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2010年1月 1日 (金)

凶の実在

 日が暮れかけてから近所の神社にやる気のない初詣に出かけておみくじをひいたら「大吉」が出た。「大吉」を引いたのは生涯でたぶん2度目か3度目である。たいていは「小吉」か「末吉」で、一度など「凶」を引いたことさえある。それまで僕は、「凶」というのは仮想の、というか理論上の存在にすぎないのではないかと疑っていたので、実際にそれが混入していることを身をもって知って驚いたものだ。

 さて、「大吉」は引いたものの、過去にそれを引いた年に実際にいいことがあったかどうかをまったく思い出せない。「凶」の年に悪いことがあったかどうかも同様である。いずれにせよ、過度な期待はしないでおこう。

 ところで、唐突だが、自虐史観の何が悪いのかと思う。「大東亜戦争」をあえて肯定してまで日本という国に誇りを持たねばならない理由が僕にはまったく理解できない。そうまでしなければ保てない誇りなら捨ててしまえばいいと思う。そういうところにしか拠って立つところを見出せないほどヤワな自我なら捨ててしまえ。いっそ小さく死ねばいい。

 ああまたよけいなことを言ってしまった(しかも新年早々)。

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