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2011年1月30日 (日)

これがラストのラブレター(沢田研二)

 なにかを、「これが最後なのだ」と認識しながら経験することは、存外に難しい。それが最後だということをリアルタイムでは自覚していない場合もあるし、事前にそれがわかっていてさえ、ふと気づいたらすでにそのタイミングを通過してしまっているようなこともある。

 きっとわれわれは、そうしたことを満喫するには忙しすぎるのだろう。やらなければならないことは常に目の前に山積しているし、一時的にそれを脇へよけておいたとしても、今やるべきことをやっていないといううしろめたさに邪魔されて、肝腎の対象に意識を集中させることができないからだ。

 少し憂鬱な日曜日の夕方、翌週のために靴を磨く。あるいは、よく行く店が毎回釣り銭と一緒に手渡してくれてしまう、自分はきっと使わないであろうサービス券の類いを、パンパンになった財布から抜き取って捨てる。そんななにげない日常の習慣的行動にさえ、「最後」がある。きっと僕は、ずっと後になってから思うのだ、「ああ、今思えばあれが最後だったんだ」と。

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