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2010年9月17日 (金)

美の均衡を崩す要素

 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画「21グラム」を観た。ユニバーサルチャンネルで予告編をやっていて、なんとなく好きな映画っぽい気がしたので(それはもしかしたら単に、「21グラム」が「魂の重さ」と言われていることを知っていたからにすぎなかったかもしれない)、予約録画しておいて、時間ができた今、なんら予備知識がないままに観たのだが、僕は主人公である学者の妻役である女優が気になってしかたがなかった。

 基本的には美人と思われるのだが、その美の均衡を崩す要素が、顔のどこかにある。でもむしろ僕は、その要素こそが好みで、気になるらしいのだ。彼女が横向きになったときに、その「要素」がなんであるかに気づいた。唇が、なんというか、ちょっと突き出ているのである。ああ、なんかこの口元、すごく好きだな、と思った。なんでこんなに好きなのかな、と。

 で、エンドロールでキャスティングを観たときに、「ああ!」と思った。シャルロット・ゲンズブールだったのか!

 僕は特にシャルロット・ゲンズブールのファンというわけではなく、彼女の出世作と言っていい「なまいきシャルロット」も観たことがない。ただ、それと変わらない時期、つまり1980年代の中盤に彼女が発表した曲「レモン・インセスト」の入っているCDは愛聴していた。その曲のタイトルに暗示……というより「明示」されているとおりの、お父さんセルジュとの意味不明なイチャイチャっぷりについてはとりあえず不問に付すとして、彼女のウィスパーボイスがたまらなく好きだったからだ。

 で、そのCDのジャケット写真がまだ少女時代のシャルロットで、それを見ながら僕は常々こう思っていたのだ。「意外とおへちゃな顔なんだな。特にこの、ちょっと突き出た口元のあたりが美の均衡を崩してるよな。でもこの口元、僕は好きだな」と。

 結局のところ、自分が好きだと思う顔、なかんずく、「好きだ」と思わせる特定のパーツの特徴に関して言えば、好みというものは一貫していて、自覚しているかいないかにかかわらず、否応なく反応してしまうものなんだなと激しく痛感した。それ以外にも僕は、「アヒル口」がほぼ例外なく好きだったりするし(シャルロット・ゲンズブールのそれも、「アヒル口」のバリエーションのひとつであるかもしれない)。

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