極東浄土(7)
「御神体」のケアも終わろうというとき、正面玄関のあたりに車が滑り込んでくる音がした。ユージンなら直接ガレージに向かうはずだ。メディネットからの栄養物の納品は三日前に済んでいる。ピザを注文した覚えもない。
クランシーは仕事の手を止め、廊下に出て突き当たりの窓から下を覗き見てみた。白いバンから、ダークスーツに身を包んだ三人の男が出てきて洋館を見上げた。クランシーは男の一人と目が合ったように思ったが、確信はできなかった。なぜならその男は東洋人で、目があるのかないのかわからないほど細かったからだ。
まもなく呼び鈴が鳴った。ジーグフェルド博士がわざわざマッシュポテトを胃に押し込むのを中断してまで客を出迎える労を取ることは考えられなかった。そういう役回りはいつもクランシーに押しつけられているのだ。しかしクランシーは、玄関口まで降りて扉を開けるべきか否か、十数秒にわたって迷った。扉の向こうで待っている男たちに、理由のよくわからない不穏な空気を感じたからだ。
もう一度、ベルが鳴った。
「アイザック!」
案の定、階下から博士の怒鳴り声が飛んできた。
「アイザック! だれかが来たようだぞ!」
クランシーは、「御神体」の皮膚を拭った洗浄液まみれの布を床に叩きつけて悪態をついた。その怒鳴り声のせいで、留守を装うこともできなくなってしまったからだ。
意を決して階段を降り、玄関の扉を開けると、さっき目が合ったと思った男が、断わりもなく半身を内側に滑り込ませてきた。背後に残りの二人が、量産された同型のロボットのように寸分違わぬ姿勢で待機していた。
「アイザック・クランシーさんですね?」
男は、変ななまりのある英語でそう言った。首のあたりの肉が、きつく締めたワイシャツのカラーからはみ出していた。
「そうですが、なにか…」
「E・Eについての商談なんですが。E・Eにはご興味をお持ちですよね」
クランシーには最初、男が何について話しているのかわからなかったが、「イーーー」とだらしなく続けて発音された音が「E・E」のことだとわかった瞬間、慄然として相手の顔を見つめ返した。
探りを入れていたのを聞きつけたブローカーなのだろうか。しかしなぜ、住んでいる場所まで知っているのか。
「なぜここがわかった?」
「E・Eにかける被験者を拝見してもよろしいかな、眠っている平良安雄氏を」
クランシーはとっさに男を外に押し出して扉を閉めようとした。その瞬間、男のダークスーツから立ちのぼった汗の臭いと、男の胸に盛り上がった肉のぐにゃりとした感触。それが、アイザック・クランシーが今生で最後に経験した知覚だった。
銃声が轟きわたり、複数の靴音が洋館の中に吸い込まれていった。
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