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2007年3月 5日 (月)

果たせなかった約束

 もう10年以上前になるが、勤務する職場で仕事の一環としてある小冊子のようなものを作ることになり、原稿をすべて僕が書いた。その原稿は、関係のある部署の人間全員に回覧された。しばらくして、トイレに入っていたら、それまでほとんど口をきいたことがなかったYさんが、突然声をかけてきた。当時、隣の課の課長だった人だ。

「あの原稿、読んだよ。非常におもしろかった。なんだか、文章に対する並々ならぬこだわりのようなものが感じられるんだけど……」

 ああ、この人には一瞬にして見破られてしまった、と思った。作家を目指して小説を書いていることを、ごく少数の限られた親しい人を除けば、社内ではひた隠しにしていた頃の話だ。同時に、この人にならありのままを話してもいい、と思った。はたして、彼は詩を書く人で、すでに何冊かの詩集を出版していた。その後ごく短い期間に僕は、彼が僕にとって、職場でのつながりとは無関係に生涯つきあいつづけられる、またつきあいつづけたいと思う種類の人間であることを確信した。たぶん彼も、同じように思ってくれていたのだと思う。

 そのYさんが、昨日、亡くなった。

 知性に溢れ、ストイックで、ダンディで、穏やかで、それでいて秘めた情熱をたぎらせつづけている人だった。僕が知り得るかぎり、身のまわりで最もかっこいい歳の取り方をしている人だった。そのかっこよさに憧れ、深く尊敬していた。どうしてこんなに素敵な人が、先に逝ってしまうのだろう。こんなやつ死んでしまえばいいと思う人間が、ほかに腐るほどいるこの世の中で。

 もっともっと、話したかった。彼と話すはずだったあのことが、このことが、行き場をなくして僕の中で渦を巻いている。最後の頃はお互い、特に僕の方が忙しくて、すれ違ってばかりで、なかなか飲みに行く約束を交わせずにいた。元気だった頃のYさんと最後に交わしたのは、階段ですれ違ったときの、次の短いやりとりだった。

「また、都合ついたら声かけてね」
「はい、近々調整します」

 その後まもなくYさんは入院して、二度と復帰することがなかった。

 どうしてぐずぐずと先延ばしにしてしまったのだろう、と悔やまれてならない。都合がつくなら、その日にでも飲みに行けばよかったのだ。この、果たせなかった約束のことばかりが、胸にわだかまっている。仮にその約束を果たせていたところで、彼の寿命が伸びたわけではないのだとしても。
 

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コメント

お久しぶりです。ボーン・フリーのムン・ソンギです。昨日のご記事からは何か深い悲しさが感じられて、私も少し心が痛くなりました。こんな表現が正しいのかどうかよく分かりませんけど、亡くなった故人のご平安を祈りたいんです。

投稿: Moon | 2007年3月 6日 (火) 11時12分

辛いですね・・・先生の気持ち痛いほどよく解ります。いてほしい人はいなくなり、どうでもいい人はいつまでも元気でいる・・・反対やったらいいのにって思います。もう2度と会えないとその時に分かっていたら、何が何でも会いにいくのに、遅かったと悔やむ自分・・・そういう事があってから、私は誘われたりした時に「いつにする?」ってなるべく決めたりするようになりました。私の場合「今度飲みに行こうよ」っていうのは、挨拶的なところがあったんですが、そんな事があってから私にとっては挨拶ではなくなりました。課長さん、素敵な人だったんですね、きっと先生の心は課長さんに届いています!

投稿: epika | 2007年3月 6日 (火) 11時17分

残念です。お悔やみ申しあげます。小生もこの歳(40代半ば)まで生きていると同じような経験が複数回あります。尊敬している先輩で、今は違う組織にいるのでたまにしか会えずにいて、まだ全然亡くなるべき年齢ではない方がお亡くなりになる・・すべて運命なのでしょうが。ただepikaさんの言われるとおり心は届いているでしょう!

投稿: masaya.h | 2007年3月 6日 (火) 11時42分

久しぶりにPCを開いたら……平山さんにとって、とても大切な人がお亡くなりになったとの事。平山さんのお気持ち、辛さがひしひしと伝わってきて涙もろい私は、我が事のようにポロポロ。
以前、朝日新聞の天声人語に書かれていた言葉で“人は二度死ぬ。一度目は肉体の死、二度目は、人々に忘れ去られた時” 言葉自体は違っていると思いますが、この様な内容だったと記憶しています。
果たせなかった約束が心にわだかまりを残しているなら、大切なYさんの事を、平山さんが生き続けている間、ずっと忘れずにいることがYさんにとって供養になると思うのですが…。平山さん、あまりご自分を責めないで下さいね。

投稿: えぞりす | 2007年3月 6日 (火) 15時14分

皆様、あたたかいお言葉、ありがとうございました。傷心が柔毛でいたわられるような気持ちがいたします。

> ムン・ソンギさん
ついにコメントしていただけましたね。なかなか勇気が出ないとおっしゃっていましたが、あいかわらずの達者な日本語に驚くばかりです。今回はこんな悲しい話題でしたが、普段もまた、気が向いたらご遠慮なくコメントしていただければと思います。

> epikaさん
「今度飲みに行こうよ」は、実際にはその気がない人に対する社交辞令として使うのに限定すればいいんですよね。僕もまだ30代とは言っても、知っている人の死などに見舞われることが少しずつ増えてきて、「この人と会うのはどちらかが死ぬまで実際あと何回あるんだろう」などとふと考えてしまうことがあります。これからはもっと、真に会うべき人と会うことを大事にしたいと思います。

> masaya.hさん
年齢的にも、これからはそういう機会は増えこそすれ、減ることはないんでしょうね。今回のことも、その人が入院した時点で覚悟はできていたつもりでしたが、いざそのときが来るとやはり、こたえました。せめて、心が届いていることを祈るばかりです。

> えぞりすさん
一緒に泣いてくださったのですね。そのやさしさに心が癒されます。ありがとうございます。Yさんのこと、忘れないで生きていきたいと思います。文学を通じての「盟友」のように思っていた彼に、僕の本をほとんど読んでもらえなかったことは心残りですが、今後、本を出すたびに、心の中でそっと、「また出ましたよ」と天国の彼に報告しつづけたいと思います。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年3月 6日 (火) 21時30分

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