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2011年10月27日 (木)

サイズが違うだけ

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 以前このブロクで書いたことだが、クーは「猫のぬいぐるみに似た猫」である。つまり、猫の、人間にとっての愛玩性だけを抽出し、猫特有のまつろわぬ雰囲気などを捨象したものが「猫のぬいぐるみ」なのだとすれば、猫そのものよりもむしろそのぬいぐるみの方に近いのが、クーという猫なのである。

 そのせいか、この黒猫の顔部分だけでできたクッションが、マッサージチェアに乗っかっていると、見るたびに一瞬、「あ、クーがいる」と思ってギョッとしてしまう。ギョッとするのは、目玉があまりにもデカいからだ。それでも、僕の目はとっさにそれをクッションとは認識せず、「クーがいる」と感じるのである。

 実際、マッサージチェアの上にこうして現物と一緒に並べてみると(というより、現物が自らクッションのそばに居場所を見つけたのだが)、サイズが異なるだけで、ほとんど見分けがつかないように思える。

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2011年10月15日 (土)

コベク

 僕は、ごく少数ながら僕を愛してくれるあなたがたを愛しています。サランヘヨ。ありがとう。コマワヨ。ナル・ケソク・サランヘ・ジュセヨ。ネ・チェギ・チャル・バルリジ・アナド。

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2011年10月10日 (月)

4つの報告

【報告その1】
 8月に創刊したデジタル総合文芸誌「月刊アレ!」10月号の小松左京氏追悼特集に、短篇『ミドリ男の勧誘』を寄稿している。先月末に発売されているのだが、実はいまだに自分ではそれがどのように掲載されているのかを確認できずにいる。たぶんなにかが間違っているのだが、どこがおかしいのかを特定できないので、ひとまず告知だけしておくことにした。このままでは、電子時代に適応できず取り残されること必定である。

 「月刊アレ!」10月号

【報告その2】
「別冊文藝春秋」11月号に、僕の小説『私は非公認』の連載第3回が掲載されている。ウラモトユウコさんの扉絵は本当にキュートだ。ところで最近、とある席で小路幸也さんと初めてお会いしたのだが、そのとき小路さんが、「連載中の見本誌を見ているとときどき平山さんの名前を見かける」とおっしゃっていて、僕自身、つい最近も自分がもらった見本誌で小路さんの名前を見たなぁと思ったのだが、どの雑誌だったか思い出せなかった。帰宅してから、この「別冊文藝春秋」だったとわかった。

【報告その3】
 僕の単行本で次に刊行されるのは『3・15卒業闘争』という長編(「ラスマン回帰公式純正作品」と呼びたい衝動に駆られるもの)で、これは角川書店から今月28日に発売されるはずだったのだが、さる事情で発売が1ヶ月延期になってしまった。すでにいくつかのネット書店のサイトなどで「10月28日発売」と表示されてしまっているが、実際には11月末ごろである。表示もいずれ切り替わっていくことと思うが、すでにチェック済みだった方にはお詫び申し上げなければならない。

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【報告その4】
 ここ1週間ほどで、クーが陽だまりに寝そべるようになった。この姿を見ると、「ああ、秋になったんだなぁ」と実感する。そしてこういうアングルから撮ると、この猫が猫としてはかなり大柄であることがよくわかる。それにもかかわらず僕はしばしばクーを「小さい」と感じていて、何が原因なのかと考えていたのだが、どうやら耳の相対的な大きさと関係があるらしい。

 子猫はふつう、頭部の中で耳の占める割合が不釣り合いに大きい。その後成長しても耳の大きさだけがあまり変わらず、他の部位が大きくなることによって耳は相対的に小さく見えるようになっていくのだが、クーの場合、生後4年経った今でも、子猫時代と比べて頭部において耳の占める割合があまり小さくなっていない気がする。そのせいで、子猫的なあどけなさだけが見かけに残っていて、「小さい」と錯覚してしまうのだろう、と今のところは分析している。

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