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2012年12月13日 (木)

家族団欒に供された半世紀前のある記録

 昨日、川越の実家に行ったとき、大学在学中に芥川賞の候補になったことのある母(旧姓で加藤浩子)についての記事がネット上に存在することが、姉からの指摘で判明した。

 さっそくiPadで検索してみたところ、それは「芥川賞のすべてのようなもの」なるサイトの一部であるらしく、1962年下期の芥川賞候補となった母のプロフィール(息子が僕であることにも言及されている)とともに、作品に対する選考委員らの選評(当時、『文學界』に掲載されたもの)が列挙されている。

http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun48KH.htm

 候補になった作品そのもの(作品名『白猫』に対してこのページでは「しろねこ」とルビが振ってあるが、本当は「はくびょう」が正しい。もっとも、これをそう読む人は普通いないだろう)は、ずっと前に、原稿用紙に書かれたものを母から直接読ませてもらったことがあったが、選評を目にするのは初めてだったので、非常な興味を抱きながら目を通した。

 選考委員の名前を見ると、石川達三、高見順、船橋聖一、川端康成など錚々たる顔ぶれである。ただその高見順は、この作品について、「『群像』合評会のとき、北原武夫氏の否定論に対して私は擁護にまわった」と言っておきながら、「しかしこの席では擁護できなかった」と落としている。どっちなんだ!

 瀧井孝作の評もふるっている。「体の関係に至る所でお互に何もしなかったのは宜いが」という前半はいいとして、それに続けて、「特にほめる程の出来栄でもなかろう」。これもなんだか後半であっさりきっぱり落としているぞ! その一方で、船橋聖一の「年若い女子学生の色気が、素直にたっぷり出ているところは、好感がもてる」という評言は、なんだかほほえましくてよい。

 と、高みに立って「選評の寸評」みたいなえらそうなことが言えるのも、これがすでに半世紀も前のものであり、選考委員の諸先生方も今や誰ひとり存命ではないからだ。母本人も、当時これらの、特に辛口の選評を読んでどう感じたかはいざ知らず、今となってはもう大昔の青春の1ページという位置づけだろう。

 いろいろな意味で秀逸な選評の数々を読み上げつつ、家族全員で笑った楽しいひとときであった。

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