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2013年4月27日 (土)

こんなふうにしか生きられない人間もいるのだ(デヴィッド・シルヴィアン)

 もう何もかも試した後でまだ埋めれない隙間を見よう。

 When you're down and troubled and you need some love and care (Carol King)なときは、サニーデイサービスの上記の一節を思い出すことにしている。
 僕はたぶん、まだ試しきっていない。まだやれることは残っている。
 でもときどき、I feel so uninspired. Sometimes I feel I've had enough. もうわかったと言いたくなる。僕が悪かったと。もう死ぬほどよくわかったから、それは言ってくれるなと。あなたが望むものを僕が提供できなかったことはもうよくわかったから、今度はそれができたかもしれないという僕の見通しが甘過ぎたことはよくわかったから、もうあえてそれを言葉にして僕を責めないでほしいと。
 僕自身が希望を抱いていないのに、あなたに希望を提示してみせられるわけがないでしょう。それでも人間は、希望を0にすることができない。どんなに幻滅しても、どんなに絶望しても、それは希望が0であるという意味での本当の絶望ではないのだ。

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2013年4月23日 (火)

極東浄土(7)

 「御神体」のケアも終わろうというとき、正面玄関のあたりに車が滑り込んでくる音がした。ユージンなら直接ガレージに向かうはずだ。メディネットからの栄養物の納品は三日前に済んでいる。ピザを注文した覚えもない。

 クランシーは仕事の手を止め、廊下に出て突き当たりの窓から下を覗き見てみた。白いバンから、ダークスーツに身を包んだ三人の男が出てきて洋館を見上げた。クランシーは男の一人と目が合ったように思ったが、確信はできなかった。なぜならその男は東洋人で、目があるのかないのかわからないほど細かったからだ。

 まもなく呼び鈴が鳴った。ジーグフェルド博士がわざわざマッシュポテトを胃に押し込むのを中断してまで客を出迎える労を取ることは考えられなかった。そういう役回りはいつもクランシーに押しつけられているのだ。しかしクランシーは、玄関口まで降りて扉を開けるべきか否か、十数秒にわたって迷った。扉の向こうで待っている男たちに、理由のよくわからない不穏な空気を感じたからだ。

 もう一度、ベルが鳴った。

「アイザック!」

 案の定、階下から博士の怒鳴り声が飛んできた。

「アイザック! だれかが来たようだぞ!」

 クランシーは、「御神体」の皮膚を拭った洗浄液まみれの布を床に叩きつけて悪態をついた。その怒鳴り声のせいで、留守を装うこともできなくなってしまったからだ。

 意を決して階段を降り、玄関の扉を開けると、さっき目が合ったと思った男が、断わりもなく半身を内側に滑り込ませてきた。背後に残りの二人が、量産された同型のロボットのように寸分違わぬ姿勢で待機していた。

「アイザック・クランシーさんですね?」

 男は、変ななまりのある英語でそう言った。首のあたりの肉が、きつく締めたワイシャツのカラーからはみ出していた。

「そうですが、なにか…」

「E・Eについての商談なんですが。E・Eにはご興味をお持ちですよね」

 クランシーには最初、男が何について話しているのかわからなかったが、「イーーー」とだらしなく続けて発音された音が「E・E」のことだとわかった瞬間、慄然として相手の顔を見つめ返した。

 探りを入れていたのを聞きつけたブローカーなのだろうか。しかしなぜ、住んでいる場所まで知っているのか。

「なぜここがわかった?」

「E・Eにかける被験者を拝見してもよろしいかな、眠っている平良安雄氏を」

 クランシーはとっさに男を外に押し出して扉を閉めようとした。その瞬間、男のダークスーツから立ちのぼった汗の臭いと、男の胸に盛り上がった肉のぐにゃりとした感触。それが、アイザック・クランシーが今生で最後に経験した知覚だった。

 銃声が轟きわたり、複数の靴音が洋館の中に吸い込まれていった。

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2013年4月22日 (月)

極東浄土(6)

「われわれが通常〈記憶〉と呼んでいるものは、実は脳細胞に格納されている真の記憶の見出しのようなものに過ぎないんだ。そして普通われわれは、その見出ししか見ることができない。稀に、写真並みの精度を持った映像的記憶を随意に再現できる人間がいるが、それはごく少数だ。しかし、それを再現できるかできないかの違いがあるだけで、秘蔵している記憶自体の精度については、実は個人差などほとんどないんだよ」

「それがエングラムだということですか?」

「エングラムを有機的に結びつければ、真の記憶のまったき姿を正確無比に再現できるということだ。その記憶を保持する者の意志にかかわらずね」

 博士は、ほかに誰もいないにもかかわらず、声を落として続けた。

「数年前までは仮説に過ぎなかったが、大陸中国から台湾に亡命した技術者集団が、エングラムを抽出して組織化する技術の開発に成功したらしい。非合法だが、もともとCIAが極秘裡に資金を投入していたんだな。CIAはすでに、そのエングラム・エデューサーと呼ばれる機器を数台購入している。噂だが、確かな筋からの情報だ」

 脳をスキャニングして、ありのままの記憶を引き出す。ランチのときに同僚と交わしたとりとめのない雑談さえ、実は一言一句狂いのない形で脳細胞は記録しており、それをそっくり再構成することも可能だというのだ。本人が隠したいと思っていることもすべて白日のもとにさらされる。もはや拷問も自白剤も必要ない。より低いコストでより確度の高い情報を得るのに、これ以上優れた技術はありえない。

「どうにかして、E・Eさえ手に入れば…。本人に意識があるかどうかは問題ではない。記憶を格納する細胞に損傷さえなければ、記憶は引き出せるはずなんだ。しかし、まあそれは夢だな、当面のところは。今はとにかく、彼を生きつづけさせること以外にわれわれが取れる手段はない」

 クランシーが助手になった当初、ジーグフェルド博士はE・Eを借り受けることに向けてきわめて精力的に奔走していた。E・Eを開発したのが幻景集団と呼ばれる連中であることを突き止め、その関係者の関係者の関係者との面談にまで漕ぎつけている。しかし、交渉は遅々として進まなかった。

「あの連中とわたりをつけるには何十段階もの手続きが必要なんだ。連中が何千年もの歴史を持ってるのはそのためなんだよ。わかるかね? 駒をひとつ進めるのに途方もない時間をかける。その意識的遅滞こそが連中のいわゆる歴史を紡ぎ出しているんだ」

 博士は「交渉」が不首尾に終わって戻ってくるたびに、クランシーに向かってそういう種類の経過報告をし、やがてその報告さえ間遠になった。最近の博士は、外出すること自体が稀になっていた。いや、この言い方は公正ではない。終日家にこもっているのは、E・Eなどなくても、彼自身が厳正に執り行なう一連の密儀によって「神の声」を聴取できると信じている方のジーグフェルド博士なのだ。

 ジーグフェルド博士はそれを信じていた。

 E・Eによってこの植物人間の脳に隠された重大な情報を引き出せることを。あるいは密儀によってこの「御神体」から神の声を聴けることを。

 クランシーがそれを信じていたかどうかは、微妙だ。

 しかし彼は、長年の取材生活を通じて、どんな狂人が口にする荒唐無稽な与太話にも、その深奥部にはなんらかの現実的根拠があるのだということを知っていた。彼はその独自の嗅覚によって、ジーグフェルド博士が現実にある秘密、公になれば世界が転覆しかねないほどの秘密に最も近いところにいる人物であることを嗅ぎわけていたのだ。

 博士はクランシーを助手として雇い入れながら、「交渉」のテーブルには決して着かせようとしなかったが、クランシーはそれを不満に思いはしなかった。寝食できる場が確保されれば十分だと考えていたからではなく、実際にE・Eを入手すべく交渉するのなら、ジーグフェルド博士のような半狂人を伴っていない方がむしろ好都合だったからだ。

 彼はわかっている方の博士がもらす断片的な情報を糸口に、次第に自力で調査を進め、博士とは別のルートでE・Eに、そして事の真相に近づきつつあった。

 PAULO計画。

 ジ−グフェルド博士が携わっていた、そしてこの無力な植物人間がかつて指揮していたというそのプロジェクトの全容も、あきらかになりつつあった。革命と同時に封印されたそれを掘り起こし、自分の手で采配を振るう。その想像は、クランシーを少年のように胸踊らせた。「御神体」の脳に秘蔵された記憶を引き出せれば、それが可能になるのだ。

「本当ならすごいよね」

 ユージンは無邪気に顔を上気させながらそう言う。

「でもそれだったら、入手した秘密をネタに商売をした方が得なんじゃないかな。ここの政府と取り引きするとかね。あのじいさんにはそういう想像力が欠けてるみたいだけど。この国をひっくり返して僕たちになんの旨味があるの?」

「おまえの言いたいことはわかるよ、ユージン。しかしこれは、そういうスケールの話じゃないんだ。力を手に入れる。絶大な力を。金もひとつの力だが、使えばなくなってしまう。俺が欲しいのはそれじゃない。無尽蔵な力だ」

 それを思うたびにクランシーは、「ショーガナイ」ことばかりでもない、と思い直すのだった。それが、果たせなかった本来の夢を補償する一種の逃避に過ぎないという事実をできるだけ直視しないようにしながら。

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2013年4月21日 (日)

極東浄土(5)

 博士が自分自身と二人の信者、それに中二階の部屋に安置された「御神体」を養う資金をどうやって工面しているのか、クランシーは知らなかった。もともと資産家だったという話をずっと前に聞いたような気もしたが、さだかな記憶ではなかった。

 そもそもクランシーは、ジーグフェルド博士個人について、ほとんど何も知らなかった。知っているのは、この館に寝泊まりして気味の悪い「御神体」の世話をしていれば、とりあえず食っていけるということだけだった。

「さあ、ウマウマをあげまちたよー、おいちいでちゅかー」

 クランシーは物を見る冷たい視線で、もの言わぬその肉体を見下ろしながらそう言った。

 かつて王立の研究機関で、ジーグフェルド博士の上司であったという男。今はその博士によって「御神体」として崇められているその肉体。

 始末に負えなくなるまでろくに切らない頭髪や髭のせいで、その風貌は人間離れして見える。よく見れば目も鼻も口もそれぞれ適正な位置についているが、こぎれいにしたとしても、それはどこかが異様であるに違いなかった。

 醜い東洋人の顔だ。

 黒い髪や髭に白いものが混ざっているだけに、それはいっそう醜悪で奇怪なものに見えた。

 クランシーはどうしても、モンゴロイドの顔が好きになれなかった。刀で削いだような細い目。死にかけている人間のような黄色い肌。何を考えいるのかわからない、うすら笑いを浮かべた口もと。十四年間眠りつづけているというこの「御神体」の唇にさえ、うっすらとそれが浮かんでいるように見える。

 ネアンデルタール人や北京原人は、こういう顔をしていたに違いない。本来はもう滅んでいていい人種なのだ。この連中が今もこうして地球上に棲息しているのは、なにかの間違いに過ぎないのだ。

 それはクランシーが受けてきた教育にはまっこうから対立する概念であったし、自らこの国に興味を持って訪れてきたという事実とも矛盾していた。しかし人間にはしばしば、理屈で説明のつかない複数の基準があるのだ。クランシーは、その相矛盾する二つの基準に、無自覚なまま引き裂かれていた。

 人間よりは猿に似ていると感じる「御神体」の顔が、ときには西洋文明がついに到達しえなかった深い叡智を体現する崇高な面貌に思われることもあった。そして事実、このでくのぼうの脳髄には、金に換算できないほどのある重大な秘密が隠されていた。少なくとも、ジーグフェルド博士はそう主張していた。「わかっている」方のジーグフェルド博士がそう主張しているのだ。

「エングラムという言葉を知っているかね?」

 博士が、はじめて「御神体」をクランシーに見せる前に言ったことだ。もっともそのとき博士はそれのことを「植物人間」としか呼ばなかったが。

「記憶に残ってるイメージ、のことですか?」

「そうだ。正確には、細胞内に形成される記憶の痕跡、ということだな。人間の記憶というものはあやふやであてにならないものと言われているが、実はそうじゃない。ビデオと同じくらい、あるいはそれ以上に克明で正確で、情報量も途方もなく大きいんだよ。ただ、それを脳内のメモリに常駐させていると、他の情報処理の障害になるから、仮にハードディスクのどこかにスリープさせておかなければならない」

「わかっている」方のジーグフェルド博士は、学者の多くがそうであるように変人には違いなかったが、少なくともその知性と現実認識能力に信頼を置くことをためらわせないだけの頼もしさを身に帯びていた。クランシーが出会ったころはまだ、そっちの博士の方が出現頻度が高かったのだ。

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「ルドヴィカがいる」書店員さんとの対談

 小学館「きらら」5月号の書店員さんとの対談企画で、最新刊『ルドヴィカがいる』を取り上げていただいている。ウェブでも読めるので、ぜひご一読を。

http://www.quilala.jp/from_bs/interview.html


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2013年4月20日 (土)

極東浄土(4)

 死体。

 クランシーにはそうとしか聞こえなかったし、そうとしか思えなかった。それは中二階の奥まった部屋に安置され、そのドアは廊下側から施錠されていた。窓はあるが、いつも分厚い遮光カーテンを引いたままだし、外側にはものものしい鉄格子がはめてある。ナンセンスだ、とクランシーは思う。この「死体」が動き出して脱走を図るとでもいうのか。ここ十四年の間、眉ひとつ動かしたことのないこの無力な肉体が?

 部屋には甘酸っぱいにおいがこもっている。週に一度、この肉体を洗浄する際に使用する液剤のにおいと、肉体そのものの体臭が混ざったものだ。それが依然として腐敗していないのを見るたびに、クランシーはあらためてそれがまだ「死体」ではないことを悟る。

 クランシーはクローゼットの中に積んである紙の箱から栄養物と生理食塩水のパックをひとつずつ取り出し、ベッド脇のラックで空になっていたパックと交換した。栄養物は黄色っぽいどろりとした半固形物で、これが生理食塩水を媒体として少しずつ、横たわったままの肉体に注入される。日に一度はこうして「御神体に供物を捧げ」なければならない。この家でのクランシーの主な仕事はそれだ。

「この仕事には助手が必要なんだ、できれば住み込みのね。私の意図を正確に理解してもらうためにも、英語を話せる人間であることが望ましい」

 はじめて会ったとき、ジャスパー・ジーグフェルド博士は、フローズン・ダイキリをソフトドリンクみたいに勢いよく口に注ぎ込みながらそう言った。

「しかし、困難な仕事だ。目に見える効果がすぐには現れなくても、即断を避けて注意深く待ちつづける忍耐力も必要とされる。これまでにも何人かの助手を雇ってきたが、いずれも三ヶ月ともたなかった。忍耐は美徳のひとつだが、現代人は概して美徳というものに関心を払わない。美徳を金で換算するのは難しいのでね。君もそのクチかね、クランシー君」

 取材も執筆も思うように進まず、さりとてニューヨークから持参してきていた資金も底を尽き、帰国する費用さえ捻出できなくなっていたころだった。日銭を稼ぐために英会話スクールでアルバイトをした帰り、ビールを煽ろうとあてずっぽうに入ったバーのカウンターで、たまたま隣り合わせたのが博士だった。

「俺は必ずしもそうは思いません。美徳は結局、未来に対する投資になります。金銭の問題じゃない、自分が生きてきたことの意味が問われる瞬間が、いつか誰の身にも訪れるんですよ。そのためにも、忍耐は必要だと思いますよ、俺は」

「おお、君と私の考え方には多くの共通点があるようだ。どうだね、私と一緒に忍耐という美徳を追究してみないかね?」

 自分が生きてきたことの意味。

 自分で言ったその台詞を思い出すたびに、クランシーは居心地の悪い思いをする。この先三十年生きたとしても、そのとき、自分がそれまで生きてきた意味など見出だせるだろうか。自分の人生はどこかで道を間違えてしまったのだ。

 クランシーが博士の助手でありつづけたのは、博士が助手に要求する忍耐力を備えていたからではなかった。ただ、ほかに選択肢がなかったからだ。この国の人間がしばしば口にする「ショーガナイ」というやつだ。

 忍耐という美徳に関心を払わなかったのは、博士の家族も同じだった。

 ジーグフェルド博士は革命前からこの国に家族とともに滞在し、認知言語学者として王政府の非公開プロジェクトに参画していた。政権が覆されると、王室のお抱えとして庶民には及びもつかない高給を与えられていた外国人専門家たちは迫害の対象になったが、博士は帰国しようとせず、私費で「研究」を続けた。やがて妻と二人の子供はあいそをつかしてアメリカに帰り、その一年後には正式に離婚した。

 その際、博士は相当額の慰謝料を支払い、その後も子供の養育費を月々送金しつづけている。そして現在の彼の職業は、宗教団体「神の聴者」の教祖だ。教祖としての報酬はゼロ。信者はアイザック・クランシーとユージン・バークの二人。その二人さえ、ニューヨークの多くの「プロテスタント」と同じだった。つまり、名簿に名を貸しているだけだ。

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intermezzo

 バカを相手にするつもりはないです。

 現実を見据える勇気もない人はどうぞご退場ください。人生はあなたが思っているほどおめでたいものではない。あなたにとって都合のいいものだけを提供するコンテンツなどクソだということになぜあなたは気づかないのか。

 夢が欲しい? だったらディズニーランドの年間フリーパスでも買って、年がら年中ネズミやアヒルと戯れていたらいいんじゃないですかね。

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2013年4月19日 (金)

極東浄土(3)

 それから一年になる。

 ユ−ジンはアリゾナ州の田舎町に生まれた。十歳のとき、母親は夫からの暴力に耐えかねて家を出ていった。もともと、三人家族には狭すぎる家だった。それから十七歳で家出をするまでは、父親から「変態」と罵られて毎日のように理由もなく殴られつづけた。

「それで食料品店から金を盗んで、わざわざこの国まで来たわけかい」

 ユージンと暮らしはじめた頃、クランシーはさして興味もなくユージンに訊ねたことがある。

「なんでここを選んだんだ?」

「お母さんがこの国のどこかにいるにちがいないから」

「なぜそう思う? なにか確証があるのかい?」

「カクショウ…?」

「おまえがそう思う理由だよ」

 ユージンはしばらく考えてから、母親がいたころ、この国で作られた扇子を持っていたのだと言った。折り畳むとスティック状になる、精巧な扇子。広げると首の長い鳥の絵が描いてあって、不思議な香りがする。母親がどこでそれを手に入れたのかはわからない。でもきっと、母親はその扇子をたよりに、この極東の島国に楽園を求めてやってきたにちがいないのだ。

 クランシーは、ユージンの母親はせいぜいアルバカーキあたりのコーヒーショップでケツを振りながらチーズサンドイッチを給仕しているのが関の山だろうと思ったが、何も言わなかった。どうでもよかったからだ。

 そう、ユージンのプライバシーなどどうでもいいはずだった。クランシーはただ、夜ごと若い男を漁りにキタノ界隈をさまよわなくてもいい環境が欲しかっただけだ。クランシーはモンゴロイドや黒人の男に対してまったく性的関心をそそられなかったが、この国で白人のゲイを安定的に確保しておくのは容易なことではなかった。

 ユージンはその点で理想的だったが、独占するつもりはさらさらなかった。男娼の仕事も続けていていいという条件で呼び寄せたのだ。そして事実、ユージンが仕事としてほかの男と寝る分には、クランシーは何も感じなかった。しかし、若い娘となると話は別だ。

 ユージンがバイ・セクシャルであることには当初からうすうす勘づいていたが、ある夜、在住外国人が集うバーの片隅で、若い、しかもこの国の娘の耳に唇を押しつけているユージンを偶然見かけた。

 白人で整った顔立ちをしていれば、この国である種の女たちを惹きつけるのに格別の努力は必要ない。最初クランシーは、自分の胸中に沸き起こった激しい感情がその娘に対する侮蔑の念だと思ったが、少しするとそれが、奇妙なことに、抑えきれない嫉妬であることに気づいた。

 それ以来、ユージンが夜通し家に戻ってこないと、クランシーは彼が女のもとで過ごしたのだと根拠もなく決めつけた。想像の中の女は、骨っぽい体つきをした目の細い娘だ。それはバーで見かけた娘ともまた違っていて、なぜか深いスリットの入ったチャイナドレスのようなものを着ていた。

 ユージンが戻ると、クランシーは何も言わずにその体をベッドに組み伏せた。クランシー自身よりもむしろ筋肉の発達した、ばねのような弾力のあるその体。ちょっと前までユージンがその女と床を共にしていたという想像が、クランシーをいっそう興奮させた。

 最近、ユージンが戻らない夜が増えている。

 そして、このごろのユージンは、クランシーの体をきわめて微妙な形で避けはじめていた。強引にベッドに誘えば露骨に抗いはしないが、行為が終わるのをじっと耐えているような気配がある。

「御神体に供物を捧げたか?」

 背後からジーグフェルド博士がしわがれ声で怒鳴った。この男は三回に一回は怒鳴る。みんなで食卓を囲っているようなときでも、意味もなく怒鳴るのだ。クランシーにはときどきそれが癇ににさわって、聞こえなかったふりをすることがある。

「アイザック、御神体に供物は捧げたかと訊いてるんだが」

「聞こえたよ。まだだ。見ればわかるだろう、俺はたった今ベッドから出てきたばかりで…」

「聖なる御神体に供物を捧げることを怠るなと私はあれほど------

「わかった。今やるよ」

 クランシ−はリビングのドアをわざと乱暴に音を立てて閉めると、いまいましい思いで階段を昇っていった。

 

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2013年4月18日 (木)

極東浄土(2)

 博士はなお口をもぐもぐさせながら疑わしそうな目でクランシーを見つめていたが、やがて詮索を断念して椅子に座り直した。

 この家に住む三人のアメリカ人が、表向き父親とその息子二人だということになっているのを、ジーグフェルド博士は知らない。正確には、それがわかっている博士とわかっていない博士がいる。今クランシーが向き合っているのは、わかっていない方の博士だ。わかっている方の博士は、ここ数ヶ月姿を現していなかった。

 博士とクランシーは二十ほどしか歳が離れていなかったが、博士が実際の年齢より十は老けて見えたために、この二人が親子というのは思いのほかまことしやかに見えたかもしれなかった。問題はユージンだ。今年でやっと二十になるユージンは、その少年めいた美貌もあいまって、クランシーの弟というよりはむしろ息子に見えかねなかった。

 もっとも、彼らが家族であることをわざわざ疑う人間がいるとも思われなかった。この家は街から離れた山腹にあり、訪れてくる他人といえばデリバリーのピザ屋か国営放送の受信料集金人、それに月に一度お決まりの栄養物パックを配送してくるメディネットの軽トラックだけだった。

 古い家だ。革命前から王政府お抱えの「外国人」がかわるがわるここを使い、ここ十年ほどの間はジーグフェルド博士が家主となっている。クランシーはときどき、ここに住んでいるのが自分たちだけではないような気がして怖気をふるうことがあった。廊下にだれかがいる。まわり込むとその影は消えている。

「ユージンはいないのか?」

 クランシーはそう言いながら煙草に火をつけた。博士に質問したつもりはなかった。この家で人間らしい会話が成立することなど期待していなかった。会話が成立しているように見えるとしたら、それはたまたま、複数の独り言が偶然接点を見出しただけのことなのだ。

「アイザック、食事中だぞ」

「ユージンの車がガレージにないかどうか今朝見なかったかい?」

「煙草はやめた方がいいと私に何度言わせれば満足するのかね。君の健康が問題なんじゃない。清澄な空気のことを言ってるんだよ。清澄な空気。それは必要なものだ。不可欠なものだ。もしも君がこの------

 クランシーは、マッシュポテトをこぼしながらしゃべりつづけるジーグフェルド博士を尻目に、リビングの窓に向かって歩いた。一歩進むごとにドスドスと床が鳴る。セイウチみたいに肥えた自分の体が腹立たしくなる。

 カーテンをめくってガレージの方を見ると、ユージンのロールスロイスは見当たらなかった。

「あのガキ…」

 クランシーは舌打ちをして、栗色の髭に覆われた頬を指でさすった。

 ユージン・バークを拾ってこの家に住まわせたのはクランシーだった。「ブルー・キューブ」というゲイ・クラブでバーテン兼男娼として働いているところに声をかけたのだ。「気持ちがよかったから」金はいらないと言い、そのかわり住むところがなくて困っているのでしばらく泊めてほしいと潤んだ目で言った。

 ジーグフェルド博士は激怒したが、ユージンが「神の聴者」への入信を表明したら不承々々共同生活を認めた。


(つづく)

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2013年4月17日 (水)

極東浄土(1)

 起き抜けに洗面台の鏡を見たとき、アイザック・クランシーはぎょっとしてわが目を疑った。額の中央に、年寄りのような皺が一本、見紛いようもなく刻まれているのだ。目もどんよりと濁り、肌もペーパーバックのざらついたページみたいにくすんでいる。俺はいつからこんな醜い顔になってしまったのか。クランシーは繁茂する顎髭の先から滴る雫もそのままに、指先で額の皺を赤くなるまでこすった。

 はじめてこの国に訪れたときには、クランシーはまだ若く希望に溢れた気鋭のジャーナリストだった。「最後の革命」と呼ばれたこの極東の島国での王政転覆劇。その余波も生々しい革命直後の様子を活写するため、財産のすべてを投じ、わずかな語学力だけを携えてこの国に乗り込んだのだ。

 アメリカに帰国して書いたルポルタージュ『神々の漂う島』は、サタデー・イブニング・ポストの書評で絶賛された。思えばあれが人生の絶頂だった、とクランシーは思う。早すぎた絶頂。残りの人生を長い「老後」にしてしまう残酷な幸運。

 甘い栄光は長くは続かず、クランシーの本は古本屋のありふれた飾りになった。雑誌記者の仕事で食いつないだ時代もあったが、見開き二ページの記事の末尾に八ポイント程度の活字で刷り込まれたクランシーの名前を、誰が気に止めるというのか。返り咲きを期して再度この国の土を踏んだのはちょうど十年後、それからすでに三年が過ぎていた。

 三年だ。無益な三年。革命が迷走するこの国の様相を描きはじめた原稿は、四ページ目で止まっていた。クランシーは今でも、下半分がまっしろな余白になっているページを表示させたパソコンの前で、何時間もただ煙草をふかしていることがあった。ユージンがそれを見て、何をしているのかと言う。クランシーはこう答える。なんでもない、ただ人生を回顧しているだけさ。

  リビングに出ていくと、ジャスパー・ジーグフェルド博士がマッシュポテトで口の中をいっぱいにしてケーブルテレビの番組を観ていた。「観ていた」と言えるのかどうかはわからない。そのとき放映されていたのは在住外国人向けのニュース番組だったからだ。この男が世の中の動きなどに関心を示すはずがなかった。

「おはよう、アイザック」

 ジーグフェルド博士がくぐもった声で言った。口からマッシュポテトをこぼしながら。博士は皿に落ちたポテトをフォークですくってまた口の中に押し込んだ。

「朝食にポテトはどうかね」

 朝食と言っても、もう十一時は過ぎていた。それでも、博士にしては早起きな方だ。

「いや、遠慮しとくよ、パパ」

「パパ? それはまたいったい、誰のことなんだ?」

 クランシーは軽口を叩いたことを後悔しながら、冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を取り出した。蓋がちゃんと締まっていなかったために、引き抜いた勢いで中のジュースが溢れて床を汚した。ユージンのしわざだ。この家の住人はだらしないやつらばかりだ、とクランシーは舌打ちをする。

「アイザック、今、私のことをパパと呼ばなかったか? それはいったいどういう意味なんだね?」

 ジーグフェルド博士は、マッシュポテトを山のように盛った皿を胸の高さに掲げたまま、クランシーのそばまで歩み寄ってきた。

「忘れてくれ、ジャスパー。口が滑っただけだ。あんたみたいな人が俺の父親だったらいいなと、一瞬そんな気になっただけなんだよ」


(続く)

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2013年4月14日 (日)

A foreword for all the books I wrote

 僕はただ、虚心坦懐に世界を描こうとしているだけなのだ。それがわかってもらえないのであればもう打つ手はないです。

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2013年4月 8日 (月)

今日の「気づき」(←エラーワード)

 僕は君の心に耳を押し当てて、その声のする方へ、ずっと深くまで、下りてゆきたい。そこでもう一度会おう(レミオロメン)。

  いやー、無理だな。下りていくなんて僕にはとても。ごめんなさい。できません。こうして僕は自滅するのだ。しかしそれならそれで本望だ。

 分かり合いたいなんてもうララライララライララライ無理だ。誰ともわかり合えないこの不毛の荒野を僕は行くのだ。でもせめて生き延びていけるだけの水をください。愛なんてくれなくていいから。

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2013年4月 7日 (日)

小声で言いたい「残念な点」

 ある韓流のサスペンスドラマを観た。少し前に日本でもリメイクされたもので、よくある財閥のお家騒動ものやお涙頂戴の嘘くさい難病ものとは違って非常にできがよく、細部に至るまでリアルで、ほとんど非の打ちどころがなかったのだが、ただひとつ、本当にただひとつだけ、残念に思う点があった。糖尿病という病気について、大きな誤解があるらしい点である。

 劇中のある人物が糖尿病患者という設定で、年齢も若いので、おそらく常時インスリンを打っている1型患者と思われるのだが、彼女は「ストレス」を受けた結果、低血糖を引き起こしている。少なくとも、素直に解釈すればそう取れるようなシナリオになっている。

 これは、ほぼ絶対にありえないことである。いや、ひょっとしたらそういう症例も稀にはあるのかもしれないが、少なくとも1型糖尿病患者である僕の体にそういうことが起きたことは、いまだかつて一度もないし、普通に考えて理屈にも合わない。糖尿病患者がストレスを受けた際に心配なのは、むしろ血糖値が高まることである。アドレナリンなどに、インスリンの働きを阻害する作用があるためだ。

 某アメリカ映画でも、似たような誤解が見られた。私物をいっさい持ち込めないようなある閉鎖的な環境に置かれた人物がやはり糖尿病で、ある時点から彼はぐったりしはじめ、結局はそのまま死んでしまうのだが、彼がそうなった理由は、「インスリンを持ち込むことができず、低血糖症状を回避できなかったから」と説明されていた。

 これはまったくのデタラメ、というか、事実と真逆である。インスリンは、血糖値を下げるための薬である。糖尿病患者がインスリンを使わずにいて血糖値が上がり過ぎてしまうというのならわかる。しかし、インスリンを使ってもいないのに普通より血糖値が下がってしまうことなんてあるはずがないではないか。もしそうなら彼は、そもそも糖尿病ではないということになる。糖尿病とは、ほうっておくと健常者より血糖値が高くなってしまう病気なのだから。

 おそらく、とりわけ常にインスリンを必要とする1型糖尿病について、「低血糖が怖い」という言説だけが、メカニズムについての理解を伴わないまま一人歩きして半端に人口に膾炙していることが、こうした誤った「低血糖」認識の原因なのだろうが、いやしくも劇中で使用したいなら、最低限の裏を取ってからにしてもらいたいものだ。そんなことは、少し調べればすぐにわかることなのだから。

 こういう綻びが見えてしまうと、そこで気が散ってしまって、ドラマの進展に集中することができないではないか。といっても、僕がその点に即座に気づいたのは、単に僕自身が1型糖尿病患者としてインスリンを常用していたからにすぎない。僕もまた、自分の小説で、まったく別のなにかについて、「これはないでしょ!」というようなうっかりした記述をしていないともかぎらないので、あまり声高に言うのはやめておこう。

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