
前にもこのブログで触れたことのあるオランダ名物(?)「パネクック」(パンケーキ)を一応、1度は食べておこうということになって、最終夜のアムステルダムで、人気という専門店「パンケーキ・ベーカリー」に行ってみた。僕が頼んだのは「ベーコン&アップル」。ご覧のとおり、パンケーキと言うよりはお好み焼きに近い感じだ。見た目はむしろ、韓国のチヂミやネギ焼きに似ている。なかなか豪快な食べ物だ。
ただ、この店では、思わぬトラブルに巻き込まれかけた。テーブルにセットされていたシロップを試してみようということになり、そっちに注意を奪われていたときのことだ。
アムステルダムはスリや置き引きが多いと聞いていたので、食事中などはカバンを必ず椅子の背と背中の間に挟んでおくなどいつも気をつけていたのだが、このときはちょっと、疲れもあって気が緩んでいた。僕が座っていたのは、通りに面したオープンスペースの2人がけの長イスで、隣は空いていたので、まあ目に止まるところにあればいいだろうと思ってそこにカバンを置いていたのだが、テーブルに身を乗り出してシロップの味見をしているとき不意に、かたわらで「スッ……」とかすかな音がした。
カバンが消えている。とっさに席を立って振り向くと、汚い身なりをした男が、ほんの2メートル先を立ち去ろうとしているところだった。僕がその男を指さして、まわりの客が全員振り向くほどの大声で"Hey!"と叫びながら駆け寄ろうとしたら、男はすぐにふところから僕のカバンをボトリと地面に落とし、なにやら言い訳めいたことを呟きながら(たぶん、「おっと、間違えちゃった」とか「ああ、あんたのだったんだ」とかなんとか)、僕と目を合わせないようにしてふらふらと立ち去った。
彼があっさりカバンを手放したので拍子抜けしてしまったが、あと1秒、彼のリアクションが遅かったら、僕は同じくらいの大声で"That's MY bag!"と叫びながら彼に掴みかかっているところだった。というのも、「置き引きが多い」と知ったときから、僕はひそかに、実際に置き引きをされた場面のイメージトレーニングに励んでいたのだ。だから、突然のことで動揺していたにもかかわらず、しっかり英語モードで"Hey!"という言葉がとっさに口から滑り出していたのである。
そんなイメトレに励む前に、実際にそんな目に遭わずに済むよう、不注意なカバンの置き方をしないよう心がけるべきなのだが、疲れやすい旅先で、いつも注意力をフル回転状態にしておけるとはかぎらない。結果としてイメトレが役に立ったので、やはり、僕の判断は間違っていなかったのだ。……ということにしておいてください。
それにしても、「彼ら」の手口には本当に感心させられる。「スッ……」という音がするまで、僕は彼がカバンを取れるほどの距離まで接近していることに、まったく気づいていなかった。たぶん、ちょっと前から近くをそれとなくうろうろしていて、僕の注意がテーブルの上に集中する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。
ずっと前にアメリカでパスポート入りのカバンを置き引きされ、さんざんな目に遭ったときの教訓が生かされていて、今回は、本当になくしたら困るようなものをカバンに入れていなかったので、仮に持ち去られていたとしてもたいした実害はなかったのだが、取られたという事実自体が忌々しくて、きっとそれまでの楽しい思い出が全部だいなしにされてしまっていただろう。危ないところだった。
そんな思いまでしながら食べたパネクックだが、正直、あまりうまいものとは思えなかった。味も均一で飽きてしまうし(だからこそ、味にせめてもの変化をつけようと思って、シロップに手を出していたわけだ)、途中で思わぬ事件も発生してしまったため、食欲も失せて、結局、3分の1ほど残してしまった。テーブルに供されるなりものの数分でたいらげてしまっていた隣の席の親子連れ(地元の人っぽかった)を、思わず尊敬のまなざしで見つめてしまった。
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