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2012年12月 4日 (火)

意外と働いている僕の脳

 近所のスーパーでレジに並んでいるとき(このシチュエーションが多いのはやむをえないことだ。僕はほぼ毎日、マンションの中か、それを中心とする半径せいぜい30mくらいの世界で生きているのだから)、店の人に以下のように言われて、一瞬固まってしまったことがある。

「お持ち帰り用の袋はおつけしてよろしいですか?」

  スーパーで買い物をしたときにくれるポリ袋のことを指しているのだが、意味がわからなかったのは、このひとことが、「つけてもいいか」という許可を求める形を取っていたからだ。

 最近では「マイバッグ」を持ち歩く人も多くなった。その店も、レジの手前のところにカードが置いてあって、ポリ袋が不要な人はそれをあらかじめカゴの上に乗せておけばいいようなシステムになっている。ただ、それに気づかない人もいるし、見たところマイバッグらしきものを持参していないからといって、本当にポリ袋が必要なのかどうかは判断しきれない。

 そのために、念には念を入れて、ポリ袋が必要ということでまちがいないかどうかを口頭で確認しようとするのはわかる。でももしそうなら、彼女は本来、こう訊ねるべきではないのか。

「お持ち帰り用の袋をおつけしましょうか?」

 店にしてみれば、ポリ袋はあくまでサービスとしてつけているもので、つけずに済めばコスト削減になってありがたいという位置づけにある代物のはずだ。ところが、それを「つけてよろしいですか?」などと言われると、まるで店が率先してつけたがっているかのように聞こえる。そんなはずはないということが僕の頭の中では当然の前提になっているので、だから言われたときとっさに意味がわからなかったのだ。

 もっとも、世の中にはあらぬことで言いがかりをつけてくる変な客というものが確実にいる。「おつけしましょうか?」などと訊こうものなら、「当たり前だろ、見りゃわかんだろ!」と、あるいは、「そんなことわざわざ訊いてきやがって恩着せがましいんだよ!」といきなりキレる人も、たぶん一定割合で存在するだろう。そういうトラブルを避けるために、とりあえず目一杯下手に出ておこうとする店の姿勢も、そう考えてみれば理解できる。

 いや、僕はなにも、レジの人の言い方が日本語としておかしいのではないかとか、そんな批判じみたことを言いたいのではない。おかしいのは事実としても、「変な人対策」としてはそれも無理はないと思えるからだ。僕が言いたいのは、こうした定型的なやりとりにおいても、人間の脳というのは意外とちゃんと言葉の内容を聞き取って、それに反応しているのだな、ということなのだ。

 買い物のときに使われる言葉なんて、ましてスーパーのレジならあらかたは決まりきっている。なんなら言葉などいっさい聞かずに、レジに表示された数字さえ見ていれば事足りるはずだ。実際そのときの僕も、彼女が口にする言葉に、特に意識的に耳を傾けていたわけではなかった。それでも僕の脳は、「あれ、なんか今、文脈的に変なこと言わなかった?」ととっさに「異変」を感じ取ったのだ。

 しかし僕はすでに、その店では、全員ではないが一部の従業員が、会計時にそう言ってポリ袋の要不要を確認してくるのだということを認識している。そうすると、「おつけしてよろしいですか?」という言い回し自体が「定型句」として僕の脳に登録されるので、もはやなんら戸惑うことなく、「はい、お願いします」と返すことができるわけだ。

 いや〜、人間の脳って、ほんっとによくできてますね(とってつけたような結論)。

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