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2012年12月11日 (火)

補正されるイメージ

 金正恩第一書記のあの髪型は、たぶん若き日の金日成を意識したものなのだろうが、刈り上げが相当キツいので、ソフトモヒカンの一種と捉えられないこともない。しかし歴史上に存在した髪型でもっと似ているものを挙げるなら、それは「テクノカット」ではないだろうか。

 ごく稀にだが、40代くらいの男性でテクノカットにしている人を見かけることがある。単に刈り上げがキツいだけの人を指しているのではない。身に着けているものなどから総合的に判断して、本人なりに明瞭にファッション意識を発揮した結果そうなっているのだ、ということがひと目でわかるケースのことだ。

 あれは、同じ世代の女性に一定量の割合(といってもかなり僅少だが)で今もって「聖子ちゃんカット」(もちろん、「青い珊瑚礁」「白いパラソル」などの時代の聖子ちゃんである)が見られるのと同じ理屈ではないかと僕は思っている。

 たぶん彼らは、ベストの状態だった、少なくとも、自分にとってはこれがベストだと思えた頃の自分たちの外見を、その後何十年にもわたって反復しつづけているのだ。

 単に、変えるのがめんどうくさいというだけの理由でそうしているケースもあるだろうが、中には、「こうしているかぎり自分はイケているはず」という思い込みが更新されないまま現在に至ってしまっている人もいるのではないか。

 しかしこれは、難しい問題である。僕自身ももちろん含めて言うのだが、人は現実の自分の外見を、肯定的な自己イメージに引きつけて自動補正しながら見てしまう傾向のある生き物だからだ。その髪型がとっくに似合わなくなっていても、あるいは、似合うに合わない以前にもう誰もそんな髪型をしなくなっていても、鏡を見るときに脳は、「これでイケているはず」と誤認してしまうのである。

 ただ、それを言うなら、金正恩第一書記のようなケースは楽かもしれない。彼の場合、あれが最初からトレードマークになっているわけだから、たとえ40年後にまったく同じ髪型をしていたとしても(そんなに長期にわたってあの人に活躍してもらいたくはないが)、誰もそれを変だとは思わないであろうから。

 それにしても、上手に歳を取るのは難しい。教えられたものだけじゃ、いまいち完成しないんだ。計算は合ってるはずなのに。(back number

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