« 意外と働いている僕の脳 | トップページ | ヨロブンミアネヨ »

2012年12月 6日 (木)

あまり黒くなかったクー

Img_0520

 5年前の初夏、この猫を人から譲り受けたそのときは、「ほぼ黒猫」だと思っていたが、成長するにつれてだんだん黒くなくなり、今ではこのとおり、特に陽だまりの中ではちっとも黒猫ではなくなってしまっている。

 というのはもちろん正確な表現ではない。猫の毛の模様は最初に生えたときから死ぬまで変わらないはずだ。黒い部分とそれ以外の部分の位置も比率も仔猫時代から変化してはいないのだが、体全体が小さいと、模様がぎゅっと凝縮しているために、結果として黒い部分が目立っていただけなのだ。

 まあ僕はもともと特に黒猫がほしいと思ってこの猫を選んだわけではないし、このようなサビ模様の猫も一度飼ってみたかったので、不満があるというわけではまったくないのだが、こうまで黒猫から遠ざかってしまうと、なんだかサギにあったような気持ちになってくる。

 それにしても、この色構成は、あまり和猫風ではないように見える。特に、赤っぽい茶色の部分がそうだ。こういう色が入った猫の姿は、もっぱら欧米の猫の写真ばかりを集めたカレンダーなどでしか見ない気がする。どこかで洋猫の血が入っているのだろうか。

 クーを見ているといつも、4代くらい前にひっそりと欧米人の血が入っている田舎の元気で大柄な娘、というものを連想してしまう。

 たとえば、明治時代、洋妾(ラシャメン)としてハーフの子を産んだ母親が、結局シングルマザーとなってやむなく郷里に戻り、その子の血を引く者が代々その土地で育っている。むこうの血が入っているから顔もちょっとバタくさいし、体つきも大柄で、よく見るとかなり美少女なのだが、本人にそういう意識はまったくなく、ほかの子どもたちと一緒になって野原を駆けずりまわっている。そういうイメージだ。

 そしてその、かすかにエキゾチックな面立ちをした大柄な子は、遊び疲れるとふいに陽だまりでコテンと横になって、幸せそうな顔で眠りはじめるのである。

|

« 意外と働いている僕の脳 | トップページ | ヨロブンミアネヨ »