« Der Untergang(没落) | トップページ | 顔合わせ with ABJ »

2007年6月 4日 (月)

消えたラスマンの謎

『シュガーな俺』の韓国語訳作業が終了して、原稿はすでに向こうの版元Studio Born-Freeに送信済みとのこと。これから校閲に入るが、医療関係の記述が多いのでやや時間がかかるかもしれない。刊行時期はまだ決まっていないようだ。翻訳者キム・ドンヒさんとタッグを組むのも、『ラス・マンチャス通信』『忘れないと誓ったぼくがいた』に続いて、これで3作目。回を追うほどにメールで質問されることが少なくなっていくのは、作品の性質もあるだろうが、文芸翻訳自体にキムさんが習熟してきた証拠でもあるのだろう。

 ちなみにキムさんは、僕が作家デビューする直前まで十数年にわたって日本に在住しており、その時代からの友人なのだが、翻訳の話はそれがきっかけで起こったわけではない。ただ、結果として彼女が翻訳することになったのが偶然だというわけでもない。

 2005年3月、韓国から『ラス・マンチャス通信』の翻訳を出したいという打診が来ている、と初めて新潮社から聞いたとき、とっさに、キムさんが向こうでどこかの出版社にかけあったのではないかと思った。しかしそのとき、僕はキムさんと少々連絡を取りづらい状態にあった。

 前年の夏に韓国に戻っていったキムさん夫妻のところに、できれば年内に遊びに行くと約束していながら、僕は多忙にかまけてその約束を履行していなかった。そのうしろ暗さもあったので、暮れに『ラス・マンチャス通信』が出版されたとき、お詫びの手紙とともに1冊、彼らのところに航空便で郵送したのだが、その後、1ヶ月・2ヶ月が過ぎても、うんともすんとも言ってこない。ああ、やはり、不義理を怒っているのかな、と思った。というのも、韓国人である彼らは、「日本人は“今度”とか言っておきながら約束を守らない」とかねてから不信の念を表明していたからだ。

 しかし同時に、悪かったと思っているからこそ、こうしてお詫びの言葉を述べ、本まで送っているのに、それを黙殺するなんてあんまりなんじゃないか、と思ってもいた。なかばはそんな意地もあって、それ以上こちらからは連絡を取らずにいた矢先のことだったのだ。翻訳のことを聞いて、迷ったのだが、やはり居ても立ってもいられなくなって、僕はキム・ドンヒさんにメールを送り、約束を果たさなかったことをあらためて謝った上で、翻訳の件に関与しているのかどうか訊いてみた。

 彼女の答えは、意外なものだった。そもそも本は届いていないからまだ読んでいないし、まして翻訳のことなどまったく知らないというのだ。ただ、もしそういう話が進んでいるのなら、できれば友人として自分が名乗りを挙げ、翻訳してみたいので、よかったら版元とエージェントの連絡先を教えてほしい、という。韓国の家を訪問する約束を守らなかった点については、「平山さんが忙しいのはわかってますから、そんなことで怒ったりはしませんよ」。

 すると、航空便で送ったはずの『ラス・マンチャス通信』は、いったいどこへ消えてしまったのか。キムさんが言うには、「紛失事故でしょう」。普通郵便扱いで送るとそういう事故がザラに起きるので、自分が送るときはEMS(国際スピード郵便物)で送るようにしているという。多少割高だが、書留みたいなもので損害補償つきだし、追跡サービスも行なっている上に、日本・韓国間でも2、3日で確実に届くから安心なのだ。

 そんなわけで、僕は大慌てで新しい『ラス・マンチャス通信』をEMSでキムさん宛てに送り直し、それは数日後、無事に到着したのだった。同時に、つまらない誤解からキムさん夫妻と疎遠な仲になってしまう危険からも救われたわけだ。

 後に知ったことだが、翻訳のきっかけとなったのは、向こうの版元Studio Born-Freeの人が日本出張に来て書店に寄った際、たまたま『ラス・マンチャス通信』の表紙に惹かれ(つまり、ジャケ買い)、読んでみたらおもしろかったのでぜひ……という流れだったそうだ。

 それにつけても謎なのが、消えてしまった最初の1冊である。薄っぺらい封書1通が長旅の間にどこかに紛れてしまうのは、まだ理解できる。むしろ、こんな小さな手紙1通がよくぞ海を渡って届いたものだ、と国際郵便を受け取るたびに感心するほどだ。しかし、単行本1冊を入れた大きな封筒が、いったいどこで、どうやって、何に「紛れて」しまうというのだろう。消えてなくなるはずもないから、今もってそれはどこか……たとえば空港内の作業場の片隅などで、なにか大きな機材の陰にでもひっそりと眠っているのだろうか。

|

« Der Untergang(没落) | トップページ | 顔合わせ with ABJ »

コメント

おはようございまーす。
韓国語での翻訳、なんだか楽しみですね!
それにしても、本が紛失しちゃうなんて。(汗
韓国でも、そんなことがあるんですね。
なんとなく、インドとかアフリカとかに送るなら
紛失もありかなぁ・・・と
勝手な想像で思ってしまいますが。
でも、お互い、誤解のないようにちゃんと連絡とれて
そのおかげで、韓国の人も平山さんの作品を読むことができるようになるのが
わたしは、うれしいです。(^-^)
関係ないですが、イタリアにいったときに、友達に
現地からたくさんポストカードを送ったんですが
届く日数がすごくばらばらでびっくりしました。
2ヶ月くらいたってから届いた人がいて。(汗
そうゆうものなんでしょうか。。。(汗

投稿: 果歩 | 2007年6月 5日 (火) 06時52分

結構消えますよ、本を航空便で送ると。
自分の経験で言うと、フランス、イタリア、韓国に送った本が消えたことがあります。
とくにヨーロッパは危ないですね。

投稿: | 2007年6月 5日 (火) 12時23分

このブログって不思議ですね(^-^)
私は芸能活動を細々と(失礼!!)やっている友人のブログくらいしかチェックする習慣がないのですが、ここ最近は週のうち何日か

『あ、平山さんはどうなさっているのかな・・?』

と、思い出して『enter』のキィを叩いています。

小説風だからなのか、トピックがヴァリエーションに富んでいるからなのか(尋常でないくらいに日々色々とイベントがありますよね!その上にお昼間もお仕事なさっているなんて!!まるで超人!!)、とにかく平山さんのあらゆる点に興味と敬意を持って、『次はどんな事がおこっているのだろう!?』という気持ちでこのブログにお邪魔しています。

まず心から羨ましくて、何とか爪の垢でもかけらでも手にでも、口にでも入れて見習わせて頂きたいのが、平山さんの時間の使い方の上手さです。
一日にとっても多くの事をこなされているんですね。
ほぼ毎日のブログ更新にTBへのお返事、その上ご執筆にお昼間はサラリーマン!?
あ、その上にご持病のケアにかかる時間だってありますよね?
どんな風にすればそんな事が成し得るんでしょう!?
時間を味方につける事が出来たら、人生はもっと豊かになるでしょうね。
コツはなんなのでしょう・・?
(私はとてもその辺が下手なんです・・。)

それと私にとっての心地のよい感受性の重量感というか、重さ具合。
(感受性の計り方に重い軽いはどうかとも思うのですが、普通は”豊”か”貧困”かですよね。)

のめり込み過ぎてもいないし、薄っぺらでもない、恰好付けすぎないし、自虐的過ぎない、、、。
このバランス感覚がちょうどツボにはいっています(^^)

気持ちを言葉にして、そして更にそれを表情や語調を伴わない文字だけで人に伝えるというのは、とっても難しい事ですね。

実際に向き合って話していても、
『あぁ、君の言っている事はよく分かるよ!!』
と言っているこの人が、実際はどこまで分かっているのか!?

それだけは、最後まで目には見えないままに信じたり、感じたりするしかありません。

だからこそ、『あ、今この人には確実に自分の気持ちが通じてる!!』なんて感じる事が出来たときの嬉しさがあるのかなぁ・・?

ただの『文字』や、ただの『日常』が、その枠を超えてとっても豊かに感じられるこのブログのファンになっちゃたみたいです。

長々とご報告まで・・・。

投稿: ねむりねこ | 2007年6月 5日 (火) 12時47分

『シュガーな俺』の韓国語版、着々と進んでいるのですね。私も取引先の韓国人にお勧めしてみようかしら。といっても個人的に仲がいいというわけではないですけど(苦笑)。

キムさんと誤解が解け、ご縁が続いてよかったですね。海外の方との交流というのは、やはり感慨深いものです。これからも素敵な関係を築いていってください。

私も仕事でもプライベートでも海外とやり取りする機会がありますが、その印象から言うと、やはり日本以外の郵便事情はあまり信用できません。
確かに、ハガキや薄い封書ならともかく、本がなくなってしまうなんて!信じられませんね。
私の場合は果歩さんと同じく絵葉書なのですが、トルコから5通の絵葉書を出して、友人の元に届いた日にちも1週間以上の開きがありましたし、1通は完全に紛失のようです。6ヶ月も経つので、もう出てこないと思いますが、今頃になって友達の元に届くのも面白いと思うのですが。届かないかなぁ。

投稿: | 2007年6月 5日 (火) 13時27分

わたしは大好きだったイギリス在住のサイトの方が日本語の本が読みたいとの事で「いつも楽しませていただいてますし」と申し出たことがありましたが、そのときに「紛失するから職場宛てに送るように」と念を押されました。日本の郵便事情は本当に優秀なのですね。(たまに新人さんが入ったときに番地間違いで振り分けられたよそ宛てのものが我が家に届いたりすることがありますが。)

そうそう。以前はけっこう書きこんでいましたが、最近も「陸魚大明神」さま(笑)のおかげか、けっこう当選しています。先日は現金5000円が当たったので家族にもおすそわけしようと夕食のおかずを買いました。
その中には「小姑」が理由かな?というものもあります。毎回楽しみにしている某パズル誌で大胆なミス(A先生の「a」・B先生の「b」というパズルなのに、"A先生の「b」"というように取り違えられて表紙&目次に掲載されていた事)を早速応募ハガキで指摘したら、最新号で図書カード(雑誌一冊分)が当選しました。たぶん、「抽選にはコメントは関係していません」としつつも、そういう「特別枠」があるものとにらんでいます(笑)。
センセイさまさまでございます。

投稿: ダレカ | 2007年6月 6日 (水) 01時02分

> 果歩さん
韓国くらい近ければ紛失なんかまさかないだろうと思ってたんですけど、甘かったみたいですね。海外からポストカードを送った経験は、僕にもあります。たしかに、びっくりするくらい時間がかかってましたね。「ありがとう!」と言われたときにはもう忘れかけてましたからね。
ちなみに韓国では、僕はむしろ日本でよりも売れているそうです。わからないもんですねぇ。

> (名無し)さん
やっぱりそうなんですか。しかし、考えてほしいですよね。航空便でわざわざ出そうってんだから、ヘタすりゃ国内で手紙出すより「思い」がこめられてるかもしれないわけじゃないですか!

> ねむりむこさん
惜しげなく降り注がれる賛辞の嵐、まことに痛み入ります。
いや、正直な話、僕だってそんなに時間の使い方がウマいわけじゃないですよ。どっちかというと、睡眠不足を削ることによって時間を稼ぐという物理的・強制的な側面が大きいというか。ただひとつ言えることは、「決してダラけない」ってことでしょうか。僕にだってダラけることはもちろんあるわけですが、原則、それを避けてやるべきこととはやろうという意志はあるかもしれませんね。
でも、いろいろ褒めてくださって本当にありがとうございます。そんな大それたもんではないと思いますけど、褒めていただけるめとやっぱ嬉しいですね……。

> 香さん
海外の郵便事情、そんなに悪いんですね。僕はのんきだったんですねぇ……。いや、国内だとまずありえないじゃないですか、事故で届かないなんて(年賀状みたいな繁忙期はその限りではありませんけど)。それをスタンダードだと思っちゃいけないってことなんですね。
でも手紙って、内容もさることながら、タイミングもとても大事ってとこがあるので、困りますよね、1習慣から数ヶ月もズレこんでしまったら。

> ダレカさん
陸魚大明神さま、いまだ霊験あらたかでおわしましたか(笑)。それは何よりです。そのパズルのエピソードはおもしろいですね。そうです、きっとそれは抽選による当選ではなく、なにか作為が働いていますよ。「特別枠」というのは言い得て妙な表現ですね。「特別枠」ってきっとあるんですよち、いろんな領域に。

投稿: 平山瑞穂 | 2007年6月 6日 (水) 02時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/181870/15316453

この記事へのトラックバック一覧です: 消えたラスマンの謎:

« Der Untergang(没落) | トップページ | 顔合わせ with ABJ »