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2007年4月14日 (土)

たとえ幽霊でも

 夢にひさびさに、無為が出てきた。去年の11月に死んだ猫だ。これまでもちょくちょく、夢に見ることはあったが、いずれの場合も、無為はまだ死んでいないことになっていた。でも今回は、夢の中でも僕は無為が死んでいることを知っていて、それなのにここに無為がいることは「ありえない」と思っている。だったらこれは、無為の幽霊なのかもしれないと思う。そう思っても、怖くはない。そして、飼えるならこのまま、幽霊なのかもしれない無為を飼いつづけたいと思っている。

 無為が僕の胸の上に乗ってきて、嬉しそうに喉をゴロゴロいわせているところで、目が覚めた。夢だったと知ってさびしく思っているうちに、また眠ってしまった。そして、同じ夢の続きを見た。無為はひどく太っていて、床の上に平べったく這いつくばると、まるで三毛模様の座布団のようだった。その背中を撫でているうちに、再び目が覚めた。

 立ち直れないくらい、寂しかった。

 ペットも含め、すごく近しく、そして大好きだった存在が、死んだ後に本当に幽霊となって現れたとしても、怖いと感じることはないのではないかと思った。そのまま、自然に共存していけそうな気がする。でもきっと、そんなことは、起こらない方がいいのだろう。

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コメント

おはようございます。
わたしも、お父さんが亡くなったあとに
同じような夢をみることあります。
『お父さん、本当は死んでいるんだよ』と
いえずに、普通に接してくるお父さんに
切ない気持ち半分、恐怖心半分で接していた
夢。。。
幽霊でもいいから会いたいという気持ちもあるけれど
現実、やはり出てきたら怖いだろうなぁとも思います。(汗
平山さんのネコちゃん、平山さんにそれだけ愛されていて
きっと幸せな一生だったんだろうなぁと、ちょっとうらやましくなりました。(^-^)

投稿: 果歩 | 2007年4月15日 (日) 05時37分

猫だから、幽霊でも怖くないのかもしれませんね。人間だったら、たとえ親でもいくぶん怖いかも。猫はしゃべったりしませんからね。
それにしても、愛していたなにかの死を本当に克服するのには、時間がかかるものですね。ようやく、深層心理でも無為の死を認めはじめたところみたいです。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月15日 (日) 17時29分

わかります 幽霊でもいいとの気持ち。かわいがってたハムスターが死んだとき、願いました。「骨でもいいから戻ってきて」と。 「やさしい人に飼ってもらい幸せな猫生だったにゃ~」と天国で思ってますよ。
思い込みが強いのですきな人が死んだら、骨でもいいから抱きしめて眠りたいです。

投稿: りりこ | 2007年4月15日 (日) 20時45分

そうですね。でも、今、無為が死んだ日の晩、なきがらを僕と妻の間に寝かせて、それを撫でながら眠りについたときのことを思い出しました。無為の毛は、生前と同じくなめらかでしたが、氷のように冷たくて、もう無為はここにはいないのだ、と思い知らされました。骨を抱いて寝たら、よけいにつらくなりそうです……。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月15日 (日) 23時00分

うちの愛犬メルはまだ4歳弱ですが、ニョウボは来るべきペットロス状態に今からかなりの恐怖を抱いているようです。平山さんたちの喪失感も、できるだけ早く時間が解決してくれるよう祈ります。
今日は親父の墓参りに仙台へ行ってきたんですが、新幹線の中でこの前買った「冥王星」を読もうと思っていたのに、鞄に入れるのを忘れて出かけてしまいました(^0^;
その代わり、と言ってはなんですが・・・帰りに仙台駅の本屋で「野生時代を」買って、「桃の向こう」を列車の中で読みました。
今までリリースされた短編の中では一番いいと思います。
何だか僕の学生時代とかぶる部分がチョットあって、今では「若気の至り」で済ましている青春時代(死語)のリグレットを色々思い出してしまいました。
桃林のむせかえるような甘酸っぱい匂い・・・このシンボリズムが秀逸!
先生のスキのない文体は昨今ではほとんど稀有な代物ですね。うまい!

投稿: クマキチ | 2007年4月16日 (月) 00時33分

メルくんまだそんなに若かったんでしたっけ? ではまだ先が長いでしょうが、どうあがいてもきっと、その時が来たらペットロス状態になってしまうのですよね……。

さて、「桃の向こう」ですが、いやー、クマキチさんにそのように褒めていただくとたいへん光栄です! ありがとうございます。
たぶんああいう種類のイタさって、「青春時代」には誰しも多かれ少なかれ経験していることだろうとは思うんですが(特に男性は)、それを「イタさ」として衒いなく表現できる程度には自分も歳を食ったのだな、というのが、あれを書いた著者としての率直な感慨です(笑)。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月16日 (月) 02時06分

ご無沙汰。
親父が亡くなってからしばらくして、夢を見るようになった。はじめのうちは入院前の姿で。何度か同じ夢を見ているうちにはたと気がついた。見るたびに若くなっている。腰も曲がり気味だったのがだんだんと伸びていく。夢を見るのが楽しみになった。そしてある時、俺と同じくらいの歳かっこでこちらを向いて「よっ」と、いつもの仕草で手を挙げて挨拶を交わした。嬉しかった。
その後は夢を見ていない。又出てきてほしいと感じている。

投稿: 林 秀樹 | 2007年4月21日 (土) 11時52分

林さん、お久しぶりです。
お父様が亡くなったの、たしか無為とほぼ同じ時期だったのですよね? 夢の中で、亡くなった親御さんが若返っていくという話、ほかのところでも聞いたことがあります。現実にはありえないことですけど、自分と同じくらいの年ごろにまで若返った父親と話すと、どんな気分なのでしょうね。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月21日 (土) 15時36分

はじめまして。
「冥王星パーティ」ご出版、おめでとうございます。
遅まきながら図書館で借りて、読みました。
読んでる間苦しくて、どのキャラにも感情移入してしまい、つらくなりました。でも、読んでよかったと思える本でした。

 私も、小さい頃から小動物系の家族の死を、乗り越えてきました。死が不条理な別れでしか思えなかった。でも、記憶の中には彼らとの思い出がちゃんと残る。自分以外の生き物と暮らすことは、いいですよね。
平山さんの無為ちゃん(さすがのネーミングセンス)も、可愛がられた思い出を抱いて
旅立ったのでしょう。
 平山さん、無為ちゃんと時を共にできて良かったはずですよ。慰めようはないけど、あまり落ち込まないでくださいね。

投稿: 榊 みやこ | 2007年4月23日 (月) 18時55分

ごめんなさい。
あろうことか著書名を間違えて打ってしまいました。
お許しください。

投稿: 榊みやこ | 2007年4月23日 (月) 18時57分

はじめまして。「冥王星パーティ」読んでくださってありがとうございます!(書名、特に間違っていないようですが……?)
「おもしろかった」と言われるのももちろん嬉しいのですが、「読んでよかった」と言われるのはもっと嬉しいかもしれません。榊さんにとって、心に残る1冊になったらいいなと思っております。

無為の死については、少しずつ、少しずつ、乗り越えてきているのかな、と思います。自分で所帯を持って初めて家族になった動物だったので、それだけ思い入れも強かったのでしよう。でも、楽しい思い出をたくさん持ててかったと思っています。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月23日 (月) 20時28分

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