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2011年2月 6日 (日)

鶏ガラな床

 10年前、今のところに越してきた当初、まちがえて1回だけ入ってしまったラーメン屋の前を昼どきに通りかかったら、前を歩いていた男性が立ち止まって一瞬だけ中を覗き、すぐに思い直したように立ち去っていく現場を目撃してしまった。

 以前、「まちがえて入ってしまった」と思ったのは、入店するや否や、その荒んだ雰囲気や、店内に充満する饐えたようなにおいに見舞われたからだ。それでも出て行くのは気が引けてなにがしかの注文をしたのだが、それを待っている間、従業員が、古くなった鶏ガラスープかなにかを巨大な鍋から厨房のコンクリートの床に直接ザーッとぶちまけているのを見てしまった。

 もちろん排水はされるようになっているのだろうが、彼女はそれをしながら、あきらかに、床に散乱した野菜くずなどを一気に洗い流す役目をもスープに負わせていたと思う。そして結局はそのスープが、店内を満たす胸をムカつかせるようなにおいの原因になっていたのではないかと。なにかが根本的に間違っていると思ったが、そのときの僕には、とにかく出されたものを一刻も早くたいらげて退散することしか頭になかった。それから10年、僕はただの一度もその店には寄りつかずにいた。

 立ち去った男性のあとをならって、僕も一瞬だけ店内を覗いてみた。暗くて、無人の止まり木がいくつも並んでいるのだけがガラス越しにぼんやりと見えるので、営業していないのかと思ったが、入口に掲げた電光掲示板は誇らしげにメニュー内容を告げている。こういう店の経営は、いったいどういった人々が支えているのだろうか。その好奇心だけで、僕はうっかり店内に足を踏み入れそうになったが、ギリギリのところで自制が働いた。

 結果があらかた読めることにむやみに首を突っ込まなくなったことが、たぶん僕の成長を物語っているのだろう。「不惑」からはほど遠いとしても、「前よりはいくぶんマシになった」という点に変わりはないのだ。歩みはカメでも着実に(家庭教師のタートル先生)。

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