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2012年11月 5日 (月)

謎の町フーク・イール

 9月に出た僕の最新刊『僕の心の埋まらない空洞』の主要な舞台となっている地方都市は、作中で明示してはいないが、実は福井市がモデルである。ちゃんと現地にも取材に行っている。作中に出てくるイタリアンのレストラン「イル・フィウーメ」にもモデルの店が実在するので、現地の人が注意深く探せば、ここがそれだろうと特定できるかもしれないくらいだ。

 ただ、それ以外には、方言も含めて、地域を特定できるような要素は極力盛り込まないようにしていた。福井市をモデルにしたことに、特別な理由はないからだ。強いていえば、「東京からほどよく離れたところにある小ぶりな地方都市で、なおかつ極端に北でも南でもない」という条件を満たすところを探した結果にすぎない。

 と、僕自身はそのように思っていたのだが、最近、「福井」ということになにか意味があるのではないか、と思い直さざるをえないきっかけがあった。

 今週、『マザー』の文庫版が発売されるが、それのゲラを見ていたとき、「おや?」と思った。執筆したのは3年くらい前だし、単行本が出た直後以来、読み直すのは2年ぶりだったので、自分でもほとんど忘れていたのだが、この小説の主人公の1人、伊神雄輝の恋人である「麻子」は、「福井から上京してきた」という設定なのである。 

 それだけではない。実は、2007年に単行本が刊行された『冥王星パーティ』が、ほぼ6年後である今年の暮れにようやく新潮文庫入りすることが決まったのだが(ただし、『あの日の僕らにさよなら』と改題)、『マザー』にひきつづきそれのゲラを見ていたとき、これはもはや偶然とはいえないのではないか、と思った。

 というのも、こちらでも、主人公の1人、桜川衛の恋人である「彩香」が、「福井から上京してきた」という設定になっているのだ。これにはさすがに少々愕然とし、忘れていたとはいえ、ここまでたびたび福井に言及しようとする自分の真意はどこにあるのだろうかと考え込んでしまった。

 念のため断っておくが、僕はこれまで、福井出身の女性と交際したことはないし、妻の出身地もそれとは違っている。しかし僕の無意識には、「福井」という土地がなんらかの形でくっきりと刻印されているらしいのだ。

 もしかして、僕にとっての「福井」とは、宮沢賢治にとっての「岩手」が心の中で「イーハトーブ」となっていたのと同じように、なにかファンタジックな、あるいはシンボリックな紗がかかった心象風景的な存在となっているのであろうか。いずれにしても、その理由が不明なのだが。

 これからは福井のことを、勝手に「フーク・イール」とでも呼ばせてもらおうかな。

 

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