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2010年5月11日 (火)

i adore you

 夕刻の電車内で、僕の隣に座っていた若いサラリーマンが、ipodかなにかで音楽を聴いていた。僕にも節回しがはっきりと聞き取れるほどの音量だった。うるさいなと思ったが、読んでいる早川epi文庫の内容に集中して忘れようと努めた。

 まもなく、サラリーマンのもうひとつ隣の女性が、ふいにかぼそい声で「ごめんなさい」と言った。彼に声をかけたらしかったが、本人は気づかなかった。すると女性はもう一度、今度は彼の腕を軽く叩きながら、やはりかぼそい声で「ごめんなさい」と言った。

 彼が気づいて片耳からイオフォンを外すと、彼女は同じかぼそい声で「もう少し音を小さくしていただけませんか」と言った。彼は無言だったが、素直に従ってボリュームを下げた。女性はもう一度、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言った。同じかぼそい声で。

 ある駅に到着すると、女性は静かに立ち上がった。どんな人なのだろうと興味を引かれていたので、僕はホームに降りてゆく彼女の横顔にちらりと目を走らせた。20代なかばくらいの、普通にきれいな女性だった。

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