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2012年11月18日 (日)

おおらかな大人になりきれない

 住んでいるマンションにはエレベーターが1基しかないので、他の住民とかち合うことは頻繁にある。しかし僕は、可能なかぎりその機会を避けようとして、自分が乗ろうとしたときにエレベーターが稼働中だと、それだけで乗るのを断念して非常階段に切り替えてしまったりする。6階なので、下りはともかく上りは少々つらいのだが、それでもだれかと一緒になるよりはマシだと思ってしまうのだ。

 われながらおとなげないなと思うが、住民と出くわすのを避けたいことには理由がなくもない。専業になってからは、平日の日中にマンションを出入りすることが多くなった。その姿を、ほかの住民に見られたくないのである(僕が作家であることを知っている人は、マンションにはたぶん1人もいない)。

「なんだか平山さんの旦那さん、最近よく平日の日中にこのへんをうろうろしてるみたいだけど、仕事ないのかしら」「スーツ姿でいるところもめっきり見なくなったし、こんな時世だけにリストラでもされちゃったとか?」「でも本人にはちょっと訊けないわよね」「それにしてもずいぶん長くない? 歳も歳だし、ずーっと仕事が見つからないのかもね」「奥さんも働いているから生活はなんとかなるのかもしれないけど、お気の毒に」

 そんな風に勝手に想像されているかもしれないことが耐えられないのである。もちろん、自意識過剰だということはわかっている。仕事だって、どこかに通勤しているにしても、土日が休みとはかぎらない。しかし、一瞬「あれ?」と思ったことがある住民は、まちがいなく存在すると思うのだ。

 顔を合わせれば二言三言口をきく程度にはなじみのある間柄なら、妙なタイミングで出くわしたときに、「実は最近、在宅の仕事に切り替えまして」などと言い訳をすることもできるが(実際、何人かにはそうした)、そうでもないと、自分から言うのも変だし、相手からはもちろん何も訊いてくれないので、「こう思われてるかもしれない」と思っていても手の施しようがない。まるで、ツッコミ待ちの姿勢を取っているのに誰にもツッコんでもらえずにいる芸人のようではないか。

 さっきも、避けようのない形で住民とエレベーターで一緒になってしまい、瞬間的に身構えた。しかしよく考えたら、今日は日曜だからそんなことを気にする必要はないのだ。というか、普段だって本当は、そんなことを気にしてもしかたがないのである。

 そういうことを気にせずにいられる性格になりたい。そういうおおらかな大人を目指そう。僕が大人になったらなんになろうかなんて、いまでも考えてしまう。可笑しいだろ(斉藤和義)。

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