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2008年11月28日 (金)

船橋での熟練

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 先日、さる知人の手引きで、船橋駅前のときわ書房本店さんにお邪魔し、カリスマ書店員として名高い宇田川拓也さんに初めてお会いした。宇田川さんは、あいにくお風邪を召しておられてマスク姿だったが、風評から想像していた以上に気さくな方で、船橋という、初めて足を踏み入れるのに近い未知の土地に来て心細くなっている猫的性格の僕はだいぶ安心した。

 少し前から宇田川さんは、『ラス・マンチャス通信』の文庫版を平積みで大展開するなど、僕をプッシュしてくださっていたのだが、今回はサインを頼まれ、ぜひにと事務所に赴いたところ、長テーブルに山と積まれた自分の本を見て唖然とした。ラスマン文庫版が約50冊、ワスチカ文庫版が20冊、それ以外にも『シュガーな俺』から『桃の向こう』までの単行本が各数冊ずつ。これに全部サインするというのか。

 サインすること自体はもちろんやぶさかでないのだが、サイン本にするということはすなわち、返本がきかなくなるということでもある。売れ残っても、版元に戻せない。ほんとにいいのかなー、と最初のうちはためらいつつサインしていったのだが、流れ作業としてやっているうちに意識が麻痺してきて、すべてにサインし終えたときにはむしろ、「え、もう終わり? せっかく熟練してきたところなのに」と名残惜しくさえ感じた。

 で、現在は、画像のような形で僕の「サイン本フェア」を展開してくださっているとのこと。

 しかし、これだけの量がサバけるのかどうかは、やはり気が揉まれるところである。そこはときわ書房さんのすごい販売力に期待するとしても、皆様、お近くにお立ち寄りの際は、ぜひお買い上げいただきたく。

 それにしても、平日午後6時台の総武線快速・千葉行は、死ぬほど混んでいた。本気で死ぬかと思った。

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2008年11月27日 (木)

それは疑問なのか

 ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリングの『ディファレンス・エンジン』が早川文庫から復刊されたので、上下巻とも問答無用で購入し、まもなく読み終わるところである。

 僕はこの小説の存在だけ知っていて、ずっと読みたいと思っていたのだが、その頃はちょうど絶版で、どこでも手に入らない時代だった。でもどうしても読みたかったので、原書を買って読んだ。かなり長いので、読みはじめるときはちょっと躊躇したし、洋書を辞書なしでスラスラ読めるほどの語彙力はないので、ほかにもいろいろやるべきことはある中、毎日何ページかずつ、じわじわと読んでいくよりほかになかったのだが、ペーパーバックで383ページ、終わりまで読み切った根気については、自分のことながら称賛に値すると思っている。

 そして今、黒丸尚さんの翻訳を読みながら、「あ、たしか、川べりのボロっちい家で娼婦と寝るんじゃなかったっけ」とか、「ああ、この後、たしか変なビラをローラーで壁に貼ってる奴がいるんだよな」などと場面場面の記憶が呼び起こされ、それが正確なので、自分がおおむね正しく読解していたことを知ると同時に、「人は文章を読むとき、それが何語で書かれているかにかかわらず、文章というよりは“概念”を読んでいるのだ」ということに気づかされる。

 それにしても僕は、黒丸さんが「?」の代用として使っておられる「……」に、どうしても慣れることができない。日本語の文章の中に、外来の記号である「?」や「!」が混入することを避けようとされている(ちなみに「!」は、省略するか、もしくは小さい「っ」で代用されているようだ)のかなと推測するが、「……」にはそれ自体にももともと意味というか役割(沈黙、言いよどみ、不同意、躊躇など)があるため、いちいち「なにか含みがあるのかな」とつい脳が勘ぐってしまうわけである。

 ただ、「?」や「!」がやたらたくさん入っている日本語文は、たしかにあまり美しくない。僕自身は、特に「?」については早々に屈服して、それを入れないと台詞の意味合いが一意的に定まらないと思われるときは躊躇なく使ってしまっているのだが、なにかうまい解決法はないものだろうか。たとえば、疑問文の文末には、必ず「か」を添えるとか。

「私のこと嫌いか」
「なんでそんなこと訊くのか」
「ううん。ただ、気になって。嫌いじゃないのか」
「あたりまえじゃないか」
「“あたりまえじゃないか”って、あたりまえであるか否かを私に訊ねているのか」
「何を言ってるのか。それは疑問なのか」
「だから、疑問かどうかを訊いてるんじゃないのか」
「ああもうわけわかんねぇ。やっぱこれは使えなくねか」
「どこの方言か」

 無理だな。

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2008年11月25日 (火)

汚い汁

 ときどき、時間調整のために入る喫茶店がある。カフェじゃない。喫茶店だ。僕が知るかぎり、20年以上前から外観も内装もまったく変化していない筋金入りの喫茶店。こういう業態の店も、根強い需要があってもちこたえているのだな、と頼もしくなるような喫茶店。

 その店ではたいていブレンドコーヒーを注文していたのだが、ある日、ふと気が向いて、「りんごジュース」を頼んでみた。すると店のウェートレスは、厨房にそれを伝えるとき、なんのためらいもなく「りんじゅー」と言った。臨終? それだけでも相当なインパクトだったのだが、おもしろがって今度は「オレンジジュース」を頼んでみたところ、彼女は厨房に向かってこう言った。

 おじゅー。

 汚汁? いや、せめて「オレジュー」でしょう。まあ「オレジュー」は「オレジュー」で、「俺汁」と言ってるみたいであまり気持ちよくはないが。「汚汁」と「俺汁」だったらどちらがいいかな。特定のよく知らない男の「俺汁」よりは、不特定多数のなんだか「汚」い「汁」の方がまだマシかもしれないな。

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2008年11月23日 (日)

便利な時代

 僕は立教大学時代、今も現存する「作詞作曲部OPUS」というサークルに所属してささやかながらバンド活動をしていた。真偽のほどはさだかでないながら、細野晴臣が創設に関わったといわれるサークルで、ムーンライダーズなどとも浅からぬ縁があるらしい。僕が入部した1987年当時は、ほぼ入れ替わりで卒業していったOGの人たちからなるNav Katze(ナーヴ・カッツェ)という3人組のガールズ・バンドがインディーズ・シーンで活躍しており、渋谷La.mamaでのライブなどには胸を高鳴らせながら足を運んだものである。

 Nav Katzeはその後、ビクターからメジャーデビューを果たし、音楽的にもさまざまな変遷を辿っていくのだが、僕はごく初期の、「女ポリス」と言われていた頃のシンプルで鮮烈なサウンドが忘れられなかった。当時購入したインディーズ時代のレコード(CDではない)は、今も実家のどこかにあるとは思うのだが、実際に最後に針を落としたのは大昔のことである。

 ところが最近ふと、あるきっかけから彼女たちのことを思い出し、Amazonで検索してみたら、まさにその初期の楽曲ばかりを集めたCDが出ているではないか! "Nav Katze Switch Complete 1986-1987"というタイトルで、インディーズレーベル「Switchレコード」時代の音源が1枚にまとめられている。一も二もなく購入し、十数年ぶりに聞き惚れた。便利な時代になったものだと思う。

 彼女たちがこれらの音源をレコーディングしてからすでに二十余年が過ぎているわけだが、今聴いてもまったく古びていない。その質の高さ・完成度の高さに驚かされる。そして僕は、学生時代、一度コピーしたことがある「黒い瞳」という曲のベースラインを、今でも100%正確に記憶していた。

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2008年11月13日 (木)

知られざる言い分

 電車に乗ろうとしてみんなが並んでいるときに、列からは逸れた場所になんとなく立っていて、ドアが開くと公然と横入りしようとしてくる人がいる。それも、「このタイミングで紛れ込んでしまえばバレないだろう」と思っている気配すらない。あたりまえのように割り込んでくるのだ。まるで、「電車に乗るためには列に並ばなければならない」というルールの存在自体を知らないかのように。ああいう人たちは、いったいどういうつもりなのだろうか。

 それが見るからにあつかましそうな感じのオバサンだったり、見るからに公共道徳に反した生き方をしていそうなオッサンだったりするならまだわかる。しかし、僕が目撃する彼らは、たいてい40歳よりは若く、また見かけもごく常識的な社会人風なのである。そして、どちらかと言うと女性に多い。彼らがどういうメンタリティの持ち主なのか、どうしてもそのプロファイリングができずにいる(念のために言っておくが、別に具合が悪そうというわけでもない。実際、彼らはシートに座ってから、平然と本を読んだりケータイをいじったりしているのだから)。

 いずれにしても、僕は絶対に彼らの横入りを許さない。ドアの手前で体を斜めにして入り口をブロックし、場合によっては僕の後に並んでいた人を2、3人先に行かせてしまいさえする。ここは俺が食い止める! 俺のことはいいから先に行け! というわけだ。友よ、俺の屍を踏み越えていけ! というわけだ。

 いや、腹が立つのも事実なのだが、それ以前に、どちらかというと気味が悪いと思う。しかし彼らにも彼らなりの言い分があるのかもしれない。僕に常に僕の言い分があるように(それは往々にして聞いてもらえないのだが)。

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2008年11月 4日 (火)

Green Days

 今日、電車を降りようとしたら、出入口を挟んだシートに座っていた女の子が、「あ、ケータイ!」と言った。たしかに僕は、ケータイをシートに置き忘れようとしているところだった。僕はあわててそれを拾い上げ、「ありがとう!」と言いながら電車を降りた。

 世の中、捨てたもんじゃないと思った。よかった。この世界は捨てたものじゃないと思いながら、これからも生きていける気がする。君といるならば。

 ほんとにそう思う。僕はあやうく、全員が嫌いになるところだった。あなたがたみんなが嫌いになるところだった。でもそれは不当なのだ。それが僕らのグリーン・デイズなのだ。そして青春とは、過ぎ去ってしまってから初めて「あれがそうだったのだ」と気づくものなのだ。マッキーにとってそうであったであろうように。

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2008年11月 2日 (日)

消耗の理由、40年越しの快挙

 昨日、DMカンファレンスの会場であり、プレゼンターの宿泊所でもある「ウィルあいち」の最寄り駅に到着した時点で、午後8時半を回っていた。「市役所」という駅名のとおり、公共施設が建ち並んでいるようなところだ。土曜日の夜ともなれば真っ暗で、地図上の起点となる市役所が、まずどの建物なのかがわからない。どれもこれも市役所に見える。

 僕は地図を現実の地形に当てはめるのがものすごく苦手な人間だが、この真っ暗な中、道を間違えたりしたらたいへん困ったことになると思って、ものすごく神経を集中させながら地図を何度も見て、慎重に道を辿っていった。おかげで迷わずに一発で「ウィルあいち」に到着することができたのだが、それでも普通は、復路が問題になる。なぜなら僕は、どこかからどこかへ移動する際、方角とかではなくて、第一に「風景の視覚的記憶」に依存してしまう人間だからだ。同じ道のりでも、反対側から見ただけで、まるで別の道に見えてしまう。だから、初めて来た場所の場合、復路には往路を辿ったのと同じだけの注意力・集中力を必要とするのである。

 ところが、今日の昼、自分の出番を終えて、「ウィルあいち」から最寄り駅「市役所」まで向かうとき、僕はいっさい地図を参照することもなく、驚くほど正確に、駅への道のりを認識し、辿ることができた。いや、もともとたいして難しい道のりではないのだが、往路と復路の向きの違い、また夜と昼とでの見え方の違いという、僕のような人間にとっては普段大きなハードルとなる要素があったことを考えれば、これは快挙と言っていいと思う。

 来るとき、どんだけ集中してたんだ、自分。と思った。そして人は意外と、そういう部分で思いもかけずエネルギーを消耗しているものなのだ。
 

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2008年11月 1日 (土)

DMカンファレンス

『シュガーな俺』がらみで、本日から名古屋で開かれるこんな催しにお声がかかり、短い講演みたいなことをしてパネルディカッションに参加することになった。

第7回ヤングDMカンファレンス

 DMといえば「ダイレクト・メール」かと思うが、そうではない。Diabetes Mellitus、つまり「糖尿病」のことだ。

 僕の出番は2日目、11月2日の朝からなので、今日の夕方には名古屋に向かい、1泊する予定である。名古屋自体、実は行くのが初めてだ。せっかくだから観光も兼ねて……と声がかかった当初は思っていたが、あいにく多忙ゆえ、たいへん短い滞在になりそうである。

 講演は初めての経験だ。もともと人前でしゃべることは苦手だという意識が僕にはあるが、そういう声がかかったという話を母親にしたら、「いいじゃない。人前で話すの得意でしょ」と言われ、驚いた。母親にはそう見えていたということに驚いたのだ。しかし、僕の性格をよく知っているはずの母親でさえそう思うということは、そういうハッタリをかますことには少なくとも成功しているのだと思われる。世の中の多くは、実はこのようなハッタリで成り立っているのだ。

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