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2011年1月31日 (月)

自らに贈る言葉

 なにかひとことでも書き留めておこうと思っても、いざとなると言葉にならない。それは、言葉というものそれ自体に、認識を組織し、演出しようとする政治性が内包されているからなのだ(スーザン・どんたく風)。言葉の持つその暴力性を知る者には、容易に言葉を操ることができない。

 しかし僕は、まさにその言葉を商売道具にして生きていこうとしているのである。思えば、なんという危うい道に踏み出してしまったものか。高校生の頃に夢想していたそれと現実のそれとは、驚くほど違っていた。それを知るのに僕は、25年もの年月を費やしてしまったわけだ。

 粛々と、この道を歩んでいこう。どんなときも平常心を保てること、それこそが、僕がこの25年間をただ無駄に空費してきたわけではないことを証拠立てる唯一のよりどころなのだ。

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2011年1月30日 (日)

これがラストのラブレター(沢田研二)

 なにかを、「これが最後なのだ」と認識しながら経験することは、存外に難しい。それが最後だということをリアルタイムでは自覚していない場合もあるし、事前にそれがわかっていてさえ、ふと気づいたらすでにそのタイミングを通過してしまっているようなこともある。

 きっとわれわれは、そうしたことを満喫するには忙しすぎるのだろう。やらなければならないことは常に目の前に山積しているし、一時的にそれを脇へよけておいたとしても、今やるべきことをやっていないといううしろめたさに邪魔されて、肝腎の対象に意識を集中させることができないからだ。

 少し憂鬱な日曜日の夕方、翌週のために靴を磨く。あるいは、よく行く店が毎回釣り銭と一緒に手渡してくれてしまう、自分はきっと使わないであろうサービス券の類いを、パンパンになった財布から抜き取って捨てる。そんななにげない日常の習慣的行動にさえ、「最後」がある。きっと僕は、ずっと後になってから思うのだ、「ああ、今思えばあれが最後だったんだ」と。

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2011年1月29日 (土)

無人の都市

 映画「バニラ・スカイ」には、トム・クルーズが無人のタイムズ・スクエアを狼狽して走りまわる印象的なシーンがある。主人公デヴィッドの見た悪夢ということになっているが、あの映画における最高のカットのひとつではないかと僕は思っている。人がいるはずのところに誰もいないという情景は、どうしてかくまで不気味でなおかつ魅力的なのだろうか。ただそこに人の姿が見えないというだけで、単なる都市の風景がぞっとするほど恐ろしいなにかに化けてしまう。

 蔓延するウイルスのせいで人が死に絶えたロンドンの街並を描き出した「28日後…」もお気に入りだ。ジョゼ・サラマーゴの小説『白の闇』を映画化した「ブラインドネス」にも似たようなシーンがある。そういう場面に目がない僕は、いったい何を求めているのだろうか。

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2011年1月27日 (木)

太ったスーザン

 大学生当時以来およそ20年ぶりにスーザン・ソンタグを読んでいる。たまにソンタグを「ソンダク」と間違えて覚えている人がいるが、まあ気持ちはわからないでもない。「ソンタグ」というのは、日本人の言語感覚からするとなんとなく据わりの悪い音だからだ。

 しかし「ソンダク」と言うと「ツユダク」と言っているみたいで気持ち悪い。それに綴りが"Sontag" だということを知ってしまえば、僕ならば絶対にその後は間違えない。"Sonntag"と書けばドイツ語で日曜日のことだ。発音は「ゾンターク」だし"n"がひとつ多いが、無関係な語ではないだろう。

 ちなみにそれのオランダ語版"zondag"(ゾンダッハ)が訛って博多の「どんたく」になったのだとする説がある。この「ッハ」の部分は、喉の奥を息でこするような音なので、日本人の耳には「ク」と聞こえなくもない。かなり信憑性の高い説だと思っている。

 そうすると、スーザン・ソンタグも世が世なら「スーザン・どんたく」だったわけだ。彼女の書く文章の鋭利でスタイリッシュなイメージからはほど遠い、太ったおばちゃんのすっとんきょうな高笑いみたいなのをどうしても想像してしまう。「スーザンおばちゃんの人生いろいろどんたく相談室」みたいな。

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2011年1月26日 (水)

i'm proud of...

 サラリーマンの「仕事後の1杯」というのは、とてもよい文化だと思う。それを経験できたことを僕は誇りに思う。暮れなずむ街の光と影の中、僕は去り行く。

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去り行く僕

 真に問題なのは、その程度のことで悪人を気取ってしまえるその度しがたい小市民性なのだ。そういうスケールで悪人であるよりは、むしろ「いい人」であることを僕は望む。僕はいい人です。暮れなずむ街の光と影の中、去り行くあなたに僕は言葉を贈ります。いや、去り行くのは僕だ。僕は去り行く。

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2011年1月10日 (月)

蘆江の(家にあった)煙草盆と猫

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 曾祖父・平山蘆江の住んでいた家に遺されていたという煙草盆が、めぐりめぐって僕のところにやって来た。ただし、蘆江自身が使っていたものかどうかはわからない。その確証が得られていないというか、遺族内でも見解が分かれているようで、誰の言い分が正しいのか判断する決め手が僕にはない。それでも、「蘆江の家にあった」という点はまちがいがないので、「蘆江の遺品」だということにさせてもらう。

「煙草盆」という言葉は昔の小説などによく出てくるが、正直、こういうものだとは思っていなかった。もっと小さくてポータブルな感じを勝手に想像していたが、現物はけっこうでかい。上の画像では大きさがよくわからないと思うので、大きさを比較できるものと一緒に写した画像も、参考までに掲げておこう。

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 体積で言って、ほぼクーと同じくらいあることがわかるだろう。ちなみに言うと、この下の方の画像はヤラセである。さも、猫が珍奇なものに好奇心を示してにおいを嗅ぎまわっているところのように見えるが、そのように見えることを期待しながらわざわざ隣にクーを配置したのである。

 しかし、それまでは興味を示していなかったのに、目の前に置かれるなり、まんまとにおいを嗅ぎはじめたので、結果として本当に好奇心に駆り立てられているという点に着目すれば、ヤラセではないとも言える。まあ、ドキュメンタリーとかノンフィクションとかいわれるものは、往々にしてそういうものだろう。

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