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2010年2月25日 (木)

職人さんありがとう

 紛失してもう出てこないだろうと絶望していた携帯について、携帯電話会社経由で拾得の連絡が来たので、警察署まで引き取りに行ってきた。受け取りの署名をする際、書類にざっと目を通したところ、拾って警察まで届けてくれた親切な人は、「50歳位の男性、一見職人風」だったらしい。

 拾得場所は、「○○区××3丁目の路上」。地名からすると、僕にとっての最寄り駅から至近だが、いつも行き帰りに使っているのとは線路を挟んで反対側のエリアだ。思い当たる節はある。失くした当日、泥酔して帰ってきて、そのまま家に向かえばいいものを、わざわざそのあたりに行って飲み直してしまったのが祟ったようだ。

 なお、拾得した時間は、失くした当夜の「午前4時半頃」とあった。私鉄沿線の、12時にはあらかたの店が閉まってしまう町で、「午前4時半頃」、駅前をうろうろしていて、路上に落ちている携帯を拾って警察に届けた「一見職人風」の「50歳位の男性」って、いったいどんな人なのだろう。

 とたいへん好奇心が湧いたのだが、残念ながらその奇特な人は、警察に届けたのは翌日仕事に向かう途中だったのか、それとも単にめんどうくさかったのか、「急いでいるから」ということで、名前も連絡先も書き残さずに立ち去ってしまったという。携帯が戻ってきて本当に助かったので、ぜひともお礼はしたいところだったのだが……。

 受け取りの署名以外に、もう一枚、別の書式に住所・氏名を書かされた。それは拾得者に規定の謝礼を渡すことに関する同意書のようなもので、「万が一、拾得した方と連絡がついた場合」に役に立つものだという。一度名乗らずに立ち去った人が、「こないだのアレだけど、時間ができたので」と言ってわざわざ警察署に名前を言うためにやって来るだろうか。「万が一」とは言うが、その可能性は10万にひとつもありそうにない。
 

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2010年2月17日 (水)

今日の反省

 ちょっと前に、池袋から電車に乗って発車を待っていたとき、一向に出発しようとしないので変だと思ったら、アナウンスが流れた。人身事故があって、復旧の見通しが立っていないという。早く家に帰りたかったし、池袋からはたいした距離ではないので、タクシーで帰ることにした。ただ、PASMOの入場記録を取り消す必要があるのではないかと思って、駅員さんのいるカウンターに向かった。たぶん、似たような目的で、大勢の人がいちどきにカウンターに殺到していたので、行列の進みはのろかった。

 そのとき、背後からなにか暴力的な音が聞こえた。なにごとかと振り返ったら、二十歳かそこらの、たいへん教養レベルの低そうなお二人が、ゴミ箱だかなんかを力任せに蹴っているところだった。やがてものすごい形相でこちらに近づいてきてた彼らは、駅員さんに向かって大声でこう怒鳴りつけて去って行った。

「なんで動かねーんだよ! 死ね!」

 その場に居合わせた半分くらいが、驚きの、あるいは非難の目を彼らに向け、残りの半分くらいは厄介ごとに巻き込まれないように首を竦めて目を伏せていた。駅員さんも慣れたもので、「すいません、すいません」と機械的に謝っていた。公平に見て、彼らには別に(形式的に「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と言う以外には)謝る義理はないと思うし、まして「死ね!」などと面罵されるいわれはさらさらないと思うが、おそらく、そういう乗客は常に一定量の割合で存在していて、もはや慣れっこになっているのだろう。

「むしろおまえらが死ね!」

 と僕は言った(心の中で)。たぶん、その場で同じ台詞を(心の中で)共有した人は、少なく見積もっても30人はくだらなかっただろう。

 そして、これは昨日のことだが、地元の駅に着いて改札を抜けようとしたら、僕の前を歩いていた30代後半くらいのやや太り気味・長髪気味のサラリーマン(なぜこの年代のサラリーマンには、「太り気味+長髪気味」という2つの条件を兼ね備えた人が多いのだろうか)が、PASMOを読み取り部に「バシッ」と力任せに叩きつけて出ていこうとした。たぶん、あまりに力任せだったためだろう、それは適切に読み取れなかったらしく、彼はもう一度同じように「バシッ!」と叩きつけ、さもいまいましくてやりきれないといった雰囲気を全身から漂わせながら、人ごみの中に紛れ込んでいった。

 どんなムシャクシャすることがあったのか知らないが、そんなことは、たまたまその場に居合わせただけのゆきずりの人間たちにとっては、それこそ知ったことではない。公共のものに当たっても、周囲の人間がただイヤな気持ちになるだけだ。恥ずかしいと思わないのだろうか。

 と書きながらふと、対象を必ずしも明示しない形で感じの悪い悪態をつきつづけているこのブログそのものがまさに、彼らと変わらない印象を人に与えているのかもしれない、と思って少し反省した(口先だけで)。

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2010年2月 9日 (火)

What the fuck disgusts me?

 問題なのは声量ではなくて態度なのだ、と僕は思っていた。でもそれは間違いだったのかもしれない。

 たとえばファミレスで、もともと全体が騒々しくても、特に気になる声があるなと思って周囲を見渡すと、オッサンがケータイでだれかと話していたりする。でもそれがいかにも、「部下(手下)に指示を下しているエラい俺」という雰囲気だったりすると、「ああ、あの聞こえよがしな感じがカンに障ったのだな」と納得する。つまり、彼は自分の声をわざとまわりに聞かせているのだと。聞こえるようにわざと大きな声で話しているのだと。その「わざと」感に自分は反応したのだなと。

 電車の中とか飲食店の中などで、ケータイを使ってだれかと話すのはマナー違反だと言われるけど、なんでそれがいけないのか、僕は理論的に説得力のある根拠を挙げることができずにいた。だって、どちらの中でも、「だれかと話す」ことは普通にありうることでしょう。特に飲食店では、一緒にいる人と、ケータイで話すのと同じくらいの、あるいはそれ以上のデシベルで話すことはごく普通のことであって、それがただ、話し相手の姿が見えないだけでなぜこうも非難されなければならないのかと。

 いや、僕自身は決してそれをやらない(かかってきた電話にどうしても応えなければならないときは、いったん店の外に出る)し、人がそれをやっていると気になることが多いのだが、「なぜいけないのか」を説明できないことがいやで、考えたあげく、こういう結論に達していたのである。すなわち、「店の中にいるときにかかってきた電話であってもためらいもなく取ってその場で話しはじめるような人は、概して周囲に対する気遣いが欠けているか、さもなくばなにか途方もない勘違いに基づき、見当違いな虚栄心を満たすためにあえてそうしているような人なのだ」と。それを直感的に感じ取るから、僕は彼らにそこはかとない「いやな感じ」を覚えるのだと。

 しかし、僕は今日、深夜に牛めしの「松屋」に入って(なぜ深夜にそんなところにいたのかは訊かないでください訊かないでください)、「豚めし小盛り」を食べているとき、自分のその仮説を覆すような事象に出くわしてしまったのである。というのは、最初は理由がよくわからずただなんだか気になると感じて、「気になる」方を見てみたら、ある男性がケータイでだれかと話していたのだけれど、彼自身は、周囲を気にして極力小声で話している雰囲気があり、その人自身、別に「いやな感じ」はしなかったのである。なんかのかげんで知り合ったら、僕はきっとこの人にどちらかというと好感を覚えるにちがいない、と思ったのである。それにもかかわらず、彼がケータイに向かってしゃべっているその声は気になった。

 では、いったい何が気になったのだろうか。

「松屋」から帰る道すがら、僕はこの問題を、「豚めし」の「小盛り」と普通盛りが、盛り加減はけっこう違うにもかかわらず、値段の上ではたった20円しか変わらないことにかこつけて、なにかうまいこと言ってまとめようと思っていたのだが、家に帰りつく頃にはそのロジックをきれいさっぱり忘れてしまっていた。きっと、そんなうまいロジックなど最初からなかったのだろう。だからとどのつまり、問題はみじんも解消されていないのだ。

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2010年2月 4日 (木)

13 年間書きつづける前に

 ある読者の方から、日テレで放映中のドラマ「曲げられない女」で主演・菅野美穂が演じている役柄が、僕の小説『プロトコル』のヒロインである「有村ちさと」を思わせるというご指摘をいただいたので、ちょっと観てみた。たしかに似ている。四角四面なところ、融通がきかないところ、言葉の正確な運用にこだわるところ……。

 ところで、その菅野美穂演じる「荻原早紀」は、弁護士を目指して9年間司法試験を受けつづけ、落ちつづけている。今回たまたま観た回で、彼女の10年日記の中身が一瞬だけ映されるのだが、毎年毎年、どの日にも「1時半まで勉強」と書いてあり、それを見た谷原章介が、「こんな毎日を9年間も続けていたのか……」となかば呆れるシーンがある。

 これは有村ちさとではなくてむしろ僕だ、と思った。

 作家デビューするまでの約13年間は、「勉強」の部分を「執筆」に置き換えるだけで、早紀が辿ってきた9年間とほぼイコールになる(もちろん、早紀ほど禁欲的ではなく、合間合間に飲んだくれたりもしていたとはいえ)。書きつづけ、応募しつづけ、落選しつづけ、それでもあきらめきれずにコツコツと書きつづけた13年間。

 しかし僕はそのことを思うときいつも、島本和彦の「逆境ナイン」の中で、強豪日の出商業に112点先取されていながら単身で奇跡の逆転を果たし、増長している全力学園キャプテン・不屈闘志を、父親である不屈根性(55歳)がたしなめる次の台詞を思い出すのである。

「よくやったぞ闘志!! さすがはわしの息子だ!! だが!! 増長するほどのことではない!! 肝にめいじておけ!! だいたい百点とられてから百点とり返すなど一見すごいことのように思えるが------だったら一点もとられず一点とって勝ったほうが理想的じゃないのか!? どうだっ ちがうかっ」

 言い返す言葉を持たない闘志に向かって、根性はトドメを刺す。

「まずは百点もとられた自分を反省しろっ!!」

 まったくそのとおりである。僕はまず、たゆみなく書きつづけていながら13年間もデビューできなかった自分を反省すべきなのだ。そしてデビューしてもなお、超低空飛行を5年間も続けている自分を反省すべきなのだ。

 やはり「逆境ナイン」はすごい漫画である。絶対に無人島に持って行こう。

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2010年2月 2日 (火)

忘れていたその人

 正月に川越の実家に行ったとき、父親が、戦後まもない頃の貧乏学生時代に進駐軍経由で大学に寄付されていた本を今でも持っていると言って、書斎から洋書を山のように出してきた(ただし一部、僕が学生時代に買って家に置き忘れていったものが紛れ込んでいたが)。中には、それで人でも殴り殺せそうなほど巨大で重いランダムハウスの英英辞典もあったが、実家にいる頃、僕はそれを父親が入手した経緯も知らずに何度か引かせてもらっていたものである。

 ところでその英英辞典の巻末にある"ENGLISH GIVEN NAMES"という付録を見ると、JamesだとかEmilyといった英語圏の人名が男女別・アルファベット順に並べられており、それぞれの名前の由来(ギリシア語起源かラテン語起源か、もとの意味は何かなど)を手早く調べられるようになっている。瑞穂はきっと興味あるだろうと言うので、とてもあると答えた。もともと「語源マニア」でもある上に、今は小説に外国人を登場させる際、名前に困ることがあるからである。父は、後日、そのページだけコピーして送ると約束してくれた。

 先日、約束のコピーが届いたのだが、そこに父の手書きのメモが添えられていて、「サリンジャーの好きな短編に出てくる“エズメ”という女性名が気になっていたが、この人名辞典で引いてみたら“エスメラルダ”だったと知って感動した」という意味のことが書いてあった。なるほど、"Esme"の項には、"short for Esmeralda"とある。

 父が言っているサリンジャーの短編とは、『ナイン・ストーリーズ』に入っている「エズミに捧ぐ ---愛と汚辱のうちに」のことである。僕が持っている新潮文庫版の野崎孝氏訳では「エズミ」となっているが、父が読んだのはたぶん大昔の角川文庫から出ていた、サリンジャーの短編の選集に収録されていたものだと思う。高校生の頃、僕もそれで読んだ記憶があり、そっちはたしか「エズメ」と表記していたはずだ。

 実際、原題は、ネットで調べたかぎりでは" For Esmé ----with Love and Squalor"となっており、これを素直に読めば「エズメ」の方が正しいのではないかと思う。そしてランダムハウスの付録でも、("e"の上にアクサン記号こそついていなかったが)発音記号は「エズメ」と読ませるようになっていた。

 まあ(有村ちさとじゃあるまいし)発音のことはともかくとして、それを受け取ってから、そういえばサリンジャーも久しく読んでいないなぁ、今年のどこかで暇を見つけて読み返してみるかなぁ、となんとなく思っていた。なにしろサリンジャーは、高校時代の僕が最も影響を受けていた作家の1人なのである(「ご多聞に漏れず」という感じだが、そこはまだ高校生だったということで大目に見てほしい)。「ライ麦畑」は、原書や村上春樹訳も含めもう計8回くらいは読んでいるから、ほかの短編にしよう、などと考えていたその矢先、当のサリンジャー逝去のニュースが入ってきた。

 なんという暗合であろうか。サリンジャーのことなどここ10年近く(くどいようだが村上春樹訳のあれを読んだときを除けば)存在自体ほぼ忘れていたというのに。

 しかし亡くなったとなればやはり、追悼的になにかが増刷されたりフィーチャーされたりするのだろうか。そうなると、ヘソ曲がりな僕としては「ほとぼりが冷めるまで」やり過ごそうとし、結果としてそのまま忘れ去ってしまうことになるのだろうなぁ。今度サリンジャーを思い出すのはいったい何年後になるだろうか。

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