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2007年8月26日 (日)

『魅機ちゃん』第2回

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『魅機ちゃん』連載第2回、が掲載された「IKKI」10月号。

 目先のものがひととおり片づいたので、先週はようやく、切れ切れになっていた実業之日本社向け書き下ろしの執筆を再開し、遅れを取り戻すべく毎日猛然と書き進めた。たまたま飲みの約束などもほとんどなかったので、筆の進みはけっこう早かったのだが、毎日眠くてしかたがなかった。順調だと自覚が薄くなりがちなのだが、実際にはそこでかなりエネルギーを消費してしまっているのだろう。

 新潮社より、『冥王星パーティ』韓国語訳出版についての契約書(に相当するもの)が届く。署名・捺印して返送するだけだ。版元は今回も、Studio BORN-FREE。『シュガーな俺』も翻訳作業はとっくに完了しているのだが、その後、どうなっているのかわからない。

 

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2007年8月19日 (日)

とらわれのクモザル

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 クーニャンが最近妙にトイレを気に入っていると思ったら、こんなところでこんな風にして寛いでいた。罠にはまったクモザルにしか見えないのだが、本人はご満悦だ。

 旅行後、実家からクーニャンを引き取りに行った後で、父親が寂しがって泣いていて、母親もつられてちょっと泣いてしまったと聞いた。実家で飼っていた猫も、去年の秋、わが家の無為が逝った後を追うようにして他界したばかりだ。半端に夢を見させて取り上げるような残酷なことをしてしまったかもしれない。

 ただ、ずっと前、無為を預けて引き取ったときには、そんなことはなかった。気難しい猫だったから、1週間や2週間では、離れるのがつらいと思わせるほどなつきもせず、よさも伝わらなかったのだろう。無為は無為で、なんとも言えず可愛い猫だったのだが、スルメみたいなもので、長年一緒に暮らさないと「味」がよくわからないのだ。

 さて。もうすっかり平常モードで仕事をしている。「IKKI」連載の『魅機ちゃん』第2話(連載第3・4回分)の原稿を仕上げて送信。あと、専門誌『看護』より依頼のエッセイ(シュガーがらみ)を送信。

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2007年8月12日 (日)

2週間ぶりの再会

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 旅行中、川越の実家に預けていたクーニャンを引き取りに行く。あきらかに、ひとまわり大きくなっている。約2週間会っていないので、もう僕のことを忘れているのではないかと恐れていたが、最初、数秒間警戒しただけで、手の匂いを嗅がせたらすぐに思い出したようだ。

 クモザルに似ているだけに跳躍力も並み以上だと思っていたが、ちょっと会っていない間にそれがさらに発達していたようで、障子がいちばん上のマスまでボロボロになっている。しかし猫に大甘な両親は、辟易しながらも溺愛、という感じで、10分くらいかけて別れを惜しんでいた。

 預ける前までのクーニャンは、全力で走り回っているか、電池が切れたようにコトリと眠りに落ちているかのどちらかしかなく、覚醒した状態でじっとしているということがほとんどなかったが、戻ってからはときどきしずしずと歩いたり、ただ座ってじっとしたりしている時間がある。だいぶ猫らしくなった印象だ。

『株式会社ハピネス計画』を読んだ両親の感想。「フジワラのカタマリというネーミングは秀逸。そこからこの話を思いついたんじゃないかと思った」。そのとおりである。実はタイトルも、仮状態のときは『世界はフジワラのカタマリ』だった。すべてはそこから始まったのだ。

 その「ハピネス計画」について、誕生秘話みたいなものを書いたエッセイが、日販が出している情報誌「新刊展望」(9月号)に掲載されている。大型書店のレジ脇などに置いてあると思うので、興味のある方はぜひご一読を。

 執筆業は、昨日あたりから再開している。「野性時代」10月号掲載予定の短編のゲラを戻し、「SFマガジン」10月号掲載予定の短編の改稿を済ませた。ああ、またこういう日々が続いていくわけか。

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2007年8月11日 (土)

バネクック騒動

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 前にもこのブログで触れたことのあるオランダ名物(?)「パネクック」(パンケーキ)を一応、1度は食べておこうということになって、最終夜のアムステルダムで、人気という専門店「パンケーキ・ベーカリー」に行ってみた。僕が頼んだのは「ベーコン&アップル」。ご覧のとおり、パンケーキと言うよりはお好み焼きに近い感じだ。見た目はむしろ、韓国のチヂミやネギ焼きに似ている。なかなか豪快な食べ物だ。

 ただ、この店では、思わぬトラブルに巻き込まれかけた。テーブルにセットされていたシロップを試してみようということになり、そっちに注意を奪われていたときのことだ。

 アムステルダムはスリや置き引きが多いと聞いていたので、食事中などはカバンを必ず椅子の背と背中の間に挟んでおくなどいつも気をつけていたのだが、このときはちょっと、疲れもあって気が緩んでいた。僕が座っていたのは、通りに面したオープンスペースの2人がけの長イスで、隣は空いていたので、まあ目に止まるところにあればいいだろうと思ってそこにカバンを置いていたのだが、テーブルに身を乗り出してシロップの味見をしているとき不意に、かたわらで「スッ……」とかすかな音がした。

 カバンが消えている。とっさに席を立って振り向くと、汚い身なりをした男が、ほんの2メートル先を立ち去ろうとしているところだった。僕がその男を指さして、まわりの客が全員振り向くほどの大声で"Hey!"と叫びながら駆け寄ろうとしたら、男はすぐにふところから僕のカバンをボトリと地面に落とし、なにやら言い訳めいたことを呟きながら(たぶん、「おっと、間違えちゃった」とか「ああ、あんたのだったんだ」とかなんとか)、僕と目を合わせないようにしてふらふらと立ち去った。

 彼があっさりカバンを手放したので拍子抜けしてしまったが、あと1秒、彼のリアクションが遅かったら、僕は同じくらいの大声で"That's MY bag!"と叫びながら彼に掴みかかっているところだった。というのも、「置き引きが多い」と知ったときから、僕はひそかに、実際に置き引きをされた場面のイメージトレーニングに励んでいたのだ。だから、突然のことで動揺していたにもかかわらず、しっかり英語モードで"Hey!"という言葉がとっさに口から滑り出していたのである。

 そんなイメトレに励む前に、実際にそんな目に遭わずに済むよう、不注意なカバンの置き方をしないよう心がけるべきなのだが、疲れやすい旅先で、いつも注意力をフル回転状態にしておけるとはかぎらない。結果としてイメトレが役に立ったので、やはり、僕の判断は間違っていなかったのだ。……ということにしておいてください。

 それにしても、「彼ら」の手口には本当に感心させられる。「スッ……」という音がするまで、僕は彼がカバンを取れるほどの距離まで接近していることに、まったく気づいていなかった。たぶん、ちょっと前から近くをそれとなくうろうろしていて、僕の注意がテーブルの上に集中する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。

 ずっと前にアメリカでパスポート入りのカバンを置き引きされ、さんざんな目に遭ったときの教訓が生かされていて、今回は、本当になくしたら困るようなものをカバンに入れていなかったので、仮に持ち去られていたとしてもたいした実害はなかったのだが、取られたという事実自体が忌々しくて、きっとそれまでの楽しい思い出が全部だいなしにされてしまっていただろう。危ないところだった。

 そんな思いまでしながら食べたパネクックだが、正直、あまりうまいものとは思えなかった。味も均一で飽きてしまうし(だからこそ、味にせめてもの変化をつけようと思って、シロップに手を出していたわけだ)、途中で思わぬ事件も発生してしまったため、食欲も失せて、結局、3分の1ほど残してしまった。テーブルに供されるなりものの数分でたいらげてしまっていた隣の席の親子連れ(地元の人っぽかった)を、思わず尊敬のまなざしで見つめてしまった。

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2007年8月 9日 (木)

亡命取り消し

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 ベルギービールと向こうのなにげない料理があまりにウマいので、このまま帰国するのをやめてしまおうかと一瞬迷ったが、1週間もするとやはり里心がついてきたようで、やはり、帰ってくることにした。

 アムステルダムのスキポール空港からの直行便で成田に戻ってきて、荷物を受けとろうと待機していたら、2、3匹の麻薬捜査犬らしき生き物が連れ回されていた。やはり、アムスからだからなのだろうか。もちろん、品行方正な僕はそんなところで引っかかりはしない。

 昼過ぎには自宅に帰っていたのだが、何をする余力もなく、近所のそば屋からなめこおろしせいろを出前で取った。そばはのびていて、つゆはやたらと甘く、まるで日本発便か日本着便の機内食で食べる「なにかが微妙に間違っているそば」のようで、代わり映えがしなかった。

 さて、出発前は慌ただしくて予告していく余裕がなかったのだが、講談社「メフィスト」9月号に、僕のエッセイが見開きで掲載されている(p.232)。ある意味で「ラスマン的エッセイ」と言っていいものだと思う。ご興味のある方はどうぞご一読を。

※なお、旅行中、何人かの方々からコメントを頂いてますが、おいおいお返事していきますのでしばしお待ちください。

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2007年8月 1日 (水)

亡命報告

 明日、8/2から8/9まで、ブリュッセル・ブルージュ・アムステルダムの3都市を回る旅行に出る。

『株式会社ハピネス計画』が発売になって、夜逃げするように海外に雄飛する形だが、売れ行きについて一喜一憂する苦悶から一定期間解放されるのはラッキーかもしれない。

 と言っておいてなんだが、今日、ジュンク堂池袋本店で『株式会社ハピネス計画』何冊かにサインしてきた。何冊だったかな。15冊くらいかな。今回は、いつもサインをする表紙を開いたところが濃い紺色なので、どうしようかと一瞬迷ったが、金色のマーカーだとかなりよく映えるので、それを使った。ハビネスを呼ぶ金のサインとして受け取っていただければ幸いであるカッコ笑い。

 あなたがそれを買ってくださる頃、私は遠い空の下だカッコ爆。

 ああもっと心の広い人間になりたい(脈絡なし)。

 帰国後、またよろしくお願いいたします。僕は僕を支持してくれる人たちの味方です。僕を支持してくれない人たちの味方であることは必ずしもできないけれど。
 

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