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2007年5月27日 (日)

おろそかにできない部分

 実業之日本社「ジェイ・ノベル」向けの短編の手直しと、新潮社での次回作向けプロット作成で1日が終わる。毎回思うことだが、仕込み、つまり、何をいかに書くべきかを考え、執筆可能な形にブレイクダウンしていく過程が、いちばんキツい。そしてこの2ヶ月ほどは、いろんなものの「仕込み」に追われる毎日だった。未来への投資のつもりで頑張ったが、ボロ切れのように疲れ切ってしまってもいる。

 ところで、そのプロット作成の過程で、物語の主要な舞台となるある企業の名称を決めておこうと思い、業種からもっともらしい名前を考えてみたのだが、実在していたらマズいと思ってネットで検索したら、みごとに実在していた。都内某所にある有限会社のようだ。

 そこで、社名の一部だけすげかえて検索してみたら、それも実在している。社名ではなく、商品名だが、それでも使用は躊躇されるので、さらに一部をさしかえてみたところ、それもやはり、広島県の株式会社として実在していた。4度目にやっと、どうやら固有名詞としては存在していなさそうな社名を「発明」することができた。それはどうもイマイチな感じの社名なのだが、この際、しかたがない。

 まあ、3つ目までそれぞれ実在していたということは、その業種の社名としてふさわしい、いかにもありそうなものを自分が外さずに狙いえていたということでもあり、そこに慰めを見出せなくもないのだが、ほかのあらゆる仕事と同じく、小説執筆もまた「結果がすべて」なのであって、使えないアイテムならいくら編み出しても意味がないのだ。

 そして、小説執筆の陰には、ストーリーを考えたりすること以外にも、このような地道な努力が山のようにあるのだということを、たぶん多くの人は知らないだろう。作中に出てくる社名など枝葉末節であって、そこに特別な関心を払う読者などまずいないであろうからだ。

 しかし、だから社名など適当でいいのだ、ということには決してならない。そこをおろそかにしてしまったら、それはきっと、読者にバレる。要するにそれは、「もっともらしくなっていてあたりまえ」の部分なのだ。もっとらしいものになっていれば、「スルー」されるだけで、誰の注意を引くこともないだろうが、そのかわり、「こんなのありえないよ」とツッコミを入れられることもない。しかし、いかにもとってつけたような、あるいは無理のある名前だと、読者はそこに変に気を取られてしまい、最終的にはそれが、「この作品は作りがチャチだ」という評価に結びついてしまうかもしれないのだ。

 読者に安心して作品世界に浸ってもらうことのできる「本当らしさ」というものは、結局のところ、そうした細部の積み上げによってしか醸すことのできないものだと僕は思っている。そしてその作業が、僕は決して嫌いではない。嫌いではないのだが、消耗することに変わりはないのだ。

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コメント

風邪気味、大丈夫ですか?
私は2,3日前から風邪気味ですが、風邪薬を飲んで何とかごまかしてます。今の時期は、ちょっとでも暖かいと冷房がきっちり掛かっていて、私には寒いです・・・。

精神的消耗、大変ですね。
自分がブログを書くのでちょっとだけその消耗がわかります。ましてやプロの作家となったらその苦労は並ではないのですね。

ちなみに私は『ラスマン』での『株式会社イナガワ』という有限会社のネーミングがとても気に入ってます。

投稿: | 2007年5月27日 (日) 23時38分

そういう事、ありますね。イラストや漫画だともっと顕著で、「編集や校正などの担当者さんたちはなにをやっていたの?」と思ったりもします。

ただ、自分でもあんまりよくわかっていないということもあり、山岸凉子『日出処の天子』で当時は正座ではなくて立てひざだったというのは、後にご本人も気づいて言及しているし、よい作品だしで「OK」なのですが、パズルの間違い探しのイラストでりんごの果実のイラストに葉っぱがついている(それが「解答」というわけではない)と「NG」だったりします。実際にはありえなくても、図案としては「葉っぱ付きりんご」が認知されているのはわかるのですが、なんとなく「勉強不足」「手間を怠る」「他にもこういうミスがあるんじゃないの?」という印象を受けてしまうのです。好きな絵柄の方だと余計においしいと思ってしまいます。おそらく、見る人が見れば、わたしが気づかないだけでもっとあるんでしょうね。

投稿: ダレカ | 2007年5月28日 (月) 01時21分

> 香さん
「(有限会社)株式会社イナガワ」は、ろくな感想を言ってくれない父親が唯一ウケていた部分ですね(笑)。あれはまあ、ちょっと特異なケースですけど、でも楽しんで作り込んでましたね。
風邪は、うーん、なんとなくすっきりしないのですが、とりあえずパブロンを数回飲んだら少しよくなったようなならないような……。

> ダレカさん
あー、絵があるとたしかに逃げ場がないですよね。また、その山岸さんのケースもそうなんでしょうけど、文字だけの小説等とは違って、後で誤りに気づいた場合、増刷の機会などにそっと直していくってわけにはいきませんからね。今まであまり改まって考えてみたことはなかったんですけど、そう考えると漫画家さんとかってたいへんなんですね、その担当編集者さんも含めて。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年5月28日 (月) 02時10分

おはようございまーす。(^-^)
体調大丈夫ですか?
平山さんのブログを読むようになってから
小説家の方の仕事の過程みたいなのを少しですが
理解できるようになりました。
わたしは、読書が好きで、乱読派なんですが
その一冊一冊にも、作家の方のすごく真剣な
エネルギーが注がれていると思うと、言葉のひとつひとつも
かみ締めるように読まなければってすごく
思うようになりました。
企業名とかにひとつでも、すごく決めることに
エネルギーが必要なんですね。
わたしは、個人的に主人公の名前にけっこうひかれたりします。
この人は、こうゆう性格だから、この名前なのかなぁ・・・とか。(^-^)
平山さんが仕事でくたくたにんなって生み出した作品を
わたしは、心待ちにしています。本当に。(^-^)

投稿: 果歩 | 2007年5月28日 (月) 04時50分

いや、わかりません、僕は凝り性なだけで、企業名なんてろくに考えずに決めてしまう作家さんもいるかも。それに、「かみ締めるように」読ませてしまうようでは失敗なのですよ(笑)。あくまでさりげなく溶け込ませていなければ……。そこが難しいところなのです。ほら、気を遣うのがヘタな人っているじゃないですか、「今、私はあなたに対して気を遣ってますよ〜」っていうのが丸出しの人。それって、「気づかい」の本来の目的から見ると本末転倒なんですよね。気を遣っていると相手に悟らせることでかえって相手に気を遣わせてしまったり、相手の負担になってしまったりするので。それと似てるかもしれませんね。
いいのです、「実は目に見えないところにいろいろな苦労があるんだなぁ」ということを、ただ心の片隅にでも小さくメモしておいてくだされば(笑)。
登場人物の名前は……すぐにネタ切れになってしまっていつも悩みます。でも最終的には、「ああ、この人にはこの名前でしょう」とイメージ的にしっくり来るものが見つかるんですけどね。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年5月28日 (月) 19時57分

体調、大丈夫ですか?
あまり無理はなさらないで下さいね。
でも、それでこそ「骨身を削って」小説が出来上がるのだと、平山さんに教えられました。
案外、読者は(というより私は)そんな地道な苦労を考えて、読んでないものですから。
何だか、身を入れて読むべきだな、と改めさせられた気がします。
言葉、一つ一つの積み重ねで広大な世界が出来上がっていく。小説家は創造神だなぁ、と眩暈にも似た尊敬の念を抱いています。
ますます、新刊の発売が楽しみです。
お体に気をつけて、仕込みに励んでください。
心よりご多幸をお祈り申し上げます。

投稿: 榊 | 2007年5月29日 (火) 10時44分

体調の方は、だいたい回復したようです。慢性的に寝不足で眠いのはどうしようもないですけどね……。
創造神だなんて大げさな。せいぜい「想像神」くらいでしょう、勝手なことを想像して、人物をコマとして動かして「神様」気分に浸っているという(笑)。
それに、上の果歩さんへのレスにも書いたように、読者の方にあまり身構えられてしまっても困ってしまうのですよ。それは僕の本意とするところではありません。どうぞ寝っ転がってポテトチップスでもつまみながら気楽に読み流してください。あくまで「娯楽」ですからね。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年5月29日 (火) 20時16分

私は証券会社「ノハラ」が大うけしました。
後はモーツアルトがズラとか羊とか、家の外壁が~アイスとか。面白かったです。

投稿: まり | 2007年5月30日 (水) 03時40分

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