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2013年4月 7日 (日)

小声で言いたい「残念な点」

 ある韓流のサスペンスドラマを観た。少し前に日本でもリメイクされたもので、よくある財閥のお家騒動ものやお涙頂戴の嘘くさい難病ものとは違って非常にできがよく、細部に至るまでリアルで、ほとんど非の打ちどころがなかったのだが、ただひとつ、本当にただひとつだけ、残念に思う点があった。糖尿病という病気について、大きな誤解があるらしい点である。

 劇中のある人物が糖尿病患者という設定で、年齢も若いので、おそらく常時インスリンを打っている1型患者と思われるのだが、彼女は「ストレス」を受けた結果、低血糖を引き起こしている。少なくとも、素直に解釈すればそう取れるようなシナリオになっている。

 これは、ほぼ絶対にありえないことである。いや、ひょっとしたらそういう症例も稀にはあるのかもしれないが、少なくとも1型糖尿病患者である僕の体にそういうことが起きたことは、いまだかつて一度もないし、普通に考えて理屈にも合わない。糖尿病患者がストレスを受けた際に心配なのは、むしろ血糖値が高まることである。アドレナリンなどに、インスリンの働きを阻害する作用があるためだ。

 某アメリカ映画でも、似たような誤解が見られた。私物をいっさい持ち込めないようなある閉鎖的な環境に置かれた人物がやはり糖尿病で、ある時点から彼はぐったりしはじめ、結局はそのまま死んでしまうのだが、彼がそうなった理由は、「インスリンを持ち込むことができず、低血糖症状を回避できなかったから」と説明されていた。

 これはまったくのデタラメ、というか、事実と真逆である。インスリンは、血糖値を下げるための薬である。糖尿病患者がインスリンを使わずにいて血糖値が上がり過ぎてしまうというのならわかる。しかし、インスリンを使ってもいないのに普通より血糖値が下がってしまうことなんてあるはずがないではないか。もしそうなら彼は、そもそも糖尿病ではないということになる。糖尿病とは、ほうっておくと健常者より血糖値が高くなってしまう病気なのだから。

 おそらく、とりわけ常にインスリンを必要とする1型糖尿病について、「低血糖が怖い」という言説だけが、メカニズムについての理解を伴わないまま一人歩きして半端に人口に膾炙していることが、こうした誤った「低血糖」認識の原因なのだろうが、いやしくも劇中で使用したいなら、最低限の裏を取ってからにしてもらいたいものだ。そんなことは、少し調べればすぐにわかることなのだから。

 こういう綻びが見えてしまうと、そこで気が散ってしまって、ドラマの進展に集中することができないではないか。といっても、僕がその点に即座に気づいたのは、単に僕自身が1型糖尿病患者としてインスリンを常用していたからにすぎない。僕もまた、自分の小説で、まったく別のなにかについて、「これはないでしょ!」というようなうっかりした記述をしていないともかぎらないので、あまり声高に言うのはやめておこう。

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