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2012年12月16日 (日)

選挙に際して頭をよぎった極端な考え

 仕事で一段落ついてから、と思っているうちに、投票受付時間ギリギリになってしまい、大慌てで会場に向かった。投票を終えて帰ろうとしたら、腕章をつけた人に呼び止められた。朝日新聞の出口調査だった。

 少し違うが、いわゆる「無作為抽出」による世論調査の結果はこれまで無数に見てきたものの、その調査の対象として「抽出」されたことは、生まれてこのかた一度もない。

 あれは本当にちゃんと「抽出」してるんだろうか、まるっきりのデタラメではないにしても、ごく少数のサンプルで行なったデータを水増ししてるだけなんじゃないだろうか、とときどき疑いたくなることがあったが、今日の経験で、なんとなく信じていいような気になった。

 前回の選挙で民主党に投票したかどうかがわざわざ質問として立てられていた。「前回はどこに入れたか」ではなくて、「前回、民主党に入れたか」である。集計結果をどういうストーリーの記事に仕立てるつもりなのかが丸出しの設問だ。まあ、「検証すべき仮説」というやつだろう。

 で、投票所からの帰りについでに夕飯のおかず等を買って帰宅してテレビをつけたら、なんだかすでに大勢が判明している気配で、しかも僕にとってはたいへん残念な結果になりつつあるようだとわかった。

 どうせ今回の投票は、自分史上最高に近い消極的な選択、窮極の消去法とでもいうべき態度で臨まざるをえなかったのだが、それにしてもこれから出るであろう結果には、心底がっかりさせられるであろう(現時点で未確定なので一応未来形)。僕にとって最悪から2番目のシナリオだ。まあ、最悪でなかっただけまだしもとすべきか。

 もともと好きではなかった世の中が、ますます好きではなくなっていく。いっそ日本国籍を捨ててしまおうか、といった極端な考えすら頭をよぎる。僕が日本人として生まれたのは単なる偶然にすぎない。偶然によって結びつけられた国に、帰属意識を抱かなければならない必然性がどこにあるというのか。

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