« ガリガリ博士 | トップページ | 研ぎすまされるニュアンス »

2011年2月23日 (水)

吹き替えの怪

 そんなに熱心にではないが、テレビでときどき韓流映画やドラマを観る。韓国語は昔勉強したので、「……イニッカ、……ジマン、……テムネ、……イェヨ」といった構文の部分と、それ以外にちょこちょこと単語が聞き取れる。運がよければフルセンテンスの意味がわかるという次第である。

 ただ、これを吹き替えでやられるとものすごい違和感がある。ムズムズして気持ち悪くて、5分と観ていられない。洋画(この場合、主として欧米産の映画のこと)も僕は選べるなら字幕で観るのが普通だが、吹き替えでもここまでの違和感はない。原理的には同じことのはずなのに、この差はいったいなんなのだろう。

 ひとつには、慣れの問題があるだろう。「日曜洋画劇場」などで吹き替えの洋画を観て育った世代だ。白人や黒人が画面に出てきて「やあエリック、パーティーは楽しんだのかい?」「んあ〜ぁ悪くなかったさ、ジェシーのやつがあんな騒動さえ起こさなきゃな」などとおなじみの声優の声でしゃべるのは、すっかりあたりまえのことになっているのだ。「君の言ったとおりになったな、クレア」「え〜〜ぇそうね(※ちょっと疲れたような調子で)、でもひとつだけ違うところがあるわ」だとか、そういうのにあまりにも馴染まされているのだ。

 だから、字幕で観ていたとしても、このキャラクターでこの台詞なら、きっと吹き替えだとあの声優を使ってこんな感じで読み上げさせるんだろうな、ということが容易に想像できてしまったりするくらいだ。

 韓流についてもいつも吹き替えで観ていればいずれは慣れるのかもしれないが、たぶん、理由はもうひとつある。演者がわれわれ日本人とほとんど見かけが変わらないということである。

 アジア系の人種でなければ、もともと見かけが違うので、吹き替えも「そういうもの」という一種の諦念のもとにすんなり受容できるのだが、パッと見は日本人のようなのにあきらかにアテレコで、しかも声優の声だけは洋画の吹き替えでしばしば耳にしているのと同じ、という点に、たぶんこの違和感のもうひとつの理由があるのだろうと思う(そういえば、カンフー映画などの吹き替えにも、かなり近い違和感を僕は覚える)。

 実は、(「バイオハザードIII」に変な日本語の看板が出てくるとすれば)「バイオハザードIV」には、ものすごく違和感のある日本語の台詞がある。観ていてすぐにはその違和感の理由がわからなかったのだが、台詞自体が変というより、それをしゃべっている声が変だったのだ。日本人の兵士役の会話なのだが、そこだけどうやらアテレコになっているようなのだ。

 つまり、役者本人の声ではなく、日本人の声優がその部分だけ別に吹き込んでいるのである。役者たちは、おそらく日本人でさえないか、少なくともネイティブの日本語話者ではなかったのだろう。それ以外の部分は英語で普通に役者自身がしゃべっているのにもかかわらず、そのシーンでだけ突然、いかにも吹き替えという雰囲気の日本語が聞こえてくるので、「あれ、字幕で観てたんじゃなかったんだっけ?」と一瞬幻惑されてしまったのだ。

 ただそれは、僕が日本人だからこそ気になった点なのだと思う。英語話者はおそらくそれを、ただ単に「どうやら日本語らしい」としか思わないだろう(変な日本語の看板が出てきても「日本語の看板だ」としか思わないであろうように)。

|

« ガリガリ博士 | トップページ | 研ぎすまされるニュアンス »