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2009年7月13日 (月)

やっぱりアララゲ派

 ずっと前に一度言及したと思うのだが、「荒らげる」は本来「荒(あら)らげる」が正しいと思う。しかし、最近は「荒げる」という表記をよく目にするようになった。これはどう頑張っても「あららげる」とは読めないので、「荒らげる」=「あらげる」という誤解から生じた表記だろうと思う。

「広辞苑」には今や「荒げる」が見出し語として採用されていて、「“荒らげる”の約」とされているが、「荒げる」を使用している人に十中八九そういう意識はないのではないかと思う(はじめから「アラゲル」しかないと思っているということ)。辞書によってははっきりと「“荒げる”は誤用」としているものもあり、僕の立場はそれに近い。

 ただ、個人的な感覚で言うなら、現状目にする文章の半分くらいですでに「荒げる」が使われている印象があるので、やがてそれは「荒らげる」を凌駕し、正統な位置を占めることになってしまうかもしれないとは思っている。

 しかし今気になっているのは、最近やたら売れたある翻訳ものの5巻本だ。第1巻から第3巻までは、その翻訳者氏は「荒げる」を採用している。ルビは特に振っていないが、まあ順当に考えて「アラゲル」と読ませているつもりなのだろう。それが、第4巻に至って突如として「荒らげる」に変わり、しかも「荒」の部分にわざわざ「あら」とルビが振ってある。

 訳している途中で本人が誤りに気づいたのか、それともたまたまその巻を担当した校正者がそういう指摘を入れる人で、翻訳者氏本人もそこで初めて知ったとか、「そういえばそうだったっけ」と思ってそのときは指摘に応じたとか? いずれにせよ、わざわざルビを振っているところに一種の言い訳がましさを感じる。「いやいや、知ってたし。今までのは“約”してただけだし」というような。

 しかしこんなことを気にするのはどうせ僕か有村ちさとくらいのものだ(定型句)。

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