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2011年4月 4日 (月)

現金な生き物

Kf

 旅行の間、川越の実家に預けておいたクーは、前半はもっぱら、2階のベッドの中に潜り込んで過ごしていたようだ。つまり、旅行に先立って1泊だけ一緒に泊まったとき、僕が使った部屋である。そこに僕が寝ていたことは覚えていただろうし、たぶん、僕のにおいも残っていただろう。馴染みのない環境の中でそこだけが唯一、クーにとって安心できる場所だったのだろうなと思うと泣けてくる。

 しかし、猫は基本的に現金な動物である。後半には新しい家にも慣れてきて、それなりに楽しく、母の言葉を借りるなら「傍若無人に」過ごしていたようだ。「最初はおとなしい猫だと思ってたけど、それは“猫をかぶって”いただけだとわかった」とは母の弁である。実際、帰国したその日の午後、さっそく引き取りに行った際に見たところ、襖や畳にも爪を研いで毛羽立った箇所がいくつかあった。

 最初こそ、においを嗅いでは唸っていた父のことも、後半はまったく警戒しなくなっていたらしい。おそらく、父の体臭のどこかにケモノのような要素があり、クーは本能的にそれに反応して唸っていたのだが、やがて父が危険のない存在であるどころか「自分をかわいがってくれる人」らしいということがわかって(実際父は、人間よりも猫が好きと言っていいほどの猫好きである)、警戒を解いたのではないかと僕は考えている。

 画像は、父の腕に抱かれてあられもなく腹を見せているところである。この前の晩には、ついに父の寝床にまで入ってきたそうだ。

 僕が実家に着いたときには、クーはこたつの中で寝そべっていた。かけ蒲団をめくり上げて名前を呼ぶと、「ん?」と疑問形でひと声鳴いたものの、大喜びで駆け寄ってくるでもなく拍子抜けさせられたが、新しい環境に慣れはじめたところにまた突然僕が現れたので、少々混乱していたらしい。引っ張り出して胸に抱くと、まったく抵抗もしなかったが、特に喜んでいる様子もなく、僕が誰であったかを思い出そうとしているように見えた。

 1時間もすると、僕が触るたびにゴロゴロと喉を鳴らすようになり、連れ帰ってからはあっという間にもとのクーに戻った。理由もわからないままよその家で過ごした不思議な1週間のことは、たぶんもう忘れてしまっているだろう。

 仮に、渡航先で僕や妻がなんらかのトラブルに見舞われ、そのまま帰らぬ人となったとしても、クーは実家でそれなりに幸せな余生を送ることになったのではないかと思う。そのことに一抹の寂しさを感じないでもないが、同時にそれは、心安らぐことでもある。しょせん、犬ほどの忠誠心は持っていないということだ。

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