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2007年3月31日 (土)

合理的な生活

 乾燥まで全自動でできる洗濯機を、やっと導入した。だいぶ前から考えてはいたのだが、どれを買うかなど具体的に検討するのが面倒だったり、その時間が工面できなかったりしたばかりに、延び延びになってしまっていた。これで、洗濯に関してはかなり省力化が図れる。夫婦共働きでしかも僕の方は兼業となると、やはり、家事の負担をいかに軽減するかというのは大きな問題になる。

 ところで、今回これを導入するにあたり、「洗濯」という家事のどの部分が負担感の原因になっているのかということを、初めて分析的に考えてみた。洗濯をしなければ、と思ったときに必ずと言っていいほど頭をよぎる、「ああ、めんどくさいな」というあの感じ。それはどこから来ているのか。

 汚れた衣類等の山を、柔軟剤が必要なものと洗濯のりが必要なものの2種に分け、洗濯機に放り込んで洗剤・仕上げ材をセットしてスタートボタンを押す。そこまでは、実際、たいした作業ではない。あとは脱水まで勝手にやってくれるし、その間、ほかのことをしていることもできる。問題はその後だ。

 脱水が済んで、ドラムの内壁に遠心力でへばりついている衣類を、ひとつひとつほぐしながら取り出し、干すときの、また取り込んだ後の便宜を考え、下着類は下着類、シャツはシャツ、ハンカチはハンカチ……という風に同じ種類のもの同士をなるべくまとめて重ねるようにしながら、また、靴下などはちゃんと組になるように揃えながら籠に移動させ、大量の水分を含んで重たくなっているそれをベランダまで運び、ひとつひとつの皺をパンパンと伸ばしながらピンチハンガーなどにかけてゆく。そこが重いのだ。

 それだけではない。一応、屋根つきのベランダではあるが、マンションの6階で風が強いので、干している間に雨が降ったらけっこう致命的だ。そういう天候上の問題も考慮しなければならない。また、今、洗ってしまったら、乾く前に陽が落ちてしまうが、この機会を逃したら今度いつ洗濯できるのか、といったタイミングの問題を考えるのも憂鬱だ。

 たぶん、そうしたことが一緒くたになって想起されるために、「洗濯はめんどくさい」という気持ちを抱くのだろう。

 ところが、自動乾燥機能までついている洗濯機を導入すると、そのあたりの問題がすべて解決してしまう。「洗濯」という家事において負担感を醸している部分が、ほとんどすべて消滅するわけだ。なんという素晴らしい文明の利器なのだろうか。

 そりゃあ、よく洗剤のテレビCMなどで見かけるような、「一戸建ての広い庭で、さんさんと降り注ぐ太陽のもと、真っ白いシーツやシャツなどを干す」というあのやり方で乾かした方が、イメージとしては「幸せ」な感じだ。晴れた日にたっぷりと陽光を浴びて乾いた衣類の、日なたくさい、懐かしい匂いに対する愛着にも捨てがたいものがある。しかし、そういうのは畢竟、生活形態がどうであるかという問題に左右されるものなのだ。

 とりあえず、生活領域の中でまたひとつ合理化が進んで、ほっとしている。そして僕は本質的に、こうした「合理的な生活」というものが性に合っているらしく思われる。

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2007年3月29日 (木)

入れぬ道も……

Photo_4

 つい先日、友人から神楽坂で火災という記事 について知らされた。その友人とは一度、神楽坂の込み入った路地にある某料理屋に行ったことがあり、「もしその店も燃えてしまっていたらどうしよう?」という趣旨だった。とてもいい店で、ぜひまた使いたいと思っていたので、「まさかねー」という感じでそのときは話を終えてしまった。

 さて、近々神楽坂に行く機会があるので、今日になって、例の店をまた使ってみようかと思い、予約を取るために電話をした。ところが、電話に出た人は「はい」と答えたきりで、店の名前を言わない。その時点でいやな予感はしていたのだが、一応、「○○さんですよね?」と訊いてみた。一瞬の間を置いてから、相手の人は「はい」と答えた。

「あの、予約を取りたいんですが、よろしいでしょうか」
「……たいへん申し訳ございません。実は当店、閉店いたしまして、ご予約をお受けすることができないんですよ」
「えっ、閉店って……それはいつのことですか?」
「あのう、先日、火災がありまして……」

 なんということだ。冗談混じりに言っていたことが本当だったとは。神楽坂はそれほど大きな街ではないが、あれだけの飲食店が密集しているエリアだ。全部の店を制覇するのは一生かかってもできそうにない。そんな風に無数に店がある中で、よりによってどうしてその店が!

 営業再開のメドは立っていないという。仮に再開できたとしても、おそらく、まったく趣の違う店になってしまっていることだろう。なぜならその店は、旅館として使われていた古い木造建築を改造して料理屋にしたものだったからだ。「古い建物」をそっくり再現することはできない。

 非常に残念なことだ。愛惜の念とともに、その店に初めて(そして結局最後に)行ったとき、ブログにアップしようと思って撮影して、結局しそびれてしまっていた画像をアップしておこう。

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2007年3月28日 (水)

憎みきれない

 年長の友人K氏と、毎回本を買っていただいている歌舞伎町の某スナックへ。『シュガーな俺』を買っていただいたとK氏から聞き、では年明けにご挨拶にでも、と言っている間にどんどん時間が過ぎて、結局こんなタイミングになってしまった。そのお詫びの気持ちも込めて、出たばかりの、そしてまったく売れていない『冥王星パーティ』を持参する。

 ああ、ダメだ、今日は自虐的なことを言うまいと思っていたのについ言ってしまった。

 自虐的なことを言うまいと誓ったぼくがいた。でもそれは思い出せないほどの過去だ。昨日は昨日で、どこかで浮かれて過ごしたはずだが、忘れてしまったよ(“憎みきれないろくでなし”沢田研二)。

 2軒目は、新宿2丁目の知る人ぞ知るバー(ゲイ系ではない)。店内に入ると、いかにも業界人という雰囲気のオールドな人が女性の連れと一緒に飲んでいる。会計を済ませながら、「ヒューガジ君が」どうこうと言っている。ひょっとして映画監督の日向寺太郎さんのことですかと思わず訊き返すと、そうだという。日向寺さんとは先日ひょんことから面識を持ったばかりだ。その日向寺さんを知っているとは、この人はいったい……と思っていたら、宮崎ますみさんの所属プロダクションの社長さんだという。なーる(夏目漱石風)。

 で、3軒目。タクシーで池袋に移動して、老舗のバーへ。この店は、Kさんと僕が別々に愛好している店だ。一緒に行ったことはない。店内に入ったとき、マスターはまずKさんに気づいて「あ」という顔をしてからお辞儀をし、続いて僕の顔を見て「あ」という顔をして、いささか当惑しながらお辞儀をした。

 後になってK氏が僕を指しながら、「今日、彼と一緒に来て驚いた?」とマスターに訊いたら、「ちょっと驚きました」と言っていた。マスターにとっては、K氏も僕もちょくちょく来る、顔で識別できる客にはちがいないのだが、その2人が連れ立って来ることは想定していなかったのだろう。

 明日は明日で、楽しいだろうが、あまりに遠くて予想もできないよ。

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2007年3月27日 (火)

だからといって

 やっと、Amazonで『冥王星パーティ』の書影が表示されるようになった。しかし、だからといって本が売れるわけではない。

 書影は表示されたが、出版社の紹介コメントはどうなっているのだろうか。しかし、それが表示されたからといって本が売れるわけではない。

 しかしそれでも、僕がユニセフに投じた5,000円が無駄になるわけではないのだ。たった5,000円とはいえ、募金は募金だ。ああ、なんだか論理が破綻している。

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2007年3月26日 (月)

本を捨てる

 小説を書いていると、参考文献として読まなければならない本というものがどうしても出てくる。それがたとえば『裏社会の日本史』だとか『子ども兵の戦争』だとか、そういった類いのものだったら一向にかまわないのだが、中には、「ああ、この人はこういう本を読むんだ」などと思われることがものすごく不名誉な種類の本もある。あえて何とは言わないが、あるのだ、そういう本が。

 しかもそれは参考文献として集めているものなので、1冊や2冊にとどまらなかったりする。そういう本が本棚に並んでいると、すごくイヤである。自分で見ているのもイヤだが、だれかが突然訪ねてきてそれを見て勝手にいろいろ想像したりしようものなら!

 せめてもの策として、背表紙ではなく小口の方が外側を向くように差し込んでおく、という手もある。しかしそれは、本棚として美しくない。それに、そんな風にしたらなんだか妻に見せられない秘密の(あるいは恥ずかしい)なにかなのだとでもいった印象を与えてしまう。だったらいっそ捨ててしまおうかとも思うが、いずれまた参考になるかもしれないと思うとおいそれと捨てる気持ちになれない。そうでなくても、本というのはどうも捨てるのに抵抗があるのだ。

 という話をしていたら、小学館の担当のMさんは、「私は捨てちゃいますね」と断言した。「イヤな本が自分の本棚にあるのが許せないんです。読んでみてつまらなかった本もすぐに捨てます。とりあえずガマンして最後まで読もうとはせずに、最初の3分の1くらい読んでつまらなかったら即行捨てます」。なんといういさぎのよさ。見習いたいものだ。

 と同時に、僕は思うのだ。せめて、そうして読み終えられもせずに捨てられてしまうような本だけは書くまいと。現状ではとうてい望むべくもないが、仮に売れっ子になって注文が殺到し、書けば書いただけ儲かる状況になったとしても、すぐに捨てられてしまうような小説を粗製乱造するようなことだけは決してすまいと。

 つうか、まず売れないことには。獲らぬタヌキの皮算用も甚だしい。

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2007年3月25日 (日)

痒みの原因

 左手首が痒い。しかし掻くと痛い。旧ブログ「黒いシミ通信」で詳細に報告しているが、去年の6月末に受けたガングリオン摘出手術の痕だ。8針縫った痕は徐々に消えつつあるが、ときどき痒くなる。掻くと痛いのは、手術の結果、それまでもっと奥にあったはずの神経が表皮付近に移動してしまって、そこが刺激されてしまうからと思われる。では、とっくに癒着している縫合痕がなぜいまだに痒いのかというと……。

 担当の整形外科の先生は、なんというか、大ざっぱな人だった。僕がちょっとでも細かいことを指摘すると、「平山さん、気にしすぎ気にしすぎ!」と一笑に付すのだが、僕に言わせれば彼がいろいろ気にしなさすぎなのだ。診察室でも、ものすごい大声で話すので、待合室にまで内容が筒抜けになってしまう。骨折をしたらしい中学生の男の子が部活を続けられなくなってしょんぼりしている、ということまでわかってしまう。別にわかりたくもないのに。やがて、「○○君、元気出してよ!」と言われた○○君が、ゲンナリした顔で診察室から松葉杖に凭れつつ出てくる。

 手術後、消毒のために通っているときも、カサブタをはがそうというのか、アルコール綿で力任せに傷口をゴシゴシこするので、終わった後、血がにじんでいるし、とにかく手荒なのだ。それでも取るものはちゃんと取ってくれたし、傷の治りも順調ではあったのでよしとしていたが、そんな感じなので抜糸も乱暴だった。作業中、「このハサミ、よく切れないな」と呟いた彼に、「あ、じゃあ新しいのを出しましょうか」とナースさんが提案しているにもかかわらず、「いいよこれで!」とそのまま続行。頼むからもっとよく切れるやつに替えてくれ、と僕は心の中で叫んでいた。

 何ヶ月かして、縫合痕の皮膚の色が元に戻ってくると、そのところどころに、黒っぽい点のような部分があることが気にかかってきた。なんとなく、本来毛が生える部分の上に皮膚がかぶさってしまい、行き場をなくした毛が皮膚の内側で丸まりながら伸びつづけているように見える。あまりの気色悪さにそのうちのひとつを夢中でほじくっていたら、皮膚が破けて、その黒いものが露出した。ピンセットで引き抜いてみたら、あきらかに糸の一部だった。

 すると、それ以外にも2、3箇所あるこの黒っぽい部分も? そして、ときどき襲ってくる痒みの原因はもしかして……。

 これは、言っていいんじゃないかと思う。どう考えても、向こうの手落ちだ。無償での処置を要求してもいいくらいじゃないかと思う。しかし、先生がどういう反応を示すかがなまじ予想できてしまうだけに、どうにも気が進まないのだ。「あー、こりゃ、糸ですね。でもこれっくらい残ってても実害ないから。平山さん、気にしすぎ気にしすぎ!」と一笑に付すか、「気になるなら取っちゃいましょうか」と言うなり、その場で麻酔もせず乱暴に皮膚を破いて糸を抜き去るか。おおかたそんなところだろう。

 しかし、これは気になる。ひところ流行った、人をいやがらせるためのある種の作り話に似ている。海でケガをして、数ヶ月後、どうも膝の調子が悪いと思っていたら、膝の皿の裏側にびっしりとフジツボが繁殖していた、とかいう、その手の話だ。まあ、皮膚の下で毛が伸びつづけているよりはマシだと考えるべきなのか。

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2007年3月24日 (土)

校閲ママ

 昨日、ジュンク堂書店池袋本店で、『冥王星パーティ』20冊にサインをしてきた。しかし、今回はいつになく初動が鈍い気がして心配だ。いや、「いつにもまして」と言うべきか。本というのは本当に、著者名が知られないうちは、なかなか売れないものだなぁと思う。

 と、憂鬱になっていたら、実家の母親から電話があり、『冥王星パーティ』をさっそく読んでくれたという。今まででいちばんよかったと言ってくれた。父親も(ついでに言えば姉も)同じ見解らしい。そして父親は、ヒロインの祥子が好きらしい。で、母親は、ひとしきり細かい感想を述べた後で、そばにいるらしい父親に、「瑞穂にほかになにか伝えたいことはないか」とその場で訊いている。少し間を置いてから、

「あとは特にないって。“今まででいちばんよかった”ってことと、“祥子ちゃんが好き”ってことだけ言ってくれればいいって」

 父親としてはめずらしく手放しで褒めてくれているのに近く、嬉しかったのだが、長い間大学で日本文学を教えていた研究者として、ほかに言いようはないのだろうか。しかしこれでも、『ラス・マンチャス通信』を読んだときの感想よりはマシだ。

「“(有限会社)株式会社イナガワ”は傑作だね。あれは笑った」

 以上。それって、枝葉末節じゃん!

 なお、大昔に校閲のアルバイトをやっていたこともある母親は、僕の本を読むたびに、「今回はここの表記(あるいは文法)がおかしかった」という報告をする。著者である僕と、担当編集Gさんと、新潮社校閲部による鬼のようなチェックを受けているので、問題はほとんどないはずなのだが、それでも見落としはある。今回は、「スニーカーを履いた靴で(踏みしめる)」はおかしい、と言われた。たしかにおかしい。「スニーカーを履いた足で」あるいは単に「スニーカーで」にすべきだ。どうして気づかなかったのだろうか。

 それはもし増刷の機会があるなら改めなければならないと思い、「何ページ?」と訊いたら「えーと、今、手元にないんだけど、たしか47ページくらいだったかしら」。まあ、どのあたりの箇所かは聞いただけでわかったので後でちゃんと調べようと思っていたのだが、今見たら、本当にズバリ47ページだった。わが母ながら、恐ろしい。

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2007年3月21日 (水)

『冥王星パーティ』発売

Pluto

 今さら感もありますが、一応正式に告示させていただきます。このたび、新潮社より、僕の4作目の長編小説『冥王星パーティ』が刊行されました。リンクしているAmazonのページに書影が一向に表示されないので、ここに自らアップしておきます。遅くとも明日か明後日あたりには、おおむね全国の店頭に並んでいるのではないかと思います。

 本を出すたびに作風がガラリと変わっているのは、別に狙っているわけでは必ずしもなく、諸々の事情に左右されて結果としてそうなってしまっているのだと言った方が実状に近いのですが、今回もまた、過去3作のどれとも似ていない作品になっていると思います。

 しかしひとつ言えることは、今回の作品がたぶん、4作の中で最もニュートラルな立ち位置にある、ということです。

 魑魅魍魎が跋扈するダークなファンタジーであった『ラス・マンチャス通信』、ある意味でベタな純愛モノであった(それだけではないと著者本人は思っているけれど)『忘れないと誓ったぼくがいた』、そして「糖尿病」という特異なネタを扱った前作『シュガーな俺』。どれもなんらかの意味で強いバイアスがかかっていましたが、今回はそれが(たぶん、あまり)ありません。より多くの人に楽しんでいただけたらいいなと思っております。

 すでに何度か書いたことではあるのですが、この作品は、書き始めてからこうして本になるまで、ずいぶん長くかかってしまいました。本来は、『ラス・マンチャス通信』に次ぐ、いわゆる「受賞第1作」として起稿したものだったのです。ちょうど2年くらい前だったと思います。結果として、その間に2冊も別の本を出すことになってしまいましたが……。

 何にせよ、難産の末に産み落とされた大事な第4子です。皆様、どうぞよろしくお願いいたします!

 ちみなに今日は祝日、小学館での書き下ろしの脱稿、「IKKI」編集部Tさんとの打ち合わせと続いて完全に体力が枯渇し、夕方まで断続的に眠りつづけ、パンを1、2枚かじってからさらに眠りつづけて今に到ります。本当に疲れた……。しかしそろそろ、実業之日本社向けの書き下ろしのプロットをまとめなければ。

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2007年3月20日 (火)

脱稿翌日の大詰め

 小学館IKKI連載企画(昨日脱稿した書き下ろしとは別作品)に関して大詰めの打ち合わせ。待ち合わせが紀伊国屋書店新宿本店前で、約束の時間より少し早く着いていたので、新刊コーナーをチェック。

 今日はもともと、『冥王星パーティ』の配本日だ。毎回、配本の前日にブログで告知しているところ、「まだ店頭にありませんでした」というコメントを頂いてしまうことが多いので、今回はせめて都内書店に陳列されているのをこの目で見てからにしようと思っていた。少なくとも、新宿本店にはすでに平積みされていた。

 しかし、Amazonには今もって、書影も出版社による紹介文も表示されない。聞くところによるとシステムに問題が生じているようなのだが、早く表示してほしいものだ。なんだか、本が出たこと自体がバーチャルなできごとみたいで、とてもいやだ。宙に浮いている感じがして落ち着かない。

 で、打ち合わせは首尾よく進み、もうすぐにでも書き始められる体勢が整った。ただし、連載開始のタイミングはあくまで、昨日脱稿した書き下ろしの刊行とリンクする形を取るので、「いつ」と明言できる段階にはまだない。まあおおむね、早くて7月、という感じだ。

 ちなみに、担当のTさん、前回の打ち合わせでは席に着くなりいっさい余談抜きで本題に切り込んできて、そのことを当日このブログにも書いたのだが、今回は、しばらく近況報告や雑談をしてから「では本題に……」という流れになった。もしかして、前回ブログにそのように書かれたことを気にしておられるのだろうか。と訊こうとして訊きそびれた。

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2007年3月19日 (月)

タイトル

 本日未明、小学館向けの書き下ろしを脱稿し、即送信した。結局、無理をしてしまった。脳裏にまざまざとラストシーンが描けているのに、それを文章化しないわけにいかなかったのだ。そんなわけで、睡眠2時間弱で職場に出勤。今日はまだ、脳内麻薬物質が出つづけているから、たいして苦ではない。つらいのは明日だろう。

 タイトルがまだ決まっていない。実はプロフィール欄には仮のタイトルを表記し、それが変われば書き換えたりもしているのだが、本決まりにならないとなんとなく本文には書きにくい。タイトルというのは作品の顔みたいなもので、やはり重要だと思うので、慎重ならざるをえない。

 思えばデビュー作『ラス・マンチャス通信』も、タイトルについてはひと悶着あった。応募時すでにこのタイトルだったのだが、2次選考を通過した時点で新潮社から連絡があり、タイトルを再考した方がいいのではないかと助言を受けたのだ。『ラス・マンチャス通信』だと、「内容がなんだかまったくわからない」上に、「ラ・マンチャの男=ドン・キホーテを連想させてしまって、変なバイアスがかかる」という理由でだ。

 2日ほど猶予をもらってあれこれ考えたのだが、どうにもこれといったものが思いつかない。結局、「迷宮のプラトン」「カルマ迷宮歴程」などを経て、窮したあげくついに「ぐるぐるカルマ紀行」などというやぶれかぶれの案まで出てきたのだが、いくつか候補を挙げて新潮社に判断を委ねておいたところ、1ヶ月後、大賞を受賞したときには、結局もとのままのタイトルだった。最終選考にもそのタイトルで進んだということだ。

 あのときはもう、舞い上がってしまっていて、自分としては必死だったのだが、今から思うと、さすがに「ぐるぐるカルマ紀行」はないだろうと思う。新潮社の良識に感謝したい次第だ。

 もしもデビュー作のタイトルが「ぐるぐるカルマ紀行」であったとしたら、作家としての僕はどうなっていたのだろうか。それは、もしも「サザンオールスターズ」が、「ピストン桑田とシリンダース」や「温泉あんま股引バンド」だったらどうなっていたか、というのに似て、興味ある仮定の話である。

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2007年3月18日 (日)

脳内過飽和

 昨日・今日でざっと50枚分くらい一気に書き進めた。ということは、「最後の1割」ではなかったということだ(今回は400枚程度の作品なので)。だいたいいつもこうなる。「最後の1割」がキツいと感じるのは、心理的には「あと1割くらいのとこまで来ている」と思っていても、実際には2割だったり3割だったりするからなのだ。

 さて、この後どうするかだな。もうじき入浴するが、その後も書くかどうかということだ。無理をしない方がいいが、たぶん、無理をしてしまうのだろうな、と思っている。それにしても、『冥王星パーティ』の方のAmazonの書影がなぜまだ表示されないのかな、と思っている。今日は何曜日だった?(椎名林檎)、と思っている。さして問題じゃないか(椎名林檎)、と思っている。

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2007年3月17日 (土)

モリミー特集

「野生時代」の4月号で、「森見登美彦の歩き方」と題して特集記事が組まれている。森見さん、本上まなみさんと対談とはなんと羨ましい。「もちぐま」がバス用品だったと初めて知った。ちなみにこの特集には、僕も短い一文を寄せている。「モリミー通が教える!見どころガイド」というページだ。来月発売の「野性時代」には、僕の短編『桃の向こう』も掲載される予定。先ほど、ゲラを戻した。

 Amazonにようやく『冥王星パーティ』のページができていたので、サイドバーにリンクを貼った。この日記を書いている時点で、書影はまだない。書影がないと、本が実体化していないみたいでなんだか不安になる。

 小学館向けの長篇は、今週なかばくらいまでに脱稿したかったが、果たせなかった。まとまった時間がなかなか取れない。取れても、なんだか眠くてしょうがない。どうしてこんなに眠いのか。

 そういえば、ちょっと前の日記に、『冥王星パーティ』で「印税率が上がった。嬉しい」と書いたが、その後、担当編集Gさんより、「新潮社は『ワスチカ』のときから今の印税率でお支払いしてますよ。人聞きの悪い!」とお叱りを受けた。よくよく契約書を見直すと、たしかにそのとおりだった。ある事情があって、勘違いしていたのだ。失敬つかまつった。まったく、人聞きが悪いことこのこの上なし。ここに訂正して深く陳謝いたす次第。

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2007年3月15日 (木)

表紙に恵まれて

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 4作目、『冥王星パーティ』の見本が10冊届く。何度見てもこの装幀は素晴らしいと思う。どうせ近々Amazonへのリンクを貼ることになるが、発売まで1週間というこの段階になってもなぜかまだページが表示されないので、とりあえず写真で紹介しておこう。

 過去3作も含め、概して僕は表紙に恵まれていると思う。名前が知られていなくても、ジャケ買いしてくれる人が一定量の割合で存在している気がする。しかし月々これだけ多くの本が出版されている現況では、ジャケットの力だけで広げられるシェアはたかが知れている。ああ、いけない。またネガティブな思考に陥っているぞ。

 さて、今日は「野性時代」に掲載される短編のゲラもFAXで届いていた。思えば、雑誌に小説作品が掲載されるのはえらく久しぶりだ。今や幻の作品となりつつある、「SFマガジン」にとびとびに掲載された2編の短編以来だ。

「SFマガジン」が載せてくれるかどうかはともかくとして、どっちかというとそっち向きの作風になるであろう短編のアイデアが3つ4つ頭の中に浮遊している。暇を見つけて書こうと思いながらもう1年以上が経過している。だれか俺に暇をくれよ。だれか俺に暇をくれ。(※甲斐バンド「地下室のメロディ」の節で)

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2007年3月14日 (水)

消えた僕コーナー

 僕のインタビュー記事が掲載された「Tarzan」が、今日、発売されたはずだ。書店で確認する暇はなかったが、帰宅したら掲載誌が届いていた。この写真は「微笑」程度に留まっていて、「アンパンマン線」が現れていないからいい。心安らぐ。しかし、先日NHK大阪に出演したときの録画を観たときにも思ったことだが、僕はどうも右の口角をアンバランスに吊り上げる癖があるようだ。意図せずに「不敵な笑い」を浮かべている感じがする。気をつけねば。

 さて、ちょっと前から気づいていて指摘しそびれていたことがある。以前、ちょうど『シュガーな俺』が出た頃だったと思うが、池袋の某大型書店の文芸棚に、「平山瑞穂コーナー」が発生していた。普通の単行本3冊分ほどの幅で、「平山瑞穂」とテプラかなにかで刷られたシールが棚に貼ってあったのだ。

 実際には、その位置にあるのは平野啓一郎さんの本だったり樋口直哉さんの本だったり、あるいは運がよくても「シュガー」1冊が差してあるきりだったりしたのだが、とにもかくにも、店員さんが「平山瑞穂コーナーが必要だ」と判断してくれたことが嬉しかったのだ。曲がりなりにも3作出したのだし、3作あればコーナーを埋めることができる。やった、と思った。

 しかし、1ヶ月ほど前、何の気なしにその文芸棚の前に行ってみたら、「僕コーナー」は消滅していた。平野さんの次は、藤沢周さんだったかな。よく覚えていないが、とにかく、その店に、僕コーナーはもはや存在しない。短い命だった。

 もともとその書店では、文芸コーナー担当の店員さんが僕の作品をすごく買ってくれていたという。だったら僕も一度ご挨拶を、と思い、世界文化社経由で顔つなぎをお願いしたのだが、そのときには、くだんの担当さんは産休に入ってしまったとかいうことで、そのまま機を逸してしまった。たぶん、後任の人は僕の作品を好きではなかったか、僕以外にもっとフィーチャーすべき人材がいくらでもいると考えて、僕のプライオリティーを下げたのだろう。

 まあ、そんなもんだ。そんなもんだが、せつない。せつないが、こんなことでへこたれはしない。正直、プロになってからは、へこたれたくなるようなことの方が圧倒的に多い。しかしそこでいちいちへこたれていては、身がもたないのだ。だから気にすまい。ポジティブに生きよう。ポジティブすぎて病的にならない程度に。

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2007年3月13日 (火)

糾弾する人々

 ふと新聞の社会面を見たら、下4段分ほどが見開きですべて謝罪広告になっており、なにごとかと思った。ざっと見ると、例の、D日本印刷の業務委託先から流出した個人情報がらみだということがわかり、なるほどと思った。D日本印刷だけでなく、結果として名簿を流出されたクライアント企業も、直接の責任はないとは言え、謝らなければならないのだ。

 よく見ると、くだんの事件とは無関係な、食品への異物混入に関するお詫びもいくつか混ざっている。さらによく見ると、公正取引委員会から不当表示を指摘された某企業の謝罪広告もあり、その社名に思わず目をみはったが(「○○身長伸ばしセンター」って……)、この百花繚乱の謝罪広告祭りの中では埋もれてしまうだろうなと思った。

 新聞に掲載されるこの手の広告が、以前より格段に増えているように思うのは気のせいだろうか。いや、そうではあるまい。ただそれは、企業が謝罪しなければならないような事例が増えてきた、ということでは必ずしもないだろう。どちらかというと、消費者が企業に向ける目が厳しくなってきて、なにかあればこうして(高い掲載料を払って)公告せざるをえない環境になってきているということなのだろう。

 こうした風潮に、僕はちょっと前からなんとなくある種の気味の悪さや居心地の悪さのようなものを感じている。消費者が自分の身を守ることはもちろん大事だし、故意にであったかどうかはともかく、企業というものが極力、そういう事故なり不手際なりが起こらないようにすべきだというのは論をまたない。ただ、こうした広告の影に、つい僕は見てしまうのだ。消費者としての自分の利害とはもはやほとんど無関係に、「糾弾すること」それ自体が自己目的化していて、なにかあるたびに、それ見たことかと鬼の首を取ったかのように突き上げを始める、ある種の人々の存在を……。

 いや、この話はややこしくなるのでこのへんでやめておこう。

 実業之日本社より、あるアンソロジーへの短編の寄稿依頼をいただいた。基本的に受ける方向で考えているが、本が出るのはだいぶ先になる予定なので、今ここに書いてもきっと誰も覚えていないだろう。新潮社から『冥王星パーティ』の出版契約書が届いた。印税率が上がった。嬉しい。 

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2007年3月12日 (月)

最後の1割

 小学館向けの書き下ろしがいよいよ佳境だ。クライマックスに近づいてくるといつも思うのは、とにかくもう一刻も早くすべて吐き出してしまいたいということだけだ。しかし同時に、最後の1割がいちばんしんどい。

 この段階まで来ると、眠っている間もずっとそのことを考えている。夢の中で続きを書いている。目が覚めて、それが実際に使えるアイデアであればラッキーで、ほとんどの場合は目覚めた瞬間に忘れてしまっているか、覚えていても使いものにならない。考え損だ。そんなことなら就寝中は純然たる休養に充てればいいものを。

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2007年3月11日 (日)

漫然と読む

「クロワッサン」のリレーエッセイ「なんだかんだの、病気自慢」を僕が担当した号(3月25日号)が、もう発売されている。昨日の日記のコメント欄で黄海さんからご指摘をいただいて判明した。「判明した」というのも変な話だが、インタビュー記事が載る「Tarzan」(奇しくも両方マガジンハウス)が14日発売なので、それとごっちゃになってしまって、10日発売だという点に確信が持てなくなっていたのだ。

 今日になってちょうど掲載誌も届いていたので、せっかくだから、となんとなくページをめくって漫然と読んでみた。この、「漫然と読む」ということが、実は最近までできなかった。多くの人が、雑誌を読むときはそのようにして読んでいるのだということ自体、ある時期まで知らなかったのだ。およそ本の体裁を取ったものであれば、1ページ目から愚直に順を追って虱潰しに読み進めてしまう。

 たとえは今回の「クロワッサン」であれば、目次ページの半分を占めている「あなたに伝えたい(第168回) ホルモンを自らコントロールできる低用量ビルは、40代にも有効です。」という北村邦夫さんのコラムからとりかかるわけだ。

 しかしそういう読み方をしていると、自分のコラムまでなかなか辿り着けない。今回はp.49に掲載されており、その間のページにも文字がぎっしり詰まっているので、そこまで最低でも1時間くらいかかるだろうか。昔は、どんな雑誌でもそういう読み方をしていた。だからたいてい、読み切ることができないばかりか、「読まなければ」という圧迫感に負けて、買ったはいいもののほとんど読まず、しかし情報が古くなってしまうので結局そのまま紐で縛って古紙回収行き、となることがほとんどだった。

 齢40に近づいてようやく、「パラパラとめくって興味のありそうなところから拾い読みする」「ちょっと読んでみてあまり興味を惹かれない記事だったら途中でやめて、もっとおもしろそうな別の記事を探す」「読んでいない記事があっても気にしない」ということができるようになった。

 でももしかしたら、それは単に、歳を食って集中力や忍耐力が落ちてきた、というだけのことなのかもしれない。フーコーやレヴィ=ストロースを夢中になって読みふけっていた学生時代が懐かしい。

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2007年3月10日 (土)

シンクロニシティ

 昨日の朝、職場に向かいながら、ある人のことをなんとなく思い出していた。大学で軽音楽のサークルにいた頃、よくめんどうを見てくれたひとつ上の女性の先輩、Kさんのことだ。もう14年も交流が途絶えているし、ふだんはめったに思い出すこともない。何がきっかけで思い出したのかもわからない。小説の習作を読んでもらったこともあったが、現在僕が念願かなって作家になっていることなども知らずにどこかで暮らしているのだろうな、などと思っただけだ。

 ところが、帰宅してみたら、まさにそのKさんと同じ名前の人からメールが来ている。長いこと交流のない人からメールが来るということは、つまり、その人がこのブログを見ているということだ(プロフィール欄でアドレスを公開しているので)。まさかと思いながら開封したら、まさにそのKさん自身だった。『シュガーな俺』を読んでおもしろかったということを伝えてくれている。

 Kさん自身、音楽活動はまだ続けていて、先般もCDを出したところだという。そして、音信不通になっていた14年の間に、彼女が結婚して、離婚もしているということがわかった。相手はなんと、某純文学系有名文学賞作家だった。「まだアマチュアの人の小説を読んだことがあるのはその彼と平山くんだけなのだけど、2人ともプロの作家になったっていうのはなんだかすごい」と彼女は言う。たしかにそれはすごい。

 メールが届くその日の朝に彼女のことを思い出していたのは、たぶん偶然ではない。僕はその手のシンクロニシティをけっこう信じる方だ。あまりそれを強調すると誤解されるので、なるべく言わないようにはしているが。

 さて、今日は糖尿病専門クリニック・A内科の診察日だった(本当は先週の土曜だったのを間違えて今日だと思っていたのだが、快く受けつけてくれた)。前回、管理栄養士Sさんが「病院で紹介したい」とおっしゃっていたのであらかた予想はついていたが、今日、待合室に行ったら、患者向けに糖尿病がらみのいろいろな商品を紹介しているワゴンに、院長A先生の最近の著作と並んで、『シュガーな俺』が陳列されていた。

 また、僕のファンだという女性の患者さんから、『ラス・マンチャス通信』からの既刊3冊がすべて病院に預けられており、サインを頼まれた。お手紙が添えられていて、病歴16年の1型の患者さんという。ニフティでの連載当時から熱心に読んでくださっていたようだ。十分想定できる事態であるとはいえ、読者の方が自分と同じクリニックに通っておられて、ニアミスの状態にあるというのは、なんだか不思議な気持ちだ。

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2007年3月 8日 (木)

地図が読めない

 午前中、先日亡くなったYさんの告別式に顔を出す。式場は、なじみのないエリアの斎場。ただでさえ地図を読み取るのが苦手なのに、もらった地図はファックスのファックスかなにかでとても読みづらい。

 案の定、駅から出た途端、どっちへ進んだらいいか途方に暮れる。すると、同じ会社のO氏が少し前を歩いている。いかにも自信に満ちた足取りに見えたし、目的地はどうせ同じだろうと思ってついていったら、実はO氏自身が地図を読み違えて、まったく見当違いな方向に進んでいたのだと後にわかった。こういうとき、人をむやみに信用してはいけないなと思った。

 もっとも、僕がそういうとき、目的地を同じくすると思われる別の人の方を信用してしまいがちなのは、地図を読み取る自分の能力に対する不信があまりに強いからなのだが。

 地図を読むのは本当に苦手だ。就職活動中も、地図を読み違えたせいで面接に遅刻してしまったことさえある。不思議なことに、その会社からは内定をもらった(結局、行かなかったが)。ただ、「不思議だ」と思っていたのは当時の話だ。採用に携わってもいいくらいの年齢に自分が達してくると、そんなことを理由に採用を見合わせることはないんじゃないかと思えてくる。そうでないに越したことはないが、もっとほか見るべき点があるのではないかと。

 とはいえそれはあくまで、「地図を読めない」なんてことはいずれ自然に是正されていくであろうささいな欠点だ、という一般的な認識に基づく見解だ。僕自身が、その面接からすでに17年が過ぎた今になっても、やっぱりろくに地図を読めない(事実上、その頃からほとんど一歩も進歩していない)ということを考え併せると、それもはなはだこころもとなくなってくる。

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2007年3月 7日 (水)

笑顔は苦手

『冥王星パーティ』についての「オズマガジン」からの取材で、新潮社社屋へ。写真撮影のとき、カメラマンの方に「ちょっと笑ってください」と言われる。撮影のときにはほぼ必ず言われることだ。つまり、基本的に僕は笑っていないのである。笑顔を作るのが苦手だということもあるが、笑っている自分の顔が好きではないということの方が理由としては大きい。

 しかし撮影のときには、笑顔にさせようとして、カメラマンの人や取材を担当したライターさんなり編集者さんなりが雑談を持ちかけてくるというパターンも多く、心ならずも笑ってしまって、結果としてその写真が掲載されてしまうこともある。それは十中八九、僕自身にとっては不本意な写真だ。今日はそういう形で笑いを強要されることがなかったので、たぶん大丈夫だろう。

 笑顔の方が無条件に望ましいわけではないと思うのだが。いや、僕はなにも、仏頂面でいるところを撮ってほしいと言っているわけではない。「微笑」くらいで十分なのではないかと言いたいだけなのだ。しかし僕が自分では「微笑を浮かべている」と思っているときでも、人が見るとほぼ仏頂面に見えるらしい。妻からもよく、「これでも微笑してるつもり?」と笑われる。「いや、よく見てよ、口角が微妙に上を向いてるでしょ?」と僕は抗弁する。僕としてはそれが精一杯なのだ。わかってほしい。それ以上、僕を笑顔にさせないでほしい。撮影のときは。

 なお、僕が自分の笑顔についていやだと思う最大の点はなにかというと、頬に生じる「アンパンマン線」である。「アンパンマン線」のある笑顔というと織田裕二などもそうだが、彼は顔全体のフォルムが円形に近いので違和感がない。僕の場合、なまじ細面なので変にそこだけ突出した感じになっていやなのだ。しかしこの「アンパンマン線」は、平山家の血筋に何代にもわたって継承されているものなので、逃れられないのだ。

 取材が終わってから、新潮社近くのステーキハウスで、立ち合ってくれた担当編集Gさんと食事。Gさんは9月に出産予定で、ちょっと前までつわりがひどかったという。それがおさまってきた今は、むしろ食べないと調子が悪くなったりイライラしたり「ダメ人間」になったり、だれかに八つ当たりしたくなったりする。「低血糖に近いかも。平山さんのつらさが少しわかった」と言う。おなかの子に栄養を吸い取られているのだろう。

 そう言えば今日、新潮社のロビーで顔を合わせた瞬間、Gさんは僕が持っていたカバンの汚れを目ざとく発見して、「どうしたんですか、それ?」と訊いてきた。その汚れがいつついたものか、覚えがない。僕自身、今日、職場を離れる直前に気づいたのだ。

「ああ、これ、いつのまにかついてたんですけど」
「また酔っぱらってどこかの路上で寝ちゃったんじゃないですか?」
「いや、最近は路上で寝てないんですよ」
「そうですか。いかにも路上で寝ちゃったときについたっぽい汚れ方だったので」

 ナチュラルにこういう会話が交わされるあたり、どうなのかと自分でも思う。 

 ちなみに、インタビュー記事が掲載される「オズマガジン」は、4月23日発売号になる予定。こういうことをブログに書いておかないと自分でもすぐに忘れてしまう。

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2007年3月 6日 (火)

わからないのも無理はない

『シュガーな俺』の韓国語訳作業が、すでに始まっている。今日、訳者であるキム・ドンヒさんから「質問メール」第1弾が来た。キムさんとは、原著者・翻訳者の関係になる前からもともと友人関係にあるので、質疑応答は『ラス・マンチャス通信』の頃から気安く随時メールで行なっている。しかし、彼女は原文を非常に緻密に読み込み、ささいな疑問点もなおざりにはしない人なので、質問項目は多岐にわたり、ときにその説明のために数時間を要することもある。

 今回もらった質問の中では以下が秀逸で、見たとたん、思わず笑ってしまった。

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P70「そうは問屋が卸さざりけり、その手は桑名の焼きハマグリですよ」:意味がよくわかりません。
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 そりゃあ、意味がわからないだろう。これは、「大江戸口調」とでも言うべき、もってまわった古風な(そして、用法としてはかぎりなく怪しい)言い回しを好んで多用する「亜梨沙」の台詞だ。もともと両方が、最近あまり使う人がいないと思われる地口みたいなものである上に、「亜梨沙バイアス」までかかっている。

 キムさんは、日本にも長く在住した経験があるし、不明な点があっても安易に僕に質問して済ます形を取らず、自力で調べられることは可能なかぎり調べ尽くして、それでもわからなかったことだけを質問として上げてくる。その彼女が、ほぼ丸投げ、という点がおかしい。

 これに対しては、以下のように返答した。

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「そうは問屋が卸さない」も、「その手は桑名の焼きハマグリ」も、ともに慣用句というか、地口です。前者は「ものごとはそういう風には進まないものだ」という意味ですが、ここでは「そうは問屋が卸さない」を、わざと「卸さざりけり」(直訳すれば「卸さなかった」)と大仰な古典文的表現に変えています。後者は、「その手は食わない」(そんな策略には引っかからない)という慣用句を、さらに「桑名(くわな)」という土地の名物である焼きハマグリと引っかけて使う言い回しです。両方とも、亜梨沙の年ごろの女の子は普通使わない、古風な表現です。字義にこだわっていただかなくてもけっこうですので、ニュアンスを汲んでなにかちょっとおかしい言い方で訳していただければ……。
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 原著者である僕がなんの気なしに使った言い回しを解説するのに、これだけの語を要するとは。つくづく、翻訳をする人はたいへんだな、と思う。当然のことながら、作家は翻訳者にとっての訳しやすさなどを考慮して作品を書くわけではないからだ。

 もっとも、三島由紀夫などは、若干そういうことを意識しながら書いていたかもしれないが。

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2007年3月 5日 (月)

果たせなかった約束

 もう10年以上前になるが、勤務する職場で仕事の一環としてある小冊子のようなものを作ることになり、原稿をすべて僕が書いた。その原稿は、関係のある部署の人間全員に回覧された。しばらくして、トイレに入っていたら、それまでほとんど口をきいたことがなかったYさんが、突然声をかけてきた。当時、隣の課の課長だった人だ。

「あの原稿、読んだよ。非常におもしろかった。なんだか、文章に対する並々ならぬこだわりのようなものが感じられるんだけど……」

 ああ、この人には一瞬にして見破られてしまった、と思った。作家を目指して小説を書いていることを、ごく少数の限られた親しい人を除けば、社内ではひた隠しにしていた頃の話だ。同時に、この人にならありのままを話してもいい、と思った。はたして、彼は詩を書く人で、すでに何冊かの詩集を出版していた。その後ごく短い期間に僕は、彼が僕にとって、職場でのつながりとは無関係に生涯つきあいつづけられる、またつきあいつづけたいと思う種類の人間であることを確信した。たぶん彼も、同じように思ってくれていたのだと思う。

 そのYさんが、昨日、亡くなった。

 知性に溢れ、ストイックで、ダンディで、穏やかで、それでいて秘めた情熱をたぎらせつづけている人だった。僕が知り得るかぎり、身のまわりで最もかっこいい歳の取り方をしている人だった。そのかっこよさに憧れ、深く尊敬していた。どうしてこんなに素敵な人が、先に逝ってしまうのだろう。こんなやつ死んでしまえばいいと思う人間が、ほかに腐るほどいるこの世の中で。

 もっともっと、話したかった。彼と話すはずだったあのことが、このことが、行き場をなくして僕の中で渦を巻いている。最後の頃はお互い、特に僕の方が忙しくて、すれ違ってばかりで、なかなか飲みに行く約束を交わせずにいた。元気だった頃のYさんと最後に交わしたのは、階段ですれ違ったときの、次の短いやりとりだった。

「また、都合ついたら声かけてね」
「はい、近々調整します」

 その後まもなくYさんは入院して、二度と復帰することがなかった。

 どうしてぐずぐずと先延ばしにしてしまったのだろう、と悔やまれてならない。都合がつくなら、その日にでも飲みに行けばよかったのだ。この、果たせなかった約束のことばかりが、胸にわだかまっている。仮にその約束を果たせていたところで、彼の寿命が伸びたわけではないのだとしても。
 

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2007年3月 4日 (日)

ハマる暇がない

「オズマガジン」から、『冥王星パーティ』について取材依頼が来ている。その取材は、ヤフオクでのチャリティーオークションへの出品がセットになっていて、そこに紹介されるプロフィール向けに、いくつかの質問に答えなければならない。その第1問が、「最近ハマっていることを教えてください」。

 や、忙しくて、なにかにハマってる暇がないんですけど……。

 困った。どう答えたものか。しかし、準・ハマってること、というか、もっと暇があったらきっとハマっていたであろう(あるいは、できればハマりたいと思っている)こと、というのはいくつか思い浮かぶ。そのうちのひとつを書くことになるのであろう。

 さて今日は、「野生時代」向けの短編の原稿を送信した。日曜の夕方で、さすがに担当さんも社にはいないだろうと思っていたが、約1時間後に「原稿拝受」の返信メールが届いた。いったい彼らはいつ休んでいるのだろうか。しかし思えば僕も、14年ほど前、雑誌編集の仕事をしていた頃は、デフォルトで毎晩終電、土日もしばしばなしの状態だった。そして今も、休みなしと言えば休みなしの状態なのだ。通勤と自宅での執筆と、メリハリがついているのでなんとなくごまかされているが。

 なにかにハマる時間がほしい。ハマることというのは、人生に必要ななにかだという気がする。

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2007年3月 3日 (土)

急増の理由

 ここのところよく、ココセレブの「イチオシ記事」に選んでもらっており、そのときだけはアクセスが跳ね上がるのだが、昨日は特に劇的で、これまでの1日の最高アクセス数を圧倒的に引き離して記録を更新してしまった。今日になってもあいかわらず普段よりはずっと多く、昨日の余波かなぁと思っていたのだが、それにしては多すぎる。アクセス解析で調べてみてわかったのだが、ココログのトップページで、「昨日、アクセスが集中したブログ」の1位になっていた。9.43倍という。

 初めて「イチオシ記事」に選ばれた際にも言ったことだが、アクセスが急増したということをあまり強調すると、日ごろどれだけ過疎なのかということがバレてしまって恥ずかしい。そして、いまだにできあいのテンプレートをほとんどそのまま使っているのも、今さらながらなんだか体裁が悪い。実は先日、ものの本を買ってきて、少しぐらいカスタマイズしてみようかと試みてみたのだが、時間がかかりそうなので断念した。

 ところで、例のNHK大阪に出演したときのDVDを、今日になって妻が観た。「疲れてるように見えるよね?」と訊いたら、「〈疲れてるのにがんばってあいそよくしようしているところ〉だというのが私にはわかるけど、何も知らない人が見たら普通にあいそのいい人に見えるんじゃないの?」とのこと。だったらいいのだが。

 小学館での書き下ろしの改稿を進める。あるパラグラフを書きながら、「あ、この言い回しは『ラスマン』で使ったな」と気づき、別の表現に替える。好みの言い回しというか、ある状況を書き表すのについ思い浮かべてしまう表現というものがあるのだ。今はまだ3、4作だからいいが、そのうち管理しきれなくなってくりかえし使うようになってしまうのだろうな。

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2007年3月 1日 (木)

なぜ韓国が?

『シュガーな俺』の韓国語版翻訳出版の契約がまとまったそうだ。版元は、既刊2作も出してくれているStudio Born-Free。6月中の刊行を目指して動きはじめるとのこと。

 ところで、韓国では、糖尿病が原因で死亡する人の対人口比率が並みでなく高いらしい。OECD加盟国の中ではトップで、日本の約6倍、アメリカと比べてさえ、約1.7倍という高さ。偏見かもしれないが、アメリカが高いというのは、なんとなく納得できる。しかし、韓国でなぜ?

 そりゃあ毎日毎食焼き肉定食をたらふく食ってマッコリをガブ飲みしていればそうもなるかもしれないが、彼らだって慢性的にそんな食生活だというわけでもあるまい。僕の印象では、韓国料理はむしろ野菜をふんだんに取り入れている健康食というイメージだ。食生活が原因というより、もってうまれた遺伝子レベルの問題なのか、それとも、糖尿病治療のあり方や国民の一般的な認識をめぐる、なにか構造的な問題なのか。

 今回もひきつづき翻訳をしてくれるキム・ドンヒさんは、「予備軍含め500万人と言われる韓国の糖尿病患者のうち1割でも本を買ってくれれば大ヒットまちがいなし」と言うのだが、それを言ったら日本だって同じだ。780万人のうちの、1割とはいわない、1%の人が買ってくれただけでも、文芸書としては大ヒットだ。しかし現実はそう簡単ではない。あれだけメディアで取り上げられているにもかかわらず、売れ行きは鈍いままだ。謎だ。

 それにしても、今日は眠かった。昨日はわりと早めに就寝したにもかかわらずだ。きっと、一昨日、小学館との打ち合わせから帰ってきた後にぐずぐず午前3時台まで起きていたのが今日になって響いてきたのだろう。筋肉痛もそうだが、たいてい、翌日ではなく1日遅れくらいで影響が現れる。肉体の老化が進んでいることを実感するせつない瞬間だ。

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