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2008年6月25日 (水)

「魅機ちゃん」最終回

 本日発売の小学館「IKKI」8月号に、『魅機ちゃん』最終回が掲載されている。これは自分にとって、とても意義の大きい連載だったと思う。月イチでの連載自体が初経験だったし、コミック編集者である担当Tさんのコミック的なディレクションもおおいに刺激になったし、何より、「キャラの立て方」をとっくりと学ばせていただいたと思っている。

 そしてコラボパートナーであるABJこと阿部潤さん。直接補足説明をしなくても、僕の原稿から最大限、ニュアンスを適切に汲み取り、毎回「なんでそこまでわかってくれるの?」と身悶えしたくなるようなナイスなイラストを上げてきてくれたことに、本当に感謝している。僕が生み出したユカとリコというキャラクターを自由に遊ばせ、独自のパラレルワールドを描き出したスピンオフショートコミック『ユカリコ』も楽しかった。

 連載が終わるって、こんなにせつないことだったんだ、と思っている。今は、最後まで無事に漕ぎ着けたという成就感よりもむしろ、「あ、もう次回はないんだ」という寂しさの方が自分の中で際立っている気がする。

 なお、『魅機ちゃん』は、デザイン調整などを経て、少し先だがこの冬に単行本として刊行される予定である。

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2008年6月21日 (土)

韓国の冥王星

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『冥王星パーティ』の韓国語版、〈명왕성 파티〉(ミョンワンソン・パティ)。版元はいつもどおり、ソウルのStudio Born-Free。一見したところ「リング」か「着信アリ」かといったホラーテイストな感じだが、意外とこういう攻めもイケるのかもれしない、と思っている。表紙の女の子はヒロインの都築祥子をイメージしたものと思われるが、この透明感、けっこう僕自身が心に抱いている彼女のイメージに近い。

 帯のコピーは、下記のとおり。

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“どうしてこんなに遠いところまで来てしまったのだろうか”

それは、最も暗くて遠い場所に来て初めて悟ったこと。どうしても失敗だらけになってしまう人間の自我の成長を扱った〈ラス・マンチャス通信〉 平山瑞穂ワールドの新境地!
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 なるほど。日本版とはかなり違う切り口での紹介になっているのが興味深い。ただ、やや記憶があやふやなのだが、日本版の帯も、最初の案ではたしか“どうしてこんなに遠いところまで来てしまったのだろうか”的なキャッチコピーがついていたような気がする(諸事情あってそれはボツになってしまったのだが、僕は気に入っていた)。

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2008年6月20日 (金)

共感など

善人ヅラした、毒にもクスリにもならない安い「共感」など僕は欲さないし、そんなものでもかき集めないと安心できない甘ったれたメンタリティなどクソ食らえ、と思う。いったいなんのための「共感」なのか。世界は「共感」でできているのか。女は世界の奴隷か(ジョン・レノン)。世界はボクらを待っている(ザ・タイガース)。

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2008年6月19日 (木)

許し

 でも僕は君たちを許そう。ほほえましさを持っているものなら、僕は許すのだ。若くても若くなくても。君の明日が醜く歪んでも。夜空に光る黄金の月などなくても(スガシカオ)。

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2008年6月18日 (水)

2度目のanan

 本日発売の「anan」(1615号)の「BOOKS」のコーナーに、『プロトコル』についての僕のインタビュー記事がある、はずだ(まだ見本誌を見ていない)。ほぼ1年前に『冥王星パーティ』を紹介していただいたのと同じコーナーだ。取材にいらしたのはそのときと同じライターさんと編集者さんで、なんでも1年以内に同じ作家を紹介してはいけないという内規があるため、「1年が経過するのを待ちかまえてたんですよ!」とのことだった。たいへん嬉しいことである。

 僕の作品、特に『冥王星パーティ』と『プロトコル』は、出版業界周辺の30歳前後の女性にはかなりウケがいい印象があり、似た層に属する人ならウケてくれるんじゃないかなぁと夢想したりもするのだが、存在自体が知られないことにはどうしようもないことだなぁ。冬蜂が死にどころもなく歩いていることだなぁ。

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2008年6月17日 (火)

たいへんささやかな貯え

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 某社の「電動式500円玉貯金箱」。500円玉が発生したら、とにかくいっさい使わずここに投入。ムダづかいの多い僕にはマストなアイテムだ。500円玉を投下するたびに、選んだキャラクターが、たまごっちみたいにだんだん成長していったり、ときには簡単なゲームができたりするのも楽しい。

 と思っていたが、ミュージシャンを目指してることになってるこの主人公、「ちょうないおおぐいたいかい」とか「ちょうないボーリングたいかい」とかに出てばかりいる。しかも何度も。「ちょうないちょうこくたいかい」だけでも、すでに7回出場している。「ふくびきけん」も6回くらい使っている。音楽はどうなったんだ! おまえミュージシャン目指してるんじゃなかったのか!

 もう飽きた。が、貯金は続けよう。

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2008年6月16日 (月)

ヘンな小説

 わけあって、『ラス・マンチャス通信』を全文、精緻に読み返した。そして今僕は、「ナニこれ、すんげーヘンな小説ぅ」と思っている。「よくこんなの書けたな」と思っている。「こんなヘンテコな小説書いた奴の顔が見たい」と思っている(オマエだろ)。

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2008年6月12日 (木)

未来など

「野性時代」7月号に、僕の短編『出席しない男』が掲載されている。去年の5月号から不定期で続いた連作短編の連載はこれで区切りがつく。これに書き下ろしを多少つけ加えて、書籍化する予定だ。今のところ、9月刊行を目標に動いているが、いささか不確定要素があって、本当にそのとおりになるかどうかはわからない。

 まあそうでなくてもわからないのだ。未来のことなどは。1年後? 5年後? わからんよ、そんなことは。僕に訊かないでくれたまえ。なんかもうどうでもいいや。肯定的にどうでもいい。Affirmatively it doesn't matter.

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2008年6月10日 (火)

賞味期限

 1人の人間が自分に対して持つ意味とか、なんらかの意味での重要性といったものには、たぶん、もれなく賞味期限みたいなものがあるのだ。大嫌いな人のことさえ、いつまでも嫌いつづけるのには一定の困難を感じる。最後には、その人の存在自体が完全にどうでもよくなってしまう。ああ、「どうでもいい」ってこういうことだったんだ、と思う。それはとても残酷なことかもしれないが、いったい誰の観点から見て残酷だというのか。

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2008年6月 9日 (月)

目を閉じていれば

 目を閉じていれば、人生なんて楽勝だ(ジョン・レノン)。しかし、目を閉じてはいけないのです。現実を直視しなければ。たとえどうあがいても、あなたの世界が、あなた自身によるありうる世界の解釈の無数のバージョンのうちのひとつにすぎないとしても(英語直訳的表現)。

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2008年6月 8日 (日)

クー1周年

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 クーが来て今日で丸1年である。1年の間にわかったこと。最初の頃は「きーきー」とか「きゅるきゅる」といったおよそ猫らしくない声でしか鳴かず、その後も口を閉じたまま「んー」「んっんっ」と鳴くか、せいぜい「ぎょわーる」「ぎえぇ」などと濁った声で鳴くかのどちらかで、僕と妻を不安な気持ちにさせたクーだが、実は「にゃー」と鳴くこともできる。なにかを強く訴えるときなど、ある程度切羽詰まった状況ならば、そのように鳴くことがあるのだ。普段は手抜きをしているらしい。しかし、「にゃー」と鳴くのは、せいぜい週に1度くらいだ。手抜きにもほどがあるぞクー。

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2008年6月 6日 (金)

紳士も出すのだ

 そうか、これは便所なのか。紳士の便所。いや、便所はすべて紳士用だ。For Gentlemenだ。

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2008年6月 5日 (木)

同じ敵

 そうなのだ。僕は大昔から同じものと闘いつづけてきたのだ。僕が闘ってきた敵は、実は一種類しかいなかったのだ。認識の甘い罠。「わかった!」という気にさせるお手軽でわかりやすい枠組み。「仕事した!」という気にさせる、意味のない長い会議や、こまごまとしているばかりで情報価値の少ない表組みや、うだうだと際限なく続くメーリングリスト。それはあなたがなにごともなしえておらず、なにごとも理解していないことを覆い隠しているにすぎない。

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2008年6月 4日 (水)

おめでたい自意識

 臭い立つような自意識、神経組織がむき出しになっているような自意識にもツラいものがあるが、いまだかつて試練にさらされたことがないおめでたい自意識も同様に問題なのだ。いやむしろ、そういう自意識こそ、叩かれてしかるべきだと思う。そのままオトナになってしまった場合は最悪だ。オトナになると、よくも悪くもまわりは問題を指摘しなくなる。自分でそれに気づくきっかけを失ってしまう。ああそうだよ、誰もがあなたを好きだし、誰もがあなたを肯定しているよ。少なくとも表向きはね。

 恥ずかしいやつらめ。ああ恥ずかしい。

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2008年6月 3日 (火)

人間、このアツくるしいもの

 いい人になろうとしたって、結局いい人じゃないんだからムリなんだ。いい人でもない人がいい人に見えるとしたら、それはどこかにムリがあるわけですよ。絶えざる緊張にさらされてるとか、あるいはなにかこう、宗教的な講話とかに一時的にハマってるとかね。解脱なんて僕は信じない。それは人間であることの放棄だ。ゆるぎない自分なんてもはや自分ではない。迷いや煩悩があってこそ人間なんじゃないんスかねぇっ!(サラリーマン金太郎風に)。

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2008年6月 2日 (月)

ファンタジー

 貧しい認識。あまりにも貧しい認識。世界はそんなに安いものだろうか。そんなにも安い世界で、満足できるというのか。いや違う。現実世界の凹凸が耐えられないからこそ、それをなめしてきれいにしてもらうことを期待しているのだ、彼らは。それこそ「ファンタジー」というものだろう。僕は逆に、そうしたやさしい「ファンタジー」のありようにがまんがならないのだ。

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2008年6月 1日 (日)

お湯をよく飲む

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 クーはいつもごきげんである。飼いはじめてほぼ1年になるが、怒っているところを一度たりとも見たことがない。たいへんおおらかで、そして気難しさのかけらもない猫である。そして、お湯が好きな猫である。水ではなくて、人肌から40度前後くらいのお湯をよく飲む。お風呂のお湯もよく飲む。まとめると、クーはお湯をよく飲むおおらかで気難しさのかけらもないいつもごきげんな猫である(まとめてない)。

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