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2008年12月 9日 (火)

クリスティーナの世界

 Bunkamuraザ・ミュージアムでやっているアンドリュー・ワイエス展を観に行く。ワイエスは中学から高校にかけて大好きだった画家だ。中学3年のとき、美術の授業で、高名な美術作品を模写して絵皿を作るという課題が与えられたときも、僕はワイエスの絵を選んだ。そして、難易度が高すぎて挫折した。

 ちなみに僕は中学の3年間で、美術については5段階評価の「1」から「5」まで全部を制覇している。ある意味で快挙であろう。

 本気を出せばおおむね「5」を取れる実力があったにもかかわらず、やる気のあるときとないときに極端に差があり、やる気がまったくないときは課題にいっさい手をつけようとしなかった。その学期において僕が示した「やる気」の度合に応じて、「1」〜「5」の評価が順当に割り振られていたのだと思う。「絵皿」のときは、結果として僕はなんら成果物を提出しなかったため、当然のことながら評価は「1」になった。

 O塚M子先生、あなたはとても公平で厳正な美術教師だった。あなたが顧問をしている美術部で僕が部長だったからといって、いっさい手加減をしなかった。あなたは教師の鑑だ。

 さて、ワイエスのナマ作品を観たのはたぶん十数年ぶりだと思うのだが、あらたに気づいたことがある。本人の生活史においてはおそらくそれほど深刻な苦悩などなかったであろうにもかかわらず、なにか胸をえぐられるような喪失感のようなものを作品の形で描写するのがなぜかとてもうまい、という点で、アンドリュー・ワイエスと村上春樹はとてもよく似ている。

 いや、これは決して、けなしているのではない。断じてそうではない。村上春樹もワイエスも僕は大好きだ。大好きなんだってば。

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