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2013年3月22日 (金)

a confession

 たとえば『大人になりきれない』を書くとき、こういうのは、つまり、とっくに成人年齢に達していながらそれに見合うふるまいができないような人が増えている、という現象は、きっとある程度普遍性のあるものなのにちがいない、と僕は思っていたわけですよ。だからあえてそれをテーマに本を書く意味もあるんだと。

 で、実際どうだったかというと、それが「普遍的な現象である」という僕の見立て自体は、間違ってなかったと思うんです。間違ってなかったどころか、とても正鵠を射たものだった。

 ただ、この本を書くにあたって、というか発表するにあたって僕が犯した最大の誤算は、その「普遍性」の度合いを根本的に見誤っていたということなのです。

 その現象は、はっきり言いますが、正直言いますが、「普遍的」すぎた。僕が見積もっていたよりもはるかに、それは普遍的だったのです。それはとりもなおさず、僕自身が見込んでいた読者の大半が、読者たりえなかったということなのです。彼らは僕が想定した読者というよりもむしろ、「描かれている対象」だった。それで共感しろっていうのはまあ、無理な話です。

 でもまあもうよくわかりました。共有できるものがいかに少ないか。僕がいかに孤立したガラパゴスみたいな島に住んでいるか。僕がこうだよねと思うことをいかに多くの人がそうは思わないか。僕が感動するものをいかに多くの人が感動しないか。多くの人が身を打震わさんばかりに感動することにいかに僕が冷淡であるか。

 このおそろしく人口の少ない島に僕は住んでいる。その島から僕は望みのないメッセージを送りつづける。おそらく誰にも受け取ってもらえないであろうSOSのメッセージを。瓶に入れたメッセージを。あっせんだーねっそーえすとぅだうぉ(The Police)。

 でももちろん、共有できる人はわずかながらも存在するのです。今日、そういう人たち何人かと会うことができました。できたんだってば。

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