« 13 年間書きつづける前に | トップページ | 今日の反省 »

2010年2月 9日 (火)

What the fuck disgusts me?

 問題なのは声量ではなくて態度なのだ、と僕は思っていた。でもそれは間違いだったのかもしれない。

 たとえばファミレスで、もともと全体が騒々しくても、特に気になる声があるなと思って周囲を見渡すと、オッサンがケータイでだれかと話していたりする。でもそれがいかにも、「部下(手下)に指示を下しているエラい俺」という雰囲気だったりすると、「ああ、あの聞こえよがしな感じがカンに障ったのだな」と納得する。つまり、彼は自分の声をわざとまわりに聞かせているのだと。聞こえるようにわざと大きな声で話しているのだと。その「わざと」感に自分は反応したのだなと。

 電車の中とか飲食店の中などで、ケータイを使ってだれかと話すのはマナー違反だと言われるけど、なんでそれがいけないのか、僕は理論的に説得力のある根拠を挙げることができずにいた。だって、どちらの中でも、「だれかと話す」ことは普通にありうることでしょう。特に飲食店では、一緒にいる人と、ケータイで話すのと同じくらいの、あるいはそれ以上のデシベルで話すことはごく普通のことであって、それがただ、話し相手の姿が見えないだけでなぜこうも非難されなければならないのかと。

 いや、僕自身は決してそれをやらない(かかってきた電話にどうしても応えなければならないときは、いったん店の外に出る)し、人がそれをやっていると気になることが多いのだが、「なぜいけないのか」を説明できないことがいやで、考えたあげく、こういう結論に達していたのである。すなわち、「店の中にいるときにかかってきた電話であってもためらいもなく取ってその場で話しはじめるような人は、概して周囲に対する気遣いが欠けているか、さもなくばなにか途方もない勘違いに基づき、見当違いな虚栄心を満たすためにあえてそうしているような人なのだ」と。それを直感的に感じ取るから、僕は彼らにそこはかとない「いやな感じ」を覚えるのだと。

 しかし、僕は今日、深夜に牛めしの「松屋」に入って(なぜ深夜にそんなところにいたのかは訊かないでください訊かないでください)、「豚めし小盛り」を食べているとき、自分のその仮説を覆すような事象に出くわしてしまったのである。というのは、最初は理由がよくわからずただなんだか気になると感じて、「気になる」方を見てみたら、ある男性がケータイでだれかと話していたのだけれど、彼自身は、周囲を気にして極力小声で話している雰囲気があり、その人自身、別に「いやな感じ」はしなかったのである。なんかのかげんで知り合ったら、僕はきっとこの人にどちらかというと好感を覚えるにちがいない、と思ったのである。それにもかかわらず、彼がケータイに向かってしゃべっているその声は気になった。

 では、いったい何が気になったのだろうか。

「松屋」から帰る道すがら、僕はこの問題を、「豚めし」の「小盛り」と普通盛りが、盛り加減はけっこう違うにもかかわらず、値段の上ではたった20円しか変わらないことにかこつけて、なにかうまいこと言ってまとめようと思っていたのだが、家に帰りつく頃にはそのロジックをきれいさっぱり忘れてしまっていた。きっと、そんなうまいロジックなど最初からなかったのだろう。だからとどのつまり、問題はみじんも解消されていないのだ。

|

« 13 年間書きつづける前に | トップページ | 今日の反省 »