« 今日の反省(約1,500字) | トップページ | たとえ世界が白くかすんでも »

2012年11月13日 (火)

人間はどこに?

Photo

 

 小説執筆のための取材で、担当の編集さんとともに、羽田空港が目と鼻の先にある都内某所を訪れた。

 そこには日中、かなりたくさんの人がいるはずなのに、外を歩いているかぎり、およそ人の気配が感じられなかった。建物は隙間なく密集しているし、その間を碁盤の目のように区切る舗装道路のそこかしこに、車は無数に停めてある。つまり最低、その無数の車と同じ数だけの人は、この中のどこかにいるはずである。でも、その姿はどこにも見えない。

 まるでゴーストタウンのように、通行人というものをまったく見かけないのだ。大通りにはかまびすしく車が走っているが、それすら、ただ「車が動いている」というだけで、運転席は無人であるかのような錯覚に囚われてくる。

 人のいる痕跡だけは随所に見られるのに、肝腎の人の姿が見えない光景というのは、どうしてこうも背筋をぞっとさせるのだろうと思った。

 いちばん近いのは、楳図かずお先生の大作『わたしは真悟』の扉絵に使われていた一連のイラストである。都市の風景。ビルがあり、鉄橋があり、舗装されたゴミひとつ落ちていない道路がある。そこに停められている車もある。それにもかかわらず、それらを背景に存在していてしかるべき、あたりまえの人間たちの姿がない(かわりに、なぜかそこで遊ぶ、そこに存在するはずのない美しい少年と少女の姿がある)。

 自分が知らないだけで、この東京には、まだまだ秘境や異境がざらに転がっているものなのだ。そんなことを思いながら、帰路、生涯で初めて乗る路線のバスで大森駅に向かった。


【注記】

 実際にはその「異境」も、一歩建物の中に入れば大勢の人がいて、外観から勝手に寄る辺ない気持ちになっていた者にとっては拍子抜けさせられるほど親切に、あれこれ案内していただいた。お仕事の手を休めて快く取材に応じてくださった方々、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 

|

« 今日の反省(約1,500字) | トップページ | たとえ世界が白くかすんでも »