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2008年5月31日 (土)

雨の1日

 終日雨が降っている日は、眠くてたまらない。猫も眠ってばかりいる。それはやはり、雨の日に狩りをさせまいとする自然の命令なのだろうか。能率が落ち、無駄に体力ばかり消耗しかねないのなら、巣でじっとして体力を温存する方がはるかにましだから。しかしその結果、頭脳労働まで果たせなくなるのは困りものだ。おまけに、思い出したくもない古い記憶の断片などが、とりとめもなく脳裏をよぎる。

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2008年5月29日 (木)

ツッコミ挫折

 ボノってなんであんな風になっちゃったんだろう。いや、「あんな風に」って言っても、もともと社会派ではあったわけなんだけど。

 まあそれを言うなら、僕はチョムスキーのアメリカ政府批判の方が驚いたかもしれない。ある時点まで、彼は僕にとって「生成文法」の人でしかなくて、それとは無縁な文脈でさかんに政治的発言をしているなんてまったく知らなかったから。だから、言語学者としてのチョムスキーのことを紹介する本の宣伝コピーが、「アメリカ政府批判で知られるチョムスキーの、もうひとつの顔」などと書いてあると、ツッコむ気力も失せてしまう。「もうひとつの」じゃないでしょと。ああ、この、ムズムズする感じ。ツッコミまくりたいんだけど、それにふさわしい表現がどうしても「生成」されない。深層構造にはそれがあるのに!

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2008年5月28日 (水)

むしろ縮小

 本当に言いたいことを言える場所なんてどこにもないんだということに今さらながら気づく。コミュニケーションなんてごく限られた場所でしか成立しないんだ。ネットがコミュニケーションの機会を広げたなんてまやかしだ。むしろそれは縮小を促進しているのだ。……というのに近いことを、1990年の段階で僕は卒論によって予言していたのだった。そういえば。

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2008年5月27日 (火)

読めないタイトル

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 カリラの18年を買う。思えば、シングルモルトのボトルをわざわざ買うのは初めてであったかもしれない。店では好んで飲むのだが。いやむしろ、「店で飲む」という楽しみを取っておきたくて、あえて買わなかったのかもしれない。

 それにしても、このラベルを見るたびに思う。これで「カリラ」と読むとは、知らなければ絶対にわからないだろう。僕も最初は英語風に「コール・アイラ」と読んでしまった。しかしそれは、ブルボンのバタークッキー"cebuerre"を、知らなければ絶対に「セブーレ」とは読めないこととは、本質的に違うことだと思う。何語だよ!

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2008年5月26日 (月)

IKKI 7月号

「IKKI」7月号に、『魅機ちゃん』第11回掲載。最終回からひとつ手前、いよいよ佳境中の佳境である。と言っても、実はこの時点で、最終回の原稿はすでにアップしてあるので、あとは見守るだけだ。

 それより、「サルまん2.0」がいきなりの最終回で、ショックを受けた。いわゆる打ち切りではなくて、むしろ作者側の意向で、編集部と話し合った上で出した結論とのこと。今回は、その真意や詳しい経緯の説明自体が作品になっている。これまで、「サルまん」的手法にすっかり慣らされていたので、途中までは、「こんなこと言って、これもまたメタコミック的なネタなんだろう」と思いながら気楽に読んでいたのだが……。

 まあ、やむをないのかな、と思うが、初代「サルまん」のオールド・ファンとして懐古的に楽しんでいた身としては残念なことである(昨年末のパーティーでせっかく生竹熊先生とジャンケン勝負できたのに)。

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2008年5月23日 (金)

ふと蘇った古い記憶

 アミーゴ、今日のところはそれでいい。ヘソを出して踊るのは、日本人としてはなかなか勇気のいることだからね。でもアミーゴ、僕はへこたれずに頑張っていこうと思ったよ。4年3組の平山瑞穂は、漢字ドリルの「チャンピョン賞」が「チャンピオン賞」なのではないか、なんてつまらないツッコミを入れずにただ純粋に努力だけすべく、心を入れ替えたよ、野田先生。あ、旧姓・篠先生。

 美人な先生だったなぁ。ほんとごめんなさい、つまんないこと言って。でもさー、championでしょ? 普通、「チャンピオン」じゃないかなー。小学4年生でさえ、そう思うんだからさー。

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2008年5月22日 (木)

どのように

 何が起こったのかを知りたいだけなら、あらすじを読めば事足りる。何が起こったかということ自体よりも、それがどのようにして起こったのか、それはどのような手触りだったのか、そっちの方が、僕にはむしろ大事なことのように思える。それを伝えることを怠っている本は、僕にとってほとんどなんの価値もない。

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2008年5月21日 (水)

それはネズミ

 もう許してもいいんじゃないかと思ったり。いややっぱり許せないなと思ったり。人生、そんなことばかりですな。

 まったく関係ないが、僕はパソコンの入力制御装置としての「マウス」を「マウス」はなくて「マウス」という人のことがなんとなく信用できない。ああ、これでは言いたいことが伝わらない。ええと、アクセントの位置を数字で表そう。「マウス(2)」ではなくて「マウス(1)」。

 いや、だって、「マウス(1)」っていったら、それはネズミのことでしょう。や、マウスはたしかにネズミなんだけどさ。日本語ってさ。

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2008年5月20日 (火)

字体ごとの権利

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『忘れないと誓ったぼくがいた』の台湾版『我們説好了,永遠不忘記』。これの奥付を見て、積年の謎が解けた。

 大陸中国と台湾はともに、北京語ベースの「標準中国語」を共通語としているが、使用する漢字の字体が異なる。略字体の「簡体字」を使用している大陸に対して、台湾は日本で言う旧漢字に近い「繁体字」だ。字によってはけっこう形が大胆に違うので、どちらか一方しか学んでいない人がもう一方をいきなり読めと言われてもかなりの困難を感じるだろうが、結局は同じ言語なので、読もうと思えば読めないことはない。そのへん、著作権等の切り分け関係はどうなっているのだろう、とずっと疑問に思っていたのだ。

 奥付のこの文言を見て納得が行った。

  Chinese (in complex character only) translation rights
  arranged with SHINCHOSHA Publishing Co., Ltd. Japan

「中国語への翻訳権(繁体字のみ)」としっかり限定されている。なるほど。「中華人民共和国」か「中華民国」(もしくは「台湾」)か、ではなく、繁体字か簡体字か、によって権利を分けているわけだ。これはとても合理的な切り分けである気がする。しかし逆に言えば、大陸の方で翻訳を出したければ、今度は"in simple character only"として権利を別に取得しなければならないということなのだろう。

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2008年5月19日 (月)

バカのアピール

 1人だけみんなと違うこと言って、気のきいたことでも言ってるつもりになって悦に入ってる奴を見ると、こいつバカだなー、かえって自分が抜きん出たバカであることを自らアピールしてるようなもんじゃん、と思う。しかしそれはもしかしたら、僕があるものについてときに「なんでみんなこれいいって言ってんの? ぜんぜんダメじゃん、気づけよ!」と激しく思ったりしてるのと本質的には同じことなのかなぁと思ったりもする。それを具体的には公言しない程度には慎重だという一点で、かろうじてバカの烙印は捺されずに済んでいるだけなのかもしれないし。

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2008年5月18日 (日)

バンザイ・アタック

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 膝の上でこういう恰好をしているクーが、


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のけぞって、


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最後はこうなってしまう。これを「バンザイ・アタック」と呼んでいる。

 その姿勢のまま、1分間くらいじっとしていることもある。本人にしてみれば、一種のストレッチみたいなものなのだろうか。

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2008年5月17日 (土)

他人の靴

 たとえば、居酒屋で会計を済ませて店を出るとき、従業員が下駄箱から出してくれた靴が自分の靴ではない気がして、でもサイズはまるでシンデレラのガラスの靴のようにぴったりだし、自分のものでないような気がするのは自分が酔っ払っているからではないかと思い、そのまま履いて出て行ったとする。でもエレベーターで1階に降りるまでの間に、やっぱりそれが自分の靴ではないことを確信して、慌てて店の入り口まで取って返したとする(実話)。

 取り替えた靴は、間違えて履いてしまった他人の靴に比べると、少しばかりサイズが自分に合っていない。それでも僕は、そうそうこれだよ、これが自分の靴だよ、と思って安心するのだ。結局のところ、僕には僕の靴しか履くことはできないのである。

 で、この話になにか寓意があるのかって? さあ……。

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2008年5月16日 (金)

制服の一部なのか?

 メガネドラッグの店員さんたちは、なぜ全員メガネを着用しているのだろうか。あれはやはり、ユニフォームの一部として義務づけられているのだろうか。そのために、わざわざ視力が弱い人を採用しているのだろうか。「視力が裸眼で0.8未満であること」を要件にしているとか。それとも、目が悪くなくても伊達メガネをつけねばならないのだろうか。

 そういえば、「オプトショップ・ハヤセ」の店員としての織部あずさは、メガネをかけているという設定になっていない。ちなみに台湾版ワスチカで、「オプトショップ・ハヤセ」は「早瀬光學眼鏡行」と訳されていた。なるほど。

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2008年5月15日 (木)

それが現実なのだ

 人は必ずしも「現実」を求めているわけではないのだということが、この数年で激しくわかった。しかし、「現実」以外のいったい何が、この僕に書けるというのだろうか。あの「ラスマン」でさえ、僕にとってはある視点から見た「現実」にほかならないというのに。

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2008年5月12日 (月)

インタビュー2件

「公募ガイド」6月号「今月の一冊」、および「婦人公論」5/22号「Culture Selection」に、それぞれ『プロトコル』についてのインタビュー記事あり。

 ちなみに「公募ガイド」は、デビューまでの間にさんざんお世話になった雑誌でもあり、また日本ファンタジーノベル大賞を受賞して初めて取材を受けた雑誌でもある。それを思うと、なかなか感慨深いものがある。

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 なお、まことに勝手ながら、諸事情あって、本日の記事以降、コメント・トラックバックを受けつけない設定に変えさせていただきます。これまで、折あるごとに心なごむコメント、激励のお言葉等をくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様と直接にはやりとりできなくなりますが、これからもどうぞ暖かいご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

 ※過去にアップした記事については、コメント・トラックバックについて特に制限を設けておりません。

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