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2012年11月 1日 (木)

I'm all lost in the residential area

 そんなわけで、昨日は都内某所を舐めるように逍遥して脚が棒のようになってしまったわけだが、具体的にやっていたことは、一種のロケハンである。

 事前に地図を見て、たとえば「この登場人物はこのあたりに住んでいる」「この事件が起きるのはこのあたり」と目星をつけておき、その後実際に現地に行ってみて、それが設定上無理のないものになっているかどうかを「検証」するわけである(もちろん、仮に無理を感じた場合は、急遽別の候補地を物色するなどの修正が必要になる)。

 一般的な観光地や名所などを探すわけではないので、頼りになるのはなんといっても地図だ。今現在、どの道のどのあたりにいるのか、というのが、死活問題と言っていいほど重要な情報になるのである。

 3月にiPadを導入してからは、そのマップ機能を最大限に活かしていたわけだが、周知のとおり、iOS6になってからApple社が導入した「独自のマップ」は、すこぶる使い勝手が悪い。というか、ほとんど使いものにならない。そして僕は、うかつにも、「あーはいはい」という感じでiOS6にアップグレードしてしまっていたのだった。

 先ほど「周知のとおり」と書いたが、それが「周知」のことであるのを僕が知ったのは、事後だった。iPadもiPhoneも使っていない妻でさえ、その風評を耳にしていたらしく、僕が愕然としているさまを見て気の毒がっていた。世の中で起きているある種の事柄に対しては、まるで世捨て人のように徹底して無関心になる僕自身の性向が災いした形だ。

 なんとかダウングレードできないものかとネットで方法を探ってみたが、どのサイトを見ても、それをするための絶対的条件を僕が欠いている、ということしかわからなかった。どうやら、あきらめるしかないらしい。

 折しも米Apple社のスコット・フォーストール上級副社長の更迭が報じられ、この地図ソフトの欠陥が原因ではないかと取り沙汰されているようだが、責任の追及などこの際どうでもいいから、とにかく1日も早く欠陥を正して(というより素直にGoogleマップに戻して)OSのアップグレードを可能にしてほしいと切に願う次第である。

 ともあれ、僕としては昨日も、欠陥があるとわかっていながら、そのマップを利用せざるをえなかったわけだ。用心して、肝腎な部分だけはあらかじめPCのGoogle Mapをプリントアウトしておいたので、それとの併用でなんとかことなきを得たが、私鉄の駅がまったく違う場所に表示されていたりして(そのうちのひとつは、住宅地のただ中にある駐車場だった)、もう少しで迷子になるところだった。

 それにしても、見知らぬ土地を取材目的で訪れたあとにはきまって、そこで目にしたさまざまな光景や印象が脳内に溢れかえっていて、しばらくは眠ることさえできない。昨夜も、(食べられないほどまずい料理によってトドメを刺されたこともあって)くたくたになって帰宅したのに、頭が興奮していてすぐには寝る気になれなかったし、横になってからも、脳内の氾濫は長いこと留まらなかった。いわば、うなされているのに近い感覚である。

 観光目的の旅行をしているときとは、五感の使い方がまるで違っているのだろう。ただの旅行なら、目的地同士をつなぐ通過点などにはほとんど目を向けていないが、取材の場合、想定している登場人物になったつもりで、そこにあるすべてを吸収しようとする。結果として、いちどきに膨大な量のデータが脳内に流れ込むことになり、オーバーフロー現象を起こしてしまうということだ。

 昨日巡った界隈が舞台になっている夢も無数に見たようだが、何ひとつ覚えていない。たぶん脳が、それ以上の負荷をシャットアウトするために、忘れることを自らに命じたのだろう。おかげで、今朝目覚めてからようやく人心地がついた気がする。

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