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2011年4月24日 (日)

気になるローマ字

 ひそかに気になっていることがある。

 PC上のハンドルネームを"shinnchann"と綴っているような人がいる。これはたぶん「シンチャン」と読ませているのだろうが、なぜ「ン」の部分が"nn"と綴られているのか。

 似たようなケースとして、YouTubeのコメント欄で、英語で質問されたことに対して日本人と思われる人が回答しているような場合に、綴り方が気になるときがある。たとえばある人が、"What is the title of this song?"と質問しているようなときに、"Tuki no monn"と答えていたりする例だ。

 上記はそれぞれ実在するものではなくて、問題の焦点を明確にするために僕が創作したものだが(偶然実在していたとしたらごめんなさい)、これに類した例を実際にいくつか目にしたことがある。

 たぶんこの回答者は、「月の門」と言いたいのだろう。しかし、僕の目にはこれは「トゥキノモン」に見えるし、最後の"n"が1個よけいだ。ドイツ語でもあるまいし、ただの「ン」を表すのに"n"が重複する綴りになることは、日本語では普通ありえない。「月の門」なら、"Tsuki no mon"と綴るのが適切だと思う。少なくとも、英語で質問してきた人に対しては。

 この人は、日本語の音をローマ字で表記することと、PCのキーボードにおいてローマ字で日本語を入力する際のルールとを混同しているのだ。

 「ツ」の文字はたしかに"tu"でも入力できるが、それはわざわざ"tsu" と3回キーを叩かなくてもいいように訓令式ローマ字に準拠しているだけの話だし、「ン」を"nn"で入力するようにしているのは、あとに母音を接続させて「ナ」行の文字にしたいわけではないということをPCに認識させ、「ン」として確定するための便宜上の決めごとにすぎない。

 ただ、こうした混同が起きるのは、キーボードで文字を入力することがあたりまえになった時代ならではの現象だということはできるだろう。

 ワープロ専用機が普及しはじめたのが1980年代の終わり頃で、PCが爆発的に普及するまではさらに10年ほど待たねばならなかった。今年で43歳になる僕は、大学生くらいの頃にようやくワープロを使いはじめた世代に当たる。キーボードで入力することもその時点であらたに覚えなければならなかった(ちなみに僕は、ローマ字入力ではなくかな入力を先に覚えた)。

 その世代と、物心ついた頃にはすでにキーボードで文字を入力するのがあたりまえになっていた世代とでは、ローマ字の受容のしかたも異なるだろう。

 それに、こんな些細なことを気にするのはどうせ僕か有村ちさ(以下略)

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2011年4月20日 (水)

いやはやニャンとも

 わが家では猫用トイレとして花王の「ニャンとも清潔」というのを使っているのだが、買い置きしておいた専用のマットを使い切ったので補充しようと思い、いつも買っているAmazonのページにアクセスしようとしたら、なぜか出てこない。本体やチップは存在するのに、である。

 そこでYahoo!ショッピングで検索したら、ヒットはしたが、どのセットも品切れとなっている。他のネットショップも軒並み同じ結果だった。

 花王のホームページを見たら、震災の影響で欠品が続いており、通常どおりに流通させられるのは5月中旬の見通しという。そうか、こんなところにも影響が出るのだな、と思った。

 マットは一度に2枚使用し、週イチで交換するので、それまで最低6枚ほどあればしのげるという計算になる。通常は6枚組みでパッケージされているので、1袋さえ手に入ればなんとかなるわけだ。

 まさにその1袋が、通常の小売価格より4割増しくらいの価格でヤフオクに出品されているのを見つけて、思わず入札しそうになった。

 しかしよく考えたら、先月イギリス旅行に行くにあたってクーを預かってもらうに際し、僕は「ニャンとも清潔トイレ」を、消耗品も含めてひと揃いあらたに購入して、実家宛てに送ってあったのだ。マットもまだ何枚か残っていたはずだ。それを送ってもらうという手もあることに気づいた。

 第一、目的を考えれば、多少手間が増えるだけで、通常のペット用デオシートかなにかで代用すれば済む話なのである。

 5月中旬には出荷が再開されると言うが、再開してすぐに手に入れることは難しいだろうというのが僕の予想だ。ここしばらくの買い占め騒動などから類推しても、再び供給が滞ることを過度に恐れる一部の人々が、出荷再開と同時に買えるだけ買い占めようとして、一時的に出荷が追いつかなくなるであろうことは想像に難くないからだ。

 とにかく、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。ほとぼりが冷めるのを待つのは得意なのだ。だから僕はまだiPhoneもiPadも持っていないのだ。

 ところで、関係ないのだが、ひとつ言い忘れていたことがある。小学館の「きらら」で今年の2月から『ルドヴィカ』の連載が始まっており、第1回のみ「WEBきらら」で読めると書いたが、実はその後の回も読める(ということがあとでわかった)。タイトルの下の「1 2 3……」をクリックすると、それぞれの回の誌面がPDFで表示される仕組みである。よろしければ。

WEBきらら『ルドヴィカ』

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2011年4月17日 (日)

don't drink coffee, I take tea, my dear

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 イギリス旅行で1日だけオプショナルツアーに参加し、バスでウィンザー城とストーンヘンジとバースを巡った。参加者は総勢23名、全員が日本人で、ガイドさんも日本人だったのだが、もう何十年もこちらに住んでいるらしいこの人がたいへん特異なキャラの人で、道中まったく退屈しなかった。

 ひとつには、彼が語源などに詳しくて、地名の由来等についてたえまなく豆知識を授けてくれるのが個人的にツボだったからだ。ただ、それがあまりに早口でよどみないので、そういうことによっぽど興味のある人ででもなければ、ついていくのは難しかっただろう。たとえば、シャフツベリーという地名についてはこんな調子だ。「shaftというのは矢のことですarrowというのは後世に出てきた言葉で昔はshaftだったこのshaftをbury=埋葬した=廃棄した場所ということでShaftesbury」。

 もうひとつは、この人がイギリス的な皮肉屋というか、シニカルなユーモアのセンスをふんだんに持ち合わせていて、それをのべつまくなしにまき散らしているのがなんとも楽しかった。

 最初にそれに気づいたのは、一般道でも80キロくらい出すたいへん荒っぽい運転をする運転手さん(白人)について、こう言及しているときだっただろうか。「皆さん今日はラッキーですよ。運転手さんもたいへんやる気がありますしね。さっきから何度もスピード違反してますし」。この調子で、「オチのある話」を繰り広げるのだ。

 たとえば、紅茶の話をしてはこう言う。「こっちの水は硬水なんですね。そのせいで紅茶を淹れると真っ黒になる。日本で飲むときとは出方が違います。レモンティーにしてもレモンがどこにあるんだかわからない。コーヒーみたいに真っ黒になります。硬水だからおいしいんです。こっちで紅茶飲んであーおいしいなって思って紅茶の葉っぱ買って日本に持ち帰る人がいますが、ムダですよ、水が違いますから」。

 また、道中通りかかった、ニワトリを何羽も広い庭で放し飼いにしている家を指差してはこう言う。「ニワトリっていうのは鶏舎に閉じ込めて飼育してると短命なんですよ。せいぜい2、3ヶ月しかもたない。ところがそれを放し飼いにするとまた生命力が戻ってきて何年も生きるんです。こういう家なんかではそれをこうやって庭で自由にさせて死ぬまで飼うんです」とまるで「ちょっといい話」みたいに見せかけておいて、最後にポツリとひとこと、(表情も変えずに)「……死んだらダシを取るんです」。

 パターンが読めてきてからは、今度はどんなオチをカマしてくれるのだろうと楽しみにするようにさえなり、彼が次のネタを披露するたびに少なくとも僕と妻は大受けしていたのだが、見たところ、ほかに笑っている人はほとんどいなさそうだった。

 たぶん彼らは、笑っていいのかどうかがまずわからなかったのだろう。仮にもツアーのガイドさんがそんなブラックなネタを口にするなんて想定していなかったのかもしれない。どうやらユーモアらしいということがわかったとしても、単純に「笑えなかった」のだということもありうる。たしかに、少々人を選ぶギャグだったと思う。

 しかしそのガイドさんのすごいところは、そんな客の反応なんてまるで意に介さず、一方的に言いたいことを言いたいだけ言っていた点なのだ。ああいう超然とした態度、少しはあやかりたいものである。

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2011年4月12日 (火)

She does recognize it!

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 昨日・今日と大きめの余震が相継いでいる。そういうときはどうしても、テレビをしばらくつけっぱなしにして様子を見る癖がついてしまっているのだが、そうすると携帯の方が静かであってもテレビの緊急地震速報が「チョエンチョエン? チョエンチョエン? 緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください」というあの不吉な不協和音を鳴らしはじめる。

 するとクーが、どこからともなくスタタタタ……と走ってきて、リビングのテーブルの下に身を潜めるのだ。あきらかに偶然ではない。クーは、携帯の緊急地震速報も、テレビのそれも、警報の音をすでに記憶し、その後に来るべき揺れと結びつけているのだ。

 くどいようだが、そこまで知能が高いとは思っていなかった。今までおバカ呼ばわりしていてごめんクー。

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2011年4月 7日 (木)

Has she learned it?

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 先月、まだ連日のように余震が相次いでいた頃、緊急地震速報のサイレンが鳴り響いたり大きめの揺れが来たりしたときは、とりあえずクーを捕まえてリビングに連れてくるようにしていた。リビングがマンションの中でいちばん広く、倒れるようなものもなく、大きなダイニングテーブルもあって安心だからだ。

 そのうちクーは、揺れが来ると、わざわざ捕まえてこなくても自分からリビングに駆け込んでテーブルの下に身を潜めるようになった。テーブルの下を選んでいるのはたぶん、だだっ広いところを嫌う猫としての本能なのだろうが、あきらかに偶然ではなく、揺れに反応してそうしているらしく思われた。

 ついさっき、久々にケータイが例のサイレンを高らかに鳴らしたとたん、それまで浴槽の蓋の上にいたクーがリビングに駆け込んでいくのを見た。ついていってまもなく、最近ではかなり大きい部類に入る揺れが来た。見るとクーは、尻尾をタヌキ状に膨らませながらも、自ら入ったテーブルの下で小さく身を屈めていた。まるで、防災のための訓練を積んだ子どものようだった。

 そして揺れがあらかた収まったかな、と思った頃には、クーはすでに廊下に出て、もといた浴室に戻ろうとしているところだった。もう大丈夫だと判断したのだろう。

 あとになって気づいたのだが、クーがリビングに駆け込んだのは、揺れが来る前だった。つまりクーは、速報のサイレンに反応して行動したのだということになる。できすぎな気もするが、クーはもしかしたら、先月のいくつかの経験からパターンを学習し、期せずして「訓練」したのと同じ効果がもたらされていたのかもしれない。「あのポエーッポエーッという音」→「揺れる」→「テーブルの下に」というパターンだ。

 ふだんおバカだおバカだと思っているが、思っているより知能が高いのかもしれない。暗くなくても瞳孔が開き気味の呑気そうな顔を見ていると、やはりおバカとしか思えないのだが。

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2011年4月 4日 (月)

現金な生き物

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 旅行の間、川越の実家に預けておいたクーは、前半はもっぱら、2階のベッドの中に潜り込んで過ごしていたようだ。つまり、旅行に先立って1泊だけ一緒に泊まったとき、僕が使った部屋である。そこに僕が寝ていたことは覚えていただろうし、たぶん、僕のにおいも残っていただろう。馴染みのない環境の中でそこだけが唯一、クーにとって安心できる場所だったのだろうなと思うと泣けてくる。

 しかし、猫は基本的に現金な動物である。後半には新しい家にも慣れてきて、それなりに楽しく、母の言葉を借りるなら「傍若無人に」過ごしていたようだ。「最初はおとなしい猫だと思ってたけど、それは“猫をかぶって”いただけだとわかった」とは母の弁である。実際、帰国したその日の午後、さっそく引き取りに行った際に見たところ、襖や畳にも爪を研いで毛羽立った箇所がいくつかあった。

 最初こそ、においを嗅いでは唸っていた父のことも、後半はまったく警戒しなくなっていたらしい。おそらく、父の体臭のどこかにケモノのような要素があり、クーは本能的にそれに反応して唸っていたのだが、やがて父が危険のない存在であるどころか「自分をかわいがってくれる人」らしいということがわかって(実際父は、人間よりも猫が好きと言っていいほどの猫好きである)、警戒を解いたのではないかと僕は考えている。

 画像は、父の腕に抱かれてあられもなく腹を見せているところである。この前の晩には、ついに父の寝床にまで入ってきたそうだ。

 僕が実家に着いたときには、クーはこたつの中で寝そべっていた。かけ蒲団をめくり上げて名前を呼ぶと、「ん?」と疑問形でひと声鳴いたものの、大喜びで駆け寄ってくるでもなく拍子抜けさせられたが、新しい環境に慣れはじめたところにまた突然僕が現れたので、少々混乱していたらしい。引っ張り出して胸に抱くと、まったく抵抗もしなかったが、特に喜んでいる様子もなく、僕が誰であったかを思い出そうとしているように見えた。

 1時間もすると、僕が触るたびにゴロゴロと喉を鳴らすようになり、連れ帰ってからはあっという間にもとのクーに戻った。理由もわからないままよその家で過ごした不思議な1週間のことは、たぶんもう忘れてしまっているだろう。

 仮に、渡航先で僕や妻がなんらかのトラブルに見舞われ、そのまま帰らぬ人となったとしても、クーは実家でそれなりに幸せな余生を送ることになったのではないかと思う。そのことに一抹の寂しさを感じないでもないが、同時にそれは、心安らぐことでもある。しょせん、犬ほどの忠誠心は持っていないということだ。

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2011年4月 3日 (日)

A nuclear error, but I have no fear

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 2日の朝に、ロンドンから成田に戻ってきた。震災の影響でキャンセルが続出したと見えて、行きも帰りも飛行機・空港ともに驚くほどすいていた。そういえば、どこの国に行ってもたいていザラに見かけることになる日本人旅行者に今回はあまり遭遇しなかったが、それも偶然ではないのだろう。

 帰国するまでに、日本列島が自分の知っている状態のまま残っているかどうかという点について不安がなかったわけではないが、テレビでも新聞でも、日本のことはほとんど報道されていなかった。前半は、2009年にG20サミットへの抗議運動に参加して路上で警官に倒され死に至ったイアン・トムリンソン氏をめぐる審理かなにかが始まったという件で、後半は、5歳の少女が十代の少年に射殺されたという事件でもちきりだった。

 日本について目に触れたのは唯一、福島から発生したものと目される放射性ヨウ素がごく微量ながらオックスフォードで検出された、という小さな新聞記事のみだった。「官房長官」が the Chief Cabinet Secretary だということを初めて知った。そうか、「秘書」だったのか、枝野さんは。

 そんなわけで、日本は少なくとも出てきたとき以上に深刻な事態にはなっていないらしいという想定のもとに、可能なかぎり旅を楽しんでくることができた。

 英語の国だし、治安も悪くなく、またロンドン市内は地下鉄網が発達しているので、ほとんど困ったことにもならなかった。失敗といえば、木曜日、最後の晩にスムーズに食事にありつけなかったことくらいだ。この晩、ロンドンらしくパブで最後の夕食を楽しもうと考えた僕と妻は、条件を満たす店を探して2時間近くもさまよい歩くことになる。

 パブで食事を取るにあたって、事前に知っておくべきだったと思うことが少なくとも2点ある。まず第一に、木曜の夜は飲食店が軒並み混むということ。第二に、パブと呼ばれるような店では、調理が必要になるような料理は遅くとも午後9時ごろには給仕してくれなくなるということ。

 前者については、あとでガイドさんから聞いたところによると、休前日である金曜日はわりとみんなさっさと帰宅してしまって家族サービスに徹するので、職場の同僚や友人との社交は木曜日がピークになるのだという。おかげで当日は、いつ通りかかってもすいているように見えた店でさえ、店の中にも外にも客が溢れかえっていて、注文の番が回ってくるのを待ちきれずに断念してしまったほどだった。

 後者については、そもそもパブで食事を取ろうとすること自体が無謀だったのかもしれない。あれはあくまで、ビールを片手に友人とのおしゃべりに興じるための店なのだ。

 それでも僕たちは、最後にはなんとか、"Hot Foods Available until 10:00"と書いた黒板を掲げているパブ(そのこと自体が売りになるということだ)を見つけて、シェパードパイ(ひつじ肉のパイ)やらフィッシュ&チップスやらを注文することができた。げっそりしながら時計を見たら、9時47分だった。

 パブについて学んだことがもうひとつある。店の外にまで人が溢れているからといって、店内にスペースがないとはかぎらないということだ。

 彼らはとにかく、屋外が好きである。日本でも欧米の人々はテラス席が大好きで、日本人なら誰も好んでそこに座ろうとはしない真冬でも厭わず占拠している姿をよく見かけるが、どのパブでも店の外で立ち飲みをしている人を少なくとも10人ずつくらいは見かけた。しかし入ってみると、テーブル席は3つくらい空いていたりするのだ。あの感覚は、日本人である僕にはちょっとわからない。

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