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2011年9月 8日 (木)

Acquiredな計画性

 連載原稿やら、スポットの短篇やら、書き下ろしの途中経過報告やら、新連載のプロットやら、5つの〆切が先月末から2週間の間に集中していた。おそらく、兼業時代から通して最も仕事が立て込んでいたミゾウユーの(古い)ヤマ場だったと思う。

 もちろん、定められたそれぞれの〆切にバカ正直に照準を合わせてすべてを進めていたら物理的にパンクすること必定なので、一部を前倒しにしたり、一部をデイリーで切り替えて並列処理的に少しずつ進めたり、と調整して、絶対に間に合うであろうスケジューリングのもとに進めていたわけだが、それでも「本当に全部こなせるのかな」という不安が常に隣り合わせだった。

 それがつい先ほど、一応すべて完了した。しかも、想定していた完了日より3日も早く上がってしまい、やや拍子抜けしている。なお、今年の誕生日はその渦中にあったわけだが、それはそれでちゃんと妻に銀座で寿司をごちそうになったりしている。それも含めてのスケジューリングだったわけだ。今後、何度もこういうヤマ場をこなしながら、少しずつ自信をつけていくことになるのだろう。

 しかし考えてみれば、僕のこの計画性は完全に後天的なものであり、学生、いや、社会人初期くらいまでの頃は、むしろいつも行き当たりばったりで、しょっちゅうなにかが間に合わなかったり、その結果しばしば修羅場を迎えたりしていたのだ。いつ、何がきっかけでこんなに計画的になったのか、そのいきさつをどうしても思い出せない。

 大学4年のとき、こともあろうに採用試験に15分も遅刻したことがある。担当官は笑って許してくれたばかりか、その会社はその後2度の面接を経て内定までくれた(結局、そこには行かなかったが)。

 当時は、「試験に遅刻するなんて普通に考えて言語道断で致命的なのに、それを見逃すとはなんて太っ腹なんだろう」と思っていたが、意外とそういう部分というのは後づけでどうにでも矯正できるものなのかもしれない。そしてあの担当官は、あの時点でそれを見抜いていたのかもしれない、と今になって思う。

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