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2007年4月 1日 (日)

不機嫌な花見

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 近所の都立公園に花見に行った。あまりの陽気にもう葉桜状態だが、白っぽい花びらの間に点々と若葉の緑が混ざっている感じが、僕は決して嫌いではない。そんなわけで、あえてもうすっかり若葉状態の柳と並んでいるところを撮った。

 花見と言えば、新卒で入った会社(現存せず)で、入社して間もない頃に、突然、「よしっ、花見行くぞ!」と先輩社員に声をかけられて、新人たち一同、千鳥ケ淵に連れて行かれたことがある。混み合った中をざっと一巡すると、先輩は「よしっ、飲みに行くぞ!」と言って僕たちをそのまま居酒屋に連行した。

 その間、たぶん僕は、ものすごく不機嫌そうな仏頂面でひたすら押し黙っていた、と思う。なぜなら当時の僕は一種の原理主義者で、「定時を1分でも過ぎたらそれはもうプライベートな時間」であり、「いかなる理由ありとも会社のためにその時間を割くいわれはない」という堅い信念を持っていたからだ。前もってわかっていればまだ覚悟のしようもあったが、当日の6時(定時)近くになっていきなり宣告され、有無も言わさずに拉致されたのが腹立たしくてならなかったのだ。

 しかし今は、もう少し大人としてふるまえなかったかな、と反省している。先輩はあくまで、善意でそうしてくれたわけだ。新人たちのお目付け役的な役割を仰せつかっていたし、たぶん、「今日が満開」とその日になって知って、急遽「あいつらを連れていってやろう」と思い立ったのだろう。

 考えてみれば、たとえば私的な友人関係において、だれかが善意でしてくれたことが、実は微妙にアダになっているようなことはよくある。しかしだからと言って人は、不機嫌に黙り込んだりはしないものなのではないだろうか。善意に基づくものなのだとわかっていれば、結果に対してではなく、その善意に対する感謝の気持ちから、にこやかにやりすごそうとするだろう。

 会社という空間においてだって、本質的にはそれと同じ構造があるはずなのだ。結局、最終的には個人対個人の関係に還元できるわけだし。……と考えられるようになった僕は、新卒時代よりは少しはオトナになったようではあるが、この歳になると、そうやって上からなにかを「強制」されることもなくなってくる。だから局外者の立場に立ってものが言えるだけなのかもしれない、と思わないでもない。

 実業之日本社向け書き下ろしのプロットがほぼまとまった。あとは、付録としてつけるために本文のサンプルをいくらか書いておこう。僕の場合、それがないと、往々にして作品のよさをわかってもらえないからだ。

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コメント

お花見にいかれたんですネ!
私はまだです。(花より冥王星・笑)
目の前に本があるのに開けないのは我慢ができなくて結局寝る前に少しだけ読もうと読み始めたら・・・止まらなくなってしまいとうとう一晩で読破してしまいました。ゆっくりと丁寧に読むつもりが・・・。とくに終盤は祥子がどうしてこうなったのか、二人がこれからどうなるのか早く知りたくてどんどん読んでいってしまいました。
でもやっぱり走り読みなので、もう一度ゆっくりと読み直したいと思います。
ストーリー以外にもその鍵?を握る要素が凄く楽しめたのも良かったです。
「コダーイ」「クラシックギター」「ムラジカオリ」「絵画」などなど。

投稿: まり | 2007年4月 2日 (月) 02時02分

おはようございます。(^-^)
桜のある風景って好きです。いいなぁ。
お花見。わたしの町は、まだ桜が咲いていません。
毎年、お花見の季節は、桜が咲いている場所を
見つけては、カメラを片手に早朝散歩するのが恒例になってます。(^-^)
今回の日記、読んでいてなんだか自分のことみたい・・・って思ってしまいました。
わたしは、仕事の時間が1分でもすぎるとすぐに帰宅します。
でも、たまにみんなと一緒に仕事の帰りに遊びに行くのもいいのかもなぁ・・・と
思いました。相手は、好意で誘ってくれているかもしれないんですよね。
なるほどなぁ・・・と思いました。
わたしは、ひとりで活動すのが好きなので、あまりグループで行動するのが苦手なんですが
今度から、ちょっとプチ冒険してみようかなぁ・・・なんて思ってます。
今日も平山さんの一日にがいい日でありますように!

投稿: 果歩 | 2007年4月 2日 (月) 06時45分

ご無沙汰しております。
『冥王星パーティ』は購入させていただきましたが、まだ未読です。すみません。
(書店の「ミステリ」コーナーにあったため、なかなか見つけられず、店員さんと一緒にずいぶん探してしまいました)

さて、「善意がアダになっている行為」あるいは「善意でされた行為」に対する反応は自分にとっても生涯の課題で、私はまだまだ試行錯誤です。

例えば、不要な品を贈られた時、「黙って受け取り礼を言う」ことと「不要な品である旨を告げ受け取らない」こと、どちらが相手の「善意」に対して相応しい態度であるのか……。

また、自分の「善意」からの行動でも、相手が本当に喜んでいるのか、為になっているのか、疑問に思う事があります。

相手との関係によって対応は違うと思いますが、近しい関係程判断に迷う場合があります。

子供の頃読んだO・ヘンリーの『賢者の贈り物』と『魔女のパン』で、善意が100%良い結果をもたらすとは限らない事にショックを受けて以来かも。

投稿: おかぽん | 2007年4月 2日 (月) 12時52分

懐かしい話ですねぇ。そん時の私は、どんな態度だったんだろ? 記憶がすっかり曖昧になってしまいましたわ。最近は「誘う側」に立つことが増えたんで、善意の押し売りには気をつけなければいかんですね。

投稿: もり | 2007年4月 2日 (月) 14時43分

上のコメントの続きです(笑)。
読んでいて共感出来る部分がたくさんあったのでそれで止められなくなってしまい一気に読んでしまったのですが、読み終わった後もいろいろと考え込んでしまい眠れなくなってしまいました(笑)。
でも自分がどう感じたかをいざ言葉や文章で表現しようと思っても凄く難しいですね。
子供の頃「読書感想文」の宿題が一番苦手というか嫌だったのを思い出しました(笑)。
本は子供の頃から読みまくっていたし、読むのは凄く好きだったのですが、いざ感想を書くとなると何を書いていいのかさっぱり分からないという(苦笑)。
多分この小説の感想も上手く書けないと思うのですが、又コメントに感想を書いていってもいいでしょうか?まだ本を読んでおられない方もおられるので具体的な感想を書いてもいいのかちょっと分からなくて・・・。

投稿: まり | 2007年4月 2日 (月) 18時59分

いつもは皆さんのコメントにも全部目を通すのですが、今はやばいですね。まさに『冥王星』読んでいる途中なので・・・。ああー、早く読みたい自分とじっくり読みたい自分が戦っている状態ですよ、今。でも私はじっくり派なのでここに感想を書くのはもうちょっと先になりそうです。

ところで、私も他人に自分の時間を犯されていると思うと結構あせったり、むっとしたりしてしまいます。でも、その数分なり、数時間なりがまるっきり自分のものになったとしても、思ったより全然効率的に使えてないんですよ。そうして落ち込んだり反省したりします。
会社での誘いは・・・私にとっては楽しいものでした。それは全然無駄とは思いませんでしたし、突然でも尻尾振ってついていっただろうなぁ。
まるっきり会社の人とアフターファイブを過ごさない会社で働いている今、狂おしいほどあの時間のことを思い出します。
そして、今年もお花見に行かなかった私。さみしー!家のベランダから目の前の家の庭に見事に花開いた桜を一人めでています。

投稿: | 2007年4月 2日 (月) 23時15分

えー、あー、えー、皆さん、コメントありがとうございます!

> まりさん
お花見もそっちのけで「冥王星」読みに専念してくださって、もう著者冥利に尽きまくりって感じですよ! ありがとうございます! 「コダーイ」その他については、やっぱり、小道具って大事だと思うので、そのへんは丁寧に選びますね。だからそこに反応してくださるのはとても嬉しいですよ。
「読書感想文」については、実は以前「黒いシミ通信」で書いたことがあるんですが、子どもの頃は母親という恐ろしいブレーンがいまして、彼女の厳しい検閲のもとに書いていたんですが、そういうコントロールがなければ、思うことをうまく言葉にするのは難しかっただろうなと思います。
今後も、散発的にも思い出したことがあったらぜひ書き込みいただければと思います。こう言ってはなんですが、みなさんきっとすぐお忘れになると思いますので(笑)、ネタバレ等の心配は事実上ないと思いますよ。

> 果歩さん
果歩さんは、北海道でしたっけ? 例年、開花は何日くらいなんでしょうか。僕にとっては、気づいたら満開だったという感じですので、これからだとするとうらやましいです。
ただ、特に職場などだと、集団行動が得意かどうかというのにはかなり個人差がありますよね。僕も本文にあのようには書きましたが、いまだに原則、単独行動って感じですし。学生の頃、「サラリーマンというのは、新人時代には花見の席取りをやらされるものなのだ」と思い込んでいて、就職する前からすごく憂鬱だったのですが(笑)、少なくとも僕が就職した会社にはそういう風習はありませんでした。

> おかぽんさん
おおっ、お久しぶりです、お元気でいらっしゃいましたか?
「冥王星」も買っていただけたんですね、ありがとうございます。ミステリーコーナーですか(笑)。まあ、あながち間違いでもないんですけど、女性作家コーナーやらSFコーナーやら(両方違う)、あちこちさまよってしまうさだめの本なのかもしれませんね。
「不要な品を贈られた場合」、難しいですよね。単発ならにっこり笑って礼を言っておけばいいのかもしれませんけど、それが相手の次の行為を誘発してしまう場合もありますし。ちょっと違いますが、昔うちの両親がある人からそうめんを贈られ、おいしかったので「おいしかった」とお礼を言ったのだけど、その後毎年夏になるたびに同じそうめんを贈ってくれつづけてしまい、うちでもサバき切れなくなって、「どうしたものか」と頭を抱えていました(笑)。

> もりさん
もりさんはですね、新卒だった当時からとても如才ない人だったので、そのときも如才なくふるまっていたと思いますよ。正直、ちょっと憧れてました(笑)。善意の押し売りについては、そうですね、気をつけなければならないお年ごろですよね、僕ら。

> 香さん
おお、「冥王星」ご高覧中ですね(変な日本語)。感想、楽しみにお待ちしております。
自分の時間というのは、有効に使おうが無駄に使おうが自分の勝手であり、無駄に使っているのであってもそれはきっと疲れていたり気が乗らなかったりしてそうなのであろうから、結果として無駄になったとしても本当は無駄ではなく、その時間を人のために使った方がよかったのではないかという仮説はその時点で崩れる、と僕は考えるのですがいかがでしょうか(笑)。
でも香さんは、職場での誘いに対しては融和的な人なんですね。しかしそれは、どういう職場かとか、同僚がどういう人たちか、ということにも左右されるのではないでしょうか。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月 3日 (火) 04時56分

あ、私は読書感想文3回は母親に書き直しさせられていました。何回書き直してもダメ出しされるからそのうちウンザリしてきてそれで余計に嫌だったのかも・・・。
完成した時には誰が書いた作品か分からなくなっているという・・・。私の母親はど素人ですが(余計にたちが悪い)、いわゆるかなり教育熱心な専業主婦だったので(今でいうお受験ママですね・笑)。
せっかくなので、冒頭の方から少しずつ感想を書いていってみたいと思います。
(勝手気ままに書かせて頂きます・ごめんなさい・汗)

最初目次を見た時に、各章のタイトル?がオシャレだな~と思いました。冥王星はやっぱりPlutoでないと(笑)。日本語のタイトルと使い分けしてまとめてあるのがいいなと思いました。「夏の桜」「欠けた月」というのは、桜川と望月の名前と関係があるのでしょうか?(私の妄想?)
エピローグというのでしょうか?ネットのサイトからはじまるところが今風というか私はこれで一気に入り込んでいきました。こういうネットがからんだお話というのは、多分韓国でもウケがいいのではないかと勝手に推測以前すでに韓国版がでるようなお話がコメントにあった・・・ありましたよネ!

投稿: まり | 2007年4月 4日 (水) 22時16分

おお、目次から見ていただけるとは! 章のタイトルについては、誰も気にしてないかも、と思いつつけっこう凝ってしまう方なので、そこに着目していただけると報われる気持ちです。
「夏の桜」「欠けた月」については、ご指摘どおり、その章でフィーチャーされる人物をメタフォリックに現した(つもりの)ものですよ。「夏の桜」は、「最良の時期ではない桜川」、「欠けた月」は、「望月」(満月)が「欠けて」しまったもの……というように。
ネットがらみのところでは、前にこのブログでも言及した(´Д`;)の件も含めて、いろいろ苦労してます(笑)。韓国でどう受け止められるかはちょっとわからないですけどね。

 それはそうと、まりさんのお母さんも「校閲ママ」だったのですね……。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月 5日 (木) 01時09分

続きです!
(まだ本を読んでいない方は読まないで下さいネ!)


一番よかったところは『冥王星パーティ』に結びついていくところです(ようやく題名の意味が分かって感動した部分でもあります)
「やり直しなんかきかない、消す事なんかできない、選択すべてが重なり合って~だからそこからあらためて足を踏み出すよりほかにない」という言葉や、祥子の手紙に書かれた「どっちの道をとるのがよかったのかなんてたぶん永遠に分からない、本当の最後の瞬間に後悔しなければいいんだ、それを誇らしげにかざして道を切り開いていくしかない」という言葉などが心に残りました。そうして二人が別々の人生を歩いていく事になり、彩香を選んだ?ラストは凄く共感出来て良かったです。彩香は奥様がモデルになっているのでしょうか?!砂浜のシーンは映画の1シーンみたいで印象的だったし彩香が別格である理由などなど私も同感です。(私は男か・笑)

他には望月の「俺なんかより上手い人間はいくらでもいるし、俺自身の情熱が持続しなきゃもうどうしようもないんだ~」や衛が言われた「空っぽ」などは自分と重なる部分があって凄く共感できました。臨床心理士に「あなたには核になるものがない(普通の人はもっているけれど)」と言われた時の衝撃を思い出しました(笑)。この小説を読んでいて
衛や望月、祥子など登場人物に自分が重なる部分がけっこうあって、読んでいてヤバイなと思ったし(怖くなった)読み終わった後は真剣に考え込んでしまいました。そういう意味でもこの小説は凄く面白かったし、読んでよかったと思いました「私も早く冥王星から脱出しなければ」というのが読み終わった後の一番の感想でした(笑)。

投稿: まり | 2007年4月 6日 (金) 20時47分

まりさん、この作品でいちばん伝えたかった部分にきっちり反応してくれて嬉しいです。
物心ついてから20年、30年と生きてきて、100%順風満帆だった人なんていないと思うのです。たぶん誰もが、程度の差はあれ、そしてまた、自覚しているかどうかは別にして、迷走したり、立ち惑ったり、引き返す道がわからなくなったりしているんじゃないかなと。でも問題は、それを自覚したときにどうするか、なんですよね。そこから、次はどちらへ足を踏み出すのか。
その臨床心理士の人がどういう意味合いで「核がない」と言ったのかは、その道の専門家ではない僕には正確にはわからないと思いますが、核がないなら、核をこれから作っていけばいいのです。衛が、「空っぽ」だった自分の中身を埋めていったように。「冥王星」、きっと抜け出せますよ。
ちなみに、彩香のモデルが誰であるかについては、「ノーコメント」とさせていただきます(笑)。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年4月 7日 (土) 16時51分

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