとつを読みはじめた瞬間、「あ、これ、なんか知ってる」と感じたことがあった。見るとそれは、ウィリアム・ゴールドマンのちょっとひねくれたファンタジー『プリンセス・ブライド』の一部だった。

 たしかに、読んだことのある本だ。ただ、それを読んだのは、もう5年ほど前に一度きりだし、ほかのすべての本と同じく、瑣末な文章表現などは読むはじから忘れていってしまい、5年後の今、実際にそれを覚えているなんてことは考えられない。抜粋されている一節も、とりたてて強烈な印象を残すような箇所ではない。

 まあ、偶然かな、と思っていたのだが、実はこの本には、現時点で読み終えている部分までだけでも、同じ『プリンセス・ブライド』から6回にわたって抜粋が繰り返されていて、章を読み進めていくとときどき出会う仕組みになっている。ところが驚いたことに、冒頭の抜粋が『プリンセス・ブライド』からのときは、100%、わかるのだ、最初の1、2行を読んだだけで。

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 彼は本を高く掲げた。「今から、おまえに読んで聞かせる。気晴らしにはなるよ」
「スポーツの話も出てくる?」
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 これだけだ。これを読んだだけで、なぜかわかるのだ、それが『プリンセス・ブライド』からの抜粋だということが。なぜなのだろうか。あの本に、そういう魔法みたいな力が宿っているのだろうか。

 ちなみに、『プリンセス・ブライド』と言えば、僕はとても楽しく読んだので、読み終わった後、妻にも勧めたのだが、彼女はあの、人を食った終わり方が気に入らなかったらしい。しかし『魔法の声』は、まだ読み終わっていないからわからないが、たぶん間違いなく、正統的な、人を食わないエンディングが用意されていることだろう。もちろん僕も、それはそれで好きなのだ。ただ、人を食ったものも、同じくらい好きでたまらないのだ。

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