衣替えのシーズンなので、近所のクリーニング屋が混んでいる。並ぶことを思うと、行く前から憂鬱で憂鬱で、クリーニングに出すものや、ついでにそのそばにあるリサイクルごみ回収ボックスに出すもの(ペットボトル、牛乳パック、発泡スチロールの食品トレイ)を紙袋にセットして、いつでも出ていける状態なのに、並ぶのがいやなばかりにぐすぐずと本を読んでみたりしてつい先延ばしにしてしまう。
並ぶのがいやなのは、ひとつにはロケーションが悪いからだ。そのクリーニング屋は、マンションの隣のスーパーの出入り口に出店している。スーパーの出入り口は二重の自動ドアになっているのだが、そのドアの間に、横向きにカウンターがある状態なのだ。しかも狭い。
だから、カウンターの前にはせいぜい2、3人しか並べず、その後に続こうとすると、カウンターの端から直角に伸びていくしかない。しかしそうすると、スーパーに出入りする人の通り道をモロに塞いでしまうことになる。それを避けるためには、通り道になる幅だけ空けて、出入り口スペースの(クリーニング屋のカウンターがある方とは)反対側の壁際で待機して、カウンター側に空きができた時点で初めてそちらに詰める、という方法を取るしかない。
少なくとも、僕はそう思っているし、いつもその流儀に則っている。社会通念に照らして、僕はこのやり方が間違っているとは思わない。いや、(1)カウンターの前が狭い、(2)そのうしろはスーパーの客の通行の邪魔になる、という2点の条件を考慮するなら、ほかにいったいどういう手があるというのか。
僕はそう考えているので、自分がクリーニング屋を利用する目的で、その、二重の自動ドアに挟まれた空間に入ったときには、必ず、カウンターの前以外に、つまり、反対側の壁際あたりに、なにかを待っている雰囲気の人がいないかどうか確認してから、どこに並ぶかを決定するようにしている。
その人が、かさばる衣類を詰め込んだバッグらしきものを持っていれば、もう迷うまでもなくその人の後ろにつく。そういうものを持っていない場合でも、「受け取りのみ」という場合がある。迷うときは、「並んでらっしゃいますか?」とひとこと訊いてみる(ただ単に、買い物を終えて出てくる連れを待っているだけかもしれないから)。
しかし、僕がいつもそうしているからと言って、ほかの誰もが同じようにしてくれるとはかぎらない。
今日、僕がその魔のゾーンに入ったときは、ちょうど、カウンター側にすでに3人並んでいたため、反対側の壁際で待機せざるをえない状況だった。そうして数分立っていたら、スーパーの中から、ショッピングカートを持った比較的若い奥さんという感じの女性が出てきて、そこで立ち止まった。彼女は僕を上から下まで見て、それから意を決したように、ポケットから受け取りの半券を取り出しながら、通行の邪魔になる位置に平然とカートを据えて、クリーニング屋の列に並んだ。
ちなみに僕はそのとき、ワイシャツやスーツでパンパンに膨らんだ紙袋を提げていた。その僕の姿を見ていながら、どうして彼女は、「この人は違うだろう」という判断に到ったのか。ハナからそうした意識がないなら、まだしかたがないと思う(どっちみち頭には来るけど)。しかし彼女は、はっきりと僕を上から下まで見たではないか。パンパンの紙袋だって、視界に入らないはずがないではないか。
「あの、すみません、並んでたんですけど」と笑顔で(※意図どおり「笑顔」と受け取られたかどうかはともかく)言ったら、彼女はすぐに「あっ」と言って順番を譲ってくれたので、わかっていて割り込んだわけではないのだろう。
少し考えてから、僕は理解した。彼女には、そこに並ぶと通行の邪魔になるかもしれない、という発想がないのだ。だから平気でそこにカートを据えることもできたし、逆に僕が反対側の壁際に立っているのはそれを避けるためなのだと考えることができなかったのだ。その結果、「この人はいかにもクリーニング屋に来たっぽい荷物を手にしているけど、並んでいるわけではなさそうだから、奥さんを待ってでもいるのだろう」と考えたのだろう。
しかしそれでは、もしも彼女が、カートと体で通行の邪魔をされる立場だったとしたら、どう感じたのだろうか。そういう人は、それを「邪魔だ」と感じないのだろうか。
などということをつらつら考えて消耗しながらも、投票にはちゃんと行ってきた。しかしその結果は、僕にとって、きわめて残念なものだった。No need to ask the reason why.(John Lennon)
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